第15話 一華の帽子3

 巡って来たサトウ帽子屋・共同経営者兼広報・接客担当、長女一華いっかの誕生日。

 トワロードの洋菓子店ア・ラ・カンパーニュに特注したバースディケーキにはイチゴ・フランボワーズ・ブルベリーが零れんばかりに乗っている。

 連なる蝋燭を雄々しくも一息ひといきに吹き消した一華に弟のそうが進み出でうやうやしくプレゼント差し出した。

 リボンで飾られたサトウ帽子屋の帽子の箱……!

 一華は目をみはった。

「ええー! 私に? 嘘! 今年の贈り物は帽子なの? れん兄さんが作った?」

「そうさ! イメージ提供は僕。二人の共同制作だよ! 僕もちゃんと出資してるんだからね!」


 ―― おめでとう、一華!


「おめでとう、一華ねぇ! さあ、早く、開けてみてよ!」

「ああ、どうしよう? 私の帽子!? どんな帽子かしら?」

「もちろん、一華ねぇの名にあやかった、ピッタリの帽子さ!」


  一華の花はどんな花?


「――」


 蓋を開ける。

 箱の中に入っていたその帽子は……


 形は小公女がかぶっていたようなきりっとして清清すがすがしいブルトン。

 素材はフエルト、色は黒。そして――

 

 何処にも花はなかった。


 ただ一か所、右側にビロードのリボンとともに宝石が飾られている。

 漆黒のオニキスだ。


 颯が説明する。

「生地の色は〈深淵〉または〈大地〉を表している。そして、オニキスは〈種〉だよ。地中深く眠っている。やがて来る開花の時を夢見て……」

 末弟は悪戯っぽくウィンクした。

「この石はね、〈迷いの無い信念〉を象徴するんだってさ」

 オニキスは自分自身の中心軸をしっかりと安定させる石で、着実に目標を実現するために地に足を着けた行動をするよう導いてくれる石だと宝石の履歴には記されている。

 人生において幾度も降りかかる辛い場面、苦しい局面で、けっして諦めることなく前に進むための忍耐力や意思の強さを与えてくれる石。

「まさに一華ねぇにぴったりだろ?」



 ―― 一華。おまえがどんな花を咲かすのか、今はまだ僕らにはわからない。だから、未知と未来を詰め込んだこの帽子を、今年の誕生日の一華おまえに……!



「兄さん! 颯も! ありがとう……!」


 飛びついて両腕に兄弟を抱きしめる一華。


 もうひとつ。

 

 実はこの帽子には漣がこっそり込めた思いがある。自分だけが知るモノ。

 オニキス、この宝石は一華の瞳でもあった。兄が見た一点の曇りもなく煌めいていたあの夜の眼差し。



『決めたわ! この店を私たちで引き継いでいきましょ!』



 あの日、この言葉に続けて、妹の指が〝その形〟を示した。

 かつて自分が妹に言った手話ことば

 ドアの外、未知の世界を指さす矢のカタチ。

 右手で人差し指を作ってまず胸に向け次に、勢いよく外へ……



  行け・・


 その言葉を聞いて・・・兄は答えたのだ。迷いの消えた指で。


 ―― よし、行こう。一緒に!



 今日、贈られた真新しい帽子をかぶって微笑んでいる妹に兄の指は言っている。


 ―― ありがとう、一華。 これからも、僕と、サトウ帽子屋をよろしくな?






    カララン……






      第五話 《一華の帽子》 ――― 了 ―――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る