夕顔の丘
ヴィーヴォが眼を覚まさない。
りぃんと
りぃん、りぃん、りぃん。
「ちゃんと命……あげたのに……」
数日前の出来事を思い出して、ヴェーロは顔を曇らせる。
自分の友達である人魚のために彼は大量の灯花を吐いた。そのあと倒れた彼に
気のせいだろうか。
最近、ヴィーヴォの眠る時間が長くなっている気がする。灯花を吐いたあとは特にそうだ。
「ヴィーヴォ……起きて……」
彼がこのまま眼を覚まさなかったら。そんな不安が胸を過って、ヴェーロは眼を
潤んだ眼から
頬に落ちた
これで何度目だろう。
目覚めない彼に、唇を重ねるのは――
暗い色をした
りぃん、りぃんと悲しげな音を奏でながら、ヴィーヴォが吐いた灯花たちは風にゆれている。
その苦しげな音が
夕顔は罪の
夕顔の灯花として吐き出された魂は、永遠に水底で咲き続ける運命にある。
数日前、大勢の魂を灯花に変え殺したばかりだ。その夕顔がこうして自分の周囲に咲いている。
胸に刻まれた焼き印が痛む。自分も本来はこの夕顔の灯花になるはずだった。
それを兄であるポーテンコが救った。ヴェーロを
「どうして兄さんは、僕を殺してくれなかったんだ……」
胸元を握りしめ、ヴィーヴォは呟く。
過去にヴィーヴォはポーテンコに名を縛れていたことがある。
罪人たちを夕顔の灯花に変えるために、彼は名を縛ることによってヴィーヴォに罪人たちを殺させていた。
ヴェーロを養うことを許可しておきながら、教皇の命に従いヴェーロを自分から引き離そうともした。
そのせいで、ヴェーロは――
「あの人は、ヴェーロを殺そうとすらした……」
「でも、君を僕のもとに導いてくれたのは、ポーテンコさんだよ、夜色。僕があの人にお願いして、君があの漁村にくるよう手配してくれたんだ」
ヴィーヴォの呟きに応えるものがある。驚いて顔をあげると、
銀の眼を桜色に煌めかせながら、彼は笑みを浮かべる。
「
もうこの世にいないはずの人物を目の当たりにして、ヴィーヴォは大きく眼を見開いていた。珊瑚色は苦笑しながらも、言葉を続ける。
「そんなに驚かなくてもいいだろう? 僕は死んだけれど、灯花になってメルマイドの側にいるんだ。存在自体が消えたわけじゃない。僕を灯花にした君は、僕の主でもある。こうやって夢を通じて話をするぐらいのことはできるよ」
「死んでも色々と
「君の
「それは言わなくていいっ!」
昔のことを思い出して、ヴィーヴォは思わず叫んでいた。罪人の魂を夕顔の灯花に変えたあと、幼い自分は後悔の念に
そんな自分を、いつも珊瑚色が
「本当、あなたには何度助けられたかな? それに、あの子守歌……」
珊瑚色の優しい歌が耳朶に蘇る。何だか嬉しくなってヴィーヴォは微笑んでいた。
泣き疲れ意識が
あの歌声に、自分はどれだけ救われただろう。
「夜色、いやヴィーヴォそれは……」
小さな珊瑚色の声がヴィーヴォの耳に聞こえる。珊瑚色を見ると、彼は
「僕、何か変なこと言った?」
「ううん、君は
首を振り、珊瑚色は
「ちょ、珊瑚色……」
「2人だけのときは名前で呼べって言っただろ? ほら、ヴィーヴォ……」
ヴィーヴォの顔を覗き込み、珊瑚色は不敵な笑みを浮かべてみせた。耳を赤く染め、ヴィーヴォはそんな彼から顔を逸らす。
その昔、人に名を教えることは愛の告白だとされていた。名は人を縛り、その名を知る人はその人を支配することができるからだ。
そして、名を呼ぶことを
「コーララフ……」
消え入りそうな声で、ヴィーヴォは珊瑚色の名を呼ぶ。珊瑚色は笑みを深め、ヴィーヴォに言葉を返した。
「やっぱり、君が女の子だったら恋に落ちてたかもなぁ……。初めて会ったときは女の子たと思って、つい名前を教えちゃったんだよねぇ……。そしたら君も名前を教えてくれて……。まぁ、君が男でも僕は構わなかったんだけど……」
「
「あー、お互い若かったってことで。今は僕らにも恋人がいることだしねぇ」
珊瑚色はヴィーヴォの髪を乱暴になでてくる。ヴィーヴォは顔を
「僕のこと、憎くないの……?」
珊瑚色から眼を逸らし、ヴィーヴォは小さく尋ねる。彼の遺言を破り、自分は漁村の人間たちを夕顔に変えた。そんな自分を彼が許してくれるとは思えない。
珊瑚色は眼を曇らせながらも、微笑みを浮かべてみせる。
「僕は君に託した。それだけのことだよ、ヴィーヴォ……」
そっと珊瑚色の手が、自分の頬を優しくなでてくれる。驚いてヴィーヴォは顔をあげていた。
「そろそろ起きてあげなよ。心配してるよ、彼女……」
「あっ……」
珊瑚色の優しい言葉に、ヴィーヴォは俯く。
きゅんと愛らしいヴェーロの鳴き声が耳元でして、ヴィーヴォは口元に微笑みを浮かべていた。
「うん、そうだね」
「またね、ヴィーヴォ。僕も愛しい人のところに帰らなきゃ」
「さようなら、コーララフ……」
珊瑚色が頭から手を放す。
彼は手を振りながら、
「さようなら……」
もう、2度と彼に会えない気がしてしまう。ヴィーヴォは小さく彼に別れを告げていた。
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