第22話
ボクのベッドの横には紙オムツの大きな段ボールが置かれている。
段ボールには大きな穴が開けてあり、その上に“ドジョウのいえ”とマジックで書いてある。
中を覗くとドジョウが丸くなり、いびきをかいて眠っている。ここが世界で一番安全な場所であると安心しきっているように見えた。
ボクにとっての“安全な場所”はどこだろうか?
昨日までは病室のベッドが一応そうだった。だけど今は……。
シズカちゃんはお婆ちゃんが座るようなロッキングチェアに座りながらヘッドフォンでずっと音楽を聴いている。シャカシャカという音が漏れているが、どんな曲かまでは分からない。指でビートを刻んでいるので、眠っているわけではないことがわかる。
閉め切ったカーテンの隙間から日が漏れて、彼女の体に当たっている。
茶色の髪が、日に透けて琥珀のように輝いていた。
いつまでも彼女は同じ場所で音楽を聴いていた。
何を言っても、閉まったカーテンに視線を向けたまま返答はない。
「何聴いてるの?」と尋ねたときだけ、「アイアン・メイデン」と平坦な返事があった。
“鋼鉄の乙女”……まるで今の彼女みたいだ。
昨夜のは、完璧に間違ったスタートだった。
そのことで怒っているのなら、まだ良い。でも、彼女からそんな「普通の」感情は感じない。
砂漠のような表情。
そこには何も浮かんでいない。
彼女の言う通り、ボクは彼女を“オカシイ”と思っている。彼女は正しかった。
デイ・ルームにいたら、ユウさんが声をかけてきた。
いかにも興味津々という様子で、気圧されてしまう。
「どういうことなの?」
こちらが訊きたい。いったい何が起こっているんだ?
「アンタすごいわねえ。部屋ごと移るなんて、どんな手使ったの?」
あり得ない部屋の変更。
そのことでボクは病棟内の噂の中心にいるらしい。ユウさんは芸能リポーターのように、視聴者の知識欲を満たすべく、突撃取材をしているというわけだった。
「ねえ、もっと情報流してよ。とっておきのネタ教えて上げるから、ね?」
ネタは教えてもらわなくて良いと断ったのに、無理に聞かされた。
彼女によると、入院してからずっとボクと同年代くらいの男が毎日彼女を訪ねて来てたらしい。
ゆうさんは、その男をしずかちゃんの彼氏と踏んでいた。
それがボクの登場で配役の混乱が起こり、何がどうなっているのか知りたくて仕方がないのだった。
ボクには全く思い当たる節がなかった。もし、学校にいる頃からのつき合いであれば、たぶん気が付いただろう。それに、ボク自身が自分の役どころが分かっていない。だから、どう演じて良いかも分からないのだ。
“つまんないわねえ”と露骨にがっかりされた。
夕食前に、面会人があると放送で呼び出された。
前回の面会者はドジョウで、そのまま居着いてしまった。
詰所に行くと、狭い個室に案内された。
今回の面会は犬ではなかった。
ワニの口から生還したDr.が足を組んで座っていた。
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