第16話
「しばらく、ここでのんびりしていってください」
部長が家に帰ることを告げると理事長はそう言って引き留めた。
上田さんは仕事があるからと朝早くに帰ったらしい。
置き去りにされた?……それはあまりにもつらすぎる。
「しばらく」というのは、一体いつまでのことを言っているのだろう? 学校もあるし、家族もちょっとは心配するだろう。母はたぶん警察よりも先に宗教団体に頼って有り難い御託宣を頂くだろう。
“息子さんは悪魔に魅入られています。毎晩、眠る前に頭をこれで叩きなさい”と言われ、ハンマーをそっと渡される。どんな不眠も解消される気がする。
帰る理由と帰れない理由を考えてみる。
学校は? 家族は? その他諸々の生活は?
これまで、それほど大切にしてこなかったものが、惜しくなってくる。
確かに、この病院から帰る交通手段はない。
でも、何とかして帰ったほうが良くないか?
「あのう、それはないでしょ? 俺ら高校生で、学校も行かないといけないし」
部長がアフロ頭でマトモなことを言った。
「親御さんにはこちらから連絡を入れておきます。学校にも休学届を出して頂きます」
“なんだ、これは?”
理事長が浮かべている気味の悪い笑顔からは、本気度を推し量ることができない。こちらが本気で帰ろうとしたとき、この人物はどんな手段をとってくるだろうか?
そういえば、上田さんと同じ部屋のランドセルさんは?
Dr.はまだ眠っているのだろうか?
山奥のためか、建物のせいなのか、端末は電波の受信がないことを示している。
「電話を貸してください」
頑丈な扉のすぐ横に古いピンク色の公衆電話がある。10円玉をもらって覚えているかぎりの連絡先をダイヤルする。どこにかけても、呼び出し音が鳴るのに出ない。
手が震えてダイヤルの穴に指を入れることができなくなってきた。膝がけいれんをおこしたようにガクガクと音を立てる。打つ手が全てが封じられ、徐々に
「もうすぐ、朝食ですし、そろそろ諦めませんか?」
爬虫類顔の満面の笑み。口角が上がり、獲物を飲み込もうとする陶酔が滲み出る。
部長が突然、扉に向かってダッシュした。理事長が胸ポケットにあったリモコンのボタンを押す。耳が裂けそうなベル音が鳴り響いた。
「やめてくれ! やめろ! 何してんだよお! こんなの許されると思ってんのかよお!」
白衣の男が現れ、足に、胴に組み付き、引き倒す。
さらに餌に群がる蠅のように白衣の人数が増える。
そして、両手両足を四方から吊り下げられ、
祭りだ。これは祭りなんだ。
白衣の男たちの表情は生き生きとして、明らかに気分が高揚していることが見て取れた。
“ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!”
男たちの歓声が聞こえるような気がする。
御輿は、部長が目指して達することのできなかった廊下の終点に突き当たると、鉄の扉の向こうに消えていった。
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