天使創造すなわち光

 シャワーで身体を温めながら、涼美は考える。

 一人の時間を貰えたんだ。先ずは落ち着いて現状を把握しよう。と。

 マルの中に現在ナニカがいる。もしくは元々しゃべることができた、魔法少女アニメに出てくるような、猫っぽい不思議生物マスコット? いや、彼女(声が女性っぽいので彼女と仮称する)はなんと言っていた? そうだ、身体を一時的に借りてると言っていた。言い方を変えれば、マルを人……でなく猫質にとっているともとれる。

 次に彼女は、危害を加える気はないと言っていた。スカートの件を見る限り、彼女は人智を超えた力を有している。その気があれば、下着姿の女性一人、どうとでもできるに違いない。それをしないということは、恐らく本当だろう。

 結局のところ、主導権は謎の彼女にあり、自分にできることは、彼女の要求に従って話を聞き、穏便にお帰り願うしかない。

 ということを凉美は理解し、盛大に溜め息をついた。

「なんで私ばっかり……」

 シャワーを済ませた凉美が部屋着に着替えていると、リビングから話し声が聞こえる。そっと様子をうかがうと、マルが猫背をこちらに向けて、何者かと会話している真っ最中であった。

「はい……はい……わかってますって。コンタクトには成功しました。彼女、わりと落ち着いてます。はい……はい……もー、心配しすぎデスってパイセン。これから説明するとこデス。あ、彼女、湯浴みから戻ってきてるのでまた」

 シャワーで暖まったばかりの凉美の背筋に、冷たいものが走る。こっそり覗いていたのがバレていたのだ。

「すみません……お待たせいたしました……」

「いーデスいーデス。あっ、聞かれちゃったんで、お仕事用の口調やめますね。あれ疲れるんデスよぉ」

「はあ……」

 あとで聞いた話によると、人前に彼女らが姿を現す際、周りの空気を清浄化し、芝居じみた口調でエコーをかけつつ「人の子よ……」みたいな感じにやるとウケがいいんだとか。実際に、凉美もその場では彼女を信用してしまったので、なるほどと感心した。

「先ずは自己紹介です! 私はいわゆる天の使いでして、妖しい者じゃないデス。固体名はオーニス。気軽にオニーちゃんと呼んでください!」

「はあ……」

 覇気のない涼美の相槌にもめげず、オーニスは続ける。

「疑ってますね? いいデスとも。うさんくせーと思われるのは百も承知! ということで、ちょっとデスが私の真の姿をお見せします!」

 勝手に話を進めるオーニス。テンション高いなー。と思いつつ、涼美は若干の期待を込めて、飼い猫をみつめた。

 マルがふるふると身体をゆすると、にゃあと一鳴き。まばゆい光に包まれた。

「うっ、まぶしっ」

 マルから溢れ出る光量がどんどん増していく。顔を手で覆い、身体を丸めてのた打ち回る涼美。

「目がー! 目がー!」

「おっとめんごデス。はい、もう目を開けて大丈夫デスよ」

 恐る恐る目を開けた涼美は、目の前に移る人影に硬直。

「私だー!?」

 髪こそ白金プラチナのように輝いてはいるが、目の前にいる人物(?)の顔は、毎朝の身支度の際に、鏡の前で飽きるほど見ている涼美自身の顔であった。ついでにアタマの上に光る輪っかと、背中に純白の六対十二枚の翼。

「真の姿とか言っといてなんデスが、オニーちゃんたち天の使いは、もともと肉体を持ってないんデスよぉ。なので、化身アバター生成の際にお借りしちゃいました! リングと翼は、あなた方ヒトが共通で抱いている天使のイメージデスね! どうデス?」

 どうです? と言われても、正直、涼美自身がコスプレをしている姿を見せつけられているようで、落ち着かない。

「すごく……天使です」

「でしょでしょ! それと、出るついでに、この身体を借りてた猫ちゃん、腎臓を患っていたので治しておきました!」

「え」

 暢気に毛づくろいをしているマル。

「春日さん、貴女もお腹がなんか荒れていたので治療ずみデス! どーデス? この、正に天使! って感じの聖なる癒しの御業みわざ! もちろん対価はいりません! サービス!」

「そういえば……」

 抱え込んでいるストレスからか、常にじくじくと鈍い痛みを訴えていたお腹が、妙にスッキリしている。

「さてさて、信用していただけました? していただけましたね? していただけたところで単刀直入に言います。春日さん、貴女、なんかついてないなーとか思ったりしたことありません?」

 ドキリ。と心臓が、一つ大きく脈打った。

 ついてない。

 そう、長年、春日涼美という人間が心を煩わせていた、理屈では説明のつかない不幸体質。目の前の自称天使は、そのことをズバリ指摘してきたのだ。

「思います! なにかわかるんですか!? 詳しく話してください!」

「おっと凄い食いつきデスねー。話しますから、とりあえず猫ちゃんに戻らせてもらいますね。この状態ってとっても疲れるんデス」

 のんびり欠伸をしていたマルが、ふたたびふるふると震える。その様子を見ながら涼美は思った。

 やはりこの運のなさは、なにかの間違いだったのだ。

 この春日涼美の人生における間違い《バグ》のようなものを直してもらえるなら、目の前の者が天使だろうが悪魔だろうがどうでもいい。と。

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