一寸先の闇

城崎

とあるマンションの一室にて

比較的緊張感のない朝の情報番組が、緊急で入ったニュースを切羽詰まった様子で繰り返し始めて、もう3回目になる。既に用意していた自らの分の朝食はパン一欠片になり、彼女の分は湯気が消え去ってしまった。

『ニュースを繰り返します。今朝5時30分頃、床式神社付近で、首や頭蓋骨など、複数箇所を釘のようなもので刺された形跡のある遺体が見つかりました。死亡推定時刻は午前2時頃で、同様の手口で行われた犯行は、これで5件目になります』

丑三つ時に、五寸釘。神社付近で、無差別に。彼女なりのこだわりらしいが、殺られる方はたまったものではないだろう。

「自分なら、こんな最後は嫌だ」

彼女の前で、率直に言った。よく考えると、あの場で逆上されて死体になっていてもおかしくはないのだが、自分は今も生きている。

「痛くはしてないから、大丈夫ですよ」

代わりにそんなことを彼女は言い、慈愛に満ちた瞳で笑っていた。そういう問題ではないのだが、多分、論点が重なり合うことはないのだろう。その場は、なるほどと頷き、会話を終えた。

『警察では、一連の事件を同一人物による犯行と見て、捜査を進めております。繰り返します』

しかし気になるのは、彼女は、一体どのような手を使って警察の目から逃れているのかということだ。日本の警察は優秀だと世間一般的には言われているのに、未だ犯人の特定も出来ていないだなんて。この家に警察が来ていないことも、ある種の奇跡である。もし来た場合は、素直に自分もお縄につこうと思っていたのに。彼女のことを信頼していなかったわけではないが、本当に自分に迷惑をかけていないことに、少しだけ驚く。理性のない殺人をするわりに、恩義を感じているのだろうか。さらに言えば、彼女は少しばかり家事をやってくれてすらいる。朝は兎も角、夕方に家へ帰れば食事が用意されている生活。殺人犯を匿っているとは思えないほど、平和な暮らしである。宛てのない申し訳なさを感じるのは、御門違いだろうか。

「おはようございます」

「おはよう。朝食、冷めてるよ」

思考が複雑になりかけたところで、ようやく彼女が起きてきた。未だ眠そうではあったが確かな足取りで椅子へと座り、いただきますと手をあわせる。極めて善人的な行いだ。つい数時間前に、人を殺してきたとは思えないほどに。

ニュースは、同じことを繰り返している。梳かしている彼女の毛先からは、血のような匂いはしない。出会った時から変わらない、甘い匂いがする。朝食を食べる手も、櫛を動かす手も止まらない。今この瞬間、マンション内で緊張感がない部屋第1位かもしれなかった。

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