劫初の段

刹那に過ぎゆく秋

 人類が行ってきた罰を与えられてか、近年の傾向通り非常に長く暑い夏が去り、短い秋が横切ろうとしていた。


 櫻冑會おうちゅうかいという護国の組織は、大国ヽヽをも含めた国土を侵略する没義道もぎどうを密やかに誅伐せしめる、翳の軍勢として侵略者相手に猛威を振るっていた。


 妄動を頼りに領土主張と実効支配という侵略を行っている南側ヽヽへの奇襲、なおも核の挑発を継続する北側ヽヽへの強襲、そして難敵である大国ヽヽへの牽制……。動き出した運命は拍車をかけて廻る。同時に、会議ヽヽのものと思われる櫻冑會おうちゅうかいへのメディアを介したネガティブキャンペーン。大義は、行動すればする程に存在を想像さえしなかった囲いが、音を立てて迫り、行動に窮屈さすら感じ始めていた。


 特段承認欲求を満たそうとは思っていなかったとはいえ、彼にとって見れば侵略者から国を護るという非難される由はない。だというのに、櫻冑會おうちゅうかい――安曇野警備保障への近頃のバッシングは目に余った。


「クソ、今日も群れてやがる」


 毒づきは、安曇野警備保障支社の門扉にたかる、国民の声を自称する扇動屋に対するものだ。夏も終わったというのに、羽虫はいつまでも獲物と定めた相手にしつこく寄ってくる。そんな不愉快な光景が、敷地内の数ある建物の一棟の窓硝子の向こうに映っていた。眼下で繰り広げられる


「あんまり気にしても仕方ない。証拠が無い以上、たゞ無責任に喚き散らしているだけだ」


 大義の義憤に対し、勲はというと飄々としたものだ。熱血漢といえば聞こえがいゝが感情任せで激昂しやすい大義と較べて、彼は現在の状況を予想できる程には冷静であり厭世的な一面を持っている。


「だが――」

「『だが』も『でも』も無い。あいつらが言っている事なんて知れてるだろ。やれ平和国家日本で民間軍事会社PDFを認めていいのか、やれ最近どの国で軍船が沈められたのは安曇野警備保障の仕業に違いない、やれ母体とされる櫻冑會おうちゅうかいは危険思想を持った過激派新興宗教団体だ、やれ某国の秘密部隊で日本を陥れる為に行動しているだの……。でも、明確な証拠を提示して報道したメディアは一つだって無い。とはいえ、目障りではあるんだけどな」


 かつてと異なり地に落ちそうなマスコミの報道の信憑性ではあるものゝ、やはり一定数は信頼を寄せている者がいる事もまた事実である。何処の手の者かもしれぬ誹謗中傷が相次いでおり、其の度に大義の頭に血がのぼる。勲はといえば、そも〳〵、櫻冑會おうちゅうかいを陥れるべく工作員が煽動している、もしくは工作員自らが行動しているケースが大方を占めていると考えており、其のような輩に毎回青筋を立てる必要はないと達観していた。


「どちらにせよ。俺たちが表に出ていったところで逆効果だ。放っておくのが一番だよ」

「そうしてきたのが、今の日本の現状だろッ!」


 どうやら今日は思っていたよりも頭にきているらしい、と勲は思った。まず一呼吸し、大義を諭す言葉を紡ぐ。


「ああ、そうかもしれないな。だがな、総てはタイミングだ。確かに放置していたのが罪かもしれないが、だからこそ状況を打破するには行動と何よりもタイミングが必要なんだ。安曇野先生も仰っていただろ。そして、時機の見極めって奴は相当に難しい。でもな、最悪手となるタイミングがあるとしたら、其れはお前が今此処でマスコミに激昂する事なんだろうよ。同時に、安曇野先生の計画を狂わせる事にもなりかねない」


 流石に幼馴染の妙か、巧く安曇野の名前を出しつゝ噛み砕けるようにゆっくりと話すと、大義の燃え盛っていた瞳に理解の色が垣間見えた。暴走しがちな大義を止めるのはいつも勲の役目だった。長髪で不真面目そうな印象で見られる事も多い彼だが、一歩引いた俯瞰的な視線も持ち合わせており、石動を含めた四人では最も冷静である。


「……わかった、わかったよ。しかし、此の気持ちに嘘はつけない。安曇野先生に此の意志を伝えるのは間違いではないだろう?」

「好きにしろって言いたいところだが、東堂が許すかな」


 安曇野に陶酔しているのは何も大義だけではない。勿論、清顕や石動、そして勲とてそうであるが、秘書である東堂も其の入れ込み様に関しては大義と負けずとも劣らぬ。両者ともに頑固な面が見られ、またある点で同族嫌悪と呼ぶべきか反りが合わぬ部分がある。彼らの衝突を幾度となく眺めてきた勲にとっては、頭の痛い光景ではある。


 ――まあ、そう簡単に譲れる奴らなら、こんな事やってはいないか。


 嘆息と共に心中でごちた一言は諦観と親近感があった。もし、東堂と幼少の頃に出会ったとしたら、彼らは刎頸の交わりを持った莫逆の友となっていたのやもしれぬ。歴史に『もし』という仮定の副詞は存在しない。


「知った事か」


 仮定が存在しない以上、彼らに横たわっているのは純然たる現実である。安曇野に陶酔し、しかも我も強い二人は其の性質故に同極の磁石として反発し合う。


「やれやれだな」


 肩を怒らせて歩み去っていく大義の背中を見つめながら、長髪の青年は溜息を零す。ある程度ガス抜きをさせたら、頃合いを見計らって自分が割って入っていく手かな――と思いながら、彼は幼馴染の跡を追いかけた。

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