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◆
奈島の車に乗り込むと沈黙に包まれた。
蒼斗は気まずさで押し潰されそうになるのを、外を見ることで紛らわせようと試みる。
よくよく考えてみれば、自分を除く二人はともにSTRPで、かなり居心地が悪いのは当然のことだった。
「ヒヨッ子」
「は、はい!」
「大倉の一件について説明しろっス」
「え、えーと……傷が二種類あることから犯人は複数、銃弾が六発にナイフによる傷数ヵ所。急所は外しています」
「ひと思いに死ぬことも出来ず……か、まるで拷問っス」
「拷問……じゃあ――」
「大倉の場合はそうだろうが……本田と新條には、明らかに犯人の感情がさらにぶつけられている」
「そうですね、本田さんは喉元に一発、新條さんは首を落とされていますし。新條さんの方が犯人の感情に怒りが見られます。……辰宮が犯人に遭遇する前に新條さんに撃たれたのは、不幸中の幸いといったところでしょうか」
蒼斗は事故現場の写真を見比べ、それぞれの状況から見て仮説を立てる。
これだけの力を持つ犯人が大倉の殺害を失敗するはずはない。何かがその時に起こったとしか考えられなかった。
「確証はないが、全ては何かを狙っての犯行だと思っていいっスね。そして、数ヶ月前のエネルギー放出にそれと三人は関係している」
大倉はあの物体を何としてでも守りたかった。
だから、与えられる苦痛に歯を食いしばって耐えたのだろう。
「ブツが胃の中にあったってことは、奴にも犯人にも重要なものだったってことっスね」
「でも、自分があんな目に遭ってまで……」
「人っていうのは、命を懸けてまでも守りたいと思うものがあるっス」
蒼斗は奈島の遠い目をした横顔を見つめた。
記憶のない蒼斗には、死んでも守りたいと思うものが理解出来なかった。
一つ分かることは、大倉は地位か利益か、それは定かではない。ただ、守るべきものが確かにあったということ。
「ボス、聞こえますか?」
奈島に部下からの通信が入った。
本田及び新條の家を捜索したところ、STRPよりも前に何者かが侵入し物色した形跡が見られ、彼らの金庫に納められていた研究ファイルはこじ開けられて全て持ち出されていた。
「大倉さん家族は小学生の息子さんしかいません。身元が判明してから自宅に向かいましたが、ここ三日親戚の家に預けられていて連絡がつかず、さっきやっと見つけて連絡したら今日こっちに帰宅するとのことです」
「あとの二人は一人暮らしだったが……帰宅時に犯人と鉢合わせしたら危険っス」
東城は青と赤のランプを片手で車の上に取り付け、奈島はアクセルを踏み込む。速度メーターは瞬く間に高速道路を走るくらいまで跳ね上がる。
◆
大倉が住む一軒家に辿り着いた蒼斗は、車酔いでへろへろになりながらインターホンを鳴らした。その後ろでは奈島と東城が拳銃の弾を確認する。
駐車場に親戚の車が停まっているにも拘らず返事はなく、家は沈黙を続けている。
「お前、銃は?」
「所持許可されていないので……」
「……んじゃ、コイツでも持っていろっス」
奈島はトランクに積んであった小型銃を手渡した。
「ヒヨッ子には、ヒヨッ子なりの銃が合っているっスよ」
プラモデルのような造りの小型銃にもの言いたげな顔を浮かべる蒼斗。
「助けて!」
すると悲鳴が聞こえた。
家から激しく物が倒れる音に続き、陶器が割れるような音に奈島と顔を合わせて頷く。
奈島は東城と蒼斗に正面から入るよう指示し、一人裏庭に回る。
玄関のカギは開いており、ピッキングの形跡が見られた。どう考えてもこの家の人間がしたものとは考えられない。
蒼斗は指示通りに頃合いを見て、誰にも気づかれないよう東城の後に続いて家に侵入。
玄関の置物や写真立てなど何から何まで床に散乱し、騒ぎ声がするリビングへと足早に、かつ音を立てないよう銃を構えながら近づく。
「離せよ!」
開いたドアの隙間から様子を伺うと、少年がうつ伏せの状態で目だし帽を被った男に後ろ手で拘束されていた。付近の床にはぐったりとした男が頭部から血を流して倒れている。恐らく、叔父だろう。
男は変声器で声を誤魔化し、痛みに呻く彼らに訊ねた。
「大倉の研究資料は何処だ。何処に隠してある?」
「知らない……っ、ボクは知らない!」
「私も何のことか知らない……本当だ」
「俺をあまり怒らせない方がいいぞ。正直に話さないと、まずはガキが死ぬことになる」
「ひっ!」
裏庭の窓から様子を伺う奈島と目が合った。
ここで亜紀なら慎重のかけらもなく乗り込んで男に銃をぶっ放して沈めるだろう。
だが奈島は元APOC幹部とはいえSTRPのトップだ。東城もいる。きっと大事にならない程度にこの場を押さえるだろう。
「あ」
銃の扱いに手こずっていると、蒼斗は銃を床に落とした。
ゴトリと響く重たい音に背筋が冷え、男はドアの方に顔を向けて怒鳴った。
「だ、誰だ!」
蒼斗は足を引っ張ってしまったとその場で縮こまる。
だが、固く閉じた瞼の向こうでガラスの割れる音と男の上擦った声と少年の悲鳴が聞こえた。隣の東城の気配もすぐに離れていく。
「えぇぇ……?」
床に叩きつけられる鈍い音と、男の呻き声と少年の啜り声がしてくるのを確認。蒼斗は目を開けて握りしめていた銃を構え直し、ドアを開けて絶句した。
「押さえたぞ、ヒヨッ子」
腕を捻り上げられ床に伏せる苦悶に歪む男と、清々しい顔で蒼斗に親指を立てる奈島を交互に見る。
背後には粉々になったガラスの破片が広がり、足場は危険な状態。この強行突破をして誇らしげに笑う奈島が、亜紀と怖いくらいに重なった。
叔父の傍で止血を施す東城も、額に手を当てて悩ましげに首を横に振った。
「僕は幻覚を見ているようだ……」
「何言っているんだ?」
――始末書はSTRP持ちにしてもらおう。
そう割り切った蒼斗は、少し離れたところで怯えきっている少年にゆっくりと近づく。
「大倉祐樹君、だね? 僕は工藤蒼斗、そこのSTRPの奈島さんと東城さんと一緒に悪い人から君を助けに来たんだ」
「……父さんは?」
「大丈夫だよ。詳しくはあの怖い人を仲間に引き渡してから話すね」
奈島たちのSTRPのエンブレムを見て安堵したのか、蒼斗の言葉に祐樹はこくりと頷いた。
奈島に男の身柄を任せ、蒼斗は散乱したガラスの破片を踏まないよう祐樹を抱き上げて外に出た。
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