第176話 謎のミステリー 「ピッ」事件

 リビングダイニングにいると、どこからか「ピッ」と音がする。

 よくある電器製品の音である。リモコンのボタンを押すと鳴るアレだと考えてもらえばまず最初に思い浮かぶ「ピッ」の周波数だと思う。

 ほんとーによくある。炊飯器も洗濯機もエアコンもIHクッキングヒーターも、みんなその周波数の音で鳴る。


 5分くらいするとまた「ピッ」と音がなる。

 今度は10分くらいするとまた鳴る。

 20分くらい鳴らないこともあるが、前回から1分も経たずにまた鳴ることもある。


 両親が言うには一昨日くらいから鳴っているそうだ。


 警報的な音ならば、もっとけたたましく鳴り続けだろう。

 うちの冷蔵庫は閉め忘れると蚊の鳴くような声でピピピ、ピピピと訴えるが聞こえにくくて困る。


 私は耳年齢の老化が激しく、右耳と左耳の聞こえる周波数の範囲がズレているため、音の方向感覚がかなり弱い。

 両親は実年齢相当の聴覚だから当然音の方向感覚が弱い。

 一応、そんな音だから先に書いたように警報・警告ではないだろうから危険はないと思われるが、不定期にどこから聞こえるかわからない「ピッ」は微妙にイライラする。

 なんとか原因をつきとめなければならない。


 まず部屋の何ヶ所かに座りこんで、音がする方向を探る。さすがに音源に近づけば私の感覚でもおおまかな方向はわかるだろう。

 ところがわからない。そんなに私の耳は衰えたのか。昔は絶対音感で、10Hzヘルツ差でも聞き分けられたというのに。ウソやけど。


 そんなわけで、容疑者を絞ることにした。まず、その音は洗濯機ではないかと思った。洗濯機はリビングダイニングの隣にあり、「ピッ」音は割と通るので扉を閉めた隣からでも聞こえることもあるだろうから。

 実際、洗濯機の電源ボタンを押したときの「ピッ」音はまったく同じだった。

 そんなわけでリビングダイニングと洗濯機のある部屋の扉の前に陣取ってスマホゲームを音量ゼロにして遊びながら「ピッ」を待った。

 どうやら違ったようだ。

 ちなみにIHクッキングヒーターが犯人だった場合、なんらかのインジケーターが点灯するはずで、それがないことには、元電源を切るのも大層なので後回しである。

 では、次に、炊飯器・オーブントースター・電子レンジ・電気ケトルのコンセントをすべて抜いてみた。そうして鳴らなければ、容疑者は彼ら四人に絞られる。

 ところが、炊飯器は律儀に時計表示を続けているので、内部バッテリーでまだ「ピッ」音を出す恐れがある。

 そのため私は炊飯器を隔離し、監視することにした。私は炊飯器とマンツーマンで自供を待った。

 しかし炊飯器は黙秘を続けた。恐らくこれ以上彼を疑ってもしょうがないだろうとリビングダイニングに戻ると、母はその間にも「ピッ」音を聞いていたという。

 こうして炊飯器は容疑者から外れた。

 そして、コンセントを抜いたら何もできないであろう、オーブントースター・電子レンジ・電子ケトルも容疑者リストから消えた。


 テレビは容疑者とされなかった。彼の位置があまりにも単独で部屋の端にあるため、そこからの音なら判断できるだろうということで彼を疑うのは後にされたのである。


 ふと、天井についている火災報知器の存在に気付く。電池切れを訴えているのではないかと思って触ってみたら「ぴゅいぴゅいぴゅい! 火事です! 火事です!」とうるさい。これだけ元気に警報音が鳴るならきっと問題はないだろう。火災報知器の容疑は晴れたわけではないが、ひとまず他の容疑者に当たることにする。


 次は湯沸かし器である。室内壁面のインジケータに異常の表示はない。家の外のタンク部分などに以上があってそこに異常を表示するものがあるかと思ったが、見てみるとまったくそこに表示部分やLED点灯する部分はなかった。


 こうなるとエアコンである可能性がある。

 私はエアコンの真下に陣取ってエアコンが自供するのを待った。しかし私がそこにいるとエアコンは黙秘を決め込んだ。いやまだこの時点でエアコンが犯人と決まったわけではないが、エアコン以外が犯人だとするとエアコンが黙秘していても「ピッ」音は聞こえるはずである。


 とりあえずエアコンが真犯人である可能性を感じた私は、手元にエアコンのリモコンを置いて見張ることにした。

 そして「ピッ」と鳴った直後リモコンの液晶表示を見ると、「体感温度」や「室外温度」「湿度」などが液晶画面に表示されたのだ。

 これでほぼ完全に犯人はエアコンである。

 しかしまだ動機が充分ではない。彼はなぜ不定期に「ピッ」音を出すのか。


 とりあえず、エアコンの説明書をひもとき、色々読んでみる。

 ついでだから、エアコンの時計表示がズレているのを修正してみたのだがボタンの反応が極めて悪い。まともに時計を合わせることもできない。

 電池ボックスを開いてみると液漏れをしており、内部にダメージがあった。

 そのためか、いくつかのボタンが効かなかったり誤動作したりすることが判明した。

 取説によるとリモコンの「お知らせ」というボタンを押すと、先の「体感温度」や「室外温度」などを表示することになっているのだが。

 ところが押してもまれにしか反応しない。しかし反応したときには例の「ピッ」音が聞こえるのである。


 液漏れ電池を外し、端子を可能な限り磨き、新品の乾電池を入れた。

 しかし、いくつかのボタンは反応せず、時計合わせもできない。

 そしてどうやら、「お知らせ」ボタンが誤動作しているのであろうという結論になった。

 恐らくリモコンを新品に交換すれば誤動作もなくなり、時刻設定もスムーズにいくことだろう。


 そして皮肉なことに、「ピッ」音がエアコンから聞こえるということがわかった途端に、当たり前のようにエアコンの方から「ピッ」音が聞こえるようになったのである。人間の感覚など当てにならないものである。


 しかし、これまでの人生の中で解決した事件の中でも困難な部類であった。

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