第九十話『剣の誉れ』其の二
攻略法と言っても卿天使のとった行動は単純であった。『失落』概念によって地に叩きつけられたまま、ヴィレキアは全殺王目掛けて雷槍を放ったのだ。
「ほざけ、たかが一神格がもがいた程度で、どうにかなる絶対悪ではない――消えろ、
されど悪魔の王は冷静であった。
突然の奇襲にも冷静に対処すべく、先程もこちらの雷撃を打ち消した『消失』の概念を振りかざす。されど、それこそがヴィレキアの真の狙いであった。
――――体が、動くッ。
途端、全身が軽くなる。
理由は単純明快。全殺王の操る『失落』概念が消失し、空飛ぶものを地に落とす力が働かなくなったからだ。
やはり当時の天界が存亡をかけて集めた情報は正しかった。気付いてしまえばそれはあまりに単純であまりに致命的な欠点。
そう、全殺王の権能は二つ以上の悪概念を同時に操ることは出来ない。王自身への攻撃を『消失』概念で無効化するには、必然先に『失落』概念を放棄する必要がある。
「――――ッ」
こちらが動けることを知らせるような雄叫びはあげなかった。無言。全殺王がこちらの狙いに気付くよりも早く、再びマッハを超える速度で肉薄する。
雷撃を収束させ、右足に雷の剣を生成。そのまま飛び回し蹴りの要領で斬りかかる。
「ハッ」
それに全殺王は少し驚いた風であったが、あくまで冷静に首を振る。悪魔の顔のすぐ隣を剣が通り過ぎる。その右耳が斬り飛ばされ宙を舞う。しかし、ただそれだけであった。
「乱れろ、
追撃を封じる狙いだろうか。
まるで煙玉でも放られたかのように、辺り一面が瞬時に瘴気の嵐で埋め尽くされる。
しかし、当の卿天使は欲をかくことなく、すぐさま王の側から離脱した。すぐさま反転し六翼で暴風を巻き起こす。そうして瘴気の盾を失った王に再び襲いかかる。
「消えろ、
全殺王は囁く。
瞬間的に右足の雷の剣が消失する。
「予想通りの対応感謝する。三千年も眠っていたせいで幾らか鈍ったか?」
だが、そちらはデコイ。
本命は翼の裏に隠した左腕の一撃だ。
「『
ヴィレキアの持つ術式の中で最も強力かつ、核兵器にも相当する火力を誇る戦略的電爆術式。もちろん先程インドラに放ったような威力は出せない。片手しかない以上雷撃の収束も至極不安定だ。
だが、今しかない。こちらが全殺王の弱点を知っており、そのことに悪魔がまだ気付いていない今しかないのだ。
幸い、ほぼ接射。これなら距離的にも時間的にも回避する余裕はない。ヴィレキアは『終の焦焉』で殴りつけるが如く、その高エネルギー体を全殺王に叩き込む。
「なっ……!?」
しかし、それは全殺王ではなかった。『終の焦焉』と接触する直前、王の体はガス状の瘴気となって宙に溶けていく。
――――先の煙幕のときに入れ替わったというのかッ!?
今更タネに気付いたところで最早手遅れ。
直後、砲撃じみた衝撃がヴィレキアの全身を横から吹き飛ばす。事前に潜んでいた本体が奇襲の蹴撃を加えたのだ。
卿天使の体はくの字に折れ、惨めに荒れたコンクリートの上を転がっていく。
「おっ、おのれえッ……!?」
「何を意外な顔をしている。確かに権能である概念提示は平行できない。ならば、その隙を別の術式で補完するのは当然だろ?」
それでも即座に身を起こそうとする卿天使。そんな彼に全殺王は残酷な一言を告げた。
「そして、その制限も既に解かれた――――乱れろ、
ヴィレキアは再び瘴気が射出されるのかと身構える。
されど攻撃は外からではなく内側から襲いかかった。自分の攻撃を都合のいい方向に暴走させ、威力をブーストするのではない。文字通りの暴発、ヴィレキアの左手の中で展開中の終の焦焉が、揺れて、乱れて、そして崩壊したのだ。
核兵器並みの威力が雑に解き放たれ、何の制御もなしに暴れ狂う。周囲を闇雲に焼き尽くす超高温が、天使の左腕を瞬時にジュワリと蒸発させる。
「ッ――――――――!!」
直後、何とか『終の焦焉』を霧散させる。
しかし、すぐに治りかけの傷を再びナイフで抉られるような激痛が生じた。
両腕を失い、残る出涸らしの『天骸』も使い切った。詰み、一瞬そんな絶望の言葉が脳裏をよぎる。
――――いやっ、まだだ。まだこんな私にも稼げる時間は残っているッ……!!
ならば他に自分が出来ることとは――そう判断し、ヴィレキアは瞬間的に空高く飛び上がる。
「必死の抵抗ご苦労だが落第点だ。大方飛べばお前を引きずり落とすために、こちらは一度概念提示を使わねばならないとでも考えたのだろう」
そこで、アンラ=マンユの背中に変化が生じる。
「だが何度も言っただろ。俺の『対応神格』はゾロアスターに紐付けられし悪魔の王アンラ=マンユ。この世界を構成する二大精神原理の片割れ。悪を産み、悪を選び、悪を為す諸悪の根源、絶対悪だとな。そしてこの世界における超常の存在は須らく天使に由来する」
宣言と同時に、王の背より膨大な黒い『天骸』が噴出される。
それらは常に泥のように揺らぎ続けながらも、次第に長さ十メートルはありそうな巨大な翼を形成していく。
そして、それを一振り。
ただそれだけで、全殺王はまるでロケットエンジンでも搭載されているような速度で重力を振り切った。
――――並ばせてなるものかッ……ここでみすみす高低差の有利をくれてやる道理はないッ!!
ヴィレキアは全殺王を撃ち落そうと雷撃の弾幕をはる。それはまるで対空兵器を地上に向けて放ったかの如く、悪魔の進路全てを数十の光線が隈なく塞ぐ。
されど、生起と消失。全殺王の『消失』概念によって、雷撃の雨霰は瞬時に丸ごと消滅させられてしまう。
「――――ッ」
「もう一度言おう。平伏せ善性」
高度で並ばれ、すかさず懐に飛び込まれる。
直後、全殺王の翼が鞭のような挙動で襲いかかるのを、卿天使は硬質化した六枚の翼を盾にして防ぐ。
しかし、その勢いを殺しきることは出来なかった。まるで金属同士を本気でぶつけあったような甲高い音が生じ、天使の体はそのまま大きく後ろに吹き飛ばされる。
体勢が乱れ、バランスが崩れる。
必然、一見鉄壁のような六翼の盾にも綻びが生じる。
その隙を全殺王が見逃すはずもない。
全殺王はヴィレキアを追撃しながら、飛行運動に縦と横の回転を加える。それはまるで車懸かりの陣の如く、四肢の殴打と二枚の翼が代わる代わるに襲いかかる。
それでもヴィレキアは六翼それぞれの角度をリアルタイムで調整し、全殺王の攻撃をことごとくギリギリのところで受け流し続ける。
「『
「なっ……!?」
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