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 蒼斗は亜紀が持って来た瀬戸の報告書を黙読速読する。

 そこにはD地区で亥角に殺された原田の詳細が記載されており、彼女の正体は御影がペンタグラムの情勢を探るために送り込んだ工作員だと書かれていた。


 原田由紀という名は確かに亥角の旧友として存在している。

 しかし、本物の原田は数年前に交通事故で既に死亡しており、その顔は蒼斗が原田と思っていた顔と全くの別人。


 彼女の本名は野口理沙のぐちりさ。そして彼女の主たる目的――それは工藤蒼斗の抹殺。

 蒼斗はその行を何度も読み直し、御影から原田……野口への蒼斗の抹殺命令の文書を見て愕然とした。


「野口と繋がりがあった亥角は、あの女がお前を殺す目的で身分を偽り近づいたことに気付き、あの女だけでなくあの女に関わる全ての人間を始末した。――奴はお前を守ったんだ」

「じゃあ、探すなって言ったのは……」

「お前にまた御影に命を狙われているという事実を知られたくなかったんだろう」

「だからってあんな風に……」

「奴らは全員狂蟲を大量に体内に蓄積させていた。遅かれ早かれ何かの拍子で狂魔になっていた。奴は正しい選択をした」


 亥角のした行為は蒼斗を守るためだった。その方法は残酷かもしれない。だがそれは彼なりの守る方法だった。


「人は大切なものを守るためなら悪魔に魂を売ることも、どんなにその手を血で汚そうといとわない」

「亥角さん……」


 それでも蒼斗は納得がいかなかった。


「だったら尚更僕はオリエンスに行きます! 亥角さんと話をしないと僕は納得出来ません!」

「じゃあここから出ないとな」

「正直言わせて貰うっスけど、死神の力を使っても、東崎や夏彦、オレを相手にするのは戦闘経験が足りなさすぎるっス」


 紫煙が卯衣に散らないよう顔を背け、折ってしまった煙管の代わりに、新しく調達した煙管を吸う亜紀の言葉を代弁するように、奈島は肩を竦めて得意げに笑った。

 薄暗い留置所に亜紀の口から吐き出される紫煙が空気に溶け込むのを見届け、後頭部を軽く掻いた。


「やっぱり、そうですよね。大口叩いたけど、実際身体は震え切っていますし」


 亜紀は煙管を一つ回し、ドア付近に感じる気配に目配せした。小さな足音と共に影が伸び、目の前の女を見て目を見張った。


「こ…近衛、さん……っ?!」

「お久しぶりです、工藤さん」


 制服を着た女は近衛だった。

 蒼斗が呆けている一方で卯衣は口を横に結んでおり、亜紀と奈島は、近衛が取り巻くオーラをものともせず黙って様子を見ていた。――これで蒼斗はすぐに分かった。


「……近衛さんはそんなに優しい目で僕を見ないよ、辰宮」

「あら、もうバレちゃった。つまんないわねぇ」


 口をへの字に歪め、髪を鷲掴み、カツラを取り去ると金髪が揺れた。それからカバンから蒼斗と同じ髪型のカツラを取り出した。


 次は制服を気兼ねなく脱ぎ始め、蒼斗が手で目隠しをする前に辰宮の裸体――ではなく真っ黒なスパイスーツが現れた。それから体格をごまかすためのパットを外していく。

 金色の髪にその黒は見惚れるくらいに映え、細い腰がくっきりと浮かび上がる。

 棘のような卯衣の視線に覚醒させられた蒼斗は肩を震わせ、辰宮がさっきまで着ていたにこやかに手渡して言った。


「さ、早くコレに着替えて、蒼斗君」

「……え?」


 耳が遠くなったのかと疑いたくなるような催促に、蒼斗は亜紀に助けを乞う視線を送る。


「ここを出るためのお膳立てに辰宮は来た。その恰好なら、疑われることなく俺と外に出ることが出来る」

「外に……でも――」


 例え出られたとしても、卯衣や辰宮が残ることになってしまう。蒼斗は決断を鈍らせた。

 卯衣は小さく頷き、微笑んだ。


「行って、蒼君」

「だけど僕だけ出るなんて……」

「私のことは気にしないで。それに今優先すべきことは、私たちがここから出ることじゃない。蒼君を出して亥角君のところに連れて行くこと」


 蒼斗が着ていた服と同じものをカバンから出して着替えた辰宮は、カツラを被って完璧に蒼斗に変身していた。

 檻越しに並ぶ姿は双子のようで、亜紀は滑稽そうに笑った。


「あなたには大きな借りがある。代わりに檻の中に入るなんてどうってことないわ」

「辰宮……」

「さぁ、早く行って。時間がないのよ」

「……ありがとう、二人とも」


 蒼斗は奈島に檻から出して貰い、入れ代わりに蒼斗に成り代わった辰宮が中に入る。

 亜紀と奈島は制服に着替えた蒼斗を連れてその場を後にした。捜査官の流れに入る前に奈島はここで別れ、「しっかり頼むっスよ」と、言葉を残し自分のオフィスに戻った。


 本部を出た亜紀と蒼斗は待っていた千葉の車に乗り込み、ヘリポートに向かった。



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