世界のリズムが刻む創生譚〜時空を架ける想い〜

うめさだ

プロローグ 遭遇

『あなたの……おもいえがく……せかいが……好きだったわ』


『!? 〇〇?』


 手を見てみると、血がビッタリ手に付いていた。

 明らかに致死量の。


(まさか…〇〇の?)


『……う、ウァァァァァー!!!!』





「ハァ、ハァ、ハァ。またあの夢か……ちがう世界に行っても、よく見る夢の内容は変わらないんだな」


 ベッドから体を起こしてみると、全身嫌な感じの汗をびっしりかいていた。


「夢のはずなのに妙にリアルなんだよな……わかってはいても毎回同じタイミングであまりの怖さに起きちゃうし。それにしても……夢の中のあの少女は一体何者なんだ?」


 思い出そうとしても、夢の中の少女の顔にはモヤがかかっていていつも思い出せない。


 ベッドから起き上がって、窓の外を眺めているとーーそこには、日本にはない街並みが広がっていた。


 まさにファンタジーという感じで、まちの周囲は高さが10メートル近くある外壁で覆われている。


「この光景もリアルなんだろうけど……このまちに来て一ヶ月近く経つのに、なんで何もイベントが発生しないんだ、このまちはーーーー!!!!」


 眼下に広がる光景に叫んでも無駄なのはわかってはいるが、声の主である青年は大声で叫ばずにはいられなかった。


 そう、なし崩し的に――でも、自分の意志でこの何も起こらないまち――はじまりのまち『アイルクーダ』に来ることになった時のことを思い出しながら。




 俺の名前は立川優。

 27歳にして、ついさっき無職のプータローになったばかり。


 なぜかって?

 それは俺の方が逆にききたいくらいだ。


 むしゃくしゃする気持ちを抑えることができないことを悟ると、優は本日八度目となる深いため息をつくのだった。


 高卒で外資系企業に就職した彼は、高卒ながら営業でトップの成績を出し、瞬く間に出世していった。

 出世をした、といえば聞こえはいいかもしれないが、同僚を時には蹴落としていい結果をとっていたため、結果で判断する上司からの評価がいい反面、同僚からの評判は最悪だ。


「結果がすべてなんだよ」


 不平不満を言ってくるやつらには、見下した目つきでみんなそう言い返してやった。

 実際、社長にも成果を認められて、美人社長令嬢とスピード婚。

 出世街道まっしぐらだった俺の身に、ある日突如激震が走った。


 スキャンダル週刊誌のトップに、自分の社名が見えたからだ。


「ば、ばかな!!」


 一面には、既婚者でもあるトップ俳優と妻のダブル不倫に関する報道だった。


 そのことを出張先で知って、急いで会社に戻ってそうそう社長から言い渡されたのが、なぜか自分に対する解雇勧告。


 それ以降の出来事はあまりにもムカつきすぎて、言葉にすることもできない。


 西新宿駅が最寄りの会社すぐそばにあるマンション。

 そこの四階にある自宅に戻ってみたら、自分の荷物以外何もかもなくなっていて、もぬけの殻状態……。



「ぜってー許せねぇ、あいつら!!」


 思い出したらさらに腹が立って、ついつい道端で大声で叫んでしまい…通行人が驚いて振り向いたけれど、睨みつけてやったら何事もなかったかのようにまた平然と歩き始めた。


「関わりたくないならこっち見んなよ、なっ!!」


 脇道に入ったところで、道に落ちていたカンカンを思いっきり蹴っ飛ばした。


 カラッン、コロン、コロコロ…


 勢いよく飛んでいった先でピタッと止まった缶。


 夕暮れ時の逆光でハッキリ見えないけれど、人にぶつかって止まったようだ。

 それでも気にしないで下を向いたまま通り過ぎようとした、まさにその時声をかけられた。


「あなたのみえている世界はとても寂しいですね、世渡一斗さん?」

「!?」


 ハッと振り向いて見たら、高校生くらいの少女が黒いローブを着て、首にはネックレス、手には杖を握っていて、まさにーー


「魔法使いのよう、ですか?」

「(なんで先を読まれた!?)お前誰だ? 何でこんなところでそんな格好をしているんだ? ハロウィンでもあるまいし…しかも、俺の名前は世渡一斗ではなくて立川優だ」

「……ふ〜ん、なるほどね! だから、私はあのことを話せないのね。じゃあどうやって伝えたらいいものかしら…」

「おい、きいてるのかお前、なっ!?」

(肩を掴まえようとしたら、その寸前で姿がかき消えた、だと!?)


「あ、そうそう。自己紹介がまだだったわね。私の名前は、マリアンヌ・イクシス。言いにくいだろうから、マイでいいわよ。

 まぁ、言いたいことききたいことは色々あると思うけれど、時間があまりないから手短に伝えるね、一斗。

 なくなった記憶を取り戻したくない?」

「なんでそのことを!?」

 いつの間にか背後に回っていた少女のことよりも、そのことを知っていることに優は驚いた。


 そうなのだ。確かに俺は記憶喪失の疑いがある。


 なぜなら、高校生以前の記憶が全く思い出せないのだ。


 でも、そのことを知っているのは――本当に極一部の存在だけのはず。



「それに関しても突っ込みたい気持ちもあるかもしれないけれど、今答えることはできないわ。でも、もし記憶を取り戻して、人生をもう一度やり直したいと思うなら、明日の夕方六時に名古屋市にある師長小橋もろながこばしまで来てもらえますか?」


「……確かに記憶は取り戻したいし、やり直せるものならやり直したいさ! ……でも、そんなことがお前にできるのか?」


 優の問いかけに、マイは一瞬すごく辛そうな表情を見せた。


「完全に信じてもらえるとは思っていません。ただ――」

「ただ……な、なんだよ?」

「もし少しでも信じてみたいと思ってくれたら、明日再会しましょう!」


(どうするんだ、俺? 明らかに怪しいやつだぞ……でも、なんかこいつといるとすごく懐かしい感じがする。気のせいなのか?)


「一つだけ質問いいか? もし……もし明日俺がお前に会いにいかなかったら俺はどうなる?」

「あなた自身には何も起きませんよ。何も。一つだけお伝えすることがあるとすれば――」

「なっ!?」


 マイの姿が、話しながらだんだん薄れていっている。


「明日の機会を逃したら、もうあなたと私は会うことはないでしょう」

 最後の言葉を言い終わる頃には、目の前から完全に姿が消えてしまった。


 まるで、最初から誰もいなかったかのように。


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