朝日を待つ

第1話



 真っ暗な闇の中を走ったり歩いたりするのはちょっと怖い。例えば足元に何かがあっても気付かずに躓いてしまってこけてしまうのではないかとか、前に人が歩いていても直前にならないと気付かないのではないかとか、――霊的なものに出会ってしまうのではないか、とか。私は怖がりだ。自他共に認めるホラー嫌いだ。だけど夜の散歩は好きだし、暗い部屋も好きだ。日が沈んでも明かりをつけずにいて怒られたことは多々ある。どうやらホラー嫌いが絶対に暗い所が嫌いということはないらしい。

 たぶん、というか絶対私は暗いのが好きなんだろう。暗い方が安心するし、落ち着く。だから服も黒ばっかりで色がない。差し色しないとなあと考えて、明るい色の服を見ていても最終的に手に取っているのはモノクロの服ばかり。まっくろくろすけじゃん!と友人に言われたことがあるほどだけど、自分の服装を明るい配色に変える気はやはり全く浮かんでこない。以前、テレビで自分のように真っ黒コーデで出ていた芸能人が黒が好きなんですと言っていたことがある。

「黒って、全て覆い隠してくれるようで、安心するんです」

 うわー、中二病みたい。なんて、今時な感想を持った傍ら、めっちゃわかると共感している自分がいた。


 黒は、どんな色も隠してしまう。呑み込んでしまう。元々視力の悪い私が、裸眼で夜の街灯の少ない田舎町に出れば、視界がほとんど黒で埋め尽くされてしまう。右を見ても左を見ても、後ろを見てもほとんどが底のない暗闇が広がっている。正直言って危ないのは理解してるし、突然目の前に現れる人影に心臓が飛び出る思いをしたことも何度もある。それにやっぱり、何か出そうで気味悪く感じてしまうことも時折ある。――でも、止められない。だって、やっぱりどうしても安心する。夜の暗闇は町だけでなく音も呑みこんで、静寂を与えてくれる。普段から度々嫌な思い出がフラッシュバックしてしまったり、悪い方へ悪い方へと考えてしまって辛い思いをすることが多いのだけれど、夜の暗闇はそれすらも呑み込んでくれるのか、私の心は不思議なことに自然と凪いでいる。だから余計、黒も暗さも好きになっていく。最終的には私ごと呑みこんでしまいそうな危うさを感じる時もあるけれど、それもいいかもなあ、なんて呑気に思う。

 空を見上げれば田舎自慢の満天の星空が広がっていた。綺麗だけど、あれぐらいの光じゃ地上に明るさは届かない。お月さんは今日はお休みだ。神様は7日目に休みを作ったとか聞いたことがあるけど、まさか月にまで休みを与えているなんて驚きだ。その優しさを私にももう少し分け与えてほしい。

「おい」

 声と共に肩に手を置かれて心臓が口から飛び出そうだった。盛大に跳ねた体の余韻はすぐには抜けきらず、心臓が煩い。全く気付かなかった。振り向けば額にビシッと鋭い痛みが走って数歩後ずさる。

「この時間に出んの止めろっつってんだろ」

「いたた……藤咲さん、こんばんはー。気配なさすぎてショック死するかと思うたよ」

「足音消すなんてしてねえぞ。お前がボケっとしすぎなんだバァカ」

 口が悪いしピアスも多めに開けてる彼は一見怖い人だけど、私がここに越してきてからというもの、隣人という縁があってかいつも気をつかってくれる案外優しい人だ。最近は近所づきあいも薄いというのに、良い人だなあと何度思ったかわからない。帰るぞとぶっきらぼうに投げ掛けられた言葉に否定する暇なく、手を取られる。私よりも一回りも大きい手。高校時代はバスケ部だったらしい彼の手は硬い。努力の証だあと初めて握られた時に思わず思ったことが声に出ていて、藤咲さんが変な顔をしたことを思い出して少し笑えた。

「なんで私がまた散歩に出てるってわかったんです?」

「あんた家に居る時いっつも玄関の明かりつけっぱだろ」

「あー、なる。でもさあ、わざわざ来なくてもええんですよ?メールとか電話とかでも」

「あんたそれで帰る帰る言った癖に帰ってこなかっただろうが」

「あれ、そうでしたっけ?」

 怒ってるという様子で話す彼が実はそう怒ってないことを私は知っている。彼の優しさに甘えて、否、かまってちゃんになるのはきっと悪いことなんだけど、私は黒や暗さに続いて彼の人柄が好きで、どうしようもない寂しがり屋なもんだからどうしても我儘してしまう。

 ――もし、私が何時まで経っても藤咲さんの忠告を無視して深夜に散歩して、それに遂に怒った藤咲さんに愛想をつかされたら?

 ふと思った疑問に、質が悪いことを考えてしまったと顔が歪む。ネガティブ思考はこれだからいけないんだ。治さなければと思っても、生まれつきのこれがそう簡単にポジティブになるわけがない。考えないためにも、不安から逃げるためにも、藤咲さんの説教に耳を傾けた。



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