第三話 『繋ぐ声』
時刻は午後八時。
そろそろ夏本番とは言え、さすがにこの時間になるともう真っ暗だ。
デスクの脇に置いたアナログ時計がかっちかっちと静かに秒針を刻む。
「レポートは仕上げちゃったし、どうしようかな……」
あの後、まーくんとはファミレスで一緒に昼食を摂ってから別れた。
教職課程のレポートの方は、夕方前にVRデバイスを介して大学サーバの指定場所に格納したので、今日の僕のタスクはもう無い。夕食も食べたしお風呂も入った。強いて言うなら後は歯を磨くだけ。
「EGFが終わった途端、手持ち無沙汰になるのは考え物だなぁ…」
僕には趣味と言える趣味が無い。
強いて好むものを挙げるならば読書くらいだろうか。
もちろん
本を外部データとしてEGF内に持ち込み、
何をしようか色々悩んだ挙句、一日中ネットで時間を潰してしまうという経験はよく有ることだと思う。
結局僕もその例に漏れず、ネットサーフィンでしばらく時間を潰すことにした。
ネットサーフィンはVRデバイスでも問題無くできるが、操作に若干の意識集中が必要だ。そのため、昔ながらの据え置きマシン――あるいはノートパソコンの需要は依然としてそれなりに高い。
スタンバイ状態だったマシンを起動させ、ブラウザでブックマーク登録してあるWebサイトを開いた。
サイトのタイトルは『Ever Green Fantasia SNS』。
ディスプレイには、見慣れた青色のグラデーションの文字列に、緑色と茶色の蔦が絡まったタイトル画像が表示されている。
タイトル通りEGFの開発企業によって運営されているEGFの公式SNSサイトだ。
半世紀近く前から存在するSNSと言うネットワークサービスは、VRゲームにとって重要な要素の一つになっている。VRゲームのプレイには、ある程度まとまった時間が必要であるため、時間が取れなかったり、出先だったりするとログインできない日が何日も続いたりする。
そのため、VRゲームの多くは、ゲーム内で利用できるいくつかの機能を、SNSサイトに取り込んでいる。EGFでもこのSNSを通すことによって、倉庫の管理や、フェローとのメッセージ交換などが出来るようになっており、VRデバイスを使用すれば移動中や大学の講義中でも、ある程度遊ぶことができるのだ。
「メッセージは……三件か」
もちろんサービスが終了した現在は、これらゲーム機能にまつわるサービスは全て停止されている。現在利用可能なのは、メッセージの送受信やフレンドユーザの日記閲覧くらいのものだ。
「よっしーさん、次の移住先見つかったんだ……」
一通目のメッセージは、二年程の付き合いだった他ギルドのフレンドから。
彼もまた、長い間プレイしてきたEGFのサービス終了に落胆していたが、早くも移住先――次にプレイするVR-MMORPGを決めたらしい。フットワークが軽いと言うか、たくましいひとだと思う。
メッセージには移住先のVR-MMORPGのタイトル――最近サービスを開始した大手ゲーム会社の最新タイトルだ――と、そのゲームへのお誘いがあったが、『しばらく充電期間に入るので、またプレイするときは一緒に遊んでください』と当たり障りの無い返答を返しておいた。
二通目のメッセージも似たような内容。
移住先のVR-MMORPGでギルドを立ち上げるので、サブマスターとして力を貸して欲しいと言う。不義理かもしれないけど、これもまた差し障り無くやんわりとお断りすることにする。
そして三通目。マウスポインタをメッセージに当ててから僕は首をひねる。
「ん? このメッセージ、件名が付いてないな……」
タイトルが『無題』で届くことは良くあることだ。
それよりも不思議に思ったことは差出人の名前。
差出人:『$B%f%M (B』
「文字化けとはまた珍しいなぁ……」
インターネットで使用される文字コードの国際規格が統一されたのは随分昔、それこそ僕が生まれるずっと前のことだ。ブラウザが持つ自動変換機能の強化もあり、僕も文字化けという現象を見た経験は数えるくらいしかない。
ブラウザの設定をいじり、いくつかの文字コードに変換してみたが、文字化けは一向に解消されない。
僕は首を傾げながら『無題』と表示されたタイトルをクリックして、メッセージを開いた。
「……なんだこりゃ?」
『こんにちヒ、チ、マ・゛・ケ・ソ。シ。」、ェクオオ、、ヌ、か?
・讌ヘ、ヌ、ケ。」
私ヒ、ネ、テ、ニは四年ぶりです。
こちら鬢ヌ、マセッ、キトケ、、間が、ャホョ、て、、、゛、ケ。」』
画面にびっしりと表示されたのは、文字化けしたメッセージの山。
読めそうな所もあるが、それは部分部分の単語だけで文脈を追うことは出来ない。
四年ぶりって所は読める。かなり前に引退した知り合いからのメッセージだろうか――悪戯にしては手が込んでいる。
セキュリティソフトのバージョンが最新になっていることを確認してから、画面をスクロールさせてしばらく読み進めていく。
『マテ、ケ、ア、ば、そちら鬢ホタ、ウヲ、ヌ、マ、だ何日もニ・箙ミ、テ、ニ、と聞きます。
・゛・ケターも、あのとき。シ、筅「、ホ、ネ、ュ、のままだと思う、、・ネサラ、ヲ、ネ。「
サ荀ネ、キ、少しマセッ、キエキ、、オ、気持ちで、ヌ、ケ。
ソタち、ホオ、ては今、ー、・ォガ―デンで「、ウ、チ」きています』
少しずつ文字化けも少なくなり、読める箇所が増えてきた。
更に読み進める。
『こちら、鬢世界マ、ハ、ヒ、なにもかも筅ォ、筅ャが変わって゛、キ、ソ。
緑豊かホミヒュ、ォ、・ィ・。―デンの大地は紫色のオ、ヒ蹂躙ニ、ャー訷゜ケ
、゛、・全てが飲み込まれ、ニ、、、゛、ケ』
『多くの、ホ・ユ・ローの悅シ、ホウァ、が犠牲にセタキ、ヒ、ハ、熙ました。
残された人、・ソソヘ、ソ、チ今日も明日も・篶タニ・篥ホ、・ハ、、晒されて
・、、ホアイ、ヒソネ、ッ、オ、・ニ、ワ、惕ワ、ろです』
『痛い、ケ。」ソノ辛、ヌ、ケです』
『このメッセージが皈テ・サ。シ・ク、マに届くこと隍
キ、ニ・゛・ケ・ソ。ハ、、、ヌ、キ、遉ヲ。無いでしょう
、筅ヲ、ウ、チとそちらは分か、ォ、ソ、・ソ、ホ、ヌたのですから。
だけど……だから……、ノ「、タ、ォ、鮑タ、・サ、ニください」
『゛・ケ・ソ。シ、に届かないと分かっていて、
それでも、ニ、ス、・ヌに弱音を筵゛・ケ・ソ。シ、ヒシ蟯サ、さ ヌ、ネ、ケ私の弱さ
サ荀ホネワホノ、をどうかキ許してください』
『最ホオ、に一つだけ、私の言、サ荀ホがあなたに届くのなら――』
『助けてください。マスター』
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