129.帰る、その先で



 あれからさらにご教授してもらった事を、メモ帳にも胸にもしっかりと刻み込み。

 私とテクトは憩いスペースを片付けていた。洗浄魔法をかけて、アイテム袋にしまう。今日はいっぱいお菓子提供したから、ゴミも多いねぇ。後で生活ゴミとまとめてカタログブックに回収してもらおうか。

 同じように後片付けをし終わったルウェンさん達が、身支度を整えて振り返る。


「じゃあ私達、探索に行くわね。次会うのは数日後になるけれど……」

「はい、またしばらくお別れですね」

「すみません、本当は魔力操作の経過を見たかったのですが……」

「いや、そもそも私が皆さんに重荷を背負わせちゃったもんなんで……次会うまで、魔力操作の鍛錬しっかりやっておきます」

「勤勉でよろしい。あなたの成長を、私も楽しみにしていますね」


 今日はもう、見る時間がなさそうなので。そう独り言ちて微笑んだシアニスさん。やだもう表情から慈愛溢れすぎ女神、好き。

 満足げな顔でお腹を撫でてる魔族の人達は、この後どうするんだろう。グロースさんは街に戻るんだろうけど。


「コウレンさん達は何かご予定があるんですか?」

「んー。そうだなぁ、ルイ達の拠点を見せてもらえたらと思っていたんだが」

「あ、いやそれは……」

<駄目に決まってるでしょ。繊細な子を保護してるんだ。部外者は立ち入り禁止>


 無理ですねって言おうとしたら、先んじてテクトがしっかり断ってくれた。ありがとうテクト。年長者の方々にハッキリ発言できるあたり、聖獣の貫禄が垣間見えるね!

 ルイだとおじいちゃんオーラに押されて強く出れないでしょ、という空耳が聞こえた気がするけど。

 コウレンさんもアルファさんも、にへらと笑った。


「……と釘を刺されてしまったからな。大人しく仕事に戻るさ」

『早く帰れ。俺は早く介護から解放されたい』

「おいグロース、そんな言い方するな伯父さん泣くぞ」

「つーかお前、言うほどこのマイペース2人の面倒見てたか? ただ黙々と菓子食ってただけじゃねーか」

『口の軽い上層部がうっかり口を滑らせないかどうか見張るのも、立派な仕事』


 エイベルさんのツッコミにむっすりと反論してるグロースさん。あ、わかった。たぶん、私に向けて発信されてなかっただけで、実は結構テレパスで会話してたんだなこの人達。そんで何かしら言い出しそうな大御所2人にツッコミ入れてたんだろうなー。

 お茶ジャンキーだしお菓子モンスターだしで、つい忘れそうになるけれど。グロースさんって仕事は真面目にやる人だもんなぁ。いつもお世話になっています。

 グロースさんは私に視線を向けて、カンペにさらさらと書いていく。


『明日また、昼過ぎに来る。保護した彼らを引き取る手続きもするから、2人とも連れてきて』

「何かこちらで用意するものはありますか?」

『いつもの装備で十分、特別なものは必要ない。他人の人生を背負う覚悟だけ、持ってきて』

「……はい!」


 ヒューさんを聖樹さんに引き合わせると言い出した時から、他人の人生に関わる……私の人生に巻き込む覚悟は決めていた。普段は考えなしで呑気な私だけれど、これは後先考えずの行動じゃない。

 人生に責任を持つのは、生半可な気持ちじゃ挑めない。それは、ルウェンさん達と関わって実感してる。


「一緒に過ごせて幸せって言ってもらえるように! 全力を尽くします!!」


 つまりは彼らが幸福になってくれれば! 責任は果たせると思うし、私も大満足かなと!

 それに私と違ってずっと引きこもってるわけにもいかないし、独り立ちしても問題ないくらいのスキルは一通り覚えさせたいなと思っている所存です!

 胸を張って言うと、何故か大多数の方が顔を押さえてため息を吐いた。なぜぇ?

 すっと腰を下ろしたセラスさんが私を抱き締め、しゃがんだシアニスさんが頭を撫でてくる。え、なぜぇ??


「うんうんそうね。あなたがそう決めたのなら、是非ともそうしてちょうだい」

「私達も助力を惜しみません。困った事があったらいつでも聞いてくださいね。どうせ無期限逗留とうりゅう中ですし」

「だなー。あの牛野郎を倒すのにいつまでかかるか……ま、テクトもいんだし、気負わず頑張れよ」

「はぁい!」


 そうしてしばらく、セラスさんが満足するまで私を抱き締めて。

 ルウェンさん達は探索へ向かい、魔族の皆さんもその後をのんびりと進んでいった。モンスターの肉を、自分達の代わりに勇者を見張ってる人へのお土産に持っていくらしい。お肉とケーキのボーナスかぁ……涎出そう。

 いやー、長い午前中だった……ぐいーっと伸びをして、コリをほぐす。幼女だからそんな凝ってないんだけどね。


「でも、なんか、スッキリした!」


 ルウェンさん達を、私はもう、騙さなくていいんだ! いや、元々幼女じゃないってバレてはいたんだけど……私の気持ちの問題なんだよね。ずっと心の中でモヤモヤしてた霧が、綺麗さっぱり晴れたような気分。


<うん。ルイの心も、堂々巡りから復活したね>

「いやあ、ずっと見守っててくれてありがとうテクト」


 ずっと前から恩人達に嘘を吐いてた事に加えて、この数日間に降って湧いた問題で、頭の中がぐるぐるとこんがらがっていたけれど。テクトから答えを聞いてたら、明確なを聞かされていたら、私はたぶん今、こんな爽快な気分で立ってはいられなかっただろう。

 ルウェンさん達の反応を見るまでずっと怖かったけど、ちゃんと、皆さんと真正面から話し合えてよかったと思う。

 次の予定を決めて別れられた。これ以上の収穫は、他にないよ。


「早く帰って、皆に報告しよ。心配かけちゃったもんなぁ」

<皆、ルイのだらしない笑顔を待ってるよ>

「言ったなぁ。今日の私はひと味違うぞー」


 そう和やかに話しながら、私達は箱庭へ消えた。

 人気のなくなった安全地帯に、カツリと、靴音がする。


「……ルイ達は拠点とやらに帰ったみたいね」

「気配が忽然と消えたって、言ったじゃないか」

「実際に見てみないと信じがたいですよね。ダンジョンではありえない消え方ですから」

「いやー、まだ頭痛案件あんのな。すげぇわあいつら。たった2人で国家機密くらいえぐい量の秘匿案件持ってるわ」

「そうだな。故郷にはたくさんの逸話が残っていたから、勝手に身近な人だと思っていたが……実際に異世界人だと認識できたのは初めてだ。少し、いや大分嬉しい」

「今日の話でその感想が出てくるあたり、おめぇは大物だわ」


 ぞろぞろと列をなして帰ってきたルウェン達は、主にルウェン以外は腕を組んで、振り返った。にこやかな笑顔を崩さぬままついてきた魔族2人がそこにいる。


「グロースは?」

「もう仕事の時間だからって帰ったよ」

「めっちゃ釘刺されてたね。余計な事は喋るな重荷になるからって」

「はっはっは。いやあ、優秀な調査員でとても助かる」


 さて。とコウレンは続けた。


「わざわざテクト様を経由してまで俺達を引き留めた理由、お聞かせ願おう」


 ルイには聞かせぬように、こっそりと。いつものように肉係として寄ってきたテクトにエイベルが耳打ちし、それくらいならいいよと中継役を快く承ってくれた聖獣によって、魔族達は帰る事無くこの場に戻ってきた。

 セラスは先程片付けたばかりの敷布を出して、座る。他の面々も同じようにしていくので、コウレンもアルファも自分達の敷布を出す。こだわりの詰まった明るい色のパッチワークで、大変愛らしいのだが……外見とのギャップで何人かが転びそうになった。


「ルイの事でもう少し、シアニスが聞きたい事があるというの。あなた達も忙しいとは思うけれど、ここにいるって事はまだ付き合ってくださると思っていいのね?」

「ああ。今回は何故か大人しいからなぁ。様子見をしている段階だ。一触即発の気配はまだ遠いよ。万が一暴走を始めた場合はすぐに連絡が来るから気にするな」

「俺が全力を出せば一瞬だよ。大丈夫、時間はあるさ」


 では聞かせていただきます。そう言って、シアニスは深く息を吐き、吸った。視線を上げる。


「ルイは……いくつかと聞いたら、何て事ないような顔で、二十歳だと言いました。私達は、二十歳まではこことは異なる世界で生きていたという意味で受け取りました」

「そうだな」

「ですが、ルウェンから聞いた話を何度思い出しても……異世界から来た人は、みんな、事故に巻き込まれた後にこの世界に来るのだと。少なくともルウェンの故郷に存在した、異世界の記憶を持つ住人は全員がそうだったと聞いています……勇者以外は」


 真剣なシアニスの話を、コウレンもアルファも遮る事無く聞いている。軽く頷いて、続きを促した。 


「ルイは勇者ではない、と否定しましたね。能力的にも無理だと私達も判断しました。つまりあの子は……二十歳に何がしかの要因で死を感じるほどの事故に巻き込まれ、彼女の意思ではなく、あの姿になった。私は、その原因が邪法ではないかと思っています」

「ほう。何故だい」

「あの子が邪法の話で動じていなかったからです。多少顔は歪ませていましたが、あれは嫌悪からくるものであると判断しました。彼女の反応は、驚きではなかった。オリバーにも確認を取りました……反応の薄さは、事前に邪法を知っていただけでなく、それの当事者であるから。ではありませんか?」

「つまり異世界より来る人は皆、邪法が関わっていると君は判断したのだな」

「……すべてとは思っていません。あまりにも荒唐無稽な仮説であると、思っています。ですが、時期が、」

「時期が?」


 記憶をそらんじるように目を閉じたシアニスが、ふいに瞼を上げる。


「ルウェンの故郷で異世界人が現れる時期が、いつも……厄災が治まった数年後なのです。厄災を避けるよう生まれている、私にはそう思えました」

「だが今はまだ厄災が存在しているぞ。仮説とは異なるのではないか?」

「……ルイが幼子おさなごとしてこのダンジョンに住んでる事が、そもそもおかしい事なのではないでしょうか。勇者とは違う異世界人は、赤ん坊として新しくこの世に生を受けます。それが普通であるはずなのです」

「ほほう。では君は、現状をどう捉える」

「……異常事態である、と」


 会話が途切れた。ごくり。誰かが唾を飲み込む音がする。

 コウレンは顎を手で撫ぜてから、組んだ膝に乗せた。


「なるほど。シアニス、君は人族だったかな」

「はい」

「今日の話で、よくぞここまで辿り着いたものだ。考古学者でもない上に、まだ20代半ばだろう。情報が揃っていたとはいえ、俺達をそうそう超えないでくれよ」

「では……」

「うん。ルイは邪法の被害者だ。だからこそ、自分の存在とテクト様の力を悪用させないため、ダンジョンに引き込もるなんて大層な事をしている」

「あいつらが頑なに出たがらねぇのは、んな理由だったのかよ……」

「なるべく目立ちたくないような感情も察してたけど……話題になればなるほど隠れる事が難しくなるから、だよね」

「またとんでもねー事知っちまったなぁ」

「はは。隠しておいた方がいいよ。絶対に面倒な事になるからね」

「言われなくても黙っとるわ。あいつらが不利になるような事すっかよ」


 そもそも、誤魔化すために雑貨屋という立場を与えてしまった負い目もある。彼女達が有意義に生活できると喜んでいるから、後悔なぞしていないが。

 これ以上の汚点は、恩人に対する仇は、二度とすまい。


「私達は、勇者に関わる気はありません。ですが、お願いがあります」

「何だろう」

「我欲で人々を貶め、あの子の未来と生活を奪った輩達を、私達の代わりに、一発ずつ殴ってくれませんか。力加減はいりません。全力で」

「……ははっ!! そうか、そうか!」


 唐突に笑い出したコウレンを、彼らは驚いた表情で眺めた。悠長にしていられたのは、その笑いがあざけりではなく、本当に面白いと思って笑っているような……悪意の感じないものだったからだ。

 コウレンは思わず出てきた涙を拭って、何度も頷いた。


「うん、任せてくれ。厄災が目覚めない今ならば、その輩達の調査も進むからな。ありがたい事に、殴れる機会も増えるだろう」

「いやー、不思議なほどに気が合うというか……うまい具合に埋めてくるねぇ、外堀も」

「何の話?」

「ああうん。君らって、本当に、バランスのいいパーティだよねって事」


 数時間前ルウェンに勇者を頼まれた事と、さらにその周囲を洗って代わりに殴れと念押しされた事に大笑いしているとは露知らず。

 彼らはしばらくして、それぞれがやるべき場所へ別れていった。














「たーだいまー!」

<帰ったよー>


 日の当たる我が家へ帰ると、皆がリビングに揃って果実水を飲んでた。食休みしてたのかな。台所を見ると、シンクにお弁当箱が出てる。お、ちゃんと水張ってて偉い! 洗いやすさが格段に違うからね! 私の言った事覚えててくれて嬉しい!

 リトジアが私の姿を見て明らかほっとした顔をした。うーん、問題解決したって顔に出てたか。心配かけてごめんねぇ。


「おかえりなさい、ルイ、テクト様」

「おかえり」

「おかーりぃ!」


 うぅ。皆のおかえりが、こんなにも胸に来るとは……そうです、ここが我が家です!!


「その様子ですと、あなたの頭を数日悩ませていた問題は解決したと、私は思っていいのでしょうか」

「そりゃあもう、すっきりばっちり!」

「うん……元気いっぱいな、ルイに戻ったね」

「えへへ。あ、そうだ。ヒューさん、明日はお昼ご飯食べたら、キースくんと一緒にダンジョンに出かけますよ」

「え」


 テーブルの席について、顔を上げる。ヒューさんは目を丸くしていた。くっ、かわいいお兄さんめ。贔屓目に見てる自覚はある!


「この前健康診断してくれたグロースさんが、引き取り手続きの準備が整ったから来るそうです。正式に、って言うのも変ですけど……世間様に認められる保護になるから、引き離される心配がなくなるんですねぇ」

「……そう、だね」


 あれ、ヒューさん、元気なくなっちゃった? もしかして不安なのかな……


「大丈夫ですよ。グロースさんは、何も準備しなくていい。他人の人生を背負う覚悟だけ決めてきて、なんて言ってましたよ。私が今まで稼いだ分で問題なく引き取れるって判断できたんです。聖樹さんから離れる事はありませんよ」

「……そう。そうか。うん、僕も……決めなくちゃな」

「ヒューさん?」


 彼は、ぐっと何かを握りしめる動作をしていた。え、どうしたの?


「えっと……あの、書類に名前を書けって言われたら、困るなって思って」


 あ、なるほどね。ヒューさん、字わからないものね。


「大丈夫ですよ、私のみみずが這ったような字でも契約書使えましたもん。字が駄目でも拇印ぼいんとか……えーっと、指にインク塗って紙に押し付けちゃえばいいんですよ! たぶん魔法の力で何とかなります!」


 契約書も個人の魔力と特殊なインクが作用してるって言ってたし! っていうかグロースさんも字を書けるようにしておけって言わなかったから、たぶんそういう方法もあるんだと思う。そうじゃなかったら奴隷契約も大変そうだもんね。皆がみんな、自分の名前を書ける世の中じゃないなら尚更。

 そう言って元気づける私を、何故かヒューさんは眩しいものに向かっているかのような顔で見ていた。

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