第23話

「やあ」

 Dr.は明るく挨拶した。まるで、久しぶりに会う友達にするように。


 ニヤニヤしながら、こちらを検分しているような視線をよこす。

「少し太ったかい? 健康そうじゃないか」

 口をきいたこともほとんどないのに、“きみのことは分かっているよ”というように話す。

 Dr.は一体どのような意図でここに来たのだろう?

 

 彼に質問したいことはたくさんあった。


 ドウシテ入院させられたのか? ドウシテみんなボクの前から消えたのか? 部長は仕方ないとしても、ランドセルさんは? 上田さんは? 目の前のDr.は? 疑問は尽きない。


 しかし、そもそも目の前のニヤツいた人物がどれくらいこちらの質問に答えるつもりがあるのか、ボクは図りかねていた。 


 最も重要な質問だけを単刀直入にすることにした。

「ここから出るにはどうしたら良いでしょうか?」

「……それは難しいな。だって、君の入院は医療保護入院と言って保護者である親御さんの同意を得た正式なものだし、つまり、入院させられたこと自体には全く問題がないんだよ」

“問題がない”その言葉がずしりと下腹のあたりに落ちた。

 母はどんな説明でボクの入院に賛成したのだろうか? 

 味方に裏切られることが一番つらいと知った。

 味方? やはり、まだそう思っていたのだ。

 期待しないようにしながらも、まだ迎えに来てくれるのではないかと。そういう気持ちがなかったとは言えない。望みが一つずつ消えていく。元々いなかった“味方”が減っていく。


「きみは勘違いをしているよ。ここに閉じこめられたように思っているのかもしれないが、実際はきみは保護されているんだ」

“保護”の意味が理解できない。誰のために、いったい何から、ボクを“保護”しようと言うのだろう?


「そして、私はね……きみの“敵”なんだ」

 何を言ってるんだ。

 敵とか、味方とか、これは戦いなのか?

 とにかく、自分で味方という奴に本当の味方はいない。それでは、自分で敵だというコイツはどうだ?

 圧倒的に本人が言う通り、“敵”だという意見に賛成だった。

 

 それから、Dr.はボクがドウシテここに入院することになったのか、その理由についての説明を試みるつもりらしかった。

「ボクが診察して、ここに送り込む。これはシステムだ」

 話だけ聞いていると、患者の斡旋をしているようにしか聞こえなかったし、実際そうなのだろう。

 要するに、Dr.が網にかけ、上田さんが搬送する。

 たまらない話だ。

 しかし、どうしてボクがその網にかからなくてならないのだろう? ワニに食われたのは、芝居だったのか?


「きみは通常のベルトに乗らずに運ばれた想定外の要素に過ぎない。通常なら危ない橋を渡らずに、そのまま放出するのが理に適っているだろう」

 倫理とか何とかが、遠くに追いやられたまま語られる話に、全身の虚脱を禁じ得なかった。じんわりと頬が熱くなるのを感じたが、原因は怒りではなく、このようなことが平然と語られることに関する生理的嫌悪だった。


「しかし、きみにはそのまま帰ってもらうには惜しい要素があるらしい。……少なくとも理事長はそう考えている。つまり、きみは“使える”んだ」

 黙って聞きたくて聞いているのではない。好んで選んだ話題でもない。テレビやラジオならとっくにチャンネルを変えているだろう。

 でも、何と言って遮ったら良い?“そんな、ばかな!”か、“ふざけんな!”とか、いくらでもセリフは考えられる。

 でも、確実に言えそうだったのは、トンデモない奴に対する違和感を、トンデモない奴に伝えるべき適当な言葉はない、ということだった。少なくとも、ボクにはその場面で有効な発言を思いつくことはできなかった。

 

 Dr.が滔々と語り、ボクは了解を示すのか反対を示すのかが不明な相槌を打ち続け、急に沈黙が訪れた。

 …………

「まあ、以上がメッセンジャーとしての仕事の話だ」

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