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 昔から、何をやってもすぐに飽きてやる気がなくなってしまう。


 特に苦手なものも嫌いなものもなく、可も不可もなくこなせてしまう器用な人間だと自負してもいいくらい彼の世界は簡単で、実に味気ないものだった。

 ゼロ・トランスで家族を亡くし、ペンタグラムに逃げ親戚の家に預けられた彼は全ての世界を歪に感じていた。

 近づく人間は何でもできてしまう彼をブランドのアクセサリーのようなものと勘違いし、傍に置きたがった――男だろうが、女だろうが。

 前者はこんな友人がいるんだぜというプライドの構築要素として、後者はこんなハイスペック、完璧な恋人がいるんだと自分を誇示するためのアクセサリーとして。


 親戚は彼の優秀さをひけらかし、自分のことのように自慢話をするようになった。

 汚い、醜い――実に醜悪なものだった。

 人間というものはどうしてこうもどす黒い生き物なのだろうかと不信感を抱くくらい理解できなかった。


 ――そんなある日、彼は中等部に通い始めたころにいじめの現場を目の当たりにした。

 彼と違って体格も、性格も、成績も運動神経も――何もかもが真逆で、他人から劣等生のレッテルを強引に貼り付けられ晒しものにされていた。


 いじめられていた子どもは、彼に手を伸ばし涙と鼻水で汚くなった顔でたった一言告げた。


「たすけて……っ」


 救済を求めた。

 彼は稲妻を受けたような衝撃を受けた。

 物として、飾り物としか見られず求められなかった自分が、まさか弱者から救済を求められるとは思いもしなかったからだ。


 初めて必要とされたことが嬉しくて彼は勿論と手を差し伸べた。

 助けられた少年は彼を見て安堵の笑みを浮かべて言った。


「君が助けてくれたら、これからきっと、みんなからいじめられなくなると思ったんだ」


 その言葉で、彼の中の春の日差しを浴びたような胸の温かさと、大きな達成感がその一言で凍り付き、無慈悲なくらい音を立てて砕け落ちた。


 ――結局、必要としていたのは彼自身ではなく、彼が庇い、今後傍にいることで得られるが目的だったか。


 それが分かると、彼は一途の望みを自ら放棄した。


 次の瞬間には、彼は少年を蹴り倒していた。

 少年をいじめていた者たちも、蹴り飛ばされた少年も目を見開いて驚愕の感情を顔にありありと浮かべていた。

 床に這いつくばる形になった少年は呆然と彼を見上げ、言葉を発しようにも身体が震えて声が出なかった。


「ふざけんじゃねぇぞ」


 瞳は荒み、怒りに染まり切った表情は今まで彼が見せたことのない感情だった。


「テメェなんかの豚野郎をこの俺が助けるわけがねぇだろうが。夢見てんじゃねぇぞ」


 ――物でしか見ないのなら、それ以下のお前らなんざ、駒のように使ってやるまでだ。


 彼はつまらない、物足りない生活を自分より下等な人間を甚振ることで至極愉快なものに変貌させた。

 欲しいものは必ず手に入れ、不要なものはすぐさま切り捨て、目につくものはただちに始末する。


 しかし同じことを繰り返していれば、いずれ飽きが来る。

 そこで目を付けたのはペンタグラムの水面下で動く裏の組織――APOCの存在。ここで生きれば今までにないことが待っていると直感した。

 十岐川大学に入り、世界の内情やAPOCの組織というものを知り、自分の生きる道がより一層面白く彩られることを確信していた。


 ――なのに。


 鬱陶しいくらいに目立つ男……工藤蒼斗の存在が彼の神経を逆撫でした。

 オリエンス、しかも御影直属の治安維持局特別機動隊隊長という役職の男を自分のボスである亜紀は易々と自分の懐に入れ側近に置いた。

 自分では何年、何十年経とうが到底立てない場所に、たった数日の間で腰を落ち着かせてしまった蒼斗が気に入らない、憎くてたまらなかった。


 何故? 何故APOCは御影の息のかかった人間を助けた? 何故亜紀は新たに名字を与えてまで蒼斗を傍に置いた? 全くもって理解できない。

 どうせ自分には敵いっこない、いつものように気に入らない人間は潰していけばいい――そう思っていた彼の期待を、蒼斗は悉く裏切っていった。

 勉学はそつなくこなし、体術訓練では、再起不能になるまで痛めつけてやろうと思えばあっさりと返り討ちに遭い、摘発訓練ではどんなに狂魔と同じようにカラーボールで染め晒しものにしても蒼斗は諦めることをしなかった。


 ――というより、蒼斗は彼を見てすらいなかった。

 いや、見ていないとまではいかないが、今の自分が目指す目標への単なる通過点としか認識していないのかもしれない。


 なんにせよ、彼にとっては面白くない話だった。

 極めつけは、想いを寄せる女からの痛いくらいの指摘。


 本当に欲しいと思うものは、いつだって手元に来ない。

 多くを求めないもの同士なのに、必ず蒼斗の元に誰もが集まる。

 誰一人、自分を見てくれやしない。


 ――憎い……憎い憎い憎い憎イ…ニクイ、ニクイニクイ!!



「邪魔ナ者ハ、全部消シチャエバイインダヨ?」



 ――ソウダ、イママデヤッテキタヨウニ……今度ハ、確実ニ……殺シテシマオウ。



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