それが造られた華だとしても

ふぇいく

√5 呪縛編

プロローグ

はじまりは雨

 テレビの砂嵐のような雑音が耳を突く。視界を濁すのは霧のように白い大雨。足元には赤色の傘が、開いたまま転がっている。

 膝から崩れ落ちたせいで少し擦りむいた。痛みは感じない。それよりもずっと、痛い思いをしてきたばかりだから。

 蝉もまだ出てきていない、寂しい寂しい梅雨の夜。

 その日も。あの日も。今日も――


 木陰には美しい色のアジサイが咲いている。青、ピンク、紫。深緑の葉に落ちるしずくは、泣き叫んでいるかのように見えた。

 決して蒸し暑い夜ではない。過ごしやすい、夜の冷えた空気。

 ――街灯の光だけが、私を照らしてくれる。


 濡れるのは好きじゃない。けれど、雨に打たれるのは嫌いじゃない。

 雨はすべてを洗い流してくれる。汗も、血も、においも、感触も。見てきたものすべてを、洗い流してくれる。

 だけど忘れない。私にそんな資格はない。

 彼を傷つけたのも、あんな目に遭わせたのも。彼女を独りにしたのも、そうさせたのも……私だ。

 だから忘れない。忘れちゃいけない。


 ゆっくりと立ち上がり、転がった傘を拾いに手を伸ばす。伝う雨粒を生温かく感じるほど、首元が冷えている。今さら傘を差したって意味はない。この悲しみと虚しさが拭えるわけじゃない。

 己の欲を満たすために、自己満足で彼を巻きこんだ。彼を、私と同じ目に遭わせてしまった。

 

 あの日と、おんなじ。

 ――はじまりはいつだって雨だった。

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