rememorado 竜と、回想

夜色の語り部

 自分が落ちた場所が生まれ育った地だと気がついたとき、ヴィーヴォは思わず苦笑を顔ににじませていた。

 脱ぎ捨てた衣服を纏って起き上がると、懐かしい光景が周囲に広がっていることに気がつく。

 母が吐いた竜胆りんどうの灯花たちが、自分たちを優しく照らしてくれている。少女のかすかな声を聞いて、ヴィーヴォは自身の横にいる愛しい人を見つめた。

 乱れた銀髪を花畑に翻し、ヴェーロは裸体を丸めたまま眠っている。そっとヴィーヴォはそんな彼女に手を差し伸べていた。だが、昨晩のことが頭をよぎりその手を引いてしまう。

「ごめん……ヴェーロ……。兄さんを助けに行かなくちゃいけないのに、僕は何をやっているのかな……?」

 安らかな寝息をたてる彼女を見つめ、ヴィーヴォは眼を歪ませる。

 今でも生々しく体に残るヴェーロの体温を思いだして、ヴィーヴォは自身を抱きしめていた。

 嫌がるヴェーロを組み伏せて、泣き叫ぶ彼女に甘い言葉を囁いて――

「気持ち悪い……」

 片手で顔を覆い、ヴィーヴォは吐き気をなんとかえる。そっと立ちあがり、ヴィーヴォはヴェ―ロを残してある場所へと向かっていた。

 自分たちが落ちた花畑のすみに小さな洞窟どうくつがある。ヴィーヴォはその洞窟へと足を踏み入れていた。

 ヴィーヴォが洞窟に入った途端とたん、周囲に生えた光苔が淡い光を発する。その光の先にあるものにヴィーヴォの眼は向けられていた。

「あなたも、母さんを抱いたときこんな感じだったの?」

 ヴィーヴォの声に、視線の先の存在は言葉を返さない。

 ヴィーヴォの視線の先には、巨大な水晶の塊があった。その水晶の中に1匹の竜が閉じ込められている。

 夜の空を想わせる紺青の鱗と翼を持った竜は自分の父親だと、ヴィーヴォは母であるサンコタから聞かされている。

水晶に閉じ込められた竜は、焦点しょうてんの合わない眼でヴィーヴォを見つめるばかりだ。

「やっぱり応えてくれないんだね。父さん……」

 寂しそうに微笑んで、ヴィーヴォは竜のもとへと歩み寄る。ヴィーヴォが歩くたび、足元にある光苔が淡い光を吐き出した。

 そっと手を竜の閉じ込められた水晶にてる。冷たい感触かんしょくてのひらに広がって、ヴィーヴォは眼を瞑っていた。

 父のぬくもりをヴィーヴォは知らない。

 その頃もう彼は、竜となって水晶の中に閉じ込められていたから。

「ヴィーヴォ……」

 名を呼ばれてヴィーヴォは我に返る。

 後方へと振りむくと、ヴェーロが洞窟の壁に身を預け、こちらに眼を向けていた。ふらつく足どりで、ヴェーロはこちらへと向かってくる。

「ヴェーロっ!」

 ヴィーヴォはとっさに彼女へと駆け寄っていた。つまずきそうな彼女の体を腕で支え、そっと抱き寄せる。

「ダメだよ。しばらくは動かない方がいい……」

 汗の浮かぶ彼女のひたいをなでると、彼女は嬉しそうに自分を見あげてきた。そっと彼女は竜の水晶へと視線を移す。

「ヴィーヴォのお父さん……?」

「うん、そうだって母さんからは聞いてる。まさか、自分が生まれ育った場所に落ちるなんて、何の因果いんがだろうね……」

 父親を見つめ、ヴィーヴォは薄く微笑んでいた。

「ねぇヴェーロ、話を聞いてくれる。僕の、僕自身の話を……」

 そっとヴェーロの両手を握りしめ、ヴィーヴォは彼女に問う。ヴェーロは不思議そうに首を傾げ、   ヴィーヴォに笑ってみせた。

「聞かせて、お話……」

 笑みを深め、ヴィーヴォは水晶に閉じ込められたの竜を見つめる。

 彼女に自分の話をするのは初めてだ。

 それが彼女にしたことへの懺悔ざんげなのか、彼女に自身の生きた証を刻みたい衝動しょうどうがなせることなのか、ヴィーヴォには分からない。

 ただ、ヴィーヴォは小さく唇を開く。

 自分の過去を語るために――







 ヴェーロ、君にこうして自分の話をすることになるとは思わなかった。

 これは、僕から君への懺悔かもしれないし、君に僕という存在を刻みつけたい衝動かもしれない。

 それでも、僕は君に伝えたい。

 僕が生きた証を――

 君と出会って救われたという事実を――

 これから語るのは、君の物語ではなく、僕の物語だ。

 僕、花吐きのヴィーヴォの生きた軌道きどうを、ここで話すことを許していただきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る