裁きの旋律
それは、正義なのだと兄は言った。
罪人を
その話を聞かされた後のことをヴィーヴォは詳しく覚えていない。ただ、人を葬ったその罪悪感で押しつぶされそうだった。
「
「あぁ、庭師さんのお気に入りでしょ……」
銀髪を三つ編みにした珊瑚色は、金髪の少年、金糸雀に話しかけていた。石英の崖に腰かけ本を読む金糸雀はめんどくさそうに返事をする。彼の周囲にはうずたかく積まれた本が大量に置かれていた。
珊瑚色は眼を桜色に煌めかせ、苦笑を浮かべてみせる。彼の素っ気ない態度が、なんともおかしいと思ったからだ。
「そ、実の兄弟なのに誰の目にも触れさせず、愛人みたいに囲ってるんだって。
妖しい微笑みを眼に浮かべ、珊瑚色は金糸雀の顔を覗き込む。そっと金糸雀の頬を両手で包み込み、珊瑚色は彼の耳元で
「もしかして、庭師さんは彼を愛人に育てるつもりなのかな?」
「オレ……男に興味はないから……」
「あれ、なんで僕が誘ってるって分かったの?」
「お前、また男と寝たろ……」
金糸雀の言葉に、珊瑚色は大きく眼を見開いていた。先ほどまでの出来事を思い出して嘲笑が唇に滲んでしまう。
「仕方ないでしょ……。泣きつかれて、足元に土下座までしたんだよ、あの人。どうぞ珊瑚色さま、私にご
「お前は、大人の体になるのが早かったから……。オレは今のところ平気だけど……」
そっと慰めるように金糸雀が頬をなでてくれる。その感触が心地よくて、珊瑚色は眼を細めていた。
「大丈夫か……? 今月に入ってから、けっこう
「いざとなったら、教皇さまに泣きつくから大丈夫。あと、庭師さん」
金糸雀の視線が自分の
半年前に、
それからだ。周囲の大人の様子がおかしくなったのは。
唯一の楽しみだった少女の花吐きである緋色にも会えなくなり、珊瑚色は1日中、
理由は、自分が人を狂わせるようになったからだ。
子を成せるようになった花吐きは、その香りで周囲の者を知らずのうちに
「色の一族のあいだで
眼を桜色に煌めかせ、珊瑚色は
桜色の一族の長である兄が、自分に
それが花吐きの恩寵を周囲に示す行為であることも、珊瑚色は知っていた。
聖都の花吐きたちの周囲に、女性は少ない。
花吐きはその存在だけで人を狂わせると言われているからだ。万が一間違いが起こらないように、色の一族の限られた女性が彼らの身の回りの世話をする。
そして、女性が少ない教会では、花吐きや少年たちを愛する文化がいつの頃からか持て
「でも、思っちゃう。やっぱり慈悲を与える方より与えられる方がいいって……」
そっと金糸雀の顔を引き寄せ、珊瑚色は耳元で囁いてみせる。彼から発せられる花の香りが心地よくて、珊瑚色は眼を
彼の深紅の眼のなんと美しいことか。
心を許した同じ花吐きに、自分の気持ちを知って欲しい。自分と同じ立場になって欲しい。
そんな思いが芽生えたのはいつごろだろうか。
「俺でいいの……? 緋色が俺たちにはいるのに」
「緋色は君ばかり見てる。だから、君を
銀の眼を妖しい桜の光で満たし、珊瑚色は金糸雀に笑ってみせた。金糸雀はため息をついて、珊瑚色の片手を握る。そっと彼の手を自分の顔から引き離し、金糸雀はその手の
「金糸雀……」
「真似事で良ければ……。どうせ俺も、本ばっかり読める毎日なんてもうすぐ終わるだろうから……」
眼を珊瑚色に向け、金糸雀は笑ってみせる。そのときだ。
「あぁ、雰囲気台無しだよ……」
眼を歪め、珊瑚色は音のした崖下を眺める。
鈍色の翼を持った機械の竜が
「魂に対する冒涜だね……。あまつさえ灯花の意思を無視して、兵器として使用するなんて」
「同意……」
金糸雀が持っていた本を閉じ、珊瑚色の声に同意する。
「さて金糸雀。君は君の一族に寝返ることも出来る? 君の心はどこにある?」
「アレを父親だと思ったことはないよ……。俺は本と、珊瑚色たちがいればいい……」
崖下を飛ぶ機械の竜を金糸雀は
ときおり竜たちは、細長い首から
金糸雀の所属する金の一族は
その技術は教会の中でも
知っていることといえば、その技術が地球から降りてきた
金糸雀は機械竜を見つめたまま、動こうとしない。
彼の一族の長が反乱を起こして、数日が経とうとしていた。緑の一族である教皇に、金の長である彼の父親は反旗を翻した。
色の一族ではお約束の、
といっても、もともと金糸雀の父親は権力欲の塊のような人間で人望が薄い。それが功を奏して、反乱に
「本当、親父がバカでよかった……」
持っている本を積んだ本の上に置き金糸雀は苦笑してみせる。彼が積んだ本を叩くと、大きな
それは、小柄な機械竜だった。
「金糸雀っ!」
「ちょっと親父殺してくるから、そこで待ってて……。それから、これからのこと考えよう……。珊瑚色は、俺が守るよ……」
眼を細め、金糸雀は微笑んでみせる。手にした本を開き、彼は機械竜の背に腰をおろした。
「本読みながら、戦えるの?」
「うん、こいつがやってくれる……。それに――」
ふっと視線をこちらに移し、金糸雀は優しい声をかけてきた。
「珊瑚色が守ってくれるから、平気……」
深紅の眼を細め、金糸雀が微笑みを向けてくれる。珊瑚色は、自分を優しく見つめる彼の眼から視線を逸らすことができない。
「じゃあ、またあとで……」
彼の声に珊瑚色は我に返る。友人を乗せた機械竜は珊瑚色のいる崖を離れ、戦場たる樹海へと向かって行く。
「君の方が、心配だよ……」
彼を乗せた機械竜を見送りながら、珊瑚色はため息をついてみせた。
美しい
明るく明滅する樹海の上空を見つめながら、珊瑚色は紡ぎ歌を奏でていた。
桜の一族は歌を生業とする一族だ。
それゆえ、桜の一族の花吐きである珊瑚色の歌は、特別な意味を持つ。
珊瑚色の眼に星々が吸い込まれていく。珊瑚色の体は銀色に煌めき、眼が
ふっと息を吐くと、桜の形をした灯花が夜闇へと放たれた。珊瑚色はなおも歌い続け、周囲を巡る灯花たちに囁きかける。
僕に、力を貸してほしいと。
そんな彼の歌声に応え、灯花たちは形を変えていた。
灯花たちは
透明な桜の花弁が
薄紅色の光を放ちながら、葉の翼は珊瑚色を星空へと
星空の向こうで
その炎を避ける一匹の機械竜がいる。その機械竜に乗る金糸雀を
金糸雀めがけて敵の機械竜が火球を吐く。
珊瑚色は
歌に応え、珊瑚色の
「ありがと……。これで集中して本が読める……」
金糸雀が顔をあげ、眠たげな言葉を珊瑚色にかけてくる。そんな金糸雀に苦笑を送り、珊瑚色は葉の翼を
放たれる火球を
蒼い火花と蒸気を放ちながら、槍で突かれた敵は動かなくなる。そんな敵の
珊瑚色は槍を
「けっきょく、僕がやっているじゃないか……」
「ドンマイ……。だって、この本に出てくるエンジンの解説が面白くて……」
本を読みながら返事をする金糸雀を珊瑚色は睨みつけてみせた。
「君ね……」
「だって、珊瑚色が側にいるから……」
本から眼を放し、彼は珊瑚色に微笑みを向けてくる。どこか妖艶さを感じる彼の細められた眼を見て、珊瑚色は思わず顔を逸らしていた。
「あれ、珊瑚色?」
「いや、なんでもない……」
彼の笑顔に見惚れていたとはさすがにいえない。曖昧な笑みを浮かべ、珊瑚色は金糸雀に視線を戻す。
そのときだ。轟音が珊瑚色の耳を
「なにっ!」
驚く珊瑚色の視界の先には、信じられないものがあった。
巨大な機械竜の群れだ。
銀の装甲が地球に蒼く照らされている。暗い空に巨躯を浮かばせ、機械竜たちの群れは樹海に黒い影を落としていた。
鉄の竜の群れは、珊瑚色たちのもとへと不気味な駆動音をたてながら迫ってくる。
「たっく、兄貴のバカ……。親父に機械竜の
嫌そうに顔を歪め、金糸雀は立ちあがる。彼は本を閉じ、鋭い眼差しを機械竜の群れへと送っていた。
「あれには敵わない……。
「そんなに――」
危ないのかと声を発しようとした瞬間、珊瑚色の視界を眩いばかりの光が覆った。爆音が耳に轟いて、自分の体が風に
金糸雀の乗っていた機械竜が、炎を吹きながら暗い森へと落ちていく。その後を追うように、金糸雀の体が落ちていくではないか。
敵の攻撃を、金糸雀の機械竜はまともに受けたのだ。自分を、
「金糸雀っ!」
珊瑚色は金糸雀に叫んでいた。だが、彼から応答はない。奥歯を
落ち行く機械竜の残骸を避けながら、金糸雀の体を抱きしめる。
「金糸雀っ!」
声をかけるが、金糸雀は眼を瞑ったまま動くことすらない。ぎゅっと彼の頭を抱き寄せ、珊瑚色は崖を目指し飛んでいた。
そのときだ。視界の
そちらへと眼を向け、珊瑚色は戦慄に動きをとめていた。
巨大な機械竜たちが横一列に並び、大きな蒼い火球をこちらに向かって放っている。火球は森を焼き払い、赤い炎を巻きこみながら珊瑚色に迫ろうとしていた。
駄目だと、思った。
ふと、腕の中で金糸雀の体が動く。彼に顔を向けると、彼はうっすらと眼を開け珊瑚色に何かを囁いていた。
――ごめん……。
唇の動きから、彼が何を言いたいのかわかる。
「こんなところで、言う台詞じゃなないだろ……」
震える声が喉からでてしまう。そんな珊瑚色に、金糸雀は赤い眼を細め微笑んでみせた。
眼を歪ませ、珊瑚色は彼を力強く抱きしめる。
瞬間、轟音が辺りに響いた。
驚く珊瑚色の眼に、信じられない光景が映りこむ。
こちらに向かっていた火球から珊瑚色たちを庇うように、無数の竜骸が空に浮かんでいる。その竜骸から放たれた火球は機械竜の火球とぶつかり、あたりにいくつもの火柱が立ちあがった。
火柱があがる向こう側では、巨大な機械竜たちが
「何が、起きてるの……?」
珊瑚色の視界は、上空にあるものを
それは、黒い竜骸だった。その竜骸に、漆黒の法衣を纏った子供が乗っている。紺青の長い髪を風に靡かせ、虚ろな眼差しで子供はじっと珊瑚色を見つめていた。
子供は星屑のように輝く眼を瞬かせながら、美しい紡ぎ歌を周囲に響かせる。
それは、呪いの歌だった。
罪を犯した者たちを罰する虚ろ竜たちの歌。その歌に呼応し、地面へと落ちていく機械竜から
機械竜に乗っていた人々の魂だ。反乱を犯した金糸雀の一族の。
「親父が……死んだ……」
ぽつりと腕の中の金糸雀が呟き、珊瑚色は彼に顔を向けていた。金糸雀は悲しそうに眼を歪め、歌を紡ぐ子供を見つめている。
「あれが……新しい夜色なんだな……」
「うん……とっても、綺麗だ……」
呪いの歌を奏でる彼の眼に、紫苑の魂は吸い込まれていく。子供の体は紫の光を帯び、その唇から
夕顔の灯花に変えられた魂は、転生することも出来ず未来永劫水底の地に咲き続ける。
焦土に、罪を宿した灯花の雨が降る。
その雨を
子供の眼から流れる涙に、気がついてしまったから。
その子を無性にもろくて美しい存在だと、感じてしまったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます