第百二十八話『千年罪歌』


 謎の白いカード――正しくは『鍵』――を引き抜くや否や、はたのを包んでいた膨大な『天骸アストラ』は即座に霧散した。


 それまで神秘的にボヤけていた秦の身体が、少しずつ輪郭を取り戻していく。人間界では存在を処理することも出来ない神の次元から、人の目に映り、手で触れることさえ出来る領域へと降りてきたのだ。


 天使体は時間を置かずに崩壊し、その下からようやく人間としての秦漢華はたのあやかが姿を現す。 

 服は血みどろに塗れているし、根元から弾けた右腕を筆頭に、全身に刻まれた数々の傷痕が痛ましい。

 それでも口元に手をかざせば、微かに、されど確かに息をしているのが感じられた。


「手間取らせやがって……」


 樋田ひだは感慨深そうにそっと呟く。

 本来ならば、ここでしばらく余韻にでも浸っていたいところであった。


 しかし、ここは

 樋田はとうに翼を失っているし、秦も今の流れで人間へと戻ってしまった。つまり、今の二人に一切の浮力はなし。周囲は延々と空だけが広がり、何か掴めるものなどどこにもありはしない。


 故に、

 あとはただ、

 真っ逆さまに落ちていくしかないッ――――――、



「ここまで来て、死んでたまるかァアアッ!! 」



 決して離すまいと、樋田は右腕で秦の体を強く抱きしめ直す。

 そして空いた左腕をポケットに突っ込み、中から愛銃黒星ヘイシンを取り出した。


 天使体が崩壊すれば、蓄えていた『天骸』が一気に体外へと放出される。実際樋田も先程下半身を吹き飛ばされた際に、その身に宿す力をほぼ完全に失ってしまった。


「人一人救うとほざいたからには、この程度のクソ状況はなから対策済みに決まってんだろうがッ!!!!!」


 樋田が銃を握り込むと、黒星の側面に彫られた溝に光が走る。

 元々はただの銃でも、この黒星は今や『天骸』を流して用いる正真正銘の術式だ。


 だからこそ樋田は事前に黒星へ『天骸』を込め、されど発動はしない状態で術式を放置しておいた。


 天使体の崩壊によって『天骸』が底を尽きた際、術式をキャンセルして新たに力を確保するための保険策。しかし、所詮はたかが銃一丁に込められる程度の些細な量だ。これでは天使化など到底不可能、精々何か簡単な術式を発動出来れば良い程度である。


 だがしかし、たとえ完全な天使化は無理でも、せめて翼の一枚くらいならば。例え一度羽ばたいただけで崩れるほどに脆くても構わない。一瞬しか翼を出せないのであれば、その一瞬で落下の勢いを殺し切ればいいだけのことなのだから。


 ――――出来る。俺は、やれる。


 上空数百メートルといっても、激突までの時間は十秒もない。

 あっという間に直下に大地が迫り来る。


 ぶっつけ本番の一発勝負。

 それでも樋田は失敗を恐れなかった。

 腕に抱えた一人の重さが、彼に恐怖も躊躇も許さなかった。


 ――――今、だッ――――!!!!


 残り百メートルあたりで翼を展開。

 辛うじて生成された一枚の翼を、渾身の力で羽ばたかせる。


 されど、即座に翼は砕け散る。

 今の一瞬でどれだけ速度を殺し切ることが出来たか――――、


 それでも、まだ随分と、速い――――――、


 着地の衝撃に、備え――――――



「グッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」



 瞬間、想像を絶する痛みが電撃のように右足を走る。

 衝撃を殺そうと受け身を試みたが、人一人を抱えた状態で満足に出来るはずもなく。

 ともかく右足は砕けた。

 折れたのではなく、文字通り砕けたのだ。


「馬鹿、野郎……つかえねえ、しっかり、しやがれッ……!!」


 あの高さから落ちたにも関わらず、右足の複雑骨折だけで済んだ。

 仮に今ここに観客が居たならば、皆彼を称賛しこそすれ、責めるものなど一人もいないに違いない。


 それでも樋田可成ひだよしなりだけは樋田可成を責める。


 どうしてもっと完璧に出来なかったのかと悔やむ。

 秦にこれ以上怪我を負わせないのは絶対条件、そのうえで自らも無傷で着地するべきであった。

 今秦のために動けるのは自分だけだというのに、どうして自分勝手に骨折などしているというのか。


「俺ァ、お前を助ける……救ってみせる、絶対にッ……!!」


 右足の激痛に思わず意識が飛びかける。

 それでも樋田は歯を食い縛り、何とか背中に秦を背負う。


 このまま此処にいては、秦を殺したがってる連中と鉢合わせるかもしれない。とにかく距離を取らなくてはと、拾った鉄筋を杖代わりにし、ゆっくりと歩き始める。


「畜生ッ……」


 しかし、その歩みは亀のように鈍い。

 早く動けと脳が叫んでも、体の方が全く言うことを聞いてくれないのだ。


「畜……、生ッ――――!!」


「……可、成くん」


「ッ」


 一瞬、息が止まるかと思った。

 秦の声であった。

 彼女が意識を取り戻してくれたことがこの上なく嬉しく、しかしそれ以上の罪悪感が胸を締め付ける。


「起きたのか……」


 結局樋田が半ば絞り出すように発したのは、そんな当たり障りのない言葉だけであった。背に背負った秦の顔を見ることは叶わない。されど、そこから発せられる声はまるで病人のように心細いものであった。


「可成くんが、助けてくれたの?」


「あぁ、そうだ。事情は長えから省くが、もうお前が憂慮するようなことはなにもねえ。分かったらとっとと寝てろ」


「これ、全部私がやったの……?」


 思わず口籠る。

 秦の言うこれとは、間違いなくこの凄惨な光景のことを指すのだろう。

 容赦ない絨毯爆撃によって、焼け野原となった中央区の中心部。その過程でどれだけの物が壊れ、どれだけの人が死んだかなど想像もつかない。

 しかし、この惨劇全てを秦のせいにするのはあまりにも理不尽がすぎる。


「仮にそうだとしても、これはお前の意思なんかじゃ……」


「うん。分かってる。別にまた何でもかんでも自分のせいってわけじゃないの。ただ事実の確認をしたいだけ。ねえ可成くん、これは本当に私がやったの?」


 どう答えるべきか逡巡する。

 彼女の性格を鑑みれば、決して慰めを欲しているわけではない。

 やはりここは誠実に答えるべきなのだろう。


「あぁ、そうだ」


「……やっぱり、そうなのね」


 二人の間に沈黙が降りる。

 何を口にしていいかも分からず、樋田はただ歯を食い縛ることしかできない。されど、秦は既に生きることを誓ってくれている。あとはこのまま帰るべき場所に帰りさえすれば、全ては丸く収まるはずで――――、



「じゃあ貴方が私を許してくれたとしても、世界はきっと私を許してはくれないでしょうね」



 ドクリと心臓が跳ねる。

 ここに来て、遂にその真実を突き付けられる。


 今までずっと目を逸らし続けてきたことであった。

 この国の異能者が総出で秦の命を狙っているというあまりにも絶望的な状況。この難関さえ乗り越えればハッピーエンドに手が届くというのに、樋田は既に持ち得る手札を全て使い切ってしまった。


 実際、追手はもうすぐそこまで迫っているに違いない。

 自分が向こうの立場であれば絶対にそうする。

 首都を焼き払った人類の敵と呼ぶべき災厄を、態々殺さないでおく理由がない。


 そう遠くないうちにどこからともなく敵が姿を現すだろう。

 だから早く逃げなければならない。どこでもいいからとにかく遠くへ。

 にも関わらず、体が言うことを聞かない。蓄積された疲労が、今にも命を絶ちたくなるほどの激痛が、少年の歩みを阻害する。


 この足ではきっと間に合わない。

 思わずそんな考えが頭を過ぎるも、まだ希望はあるのだと無理矢理自分に信じ込ませる。


「……今とあのときじゃ全然姿が違うだろ。アレの正体がまさかお前だなんて誰も思わねえよ」


「見た目の話は関係ないの。腕の良い『顕理鏡セケル』使いは『天骸』から簡単に個人を識別出来る。もう随分と遠方が喧しくなってきたでしょ。あれこそ追手がこっちに真っ直ぐ向かって来ている何よりの証拠だわ」


 辛うじて口をついた気休めも即座に否定される。

 樋田は決して馬鹿ではない。いつも理想論を口にするからこそ、それを実現するために現実的で合理的な思考を重視する。

 だからこそ、彼も本当は分かっているのだ。

 この秦を救うための長い長い物語が、最終的にどのような結末を迎えるのか。賢しい彼には、既にその限界が見えてしまっている。


 ――――どうすればいい。考えろ。諦めるな。まだ何かあるはずだ。見落としている何かが。今までもずっとそうやってどうにかしてきたじゃねえかッ……!!


 思考に囚われすぎたのか、或いは痛みに足を絡みとられたのか。

 樋田は不意にバランスを崩し、そのまま前に倒れ込む。

 その過程で秦を背中から取りこぼしてしまう。


「大丈夫か、秦ッ……!!」


 すぐに立ち上がろうとするが、身体がまるで鉛のように重い。

 仕方なしに顔だけ上げてみれば、秦はいつの間にか樋田の傍らで人形のように座っていた。


 そこでようやく二人の瞳が合う。

 それでも少女はすぐ気まずそうに視線を逸らしてしまう。

 そして心の底から申し訳なさそうに――――、



「――――ごめんね、やっぱり私、生きていちゃいけないみたい」



 そう、儚げに告げた。

 分かっていた。とっくの昔から予想はついていた。

 しかし初めから分かっていたとして、樋田可成がそんな最悪の結末を受け入れられるはずもない。


 瞬間、樋田の被っていた仮面が砕け散る。

 秦を安心させるための不自然なほどに楽観的な物言い、最早そう取り繕う余裕すら消し飛んだのだ。


「ふざ、けんな。ふっざけんじゃ、ねえよッ。生きてちゃ、いけないだぁ……? そんなの、どう考えてもおかしいだろうがァアアアアッ!! 」


 樋田は叫ぶ。

 恥も外聞もなく、顔を大きく歪めて怒鳴る。

 そんなことに意味はないと分かっているのに、それでも叫ばずにはいられない。

 悔しい、ムカつく、腹が立つ、許せない。

 秦の命を狙うクソ野郎共もさることながら、コイツが自らの運命を仕方ないと受け入れていることが何より気に食わない。


「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。こんなにボロボロになってまで、私のことを助けようとしてくれたのに……」


「助けようとしてくれたじゃねえ、これから助けるんだよッ。だから大丈夫だ、安心しろッ。全部どうにかなる、俺がどうにかしてやる。お前に死ねなんて言うクソ野郎は一人残らずブッ殺してやるからよッ」


 しかし、樋田の言葉は届かない。

 当たり前だ。まるで説得力がない。

 何か勝算があるわけでもなく、ただ無闇矢鱈に言葉を連ねているだけ。

 そんなもの、嫌だ嫌だと駄々を捏ねる子供の我が儘と何も変わらない。


「ありがとう。本当に嬉しい。貴方がそこまで思ってくれたってだけで、私は充分幸せだったわ――――――」


 だからこそ、秦はそうやって何もかも諦めたように笑ってみせた。

 胸が締め付けられる。堪らなく心細くなる。

 このまま押し黙ってしまえば、その瞬間、目の前から秦漢華が消えてしまうような気すらして、



「お前、俺の話を聞け――――――――」


「聞いてよッッ!!!!」



 秦らしくない甲高い声に、横っ面を張られたような気分になる。

 場が静まり返る。強制的に口を継ぐまされる。

 不意に少女の瞳が濡れる。

 紅色が濡れて、潤んで、しかしそれでも、涙だけは流さない。


「お願い。もうこれが最期だから、ちゃんと私の話を聞いて……」


「……」


 その一言で、辛うじて保っていた緊張の糸がプツリと切れた。

 どこで間違えたのだと自問する。

 ターニングポイントは腐るほどあったはずだ。

 その全てで及第点を取ってきたつもりであった。

 でも、それでは駄目だった。

 努力も覚悟も策略も信念も、何もかもが足りなかったのだ。


 やり直したいと切に願う。

 これは夢なのだと無理矢理にでも思い込もうとする。

 しかし、現実は変わらない。

 秦漢華が死ぬという最悪の未来は決して覆らない。


 そうして一人絶望しているうちにも局面は結末へと進んでいく。

 恐怖に震える樋田の手に、秦は優しく左手を重ねて言う。


「可成くん、私を助けてくれてありがとう」


「……違う」


「可成くんは何も覚えていないみたいだけど、実は私ずっと前から貴方のことを知っていたのよ。それだけじゃない、ずっと憧れていたの。久しぶりに会ったら別人みたいにガラが悪くなっていて驚いたけど、必死に頑張っているところを見たら嗚呼やっぱり可成くんなんだなって思って」


「……秦」


「だから、あのときは本当に吃驚したわ。お前の生きる理由は俺が作ってやるだなんて。思わず色々考えちゃったわよ。貴方と一緒に見たいものをたくさん見て、やりたいことをたくさんして。別にそんな特別なことじゃなくても、毎日二人で他愛もない話をしたり、ただゆっくり同じ時間を過ごしたりして」


 しかし、そこで秦は不意に言葉を詰まらせる。


「そんな、あるはずもない、未来のことを――――」


 最早作りものの笑顔すらそこにはなかった。

 もう堪え切れないと言わんばかりに、大粒の涙が頬を伝う。

 そこからはもう堰を切ったようであった。


「ごめんなさい、泣かないって、決めていたのに……こんな、貴方に罪悪感を植え付けるような真似、したくなかったのに――――――」


 一度込み上げたものはもう止まらない。

 彼女もきっとその一言だけは絶対に口にしたくはなかっただろう。



「死にたくない。この世界で、これからも生きていたい――――」



 それでも、秦は遂にそう吐き出した。

 それは樋田にとってある種の呪いであった。


 彼女は自ら死を望んでいるわけではない。

 死にたくないのだと、まだ生きたいのだと言ってくれている。


 なのに、その夢は叶わない。


 全ては樋田可成が無能であったからだ。

 達者なのは口だけで、果たすべき役目を果たさなかった。

 そのせいで彼女は殺されるのだ。

 自分がもっと頑張っていれば、もっとマシな未来を引き寄せられたかもしれないのに。


「違う」


 俺が見たかったのは、コイツのこんな顔じゃない。

 俺がなりたかったのは、こんな情けない男じゃない。

 そんな言葉にもならない譫言を繰り返しているうちに、あっという間に離別の時はやって来る。


「可成くん。私は貴方の生き方が好き。だから変わらないで欲しい。これからもそんな貴方のままでいて欲しい」


 秦漢華は強い女の子であった。

 一度は涙を流したとしても、結局最後は笑顔で嬉しそうに言うのだ。

 一番苦しいのは彼女のはずなのに、無理に笑って、お前は悪くないのだと耳心地の良い言葉を囁いてくれる。

 いや、強くなんかない。強くなどないのだ。

 この子も本当は弱いのに、周りがもっと弱いから、誰も彼もが彼女に強い振る舞いを押しつける。我慢させて、諦めさせて、無理強いして。


 そうして、彼女は運命を受け入れ、死んでいく。



「可成くんありがとう」



 秦は一言告げると、やがて名残惜しそうに立ち上がり、



「そして、



 それが最後の言葉であった。

 こちらに背を向け、歩き出したらあっという間であった。


「オイ、待てッ……待てよ、秦ォオオオオオオオオオッ!!」


 樋田は無我夢中で叫ぶ。

 待ってくれと、行かないでくれと。

 側に居続けると決めたのだ。

 もう一人では行かせないと誓ったのだ。

 何だってするから。どんな苦しい目に遭ったって我慢するから。

 だから、お願いだから。


 嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ――――――――、


 叫んで、叫んで、喉から血が出るほどに叫んで。

 ろくに動けもしないのに、何度も腕を伸ばして。


 それでも秦はこちらを振り返らなかった。


「俺ならお前を救えるッ!! 絶対に救えるんだよッ!! 今まで何人もそうやって救って来たんだッ!! 相手が王に匹敵する卿天使だろうが、お前らを長年虐げて来たクソ学園の悪意だろうが、俺は守るべきものを守り切ってきた。どんなに強大なクソ野郎共も俺からは何も奪えなかったッ!! いつも通りのことなんだよ。俺が命張れば大体どうにかなるんだよッ……なのに、お前は何で、畜生ッ、どうして信じてくれねえんだよォオオオオオオオオオッ!!」


 最早自分でも何を叫んでいるのか分からなくなった頃、不意に温い風が頬を撫でる。血生臭いわけでもないのに、樋田は何故かその風からは死の匂いを感じ取った。


 別れはいつも唐突に訪れる。

 直後、前方彼方から何かが飛んで来る。

 そう気づいた瞬間、それは既に目の前の光景を喰らっていた。



 それは狙撃でも砲撃でもない。

 何か光線のようなものが横切った瞬間、少女の身体が文字通りのだ。



 そこにはいつの間にか血溜まりが出来ていた。

 無数の肉片が無残に散らばっていた。


 具体的に何が起きたか、樋田は自分の目でその全てを見ていた。

 にも関わらず、状況の理解を脳が拒絶する。

 だから、何が起きたかなんて何一つ分からなかった。

 

「秦は、どこだ……?」


 横になったまま、周囲に視線を走らせる。

 しかし、いくら探しても彼女の姿は見当たらない。

 視界に映っているのは、血溜まりと肉片のみである。


 早く秦を連れてここを去らねばならないのに。

 樋田は焦燥する。このままうかうかしていては本当に手遅れになってしまうかもしれない――――――――、



「んッ」



 そのとき、土の上をまさぐっていた右手が何かに触れた。

 硬い感触だ。大きさは親指サイズで形状は細長い。


 顔の前まで引き寄せて、よく見てみる。


「………………ハハッ」


 思わず乾いた笑いが漏れる。

 血がベットリと付着した焦げ茶のヘアピンであった。

 忘れるはずもない。それは樋田が昨日秦漢華に送ったものであった。


「ハァ……うぅ、畜生……畜生ォオオッ……!!!!」


 最早言い逃れは出来ない。


 秦漢華は、死んだ。


 今まで会ってきた誰よりも一生懸命な人だった。

 一見冷たそうなのに、意外と面倒見のいい優しい子だった。

 正義感が強くて、だからこそ自分を許せない不器用な女の子だった。


 どの彼女も最早この世にはいない。


 共に笑い合って、くだらない冗談を言い合って、時には意見の違いから喧嘩もして、されどそんな瞬間はもう二度と訪れない。


 世界中から恨まれて、憎まれて、その死を望まれて。



 ――――――――そうして、秦漢華は死んでいったのだ。




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