第25話

「エリが言ったの。あたしは花に誘われて海に行くんだ……って、あたしは花になりたいのかしら」


 岩陰に腰を下ろして肩を寄せ、絡めた指だけが想いをゆさぶる。あとは闇。忌まわしい小波と、風と、砂の音。


「花に? アユムなら花にもなれるかもしれない。うん、きっと、花にもなれるよ」


「あなたが〝ソラ〟だから、そう思うの?」


「そうだよ」


「あなたは何?」


「ぼくはソラ。忘れないで、ぼくはソラ」


「ソラは……何?」


 ソラ、ソラ、ソラ、ソラ…………。アユムのくちびるから、髪の先から、胸の奥から、ぽつぽつと零れてくる。


「人形だよ。ずっと昔から、ぼくは人形だよ」


「そうね、ノゾミが言っていたわ。どのくらい昔に作られたのかも分からないくらい、とっても古い人形だって」


「ぼくが生まれた頃は、世界中にたくさんの生き物がいたよ。てのひらに載るくらい小さな虫も、その靴のような獣も」


 ソラの囁きを聞きながら、アユムはニナがくれた毛皮の靴を撫でる。


「髪の毛よりも細い糸をくちから吐いて、木の枝に絡ませた巣を作る、空飛ぶ生き物もいたよ。やわらかな巣の中で子供を育て、そして死んでいくんだ」


「どういうこと? 死んでいくって……どういうことかしら?」


「もう二度と、会えなくなるっていうことだよ」


「どうして? 修理してもダメなの?」


「そうだよ。生き物は、みんな、いつかは死んでしまうんだ。だけど、残した子供が大きくなって、また新しい巣を作って子供を育てるんだ。そして死んでいく……その繰り返しだよ。だからね、空っぽになった古い巣が、幾つも木の枝にぶらさがっていたんだよ。最初のぼくはね、その巣を集めて作られたんだ」


「ソラは生き物の巣だったの?」


「そう。ぼくは、人間の赤ん坊のために作られた人形なんだよ。小さくて、やわらかくて、何もできない赤ん坊が怪我をしないようにと、〝お母さん〟が作ったんだ。ひと針ひと針、布を縫い合わせ、集めた生き物の巣を詰めて、服を着せて、眼はボタンを縫い付けて……」


「虹の花と同じ色だったのでしょう? 服の色も眼の色も」


「虹の花?」


「だって、そうでしょう。虹の花は、世界の全ての色でできているのだもの」


「……そうだね、きっとそうだね」


 そうよ、そうよ、私たちこそが世界の全て ────


 高らかに歌う声がソラの耳にまとわりついた。

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