147.幼女一行、串焼きパーティーの準備をする



 頼まれた道具を用意してヒューさんに見せると、落ち着かない素振りで網を手に取った。明らかにわくわくそわそわしていらっしゃる。ふふふ、この顔が見れただけでも養殖池作戦は大正解ですわ。

 魚を捕まえるための漁網ぎょもうとタモ、めてさばく用の小出刃ナイフ、串打ちための竹串、焼くための炭や串を刺すための灰、それらを入れる大きな金ダライ……全部ヒューさん監修で購入したものだ。水浴びの後、浮足立ちながらも真剣に選んだこの世界の慣れ親しんだ製品。


「子どもの頃はタモだけで獲ってたんだよ。こういう網は大人が扱うものとして、子ども達の憧れだったんだ」

「いいねぇ、そういう思い出。私はお祖母ちゃんが使ってた大きな包丁が憧れだったなぁ」

「ルイらしいね」


 ほのぼの話しながら、網を広げるのを手伝う。

 この漁網ぎょもうは麻糸と魔物の糸をより合わせて作られたものだ。馴染みのある茶色の麻と、キラッと光る銀糸が絡まって、一本の紐になっている。それが見覚えのある四角の形で等間隔に編まれて、着物の帯みたいに横にずらーっと長い。両端に大人がぎゅっと握るのにちょうど良さそうな太めの紐。網の下側にはくくられた重りが等間隔についてる。

 麻糸を使っているけれど、蜘蛛系の魔物の頑強な糸が混ざっているから結構丈夫らしい。水に浸しても腐らないし、川底の石がこすれて網が切れる事もほとんどないそうだ。また人が力強く握って擦れても怪我をしづらく、魚が激しくぶつかって身を傷付ける事が少ないそうだ。最高やん。

 魔物の素材が丈夫なのはね、下着貰ってから特に実感してますよ。肌に擦れて痒くなる事もなく、お腹はほこほこ温かいし、何度洗ってもほつれない。めっちゃ重宝してる!


「網を池の端に添うように設置して……えっと、重りの方を下にしてね。しばらくしたら紐をゆっくり引っ張って、反対側まで引きずるんだ。その後、網を徐々に丸く狭くしていくと、魚が網の方しか逃げられなくなっていっぱい獲れるんだよ。この隙間より小さい魚はすり抜けられるから、大きな魚だけ手に入るんだよ」

「おおー!」

<へえ、面白い!>


 テレビで見た事あるやつだ! 漁業権がないと出来ないやつ! 魚を絶滅させない仕様! すごい、あれを私達で出来るんだ! 


<この池は小さい魚は入れてないから、一網打尽になるね!>

「ちょっとテクトさん?? 待って??」


 私の思考読んだよね? 絶滅させたくないんだが??


<今回は様子見だからってそんなに量は買わなかったし、どうせだから食べ切っちゃおうよ>

「いやせめて一匹二匹くらい残そう!? 様子見の意味!!」


 この池で魚が快適に過ごせるかどうか、美味しく育つかどうかを見守ろうねって言ったじゃん!? 全部食べたら意味ないよ!?

 すいすい泳ぐ魚をひとつひとつ数えてるテクトにツッコミ入れるけど、彼の意思はどうやら固いようだ。口を尖らせて首を振られた。


<どうせ神様にもお土産出すんでしょ。遠慮してたら食べる分が減るじゃない>

「あああそこが気になっちゃったかぁああ! いやごめん実はまだお怒りだったりする? 神様にプレゼントしちゃダメ?」

<別にもう怒ってないよ。あの神がうっかりちゃらんぽらんなのは前々から知ってた事だし。それより取り分が減るのがね>

「お、おう」

<池にいるのはヤマメ20匹。僕は元々たくさん食べるし、ヒューの食欲も戻ってきた。キースはルイの倍は食べる。トーコもここ最近の食欲なら一匹丸々はいけるね? そして不本意だけどダァヴがいる。つまりここの魚を神様に譲る猶予はないんだよ>

「あ、ハイ」


 神様に譲るっていう選択肢はないのね。と思ってたら<ないよ>と言われた。即答だった……神様ドンマイ。


<僕はね、たくさん試してみたいことがあるんだ。今日は串焼きのみだけど、塩味以外も柚子胡椒つけたり麺つゆつけたり、アレンジは可能だよね。あとそうめんと一緒に食べてみたい。記憶を見たけど意外と合うらしいね。食パンとの相性も試したいな。塩の種類も変えてみたいよ。きっと美味しい>

「わがまま可愛いなぁちくしょー! その話乗った! 養殖魚追加しまぁあす!」

<おねだりが上手になりましたわね>

<まったく、誰の影響だろうね>


 と、いうわけで勢い任せで追加の川魚を購入しちゃった……なんなら最初の20匹より多く買ったわ。

 もれなくヒューさんの目が輝いたよね。「見た事ない魚もいるけど、美味しそうだね」って……そんな反応するくらい川魚好きだったかぁ。想定以上の食いつきだったなぁ。ていうか準備進めるたびにテンション上がってってる? 冒険前の少年か? 可愛いかな。

 これは聖樹さんの養殖池の監督も捗りそう。激しくざわめく枝葉の揺れる音を背後に、私は微笑むしかなかった。食い意地の権化たる私より食欲発揮されるとこんな気持ちになっちゃうのね、不思議と心が凪いでます。

 ヒューさんに網の設置と炭火を任せている間に、池の横に野菜洗い用の大きなプラ桶をいくつか準備した。春になるとホームセンターで重ねて売り始める、高さのある角が丸いプラ箱だ。これ、底に排水用の穴と蓋があって、便利なんだよね。野菜洗う以外にも使えるから重宝するんだ、とは近所の農家さんの話。

 そのプラ箱にえっちらほっちらと、ビニール袋に水と一緒に入った魚を入れていく。ヤマメ、ニジマス、イワナ、アユをそれぞれ6匹……つまり24匹。合計44匹の魚が、眼前で泳いでいるのである。調子乗りましたわ。久々の衝動買いかもしれない。

 池に放流したのはヤマメだけなのに、何故種類を増やしてしまったのか。どうせなら食べ比べしたいなって思っちゃったからですね。


「そろそろ網を引くよ」

「はーい!」


 炭火を見守っていたヒューさんに呼ばれて、意識を現実に戻す。買ったものは仕方ないんだよ私。きっちり全部、美味しくいただこうじゃないの。

 池を覗き込むと、網を設置した時にぎゅんぎゅん泳ぎ回っていた魚達は落ち着きを取り戻しているようだ。


<あまり強く引いてはいけないんだっけ?>

「重りが浮いてしまうと、魚がその下から逃げてしまうから。ゆっくり、ゆっくり、引いてね」

<ん、まあやってみるよ……なかなか力加減、難しそうだな>

「力UP装備の幼女に任せなよ」

<はいはい>

「あれ、リトジアは?」

「リトジアは今、瞑想中っていうか、聖樹さんにぺったりしたい時というか……」

「え」

「埋まりたい気分なんだって」

「……なるほど、わかった。じゃあルイとテクト、僕で分かれよう。なるべく僕が引いていくから、2人は網が寝ないように紐を張っててね」

「了解!」

<すまないね>

「きぃも、やる!」


 ばふっとヒューさんに抱き着いたキースくんが、はいっと手を上げる。着替えた後はミチと花畑に行ってたと思ったけど、その手に花はない。今日は摘まなかったのかな。

 池を挟んだ向かい側、キースくんはヒューさんと一緒に紐を持ってフンスと鼻息を漏らしている。眉を下げて笑むヒューさんの前で、小さな胸を張って頼もし気だ。めっちゃ可愛いな……

 ヒューさんとキースくんが、ず、ずず、と網を引きずっていく。その音にびっくりしたのか、魚影が激しく揺らめき水面を一匹が跳ねた。おお、元気元気!


「とうちゃ、ばちゃばちゃー!」

「うん、よく跳ねる魚だね」

「ひょるる!」


 私の背中にくっついてるトーコも楽しそうだ。自分の食べ物だとわかっているのか、プラ箱も興味深げに水面ツンツンしてたもんね。いいぞー、食育進んでるよー。

 網が緩まないように張りながらヒューさんが合流すると、キースくんがヤマメの群れに飛び込もうと体を浮かせたので、咄嗟にテクトが服を掴む。


<キース、さすがにそれは危ないから駄目>

「あー! ばちゃばちゃー!」

「ナイステクト! あんまりストレス与えると美味しくなくなるらしいから、そのままキースくん抑えといて!」

<わかった……ああうん、なるほどね。ルイ、1匹だけキースにあげれない? そのまま持たせなくていいから、瓶でもいいし>

「そしたら池に飛び込まなくなる?」

<うん>


 小さなタモなら持てるかな? 子どもでも持てそうな短いやつ。

 ヒューさんに頼んでタモにヤマメを1匹入れてもらいキースくんに渡すと、ぱああっと表情が明るくなって持ち手をしかりと握り込む。


「りー! しゃかな! とった!!」


 だっと駆け出して行った先は、聖樹さんの根元。ほほー、なるほどぉ?


「……リトジアへプレゼントしたかったんだね」

「キースくんなりの気の遣い方かなぁ。めっちゃほっこりする」

<そこまで複雑に考えてないと思うけどね>

「いやー。自分だけじゃなくて人の事を考えれるのって、すごい事だと思うんだけどな」


 あの年頃の子は特に。親戚の子や近所の子を見て来た程度の私だけど、2歳くらいってもっと自己優先だった気がするんだよなぁ……専門家じゃないのでそんな気がするってだけなんだけど。


「リトジアも楽しんでもらえるように、急ごうか。これだけの数をやるなら、下処理も多くなるからね」

「44匹だもんなぁ。よろしくお願いします、先生」

「はは……そんな偉いものじゃないけど。頑張ります」


 そう謙遜したヒューさんだったけど、その手際は素晴らしいものだった。暴れる魚を片手で押さえてナイフの柄で手早く眉間を打ち、動かなくなったところをサクッと締めたら氷を入れたタライへ移す。この間たったの数秒。職人かよぉ。


「ヒューさんかっこいいねぇ、聖樹さん」

──ざああっ、ざあ。


 その揺れが、そうでしょそうでしょ、というように聞こえたのは私だけじゃなかったのか。テクトが思わずといったふうに噴き出した。

















 さすがに数が多くなったから、ヒューさん1人に全てを任せるわけにはいかない。テクトに串焼きの準備を手伝ってもらい、私は付け合わせを作る事にした。あと、食べたそうにしてたそうめんも茹でなきゃね。

 大きな鍋にお湯を沸かし、乾麺の束を落とす。しゅわっと起こる泡をかき混ぜ、蓋をして火を止めた。数分待ったらザルにあけて、洗わないとね。

 さて付け合わせと味噌汁だけど。多種多様な川魚のおかげでたんぱく質は揃ってるわけだから、足りないのは野菜類かな……具だくさんな味噌汁にしようか! あとは軽く摘まめるおかず、そうだなぁ。レンコンのステーキにしようかな。そうと決まれば、早速調理の続きだ!

 茹で時間を終えたそうめんを水で洗った後、軽く絞ってお皿に丸めて盛っていく。清涼感のある薄青いガラスにちょこんと乗る白。うーん、水音と相まって風流だなぁ。さて、乾かないうちにアイテム袋に入れて次!

 レンコンは皮を剥かずに5㎝くらいの輪切りにして、酢水に浸す。その間に野菜の準備。ゴボウに長ネギ、大根にニンジン、それにしめじと豆腐と油揚げ。ゴボウはささがき、長ネギは斜め薄切りに、人参と大根はいちょう切り、しめじは石づきを取って、油揚げは短冊切り。豆腐は水切りをしておこう。ついでにレンコンもザルにあける。

 大きな鍋に油揚げを入れて、炒める。んんー、香ばしい匂い! 何で油揚げってこんないい匂いがするんだろうねぇ。

 ある程度炒めたらごま油を注ぎ、豆腐以外の材料をすべて入れる。油が回るように炒めたら、水と、顆粒出汁をどーん。野菜が柔らかくなるまで煮込んでいく。

 ああー、ここにニンニクと豚肉入れたら豚汁になるけどなぁ。でも今日は肉はいらないんだよねぇ。まあそれは今度。

 水切りが終わったレンコンをキッチンペーパーで丁寧に拭く。水分が残ってると油が跳ねて危ないからね。フライパンにオリーブオイルを敷く。いつもよりちょっと多めだ。レンコンに吸ってもらった方が美味しいからね。

 輪切りレンコンを並べていき、火をかける。あとは片面がしっかり焼けるまで放置だ。いい焦げが付くまでいじらない。真っ白なレンコンに油と火が染み、じわじわと穴から透明に変わっていくのを見ると、お腹がぐぅうっと鳴りそうになる。

 レンコンが良い感じに焦げたら、ひっくり返してまた待つ。この間に味噌汁を確認すると、ニンジンに串がすっと通る。よし、味噌を溶かそうかな。

 弱火にして、鍋に味噌漉しをかける。そうだなぁ。今日はなんの味噌を入れようか。いつもの田舎味噌、甘い白か麦、濃い赤、もしくは混ぜるか……うん、混ぜよう! それぞれを少しずつ掬って、味噌漉しに放り込む。レンコンが焼けそうだから、味噌はそのまま待っててもらおう。

 良い感じの焦げがついたら、醤油をひと回し。じゅわじゅわって醤油が沸く。んんー、食欲をそそる匂いー!

 そしたら火を消して、レンコンをお皿に移す。1個だけ崩れてしまったレンコンがあったので、ちょうどいいと味見をする。


「あふっ、熱い、けど! おいしいー!」


 もわっと湯気が口内に充満して、匂いが鼻に抜けていく。噛めばしゃくしゃくっという音がして、醤油の塩味とレンコンの甘さが幸せを運んでくる。はーん、好き。

 こんなシンプルで美味しいのは反則でしょう。レンコン最高かな。

 おっと、ずっと味見の余韻を楽しんでるとテクトから警告がきそう。現に半眼で見られてるんでね、気を付けないとね。


<こっちはもう焼いて待つだけだからね? そっちにお邪魔してもいいんだよ?>


 はいすみません、真面目にやります。

 ふやけた味噌を漉して、ちょっとの醤油。少し濃いめに味付けたら、豆腐を賽の目に切って投入だ。ぐるりとかき混ぜて、火を消す。よし、完成!

 味を染み込ませるために味噌汁はそのまま、レンコンステーキは冷めないようにアイテム袋へ。調理道具を片付けたら、キースくんを迎えに行こうかな。

 聖樹さんの方へ行くと、聖樹さんの根に包まれるように埋まるリトジアと、その傍で丸くなって寝ているキースくんがいた。そういえば今日は昼寝してないもんね、疲れちゃったか。

 リトジアの胸元には色とりどりの花が散らばっていて、さっき持って行ったはずの魚はいない。テクトかヒューさんが回収したのかな?


「ああ……ルイ。その、このような姿で失礼します」

「いいよー。夕飯までまだかかるから、もうちょっとゆっくりしよ」


 キースくんの体にブランケットをかけて、芝生から出てきてる聖樹さんの根にこしかける。


「そのお花はどうしたの?」

「キースが、何故か落としていきまして」

「あはは、そっか」


 キースくんが花持ってないからどうしたんだろうって思ったけど、リトジアにプレゼントした後だったかぁ。


「その後はヤマメを持ってきましたが……顔に押し付けられてもよく見えませんし」

「それは生臭かっただろうなぁ」

「はい。今も生臭いです」

「えっ! 誰も拭いてくれなかったの!?」

「ヒューが申し訳なさそうにぬぐってくれました」

「石鹸で洗わないと臭いまでは落ちないよねー!」


 慌てて洗浄魔法をリトジアにかける。彼女はふう、と吐息を漏らし、それから笑った。


「ふふふ、臭かった……私、こんな事されたの初めてです」

「そりゃあこんな可愛い子に魚を押し付ける人なんて、なかなかいないだろうなぁ」

「……木であった時から数えても、初めての事です。ああ、おかしい」


 それからしばらく、リトジアは笑っていた。本当におかしそうに、穏やかに。



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