138.お披露目会と揚げ物の話



 ふっと足が床に触れた途端、安全地帯にいた人達の視線がバッと一瞬で集まった。集中線付きそうな勢いだったもんだから、ちょっと肩跳ねちゃったよ。

 瞬間的に声を上げたのは、鼻と耳を震わせたアリッサさんだった。


「あんた、その子! やっぱ生まれてたんだ!」

「へぇ、クラゲだったのかあの卵!」

「えー、めちゃくちゃ可愛いじゃーん!」


 次いでモーリスさんが三角耳をぴるっとさせて、ドロシーさんが片手を上げた。鼻が利く方々の反応早すぎるんだよなぁ!!

 皆さんに駆け寄りながら、小首を傾げた。ん? “やっぱ”って? 私、ここの皆さんに生まれそうだとか言ってたっけ? 卵だいぶ軽くなってるとは零した覚えがあるんだけど……


「……すごい、ぷにぷに……」


 パオラさんの呟きで、意識が戻る。顔を上げると、目元をふにゃりとさせてトーコを見ていた。

 もしかしてクラゲみたいな形や質感が好きなのかな? こう……微笑みのとろけ具合が高いなぁ。後で是非とも、触ってもらおう。

 

「つい先日孵りまして。ようやくですよー」

「お疲れ様。とても大変だったみたいね。ルウェン達から聞いてるわ」

「え」

「『忙しそうにしていたから、卵が孵ったのかもしれない』ってね、言いに来てくれたのよ」

「だから今日はルイ達来ないかなって思ってたんですけどぉ。元気な姿が見れてよかったですぅ」

「そうだったんですね……今度会った時に、お礼言っときます」


 それでアリッサさんの“やっぱ”が出るのね。なるほど納得。

 ルウェンさん達、私がパニクってわたわた報告した後にわざわざ上に行ってくれたんだ。ありがたいの極み……お礼に、次の料理教室で味噌でも何でも、リクエスト聞こう。私の方から一品増やすのもいいかもしれない。


「今日は生まれた子のお披露目会もしようかなって思って、連れて来たんです。皆さんには大分お世話になったし、この子も落ち着いてきたので」

「ひょるる」


 頭の後ろにいるトーコを撫でると、嬉しそうな声がする。人懐こい子ではあるけど、見知らぬ場所の見知らぬ人々相手じゃ委縮するかもなぁ……と考えてたのは杞憂だったらしい。挨拶するようにゆらゆら触手を揺らしているから、ほっと安堵した。

 テクトが絨毯を敷いてくれたので、皆さんをお招きする。特にアリッサさんはうちの憩いのスペース大好きだから、言われる前に動いて端っこで丸まった。秒速の睡眠体勢である。素早い!!

 トーコを腕に抱っこすると、皆さんの興味津々な視線がびしびし来る。アリッサさんも寝転びながらもこっちを伺ってた。そのどれもが優しく緩んでいるのが、とても嬉しい。

 ほーらトーコご覧。皆ね、あなたが孵るのを待っててくれたんだよ。ありがたいねぇ、にやにやしちゃうねぇ。


「陸地に対応した水棲クラゲかあ……薄い青色だから、火属性でないのは確かだな」

「魔獣のクラゲってどこにでもいるものなんです? 水辺だけじゃなくて?」

「結構いるよー。さっきアレクが言ったのは、火山に住んでる魔獣クラゲだね。マグマ飲んで生きてるって噂の」

「……マグマって飲みものですっけ??」

「生き物によっては飲み物なんだろうねー。私らは焼け死ぬけど」

「むしろ近付くだけで喉が焼き切れますぅ」

「後は氷雪地帯にいるクラゲとか……話でしか聞いた事ねぇけど、雷食ってるクラゲもいるらしいぜ」


 さ、さすがファンタジー!! 雷食ってるってどういう事!? 雷ってそんな頻繁に落ちないのに、主食にしてんの!? それとも雷が落ちやすい地域があるとか!? うわ、めっちゃ気になるー!!

 いやー、話だけでもすごい情報聞いちゃった……クラゲ七不思議じゃん。いや、属性に合わせて存在するとしたらクラゲ八変化だわ。目眩がしちゃうね。

 そういや元気印のフランさんが珍しく黙っているなと思ったら、目をパチクリさせてにっこり笑った。トーコをまじまじと観察してたらしい。


「うん、やっぱりこの子は森クラゲだ。久しぶりに見たなー!」

「う」


 フランさんの言葉に、うんうんと頷くクライヴさん。おお! 言い当てられると思ってなかったから、ちょっとびっくり。

 いや、皆さん冒険者だからトーコと同じ種族を見た事あるかもなーとは思ってたんだけど、現地の人の呼び方をされるのは予想外だったわ。まさか私達に助言してくれた人達が知ってるとは思わんやん。

 アレクさんが首を傾げた。


「クラゲに森とか海とか、前に付くもんなん?」

「いやー、昔からそう呼ばれてたから俺らもそう呼んでるだけ。地元にはいっぱいいたからさー、俺ら結構馴染み深いんだよな」

「う!」

「その割には卵の事全然気付かなかったじゃねぇか」

「馴染みがあるのは成体だけだよー。普通、知らん奴相手に卵見せる親はいないじゃん」

「それもそっか」

「ルイ先生、森クラゲは一緒に暮らしやすくていいよ! 食いもんがほとんど人と同じだし……地元でも何人か一緒に生活してた」

「ほほう!」


 それからフランさんが教えてくれたのは、おおむねダァヴ姉さんに教えてもらったものと同じだった。

 ダァヴ姉さんを疑う事は万に一つもないんだけど、同じ証言が2つも揃うと安心度が違うよね。博識な姉さんに現地人の教え。私は恵まれてるなぁ。

 さらにありがたかったのは、森クラゲは傘を水面に浮かせるので、赤ん坊でも溺れない、という話が出た事だ。赤ん坊は泳ぎが達者じゃないから、浮くように出来てるんだって。傘ごとひっくり返っちゃったら溺れるから、それは起こしてな! と笑顔のフランさんが大変眩しい。

 情報ありがとうございます。後で特大プリン出しますね。もちろん奢ります!


「フランがこんなに役立つ日が来るとは……」

「何だよー。俺だってまともな事言う日だってあるぞ。なあ、クライヴ」

「う!」

「クライヴに頷かれたら信じるしかねぇな……くそ」

「くそって、ひっでぇー!」

「妖精の国に分布してるクラゲが、なんでまたダンジョンの宝箱に入ってんだろうなぁ」

「そこはダンジョンの謎だよな」

「だなー。ああ、でも妖精の国の中でも暮らしてるのは一部かもよ。あったかいとこと、森と、水辺が揃わないと生きていけないクラゲらしいから」

「……私の地元じゃ見かけた事ない……岩場が多いし、寒かったからか……残念」


 深々と息を吐きながら、パオラさんが拗ねたように目線を伏せた。

 お、これはお触りチャンスでは? 落ち込んだあなたに癒しをお届け! お誘いかけるなら今だ!


「パオラさん、触ってみます?」

「え……」

「この子、孵った時から人と触れ合うのが好きみたいで。撫でられると喜ぶんですよ。撫でてみませんか」

「……いいの?」

「はい!」


 トーコを持ち上げてずいっと寄せると、パオラさんは少し構えて、ゆっくりと手を伸ばした。

 褐色の指が一つ二つと、トーコの頭に触れていき、五指を揃えて滑らせた時に、パオラさんの表情がぱぁあっと華やいだ。まるで朝日に向かって咲く花のような、可憐な表情だった。

 ああもぉお、だからカメラさぁ、何でないの……!! 今日も心のファイルに刻み付けてやる……!!


「……すごい、温かくて、やわらかくて……」

「ひょるる!」


 撫でられて嬉しいのか、トーコが声を弾ませる。小さな方の触手をわさわさ動かして、踊っているような動きだ。

 それがちょうどよく、パオラさんの手の平に頭を擦り付けるような……自力で撫でられにいってる姿だったので、もれなくときめいた。うちの子、最高!!


「……しかも可愛い……」

「そうでしょう! うちの子可愛いでしょう!! トーコっていうんです。名前を覚えさせてる所なので、是非呼んであげてください」

「トーコね。不思議な響きだわ」

「呼びやすくていいじゃん。トーコ、トーコ、俺も触らせてくれ」

「俺も俺も! トーコ!」

「ひょるる」


 次々に撫でられて、トーコの機嫌はうなぎ登り。私の腕に片方の触手を絡ませながら、身を乗り出して頭を差し出してさえいる。全力の撫で待ちポーズだった。

 可愛いが過ぎる! はああああああ、心のファイルが潤いますわぁああ!!


















 トーコとの触れ合いタイムも終わったので、料理教室の時間だ。切り替えていきまっしょい!

 本日は皆さんがカメレオンフィッシャーを仕留めたらしいので、魚料理に決定した。今決めました! 私も魚気分になったんだもの!!

 クリスさん達に魚料理でもいいか聞いたら、在庫あるから問題ないわって返された。ええー、ってことはこの階にもあの極悪釣りモンスターは出てくるし、皆さんは罠にハマる事なく返り討ちに出来るんだなぁ。すごいわ。私は存在に気付く事さえ出来なかったもんね。

 アイテム袋から出てきたカメレオンフィッシャーは、頭蓋が見事に陥没してらっしゃった。うお、グロい。この広い打撃跡は……クライヴさんかなぁ。


「見事な一撃死ですねぇ」

「そ。奴が待ち受ける部屋に俺が忍び込み、気を引いてるうちにクライヴが……」

「気を引き過ぎてうっかり食われそうになったニックをモーリスが引っ張って、クライヴの全力叩きつけで仕留めたんだー!」

「フラーーーーーン!!」

「見栄張るからフランにバラされるのよ」

「学ばないねー、ニック」


 頭を抱えてしまったニックさん、ドンマイ! でもフランさんが一緒にいる時に誇張した話は止めた方がいいと思うんだ……見栄張っちゃう気持ちもわからんでもないけど。


「魚なぁ。さばいた事ねぇんだよな」

「あれ、じゃあ普段手に入れた魚系モンスターはどうしてたんです?」

「ギルドに売るか、冒険者仲間に売るかだ。アイテム袋の中で腐らせておくのももったいねぇしな」

「でも今日はやってみましょうね」

「オッス」


 って言っても、エイとヒラメが合体したようなカメレオンフィッシャーは、皮が分厚いので私の力じゃ歯が立たない。今日も切り担当のテクトに全部お任せする事になるんだけど……


<テクトいける?>

<前にエイベルがさばいてたやつでしょ。大丈夫、問題ない>

<ありがと、任せた!!>


 横目でちらりと見ると、頼もしくもグッと親指を立てていた。テクトかっこよ……

 カメレオンフィッシャーはたしか、皮は食べれないんだっけ。全部剥いてから調理してくださいって、前にシアニスさんが言ってた気がする。

 肉質は白身魚に似てたよね。煮魚にするか……いや、ここは野菜も摂れる方向にしようか。味も二種類くらい準備して……よし!


「今日のメニューはサクサク白身揚げとあんかけにしますか。魚料理のついでに揚げ物の練習もしましょう!」

「あ、あげものだって……!?」

「油が跳ねて火傷する、火事になる、処理が大変って噂の、揚げ物か……!!」

「魚料理だけでもハードル高いのに、まさかの揚げ物……!!」

「お、俺達に出来るのか……?」

「俺ここら一帯を燃やす未来しか見えない」

「「だよな」」

「う」

「いや燃やさないように、今日勉強するんですよ」


 劇画風ショックから流れるような異口同音。そういう反応されると笑いそうになるからもー、ほっぺの内側噛んで我慢してるんですよ。勘弁してください。

 でも揚げ物はなぁ、といまだに渋る皆様へ。ふっと私は微笑んだ。


「唐揚げ」

「はっ……!!」

「とんかつ」

「うぐ……!!」

「ポテトフライ」

「があっ……!!」

「エビフライ」

「ふぐぅ……!!」

「コロッケ」

「ああ……!!」

「メンチカツ」

「うー……!」

「揚げ物のやり方を覚えれば、今言ったもの、ぜーんぶ、作れます。何なら、野菜を素揚げして塩まぶすだけでも美味しい一品になります。それでも揚げ物、やりませんか?」

「「やります!!」」

「う!!」

「よかったー!」


 説得完了! 何故か滲み出てきた額の汗を腕で拭うと、クリスさん達が笑った。


したたかになったわね。いいじゃない、その調子よ」

「私も成長してますので!」


 何たって今は箱庭に可愛い弟がいますしな! 成長せずにはいられまい!

 皆さんがやる気になった所でまずは、魚を切って下処理しようか。皮を剥いで崩れないよう切り身にしてから塩をまぶして、しばらく寝かせる。すると身からジワリと水分が出てくるから、それをキッチンペーパーで拭き取るのだ。

 こうすると余分な水分と臭みを取り除けるんだよね。味もよく染み込むし。


「ある程度まで調理を進めましょう! テクト、カメレオンフィッシャーは指関節1つ分くらいの厚さで切ってね」

<はいはい>

「野菜は人参、玉ねぎ、きのこ、生姜、にんにく。お好みでピーマンとか入れてもいいです。私的にはきのこの種類を増やすのをオススメします。あんは2種類作るので多めにお願いしますね。ご飯も炊きましょう」

「2種類も味あんの!?」

「揚げ物なのにあんをかける!?」

「すげぇな魚料理……!! 何作るのかまったく想像つかねぇけど!」

「はいはい、騒いでないで手を動かしなさい。喋ってるだけじゃ食事は作られないわよ」

「クリス女史の正論マジ突き刺さるわ」

「実際に刺してあげてもよくてよ?」

「はい黙りまーす」

「ルイ先生、今日は何作るかマジでわからんから野菜の切り方教えて」

「生姜とにんにくは両方おろしてください。生姜はどっちにも使うので多めに。他の野菜は食べやすさを考慮して細切りや薄切りですかね。次に作る時は、皆さんの好きな形にしてみてくださいね」

「おうよ!」


 ここからは皆さん慣れたもので、お米をちゃっちゃと洗って土鍋に。切った野菜はザルにそれぞれ山盛りに。テクトの指示を受けつつカメレオンフィッシャーの処理をした後は、バットに並べて塩を振る。

 さて、ではこの寝かせてる間に、揚げ物の注意事項を皆さんに話さないとね。


「皆さん注目。しばらく魚は寝かせないといけないので、ちょっとお話ししましょう」

「何だ?」

「揚げ調理をする上で、絶対守らなければならない項目の話ですね」


 ミスったら大火事だからね。アレクさん達が火柱上がる鍋の前であたふたする事がないように、今のうちに話しておきたい。


「揚げ物は深鍋に厚く油を注ぎ、高温で揚げる料理です。この時気を付けなければいけない事がいくつかあります」


 まず、過熱しすぎない事。油は加熱しているといつしか白煙と異臭を出します。さらに加熱を続けると油に直接火を付けなくても発火します。こうなるとなかなか消えないし、周囲に燃え広がる可能性が出てくるので大変危険です。白煙が出てきたらコンロ止めてくださいね。


「加熱しないと揚げらんねぇのに、加熱しすぎると燃えるって、相反してね? どうしたらいいんだ?」

「基本は中火維持で大丈夫ですよ。今言ったのはあくまで、油を火にかけて放置しないでね、という話ですから」

「え、そうなん?」

「はい。普通に揚げる分には、食材を入れた時に温度が下がるので、白煙が出るまで高温になる事はないんです。揚げる行動を繰り返すことで、過熱を防げます」

「なるほどなー」

「一度始めたら、コンロの火を消すまで目を離しちゃいけません。揚げ物ってどうしても食材を入れてから放っておく時間が長いので、揚げてる最中にその場を離れてしまって火事に……という事故が少なくないんです」

「肝に銘じる。俺、ぜったい、目を離さない」

「約束ですよー」


 次に、換気を怠らない事。揚げ物をしていると周囲が油臭くなって、体調が悪くなる可能性があります。定期的に洗浄魔法を周囲にかけるか、風を作って流すかしてください。


「これは私も実際にやって、ルウェンさん達にも確認とった事なんですけど……換気するとしないじゃ全然空気違います。洗浄魔法は特に、匂いに引き寄せられてモンスターが廊下で出待ちする事もなくなります」

「風で流されたのを嗅ぎ取って来るんだな。そんでうるさいと」

「モンスターの喚き声を聞きながらの食事は……あまり楽しくはなさそうね」


 ちなみにルウェンさん達は騒ぐモンスター達を瞬殺して、スッキリした顔で食事を始めてた。あの人達すごいわ。

 話を戻そう。

 次に、水を混ぜない事。油跳ねの原因になって危険です。火傷のついでに鍋をひっくり返す、という恐ろしい事態も起こりえます。


「っていうことは、水分の多い食材はよく跳ねるのね」

「へぇー。長年の謎が解決しましたぁ」

「水気をしっかりとってから、あるいは水分が漏れ出ないように衣をつけてから揚げると、跳ねも少なくなりますよ」


 最後に、コンロの傍に燃えるものを置かない。布巾でも、エプロンでも、菜箸でも、火がついたらすぐに鍋から離しましょう。


「鍋に引火するかも……って事か」

「はい。もし鍋に火がついてしまったら、水を直接入れる事は絶対にしてはいけません」

「水分は、油跳ねの原因だから!」

「はい、正解! 慌てて水なんてかけようものなら、爆発しますからね! 冗談じゃなく! これ普段のフライパン調理の時もそうです! 火がついてしまったら、まずはコンロを止めて、それでも消えなかったら濡らしたバスタオルでゆっくり覆ってください。こうすればちゃんと消えますからね」

「水駄目なんじゃねぇの? 濡らしたらそこから燃えたりしねぇの?」

「油に直接大量の水を入れる事と、濡らした布をかぶせる事は同義にはならないんですよ」


 燃焼の三要素って説明して通じる気がしないんだよなぁ。科学より魔法が発展した世界だから。空気中の酸素が燃え続ける原因なのでそれを遮断して……って説明をしてたらお昼過ぎちゃいそうだし。そうなると本末転倒だ。

 私は適度にお話を切り上げられる幼女。


「とりあえず、落ち着いて行動してくださいって事です。やばいと思ったらコンロの火を止める!」

「うっす。それならわかる」


 はい! じゃあ長たらしい前置きはここまで!


「そろそろ切り身から水分が出てきてませんか?」

「なんか汗みたいに出てる!」

「すげぇ! 死んでからも汗かくんだ!」

「何だこれめっちゃ面白い!」


 反応が斬新だなぁ……あと表現がなんかこう、小学生感ある。ムードメーカー3人組は見てるとほのぼのしてくるなぁ。


「それを拭き取ったら、軽く塩コショウ、お酒、醤油を振って置いておきます。これは下味ですね」

「さっき塩振ったのに、しょっぱくならねぇの?」

「拭き取ったから大丈夫ですよ。それでも気になる場合は、水で洗ってからしっかり水気を取ってください。それから下味ですね」

「なるほど」


 たっぷりある切り身を任せて、続いて出すのは片栗粉と小麦粉。

 半々くらいの割合で混ぜて、バットに広げておく。それから揚げた後の切り身を入れる網付きバット、散らばるだろう粉を掬うためのかす揚げに、ごみ入れ。網付きバットは足らなくなるだろうから、大皿も出しておこうかな。

 私が準備するものを傍で見ていたラッセルさんとアリッサさんが、大さじ小さじと計量カップ、ボウルを手に何故か感嘆の声を上げた。


「随分と前準備が多いな……」

「揚げてる途中であれがないこれがない、だと困りますからね。揚げ物は特に」

「これが落ち着いてやるって事か。ためになるわ」

「そうよちゃんと真似しなさいよ、あんた達は」


 今日の調味料担当はラッセルさんとアリッサさんのようだ。じゃあ合わせ調味料の説明始めていいかな。まずは和風生姜あんから。

 だし汁に酒、みりん、塩、醤油、おろした生姜を入れてよく混ぜる。好みで砂糖を少し入れてもいい。甘いの好きな人と苦手な人がいるからね。今日はもう一つのあんが甘めだから、砂糖はいれない。

 次に甘酢あん。いつもなら顆粒やペーストの中華だしを準備するんだけど、ここじゃ使えないのから和風あんでも使っただし汁で代用。ケチャップ、酢、砂糖、醤油、塩を入れて混ぜる。


「こっちには生姜にんにく入れないの?」

「甘酢あんの方は野菜を炒める前にごま油と合わせて香りだそうかなって。火を先に入れるか、後に入れるかで匂いって変わるじゃないですか」

「ふぅん」


 素っ気ない返事だったけど、アリッサさんの揺れていたかぎ尻尾が真っすぐに立ったから、嫌な匂いじゃないんだろう。それでも「アタシは別にどうでもいいけど?」みたいな態度を崩さないんだから、可愛い人だなぁ。

 それから別のボウルに水溶き片栗粉を準備していると、どうやら下味チームは終わったらしい。そわそわとこちらを見てくる。


「下味はつけたらしばらく置きます。この間にもう一品作りますか」

「野菜は足りてるかしら」

「今日もルイ達が作ったスープあるんでしょ? 足りるんじゃない?」

「はい、今回はトマトスープですね。ベーコンと玉ねぎをじっくり炒めて、セロリとキャベツときのこと蒸したひよこ豆と生姜と水とコンソメと塩コショウを入れて煮て、トマトの瓶詰を足してさらに煮込んだやつです」

「あら本格的」

「なんかたぎっちゃって」


 キースくんがトーコに慣れて、トーコも箱庭に慣れて、落ち着いてきた昨日だったから。多少は時間が出来たんだよね。そしたら反動で凝ったものを作りたくなっちゃって……まあやっちゃうよね!


「何それぇ……もう説明だけで美味そう……」

「腹減ってきた……恒例だわこの流れ」

「あはははは」


 私も正直、皆さんに飯テロを起こすの当たり前になってきて逆に我慢しなくなってきたよ。いいもん食欲の権化だもん。飯テロくらいさせろぉ。

 さて何にするかと悩んでいると、はいはいはい!! と元気な声でフランさんが片腕を上げた。


「俺ねー、卵料理が食べたいな!!」

「フランさんって卵好きですねぇ」

「めっっっちゃくちゃ好き!!」


 ううーん、元気がよろしい!

 反対意見もなかったので、副菜は卵に決定した。




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