132.幼女、手を握る
<前から渡したいとは思ってたんだけど……ようやく届いたから>
無事手続きが終わったし、グロースさんのお菓子購入も終わったので(昨日もたくさん買ってったはずなんだけど、もう全部食べ終わったんだろうか……食べ終わったんだろうなぁ)、今日はもうお開きかなーと思っていたところだった。
グロースさんがごそごそとアイテム袋を漁って言った。
<これ持ってって>
片手に握ったものを、テーブルに出す。グロースさんの大きな手に収まってて、全貌が見えなかった。
「何です? これ」
触ってもいいですか? と聞いたら<ボタンは触らないように>と頷かれたので、手に取ってみる。
大きさは私の両手で余るくらい。サイズの割に重さは結構あるけど、持てないほどじゃないかな。厚さもない。上側は何もなくツルっとしてて、下側に2つのボタンがある。そして右側にひょこっと飛び出る角のようなもの……
あれ、これってあの……子ども用のケータイに、似てますね……?
グロースさんへそろりと視線を向けると、深く頷いた。
<通信機の子機だね>
「意識がごっそり持ってかれるやつぅうう!!」
びくぅっとヒューさんの肩が跳ねた。あ、ごめん! いきなり大声出したら何事かと思うよね。大丈夫大丈夫、危険なものじゃ……いや使い方によっては危険物に含むのかな!? でも今すぐどうこうなるものじゃないから、気にしないで! これからテレパスに切り替えるね! テクト、ヒューさんや隠れてるリトジアが怖がらないように、事情説明よろしく!!
<はいはい>
ありがとテクト! 肩すくめないで! うっかり大声出しちゃった私が悪いとは重々承知してます!!
いいか私、口じゃなくて頭動かすんだよ! でもとりあえずこのやばい物を下ろそうか持ってるの怖い!!
慌てて、けど丁寧にテーブルに戻す。こんなの壊したら弁償代金やばそう!!
<大丈夫。これは通話出来ないから、通信機より魔力消費が大分少ない。機能を減らした分、カナメも耐えてた>
<カナメさんの実体験付きぃいい!!>
思わず頭を抱える。またあなたかカタログブックの作者さぁああん!!
いやそうだよね、なんたって通信機の生みの親だもんね!! 通信機の子機だって言うなら、もちろんカナメさんが作ってるはずだよねわかってた!! わかってたけど考えが至らなかった!!
<カナメは通信機を作ったのに、使うどころか倒れたのがとても悔しくて……魔力不足から復活した次の日には設計図を作り上げてたよ。『ふぁみれすの呼び出し鈴みたいなもんだ』って言ってたな>
えぐい程MP吸い取る呼び鈴は気軽に鳴らせないよ!? 勇者で耐えれる程度って事は、転生しただけの聖獣ブーストしかない私にはきついんじゃないかな!?
っていうかカナメさんどんだけ現代寄りな魔導具生み出してるの欲と実行力が伴い過ぎでは!? 機能少なくしちゃえば自分も使えるよねってアイディアがすごいね!? それはそれとしてグロースさんの
そんな私の内なる声が届いたのか、グロースさんは肩を落とした。ああん、また垂れ流した! テレパスの加減難しいな!!
<勇者じゃなくても一般的な大人なら平気だった実績があるけど、残念ながら子どもが使った試しはないんだ。だからルイが耐えれるかどうかはわからない>
<それは……私が使うのは控えた方がいいかもしれないですね>
<念のためテクト様に使ってもらって。さすがに神の領域からは届かないと思うから、箱庭じゃなくてダンジョンに出てから使ってほしいけど。ダンジョンの内側と外側でも繋がる事は実証済み>
<お願いしていい? テクト>
<いいよ。それくらい、僕なら問題ないさ>
二つ返事で引き受けてくれるじゃん……ありがとテクトー! 助かるー!!
歴代勇者くらいとはいかなくても、魔力がたっぷりあれば子どもでもいけたんだろうけどねぇ。ステータスチェッカーの結果もCだったし……何より、万が一倒れた時の家族側の反応もね、怖いよね……うん、これはテクトに任せよう。
グロースさんは子機を持ち上げて、表側をこっちに向ける。
<じゃあ使い方の説明するけど>
<はい>
<子機は親機に信号を飛ばすだけの魔導具。○ボタン押せば親機──その子機の場合は、俺の通信機に信号が送られる。×は信号発信を止めるボタン。魔力消費を抑えるために、声の発信も受信も出来ないようになっている>
<親機側からは何も出来ないんですか?>
<出来るよ。信号を送り合える>
グロースさんが自分の通信機を取り出して、手早く操作したかと思うと、子機がピーピーと音を立て始めた。おお、電子音に似てる!
子機は魔導板が出てこないようだ。これも機能削減かな? ただツルっとした上側が仄かに赤く光っているので、音だけじゃなくて視覚でも信号が来てるのがわかる。これはわかりやすくていいねぇ!
テクトがテーブルに飛び乗って、子機の×ボタンに手を伸ばす。ボタンを押してすぐ、音は止まって赤い光は消えた。すごい!
<こちらから送った時は、どう反応するの?>
<さっきと変わらない>
テクトが子機の〇ボタンを押すと、二つの魔導具がピーピー鳴り始める。おお、同じ音だなぁ。
グロースさんが通信機のボタンを押して止めた。
<子機側が×ボタンを押してないのに止まったら、親機が気付いたって事>
<なるほどね。それで判断する程度の魔導具か>
<だから魔力を抑えて使える。これがあるだけで、離れていても異常があったとすぐわかるから>
そっか。ダンジョンの中と外で暮らしてる私達は、基本的に連絡を取り合う手段がない。それを改善するための、魔導具なんだ。
テクトに子機を持たせて、グロースさんは通信機を片付けた。傍で目を輝かせてこっちを見てるキースくんを警戒したのかもしれない。すみませんねぇ、好奇心旺盛なお子様で。音が鳴ったら気になっちゃうよねぇ……触って操作したら大事件だから、しまってもらえて助かります。
私も急いで片付けよう。アイテム袋を広げてテクトに向けると、子機がするりと吸い込まれていく。さて、奪われたりしないようにしっかり抱っこしておこう。もしかしなくとも腕力あっちのが強いからね。
<出来るかはわからないけど、キースの気をそらしておくよ。スケッチブックと色鉛筆出して>
<頼みます!>
私もうちょっと頭がパンクし始めてるからね! たぶん今、グロースさんの話を聞きながらキースくんの相手はつらい!
<ほらキース、落書きしてみようか。ヒューの顔とか描いてみない?>
「かおー?」
「え、らくがき? そんな高価なものに?」
<ああ、紙ってヒューの故郷だと貴重なんだっけ。そう気負わないで、ルイの故郷の紙だから安いものだよ>
「ええ……?」
困惑してる様子のヒューさんと、新しいワクワクに興味が移ったキースくんへテクトが駆け寄っていく。頑張ってねテクト! 小さい子の相手は難しいかもしれないけど、根気あるのみだよ!!
<話戻していい?>
<はい!>
<子機のお蔭で気軽に俺を呼べるようになったから、これからは何か困った事があったらすぐ信号送ってね>
<あ、なるほど。ダァヴ姉さんを経由しなくてよくなったんだ>
<さすがに聖獣が頻繁に来たら心臓に悪いから、子機を積極的に使ってほしい>
グロースさんも緊張する事あるんだなぁ。おっす、了解っす。ちゃんと子機使います。
<成長が早い獣人とはいえ、2歳は病気の多い時期だ。もしキースが体調不良になったら、すぐに連絡して>
<あ……>
たしかに。普段元気に走り回ってるから忘れがちだけど、キースくんはまだ2歳なんだ。そういえば親戚の子が小さい頃は、風邪引いたとか、肌がすごい荒れたとかで、よく病院に行ってた気がする。一緒に住んでたわけじゃないから、正しい頻度はわからないけど……
うああん、私の考えなしぃ……そうだよ引き取って円満解決はい終わりじゃないのよ。キースくんの健康は箱庭で完結しないのよ……浮かれてたなぁ。
グロースさんをこっそり見上げると、わかってるとばかりに頷かれた。
<
<グロースさん1人で医者と薬剤師兼ねるってハイスペックぅ……しかもあれですか、内科とか小児科とか関係なく色んな人を診れるタイプですか>
<学ぶだけの時間は無駄にあるから>
時間があっても、ものに出来るかどうかは別だと思うんですよ。お医者さんの勉強ってすごい大変だって聞くし……しかも
<必要なら怪我の応急処置も教えるよ>
<めっちゃありがたい……グロースさん、フォローのプロでは?>
私の不手際をさらっと救ってくださる……ええ? グロースさんって仏?
つい拝んでしまうと、グロースさんは私の手を解した。あったかぁい。
思わず両手を握り返すと、ふっとグロースさんが噴き出したような、笑ったような……
<それが俺の仕事だからね。拝むのは止めて>
<うっす>
<あと忘れてるから指摘させてもらうけど……君もまだ幼児だ。体調に異変を感じたらすぐ言って>
<ひょえ、イケメン……食べ物貢ごう>
そう言うと、グロースさんは嬉しそうに目を細めた。かわいっ。
「……何も起こしませんでしたね」
「そうだねぇ」
箱庭に入った途端、魔法が解かれて現れたリトジアは、ぼーっとしていた。
芝生が見えたかと思うと駆け出していったキースくんを追いかけて、ヒューさんとテクトは傍にいない。その皆の後ろ姿を見ているような、さらに遠くを眺めているような、そんな顔でふわふわと溢したのが、さっきの言葉だ。
私はリトジアの手を掬い上げて、握った。反応は薄い。そっと引くと、抵抗もなくついてくる。まあゆっくりでいいから、聖樹さんのとこに行こうか。リトジアが頑張ったこと、報告しようね。
「……最初は……」
「うん」
「……よくわからなかったのです」
「うん」
緩く吐き出されるシャボン玉のように、ぽつぽつと出てきた言葉へ相槌を打つ。
「彼を一目見た時に、なんの感慨も浮かばなかった……胸の奥に湧くものが見当たらなくて……私はまだ、私のままでいられると……ほっとして……」
「うん」
「お菓子をたくさん食べるので……どこに入るのかと、不思議な気持ちになるくらい……穏やかな、心持ちで、いられて……」
「うん」
「……ルイが、大声を上げた時……」
「うん」
「あなたの、危機だと、思った……」
「うん」
「……わたし、私は……」
「うん」
「……殺意が……湧かなかった……」
「うん」
「……ルイ、教えて……」
ぴたり。リトジアが立ち止まったので、私も足を止める。
普段より暗い色に見える顔を、不安そうに揺れる瞳を、真っ直ぐ見つめ返す。
「……私の恨みは、この程度だった……? あなたの声は驚きに満ちていたのに、それでもなんの感情が湧かないほど、私は無情だった?」
「ううん。恨みがないなら、後悔がないなら、あなたは何度も悪夢にうなされない」
時々、深夜に目が覚める。寝息に紛れて、泣き声が聞こえるからだ。
隣で布団にくるまるリトジアが、苦しげに呻く夜は、今までたくさんあった。悪夢の中で謝り続け、恨みを零しているのを、私はよく聞いている。
そんな彼女に対して、私は背中を撫でるしか出来なかった。あまりにひどい顔をしている時は、無理やり起こす事もあった。泣き腫らした頬を上げて、大丈夫だって笑うから。私はそうかと頷いてた。
だから、彼女の恨みが“この程度”なんて言葉で収まるとは、思えないんだ。
人である私の手を握って、安心したように眠る彼女が、私に対して何も思ってないはずはないんだ。
人を殺したくないと理性で蓋をする彼女が、無情なわけがない。
「私の主観だけど。希望が入るかもしれないけど。意見を言うね」
「……はい」
「リトジアは見分けれるようになったんじゃないかな。私の大きな叫び声が、ただ本当に驚いてるだけなのか、それとも怯えからくるのか」
「…………」
「今日の私は驚いただけだったよ。グロースさんにびっくりさせられただけ」
「…………」
「見分ける事が出来たから私に危険が迫ってないって無意識でわかって、体が動かなかった。でも、心が追い付いてなくて、何で動かなかったのか理解できなかった。だから混乱したのかもしれないね」
「……そう、でしょうか……」
「リトジアの本当の気持ちは、私にはわからないよ。ごめんね。今のは、そうだったらいいなって思った事を言っただけ」
「……私」
ぎゅうっと、リトジアから握り返される。痛くはないけど、強く、強く。
「私も、そうだと、いいなって……思います……」
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