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「それより、お前たちに凶報がある。お前たちをブタ箱に入れたのは知っての通り亥角だ」

「やっぱり……」

「さらに最悪なことがある。蒼斗、お前がそこにいる間に亥角がお前に変装してAPOCの保管庫にあったアストライアを盗み出した」

「っ、亥角さんが僕に……?」


 だから罠に嵌め、身動き出来ない状態にしたのだと納得した。

 しかし、今更それを知っても既に遅い。押収したアストライアはとっくに亥角に奪われてしまった。

 自分の考えの浅はかさに恥ずかしくて顔から火が出そうだった。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


「そしてさらに、彦がウチの諜報部からオリエンスの旧核実験場で強大なエネルギー反応があったという情報を受けた。この地図を見てみろ――つい最近から数値が上昇しつつあり、段階別で最悪のレッドゾーンが拡大している」


 モニターに映されたのは、数日前と現在のオリエンスのエネルギー計測図。日が経つにつれて赤い範囲は広がりどんどん数値が上昇していた。


「下衆の御影がまた最期の審判計画を再開しようと実験の用意を進めている。そして、太一の報告を受けてその動力源の材料として目をつけていたアストライアを亥角に持ち出させた。――いや、正しくは奴が自発的に持って行ったと考える方がいいだろう。他人の命令や意見に従うような人間じゃないからな」


 亥角が御影と手を組んで実験を企んでいるのなら、止めに行かなければならない。

 蒼斗は嫌な汗がどっと噴き出すのを感じ、亜紀に急ぎオリエンスに行き、亥角を追わせて欲しいと頼み込んだ。

 だが――。


「悪いが、それは出来ない」


 亜紀の淡白で残酷な返答が蒼斗の鼓膜を震わせた。


「どうしてですか……っ、十年前のような事故が起こったらひとたまりもないじゃないですか!」

「お前は亥角の罠にかかって勾留中、あと何十時間はそこから出られない。――それと、ここまで一刻を争うことになったらAPOCの全ての行動に核の許可が必要になってくる」


 さらに、ペンタグラムはオリエンスから溢れる狂蟲の手から逃れるために出来た国。悪魔の加護を受け外部へ流れる狂蟲を完全に遮断している。そのため、オリエンスが再び実験に失敗し、狂蟲を垂れ流そうともペンタグラムには全く関係ないのだ。


「絶対の決まりは破るわけにはいかない。今回の亥角が起こした大量殺人も、万が一STRPの協力要請が来たとしても核からの指示がない限り、俺たちAPOCが動くことはできない」

「そんな……っ」

「分かってくれ、とは言わない。……だが、どうしようもないんだよ」


 無線の向こうで亜紀がどれだけ悔しそうな顔をしているのか、どれだけ掌に爪が刺さって血を滲ませて怒りを堪えているのか、蒼斗には分かるまい。

 亜紀たちも蒼斗の考えを今回ばかりは尊重したい。


 残酷な現実を突き付けられ、蒼斗は愕然とベッドに腰を下ろし、脱力して全身の溢れる疲労を溜め息に込めて放出した。

 勾留期間が終わるまでほど遠く、亥角の計画を知っても何も手を出せない歯痒さに蒼斗は留置所の壁を殴りつけた。




 ◆




 どれくらい経ったのか。ざっと一時間は経っただろうか?

 蒼斗はずっと考えては放棄して、考えては放棄してを繰り返していた。



 ――亥角が蒼斗を亜紀に保護させたのは、アストライアを手に入れるため? 初めから自分の計画を容易に遂行するために利用した?


 ――自分のことは、ただの道具とでしか考えていなかった?



「どうして亥角さんは……よりにもよって僕を……っ」

「……亜紀ちゃん!」


 留置所に現れた亜紀。蒼斗は勿論卯衣は迷子が迎えに来た親を見た時のような表情で近づいて檻を両手で掴む。

 亜紀の後にやって来た奈島の額には、一点の赤い腫れが見えた。その正体は言うまでもない。いくら業務の為とはいえ、卯衣を留置所に入れた奈島を亜紀が許せるわけもなく、頭突きをお見舞いしたのだろう。


「遅くなって悪かったな、卯衣」

「じゃあ……!」

「いや、勾留期間は変わらない。今回の一連の事件が片付くまでな」


 亜紀が言いたいことは分かった。――亥角と御影の核実験の計画が終焉を迎えるまで卯衣と蒼斗の容疑が晴れることはない。


「ペンタグラムにとって、例え御影の実験がまた失敗して爆発を起こしたとしても、核に守られているこの国は痛くも痒くもない……それは重々理解しています」


 オリエンスがどうなろうが、全く関係がないことだった。むしろその方が悩みの種が消えて嬉しいだろう。


「でも僕は……亥角さんを止めたい」


 蒼斗には聞きたいことが山のようにあった。


 何故蒼斗を保護するよう亜紀に促した? 

 何故、利用していただけなのなら殺してしまえばよかったのに、蒼斗を留置所に送るよう仕向けた?

 第四皇帝たる彼が、何故御影の肩を持つような真似をするのか?


「僕には全てを知る権利があります。そのためならAPOCの掟や核なんてクソ食らえだ」

「掟破りは粛清されるぞ」

「僕はどんな手を使ってでもここを出てオリエンスに行きます。例え、亜紀さんが目の前に立ち塞がろうとも――」

「待て待て」


 蒼斗が大鎌を出現させようとしたところで、亜紀は片手を挙げて制止させた。その表情は楽しそうだった。


「誰もオリエンスに行くな、なんて一言も言っていないだろう」

「へ?」

「それと、亥角はお前を邪魔になど思っていないぞ」

「どういうことですか?」



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