青を、往け。【短編集】

浅野新

同窓会

過去は選び取るものだ。


正輝は一通のはがきを見ていた。官製はがきにきれいに印刷された文字は、わざわざ印刷業者に頼んだのだろうと思われた。一行目に「○○小学校同窓会のお知らせ」と書いてある。彼は眉間にしわを寄せた。

これまでに何度か、小、中、高校、大学からそれぞれ同窓会の案内が届いていたが、彼は全て断っていた。成人式にも出席していない。友人達は彼を変人扱いしたが、彼に言わせれば周りの方がどうかしていた。

皆は何故同窓会へ行こうとするのだろう。

かつてその理由を、友人の武田に聞いてみた事がある。


「そりゃあ、皆に会いたいからだよ」

武田は当然というように答えた。

「会って、皆がどう変わっているかを見たいんだよ」


正輝はこの答えで、ますます分からなくなった。

そもそも、皆に会いたい、会いたい人がいる、という事が理解できなかった。彼には会いたい人は特別いなかった。友人がいなかったわけではない。武田を始め、元々彼が「会いたくなるような人」は、学生時代はもちろん卒業後も彼が熱心に親交を深めた事で、皆今も時々会う仲となっているからだ。その為わざわざ同窓会で会う必要はなかった。

唯一の例外は中学校時代の恩師だった。恩師には会ってみたい、と彼は思っていた。しかし毎年卒業生全員に年賀状を送ってくれる恩師だから、こちらから連絡すれば喜んで会ってくれる様な気もした。会いたい時に個人的に会えばいい。その方がゆっくり話せるだろう。同窓会では教師の周りには必ず、元教え子達が群がる。そんな喧噪の中で何が話せるというのだと彼は考え直し、やはり〝皆に会いたい〟というのは、

「理解できない」

とつぶやいた。

それに、と彼ははがきを表、裏と見ながら思った。

皆会いたい人はいても、会いたくない人はいないのだろうか、と。

正輝には数人心当たりがあった。嫌な思い出を分かち合った人と平静に会えるのだろうか。時の流れが人を変えると信じているのだろうか。確かに、まだそう思えば救いはあるのかもしれない。

しかし。

しかし、その人が全く変わっていなかったとしたらどうするのか。

彼は、奴が全く変わっていず、そしてこれからも永久に変わる事がない事を知っていた。

奴が正輝が一番会いたくない人物で、彼の同窓会欠席の主たる理由だった。

どうしても会いたくなかったからだ。


過去の自分自身に。


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