第三話  『繋ぐ声』



 時刻は午後八時。

 そろそろ夏本番とは言え、さすがにこの時間になるともう真っ暗だ。

 デスクの脇に置いたアナログ時計がかっちかっちと静かに秒針を刻む。


「レポートは仕上げちゃったし、どうしようかな……」


 あの後、まーくんとはファミレスで一緒に昼食を摂ってから別れた。

 教職課程のレポートの方は、夕方前にVRデバイスを介して大学サーバの指定場所に格納したので、今日の僕のタスクはもう無い。夕食も食べたしお風呂も入った。強いて言うなら後は歯を磨くだけ。


「EGFが終わった途端、手持ち無沙汰になるのは考え物だなぁ…」


 僕には趣味と言える趣味が無い。

 強いて好むものを挙げるならば読書くらいだろうか。

 もちろん蔵書狂いピブリオマニアとは言える程ではなく、自室の隅にある小さな本棚には、参考書や雑誌がわずかに入っているだけ。本は電子データとして購入することが多く、その大半がタブレットPCに格納されている。


 本を外部データとしてEGF内に持ち込み、物体化マテリアライズした本を、自宅プレイヤーホームの縁側に寝転がりながらぱらぱらとめくるのはわりと好きだった。僕が好きなのは軽めの大衆小説で、ユネが好きだったのは料理雑誌と少女マンガ。最終巻まで買ってあげられなかったのが少し心残りだった。そう言えば旅行雑誌も好きだったなぁ。現実世界こっちの方に興味津々だったし。


 何をしようか色々悩んだ挙句、一日中ネットで時間を潰してしまうという経験はよく有ることだと思う。

 結局僕もその例に漏れず、ネットサーフィンでしばらく時間を潰すことにした。


 ネットサーフィンはVRデバイスでも問題無くできるが、操作に若干の意識集中が必要だ。そのため、昔ながらの据え置きマシン――あるいはノートパソコンの需要は依然としてそれなりに高い。

 スタンバイ状態だったマシンを起動させ、ブラウザでブックマーク登録してあるWebサイトを開いた。


 サイトのタイトルは『Ever Green Fantasia SNS』。

 ディスプレイには、見慣れた青色のグラデーションの文字列に、緑色と茶色の蔦が絡まったタイトル画像が表示されている。

 タイトル通りEGFの開発企業によって運営されているEGFの公式SNSサイトだ。


 半世紀近く前から存在するSNSと言うネットワークサービスは、VRゲームにとって重要な要素の一つになっている。VRゲームのプレイには、ある程度まとまった時間が必要であるため、時間が取れなかったり、出先だったりするとログインできない日が何日も続いたりする。

 そのため、VRゲームの多くは、ゲーム内で利用できるいくつかの機能を、SNSサイトに取り込んでいる。EGFでもこのSNSを通すことによって、倉庫の管理や、フェローとのメッセージ交換などが出来るようになっており、VRデバイスを使用すれば移動中や大学の講義中でも、ある程度遊ぶことができるのだ。


「メッセージは……三件か」


 もちろんサービスが終了した現在は、これらゲーム機能にまつわるサービスは全て停止されている。現在利用可能なのは、メッセージの送受信やフレンドユーザの日記閲覧くらいのものだ。


「よっしーさん、次の移住先見つかったんだ……」


 一通目のメッセージは、二年程の付き合いだった他ギルドのフレンドから。

 彼もまた、長い間プレイしてきたEGFのサービス終了に落胆していたが、早くも移住先――次にプレイするVR-MMORPGを決めたらしい。フットワークが軽いと言うか、たくましいひとだと思う。

 メッセージには移住先のVR-MMORPGのタイトル――最近サービスを開始した大手ゲーム会社の最新タイトルだ――と、そのゲームへのお誘いがあったが、『しばらく充電期間に入るので、またプレイするときは一緒に遊んでください』と当たり障りの無い返答を返しておいた。


 二通目のメッセージも似たような内容。

 移住先のVR-MMORPGでギルドを立ち上げるので、サブマスターとして力を貸して欲しいと言う。不義理かもしれないけど、これもまた差し障り無くやんわりとお断りすることにする。


 そして三通目。マウスポインタをメッセージに当ててから僕は首をひねる。


「ん? このメッセージ、件名が付いてないな……」


 タイトルが『無題』で届くことは良くあることだ。

 それよりも不思議に思ったことは差出人の名前。




 差出人:『$B%f%M (B』




「文字化けとはまた珍しいなぁ……」


 インターネットで使用される文字コードの国際規格が統一されたのは随分昔、それこそ僕が生まれるずっと前のことだ。ブラウザが持つ自動変換機能の強化もあり、僕も文字化けという現象を見た経験は数えるくらいしかない。


 ブラウザの設定をいじり、いくつかの文字コードに変換してみたが、文字化けは一向に解消されない。

 僕は首を傾げながら『無題』と表示されたタイトルをクリックして、メッセージを開いた。


「……なんだこりゃ?」



『こんにちヒ、チ、マ・゛・ケ・ソ。シ。」、ェクオオ、、ヌ、か?

 ・讌ヘ、ヌ、ケ。」

 私ヒ、ネ、テ、ニは四年ぶりです。

 こちら鬢ヌ、マセッ、キトケ、、間が、ャホョ、て、、、゛、ケ。」』



 画面にびっしりと表示されたのは、文字化けしたメッセージの山。

 読めそうな所もあるが、それは部分部分の単語だけで文脈を追うことは出来ない。


 四年ぶりって所は読める。かなり前に引退した知り合いからのメッセージだろうか――悪戯にしては手が込んでいる。

 セキュリティソフトのバージョンが最新になっていることを確認してから、画面をスクロールさせてしばらく読み進めていく。




『マテ、ケ、ア、ば、そちら鬢ホタ、ウヲ、ヌ、マ、だ何日もニ・箙ミ、テ、ニ、と聞きます。

 ・゛・ケターも、あのとき。シ、筅「、ホ、ネ、ュ、のままだと思う、、・ネサラ、ヲ、ネ。「

 サ荀ネ、キ、少しマセッ、キエキ、、オ、気持ちで、ヌ、ケ。

 ソタち、ホオ、ては今、ー、・ォガ―デンで「、ウ、チ」きています』




 少しずつ文字化けも少なくなり、読める箇所が増えてきた。

 更に読み進める。




『こちら、鬢世界マ、ハ、ヒ、なにもかも筅ォ、筅ャが変わって゛、キ、ソ。

 緑豊かホミヒュ、ォ、・ィ・。―デンの大地は紫色のオ、ヒ蹂躙ニ、ャー訷゜ケ

 、゛、・全てが飲み込まれ、ニ、、、゛、ケ』




『多くの、ホ・ユ・ローの悅シ、ホウァ、が犠牲にセタキ、ヒ、ハ、熙ました。

 残された人、・ソソヘ、ソ、チ今日も明日も・篶タニ・篥ホ、・ハ、、晒されて

 ・、、ホアイ、ヒソネ、ッ、オ、・ニ、ワ、惕ワ、ろです』




『痛い、ケ。」ソノ辛、ヌ、ケです』




『このメッセージが皈テ・サ。シ・ク、マに届くこと隍

 キ、ニ・゛・ケ・ソ。ハ、、、ヌ、キ、遉ヲ。無いでしょう

 、筅ヲ、ウ、チとそちらは分か、ォ、ソ、・ソ、ホ、ヌたのですから。

 だけど……だから……、ノ「、タ、ォ、鮑タ、・サ、ニください」




『゛・ケ・ソ。シ、に届かないと分かっていて、

 それでも、ニ、ス、・ヌに弱音を筵゛・ケ・ソ。シ、ヒシ蟯サ、さ ヌ、ネ、ケ私の弱さ

 サ荀ホネワホノ、をどうかキ許してください』




『最ホオ、に一つだけ、私の言、サ荀ホがあなたに届くのなら――』






『助けてください。マスター』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る