教えてダーウィン

「さて、ドコから話したものやら……」

 器用に後ろ足で頭をかくオーニスを前に、座布団に正座して、前のめり気味の涼美。

「なんで私が不幸なのか! からでお願いします!」

「う、うん、そこ一番、春日さんにとって重要デスねー。わかった。わかったから。顔が近い」

 前足で涼美の顔を押しのけると、オーニスは姿勢を正す。(猫だから背は曲がっているが)

「単刀直入に言うと、春日さんが不幸なのは、他のヒトが不正ズルをしているからデス」

「はぁー!?」

「話を理解してもらうには先ず、この世界の成り立ちや法則を知ってもらわにゃならないんデスけど、それを語りだしたら長くなっちゃう。ということで、簡単に掻い摘んで説明します」

「……はぁ」

「本来、ヒトに平等に訪れるはずの幸・不幸なんデスけど、あろうことか、幸せのみを享受し、不幸を回避しているヒト達がいます」

 不幸を回避。簡単に言ってくれるが、そのようなコトがただの人に可能なのだろうか?

 いぶかしむ涼美の表情を見て、オーニスは続ける。

「もちろん、ただのヒトには、不幸を回避し続けるなんて芸当はできないデス。そこで、最初に言った、不正ズルが出てくるわけデス」

「不幸を回避する不正ズルっていうと……超能力みたいな感じです?」

「話が早いデスねー。不正ズルと言っても千差万別で、春日さんが言った超能力、他にも異能、魔法、チート、呼び方はなんでもいいデスけど、普通に人生を送っていれば無縁の、本来ヒトが持ち得ないスーパーなパワーのことデス」

 学生時代の涼美は読書家で、ジャンルを問わず濫読していた。そのなかには、オーニスの言った数々のワードが出てくる書物も含まれていたので、なんとなく理解はできる。

「とにかく! そういった力を持った方々が! 本来は被るであろう不幸を回避し続けた結果! めぐりめぐって、何も力を持たない春日さんのような普通の方々に、災いが降りかかっているのデス! ゆるせませんよね!」

 もふっ。

 マルの肉球がカーペットを叩く。

 本当の話なら、許せない話だと涼美も思う。今まで被ってきた不幸の数々は、誰かが不正ズルをして回避してきたモノかもしれないのだ。だがそこで、いくつかの疑問が湧く。

「オーニスさん質問いいですか?」

「はいはいどうぞどうぞ!」

不正ズルをしている人がいるのはわかりました。しかし、その不正ズルはどうやって身につけたんですか?」

 先ほどの勢いとは打って変わって、う゛っ。と眉間にしわを寄せ、オーニスはあからさまに言いよどむ。

「答えづらい質問でしたか?」

「うぅ~……、当然の疑問デスよね……。わかりました! 春日さんとは長いお付き合いになるかもしれませんし、ここで誤魔化しても信用は得られません。正直にお話しましょう!」

 正直に。と言っても天使は嘘をつけないんデスけどね! と付け加えた。

「そもそも、運が良い、運が悪い、とは、どのような状態デスか?」

「う……なかなか難しいことを聞きますね……。えっと……運が良いのは、思いがけず得をすること? 悪いのはその逆で、思わぬところで被害を受けたり……とか?」

「それデス! とても良いところをついてますよ!」

 涼美から満足のいく回答を引き出せたのか、尻尾を左右に振るオーニス。

「思いがけず。思わぬところで。いわゆる虚を突かれたら、ドキドキとかすると思いません?」

「します……ね」

「それを味わいたくて主が創ったのが、この世界なんデス。あ、これオフレコでお願いしますね!」

 突然の衝撃発言に、涼美は絶句してしまう。

「春日さんに、先のコトとか全部わかっちゃう予知の力があったとしましょう。つまらなくありません?」

 それは、犯人や手口のわかっている推理小説を読むようなものだろうか。ドキドキやワクワクなどとは無縁の生活に違いない。涼美は頷いた。

「そういった全知の力や記憶を失って生まれ落ち、ドキドキやワクワクを体験する。いわゆるテーマパークがこの惑星なんです」

 元々あったこの惑星をテーマパークにした。と言う方が正しいデスが。と補足した。

「え、それじゃあこの世界に、人間の姿に擬態した神様がいるってことですか?」

 涼美の疑問に、オーニスは首を縦に振る。

「ある意味正解デス。ていうかぶっちゃけ、人類は全て、力や記憶を失った主の端末デス」

 たくさんいれば、一度にたくさんの経験ができますでしょ?

 と、こともなげにオーニスは言った。

「私も神様!?」

「デスよー」

 涼美の言葉を、あっさり肯定する。

「おっと、話がそれました。それで、幸と不幸でドキワクするはずだったのが、当たった不幸がちょっぴりキツすぎて死んでしまうと……」

「あっ、そういう話、読んだことあります! 手違いで死なせてしまったので、能力を与えて異世界に転生! みたいな!」

「それデスそれ。いやはや春日さんは話が早くて助かりますー。ちょっち失敗したわー。次はもうちょい良い目みさせたるからゆるしてなー。みたいなノリで、事故死した端末にボーナスを与えて別のテーマパークで再チャレンジ! みたいなことを繰り返した結果が、最初にお話した事態なんデス……」

 ばつの悪そうな顔で、後ろ足で頭をかくオーニス。

「しばらくは気付けなかったのデスが、バランスよく幸・不幸が降りかかるこのシステム、当人が幸運を手放す、もしくは不幸を回避すると、他所の方に降りかかるようでして……。要はこの世界で幸・不幸の総量が決まっていて、循環しているようなのデス。当然、そのコトに気付いてからは、もう事故死した方に異能を与えて転生させるようなことは止めています」

 異能を与えられた者達は、その力を用いて、襲い掛かる不幸を回避し続けているのだ。現在進行形で。

 では、どうすれば、この問題は解決されるのか?

 考えた末に至った結論と話の流れから、涼美は、なんとなくこの先の展開が読めてきたのだった。

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