第百二十五話『RUN&GUN』其の一


 突如、東京都中央区上空に出現した緋色の神。


 かの神に地上から接近することはほぼ不可能。

 神は敵影を視認するや否や、絨毯爆撃を以て目下の全てを焼き払うだろう。


 かといって空から近付くのも現実的ではない。

 絶え間なく続く爆撃の弾幕を前に、あらゆる飛翔物はなす術なく撃ち落とされるだろう。

 

 そこでこの国の霊的国防を司る特務機関――――後藤機関ごとうきかんが選択した攻撃手段は、核兵器に例えられる大量破壊術式、即ち『陽桜ひよう』による飽和攻撃であった。


 ところは帝都内のとある陸軍駐屯地。

 その中に見えるは、列車砲を彷彿とさせる前代未聞の巨砲であった。


 しかし、その様は砲と聞いて真っ先に思い浮かべる無骨な姿からはかけ離れている。

 白をベースにしつつ、所々に赤の溝が走る配色。砲口は筒状ではなく、捕食時のクリオネを彷彿とさせる六叉状。凹凸の少ない装甲は艶かしく、その姿からはまるで機械で作られた竜のような印象すら受ける。


 そして巨砲はまさに今、そのおぞましい砲口をゆっくりと持ち上げた。


 途端に体の表面を押し付けるような正体不明の重圧が生じる。砲の全体が淡い光を帯びる。

 砲に刻まれた幾つもの溝をなぞるように、赤と金の輝きが走る。

 


 そうして砲口が白く瞬いた直後、神威に例えるべき一撃が撃ち放たれた。



 幅何メートルあるかも分からない光の筋が、怒涛の勢いで夜空を駆ける。

 爆撃の弾幕を難なく貫通し、圧倒し、そのまま緋色の神目掛けて真っ直ぐに襲い掛かる。


 直撃、同時に町の一つや二つ容易く吹き飛ばせそうな大爆発が巻き起こる。


 だが、それだけの大火力をもっても未だ神を殺すには至らない

 爆風と爆炎が晴れた後、そこに見えたのは、変わらず五体満足で佇む神の姿であった。


「次弾装填用意ッッ!!!!」

「次弾装填用ー意ッ!!」


 それでも、確実にダメージは与えられている。

 それまで空中で完全に停止していた神の体が僅かに傾く。

 機械的な四肢の動作も、まるでバグでも起きたかのようにぎこちない。


 そのさまに後藤機関の面々は確信する。

 この戦いは無意味ではない。

 先に死んでいった者たちの命も無駄ではない。

 そしてなにより、遂に人類の炎が神と対等に撃ち合える領域に至ったことを、確信する。


「総員退避ッ、衝撃に備えろおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 しかし、神に逆らい罰を受けるは必定。

 まるで砲撃に対する報復の如く、突如地面に出現したのは半径五十メートルほどの魔法陣であった。


 魔法陣の数は全部で四つ。

 全て巨砲から百メートル程ズレた位置ではあるが、その一部は駐屯地の敷地と重なり合っている。


 否応なく、魔法陣は起爆する。

 陣の直上を爆炎と爆風が吹き荒れ、そこに存在する全てを吹き飛ばす。

 運の良い者は伏せるなり、建物に隠れるなりして、爆撃をやり過ごすことに成功した。その一方、運の悪い数人は爆発と同時に、肉片の一つも残らずに即死した。



 ♢



 同時刻、同駐屯地。

 巨砲の配備された営庭を臨む位置にある司令部庁舎。


 爆撃が起こるや否や、中にいた男はチラリと窓から外を覗く。

 名は北村きたむら一毅いっきという。元は帝国陸軍の大尉、三十に満たない齢で後藤機関の中枢を担う新進気鋭の将であった。


 爆撃を受けたにも関わらず、司令部の面々は欠片も動揺することはない。  

 ややあって、若い兵が機械的な動作で部屋の中へと入ってくる。


 北村は彼から報告を受ける。

 幸い『陽桜』を放つための砲は無事である。

 千代田区の龍脈から『天骸アストラ』を引くためのインフラも損害は軽微。

 ただし一部の隊舎は粉微塵となり、運悪くそこへ居合わせた面々は残らず死亡したとのことであった。


「これで四射目か」


 神の爆撃は距離を問わない一方、精度には少々難があるらしい。

 それでも初撃は完全なる当てずっぽうだったのが、回数を重ねるにつれ段々と標準を合わせてきている。

 このままではあと二、三回のうちに砲か司令部をピンポイントで爆撃されても不思議ではない。実際都内に十門存在した『陽桜』用の砲は、既に四門が破壊されたと報告が入っている。


「頃合いだ。手筈通り、B5地点に引き払うぞ」


 北村が告げるや否や、待っていたように付近の面々は行動を開始する。


 現状緋色の神に通用しそうな攻撃手段は『陽桜』しかない。

 そして『陽桜』を放つ砲が特別製である以上、このままでは後藤機関は神に対する刃を失ってしまう。


 ならばこの駐屯地は放棄し、別の地点から砲撃を再開するべきである。

 幸いなことに、最早この東京に民衆は一人もいない。住宅街だろうが繁華街だろうが、射線さえ通れば何処からでも攻撃出来る。

 例え神を撃ち落とすことは敵わずとも、せめて弱体化させなければ東京は終わりだ。具体的には汎用の砲撃・爆撃術式が通用する領域まで、あの緋色の神を引き摺り下ろしてやらねばならない。


 ――――それにしても、他の勢力は一体何をしている。


 現状緋色の神と対峙している勢力は後藤機関だけだ。

 恐らく悲蒼天ひそうてんは準備を整え次第参戦するだろうが、密偵からの情報によると、碧軍へきぐん人類王勢力じんるいおうせいりょくにはその素振りすら見えないという。

 あくまで四勢力による共闘関係はダエーワを討伐するため暗黙的に生じたものだ。仮に同等の脅威が出現したからといって、血盟がそのまま引き継がれる保証はどこにもない。


「……国賊共が」


「失礼しますッ」


 司令部が撤収の用意をしている最中、突如先程とは別の男が部屋に入ってきた。

 北村は彼の汗に動揺を見る。

 後藤機関の人間らしくもない様に、思わず嫌な想像をせずにはいられない。北村が続きを促すよりも早く、目の前の男は既に口を開いていた。


「……敵襲です。碧軍の連中がもうすぐそこまで迫っています」


 瞬間、司令部の全体に一気に緊張が走る。

 慌てて数人が窓の外を見ると、確かに遠方から人の波が押し寄せてくるのが確認出来た。


 何故よりにもよってこのタイミングなのだと誰もが嘆く。

 今は正にあの緋色の神を天使の領域まで引きずり下ろせるかどうかの天王山、ひいてはこの一戦の結果が東京の存亡を左右すると言っても過言ではないというのに。


「碧軍め、血迷ったかッ……!!」


 どこからともなく怒りの声、怨嗟の声が上がる。

 しかし、その中にあってただ一人北村一毅だけが沈黙していた。

 この状況に何か違和感を感じたのか、彼は暫し虚空を見つめていた。



 ♢



「面白えぐらいにうまくいったな」


 駐屯地を上から望む位置にある建造物の屋上。

 そこから碧軍と後藤機関の衝突を見下ろしている二つの影があった。


 一人は樋田可成ひだよしなり、もう一人は松下希子まつしたきこ

 しかし、作戦が無事成功したにも関わらず、樋田の反応は随分と冷めたものであった。傍らの松下に至っては、むしろそのことを心苦しく思っている風ですらある。


「松下」

「……なんですか」

「――――いや、なんでもねえわ」


 お前のおかげだと、樋田は思わずそう言いかけ、されど言葉を飲み込む。


 樋田と松下は先刻とある碧軍の一部隊を襲撃し、それらしい戦闘音と悲鳴のサンプルを確保した。更には指揮官である司祭を拷問にかけ、碧軍内の通信ルールを把握することにも成功した。


 そこからは松下希子の独壇場である。

 彼女は例の司祭になりすまし、碧軍の上層部に救援要請を出した。具体的には「後藤機関から襲撃を受けているので、今すぐ増援を寄越して欲しい」と。


 彼女の権能にかかれば、司祭の声色を完全に真似ることなど造作もない。

 更には先程の悲鳴や戦闘音を自然な形で再生し、まるで今戦闘中であるかのように演出することすら可能となる。


 本来ならば、この程度の小細工が通用する相手ではない。

 されど、実際碧軍は樋田の策に乗せられ、後藤機関に攻勢を仕掛けてくれた。


 以前秦は言っていた。

 今現在結ばれている四勢力の同盟関係はあくまで暗黙上のものだと。

 彼等は互いに肩を並べて戦いつつも、常に他勢力裏切りに気を立てずにはいられない。

 そして事実上ダエーワが殲滅された今、新たな危機に対しても共闘関係は継続されるのか。各勢力の特に末端に、そのような不安が広がっていただろうことは想像に難くない。


 だからこそ、判断が鈍る。

 通常時ならば、ハマらないような策にもハマってしまう。

 結果として碧軍は見事後藤機関に攻撃を仕掛けてくれた。

 本来ならば厳重な警備下に置かれている『陽桜』も、今ならば樋田達だけで制圧出来るかもしれない――――、


「――――かもしれないじゃねえ。他に道はねえんだ。必ず、成功させる」


 駐屯地の様子に目をやる。

 当然といえば当然、後藤機関の兵は碧軍が殺到している敷地の周辺部に集中している。対照的に砲の置かれた営庭部分はほぼガラ空きだ。

 仕掛けるならば今しかない。

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