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「亜紀さ……!!」
「来るな――っ!」
一歩踏み出した蒼斗を、亜紀の怒声が止めた。
「俺のことは構うな! それよりも、早く亥角を止めろ!」
「っ、そんなことできるわけがないじゃないですか!」
「これは命令だ!」
時は刻一刻と過ぎていく。
こうしている間にも亥角は計画を進めている。
だがこのまま奈落に堕とされていく亜紀を見て見ぬふりすることは絶対にできない。
板挟みの状態の蒼斗は鎌を握る手が小刻みに震えた。
どうしよう、どうしたら……どうすれば最善策になる?
「迷うな!」
ぐるぐるとした思考が晴れたように一掃された。
リールを巻くように鎖は拡張されていく亀裂へと引かれ、亜紀の身体が地を擦る。待ち受ける、まさに地獄の苦痛など構うことなく蒼斗を見据えた。
「お前は、自分の信念に従って動けばいい……馬鹿正直なくらいにな」
「信念……」
「お前はいつだって最善の選択をした。俺が保障する」
――僕はただ、自分の心に従っただけです。助けなければならないと、心がそう叫んでいた。
「その馬鹿正直な信念に、俺は一度救われたんだからな」
「亜紀さ……?」
「これから先、お前の選択でいろんな代償を払うことが増える。だが絶対に後ろを振り返るな。何でも他人の反応を一々気にする自信のなさがお前の欠点なんだ、これを機に前を見続けろ」
お前はいつだって何処にいたって、誰かに必要とされたくて周りに気を遣ってばかりだった。
だがそれももう終わりだ。
「お前は存在していいんだ、蒼斗。他の誰かがお前を拒絶したとしても、俺はお前を受け入れる――認めてやる。俺以外でも認めてくれる奴がこれからきっと出てくるだろう」
人間はいつだって周りと比較して異端のものは拒絶、あるいは遠巻きに扱うものだ。
学校のクラスで馴染みにくい無口な秀才がいれば、ある者は憧れるが話しかけにくいから離れてみているだけ。
ある者は、自分にはない利点への妬ましさから無情ないじめを繰り返す。
「強くなれ、蒼斗。そして、生きろ」
来るなと命令されても、身体が勝手に亜紀の方へと向かってしまうのは当然のこと。
だが現実は残酷で、目と鼻の先にあった亜紀の姿は瞬く間に亀裂の中へと引きずり込まれた。
「あ、亜紀さ……っ」
放心する蒼斗をよそに地面は元の何でもなかったかのように平らに戻る。
吸い込まれるように消えてしまった
蒼斗は張り裂けんばかりの叫び声をあげた。
膝を折ってその場に崩れ落ちた。
どれだけ叫んでも、何回名を呼んでも、悪態ついた言葉が返ってくることはない。
「……せよ……っ、亜紀さんを…っ、亜紀さんを返せよおおおおお!!!」
半身がすっぽりと抉り取られたような空虚感が押し寄せ、双眸からは涙がこぼれる。
行き場のない思いを地面にぶつけるが、それは無駄なこと。御影をより一層高揚させる要素でしかなかった。
「これでAPOCは終わった! これで我の脅威となる者はもういない、全部片づけてくれるわ!」
四方から現れた狂魔の大群。
普段の蒼斗なら悲鳴の一つや二つ挙げるのだが、今の彼には狂魔の存在すらも認識されていないのか全くの無反応だった。
「君だけは絶対に、僕がこの手で息の根を止めてあげる!」
「まだAPOCは終わっちゃいない。俺たちがいる限りね!」
亜紀が倒れ、嘆く余裕もなく瀬戸と千葉は銃を構える。
「しっかりしなよ、工藤蒼斗」
瞳に色失った蒼斗の前に立ち、襲いかかる狂魔を撃ち払ったのは、意外にも瀬戸だった。
御影は千葉が対峙して戦っている。
背中越しに引き金を引く手を止めないまま、口を開いた。
「亜紀を失って傷ついているのが君だけだと思わないでよね」
「彦さん……」
「いつまでそこで汚い面さげて這いつくばっているんだい? ペットは主人の言うことを聞くんだろう? 僕の亜紀の命令を無視する気?」
「命令……」
「亜紀は本当に認めた人間じゃなきゃあんなことは言わない。君がどれだけ自分のことを不必要な存在だと気色悪いくらい勘違いしようが、生に執着していることくらい僕にだってわかる」
「気色悪いって……」
「人は誰しも背負うべきものを持って生まれる」
「え?」
「亜紀がよく言っていたよ。その通りだと思う。そうでなかったら、君も僕も、こんな非現実的で残酷な運命に巻き込まれるわけがない」
この正義が逆転した世界に生まれたのには訳がある。
蒼斗が死神の力を授けられたことにも意味がある。
「これだけまだ言っても分からないなら、君は戦うことを選ぶしかない。みっともなくたって構わない。戦い続けることで生きる意味――存在意義を見つければいい。僕から言えることは、亜紀の命令を聞けってことだけだ。あとは勝手にしなよ」
僕は諦めてなんかいないけれど、亜紀がいなくなっても、生きる為に戦い続ける。
だって、僕はナンバーツー、亜紀の意思を継がなければならない。
――勿論義務だけでなく、それが僕の生き甲斐であり、望みだから。
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