130.幼女、ヒューの決意を聞く



 安心した反動か、衝撃ありすぎる話が多かったからか、ただ単に疲労が溜まってたのか。帰宅してすぐ寝落ちてしまったらしい。

 ぱちり、とふいに瞼を上げた。重たい頭を持ち上げて、ゆっくりと周囲を見る。もう何度目の寝落ちだろうか……寝落ちに慣れていいんかな。

 窓越しの日差しはまだ赤くない。夕方まで寝入るのは、どうやら避けれたようだ。

 リビングダイニングに皆の姿が見当たらない。キースくんの元気な声がくぐもって聞こえるから、外にいるんだろうな。元気だねぇ。

 私が寝てたのはユニット畳の上、テクトお気に入りの食パンソファーだった。テクト譲ってくれたのかぁ。めっちゃ沈むし全身包まれてる感じで、とても気持ちいい睡眠でした、ありがと。

 しょぼしょぼする目元を軽く揉みながら、畳から降りる。んー、さっきまで履いてた靴見当たらないから、サンダルでいっか。一家に一つ、あれば便利なつっかけサンダル。ユニット畳に添えとくと、ほんと便利だわ。

 テラスに出ると、水滴の残るコップがテーブルに置いてあった。私が起きないように、こっちで休憩してたのかな。良い陽気でよかった。

 きゃあきゃあと歓声を上げながら、キースくんが駆けまわってる。満面の笑みで、後ろから迫るミチを避けては前転して、跳ねるように起き上がってまた走る。

 いや、めちゃくちゃ運動神経いいな……あれ、私、あんな早く反転できる……? いや無理だね? 体幹よすぎでは? 年上な私より確実に動ける2歳児やばいな……獣人のポテンシャルすごぉ。

 ぼんやりとキースくん達を眺めていると、ざっざっと芝生を踏む音がする。ヒューさんが私の隣に立っていた。


「おはよう、ルイ。よく寝れたかな」

「おはよう! ばっちりすっきりです!」


 ぐっと親指を立てると、それはよかった、とにこやかに微笑むヒューさん。


「今はミチが、今日の仕事は終わったって言って、キースとおいかけっこしてくれてるんだ」

「なるほど。私だとすぐに捕まっちゃいそう」

「運動はあまり得意じゃないの?」

「真っ直ぐ走るだけなら、少し自信あります」


 他はお察しください。特に球技は無理です。

 最近のミチはある程度の巣が整ったので、毎日の日課である蜜と花粉集めを精力的にはしなくなった。最低限はしてるけど、ほとんどの時間を巣の中で娘さん達のケアに注ぎ込んでるらしい。

 うん……蜂の魔獣の不思議なんだけど、ミチのお腹には蜜の保存以外にも女王から娘さん達を託される事ができるらしい。深く考えると怖い事になりそうなので、魔獣ってすごいなー、で毎度納得してるけど。私が昆虫博士なら、最高の機会に巡り会えたと喜べたんだろうな。

 で、その託された卵を一つ一つ、ハニカム構造の小部屋に出して、孵化を待ってるのが現状。だから最初の巣作りの時より、忙しくはないらしい。

 ミチがキースくんと仲がいいのは、キースくんが庇護するべき者、つまり自分の妹達のように世話するべきだと思っているからなんだって。いやぁ、ほんとに頼もしいっす。私じゃ全力で遊び倒す事は出来ない。体力全然足らん。

 テクトとリトジアは畑の方かな、と視線を遠くに向けていると。


「あのっ」


 ヒューさんから声がかかった。

 私は振り向いて、見上げる。ヒューさんはなんかこう……言葉に詰まったような、困ったような顔をしてた。


「どうしたの?」

「その……頼みたい、事が、あって」

「ほう!」


 控えめに声を絞り出したヒューさんに、思わず大きな反応出ちゃった。だってヒューさん、ずっと申し訳ない申し訳ないって、私が何かするごとに縮こまったり小さく悲鳴出したりしてたから。自ら頼み事だなんて……ニヤニヤしちゃうじゃん?

 聖樹さんの根元に埋まってた効果出てる? さすが聖樹さんセラピー。

 ヒューさんの次の言葉を待っていると、彼は長く呼吸をして、それからしゃがんだ。私と目線を合わせる。


「かかった費用はいつか返すから……」

「うん」

「……できれば、今日。村の……、村の皆の、葬式を、させてほしくて……」

「うん」

「いや……葬式が、したいんだ。村なりのやり方で」

「いいよ」


 最初は控えめに、途中から決意を固めたような強い瞳で。もちろん、ヒューさんのお願いなら喜んで叶えましょう。

 私が頷くと、ヒューさんはホッとしたように肩を下ろした。テラスのテーブル席に誘導して、腰かける。コップは洗浄して端に避けた。


「ヒューさんの村では、どんな風に故人を見送ってたの?」

「人は、墓地に埋めて……土葬で」

「うん」

「その後に、村の中央に集まって、火をくんだ。皆でたきぎを組んで、上に木くずや枝を載せて、とても、大きな火を……それから、故人が生前好きだった食べ物を、皆で分け合いながら、思い出を語り合うんだよ。火が消えるまでずっと」


 キャンプファイヤーみたいな感じ、かな……大きな火を囲んで語り合う姿を想像して、厳粛さより明るい雰囲気の葬式だって思った。


「……木を高く組んだ火は、薪を足さなくても長く燃えるんだ……燃え尽きるまで、夜を越す時もある……故人との別れを惜しみ、それでも火が消えたらそれぞれの生活に戻る。昨日までいた人が、いない明日を生きる。決別の、きっかけなんだよ」

「ヒューさん、火は平気? 怖くない?」

「うん……箱庭ここの火は、優しいから。怖くないよ」

「私達はヒューさんと同じ村の人じゃないけど、一緒に薪を組んでいいかな」

「むしろ、お願いしたい……僕の、新しい家族だから」

「わかった。そうと決まったら、早速皆に手伝ってもらおう!」


 善は急げ! ヒューさんが勇気を出して言ってくれたんだもの、今すぐ始めよう!

 椅子から跳ねるように降りて、畑の方に走ってく。ヒューさんが目をぱちくりしてたのは、なんかチラッと見えたけど。私はやると決めたら即行動するんですよ!















 事情を説明すると、テクトもリトジアも快く頷いてくれた。

 火を扱うって事でリトジアには念のためもう一度聞いたけど、返ってきたのはヒューさんと同じだった。箱庭の火は安全だって思って貰えて嬉しい。

 ただ、自分では大丈夫だと思ってても無意識に拒絶する事もあるだろうし。無理だと思ったらすぐ家に入っていいからね。とは言った。リトジアもしっかり目を合わせて頷いてくれたので、葬式をする事が決定した……なるべく様子を見るようにしよ。

 ヒューさんに改めて聞くと、服装に関して決まりはないらしい。黒じゃなくてもいいって、変な感じ。夜通しの葬式になるけれど、さすがに寝巻は空気読めてないので普段着にしよう。

 お風呂の時間も何だか惜しいので、というか早めに始めないと明日に響くから、さっさと皆に全身洗浄魔法をかけてお風呂代わり。箱庭に来た頃みたいだなぁ。


<あの頃は風呂がなかったものね>

<洗浄魔法のいい練習だったよ>


 雑貨店でも全身洗浄をこなしているからか、今や数秒もかからず終わらせられるけどね。ふっふっふ、目に見える成果って嬉しいもんだ。

 さっきまで走り回って泥だらけだったキースくんも、泡がぱちぱち弾けた途端に肌も服も綺麗さっぱりよ。ちょっと誇っていいよねこれは。


「なぁに? ごはん?」


 あ、ここ数日の生活で、体を洗う=夕飯の時間だと思ってるな。これはいいのか悪いのか……習慣付くっていうのも、安全な場所だからこそだろうし。まあ経過観察で。


「ううん。これからね、大きな火を作るんだ……死んじゃった人と、ばいばい、さよならするの。キースくんも一緒にしてくれる?」

「いいよ!」


 たぶん、私が言ってる事の半分以上はわかってないと思う。それでも渡した薪を屈託なく振り回してる姿を見ると、ほっとするなぁ……いや2歳児が両手でブンブン出来るような重さじゃないはずなんだけどね? 結構長いし幅でかいから持つだけでバランスも取りづらいはずなんだけどなぁ。これも獣人クオリティか。

 聖樹さんの許可を取って、家の裏でやる事にした。ここなら眠たくなってもテラスから部屋に戻れるしね。

 ヒューさんが周りの芝生に燃え広がらないようにって、スコップで浅い穴を作ってくれた。直径は私2人分くらいかな。結構広い。


「私が思ってたのよりずっと大きくなりそう」

「ああ、うん……その、多いと、……火も、長く燃えるように、作るんだ」


 あ……死者の数が多い、から。そっか、語る事はいっぱいあるものね。どれだけ焚いても足りないよね。とても失礼だった。ごめん。

 カタログブックを取り出して追加の薪を注文していると、ヒューさんが申し訳ない顔をしてしまった。


「ごめん。僕の我が儘に、付き合わせて」

「それは全然かまわないんだけど……大切な葬式中に、寝落ちたらごめんね?」

「大丈夫。村でも、子どもは先に寝てたから。責任をもって運ぶよ。させてほしい」

「じゃあ安心だね」


 久しぶりの夜更かしだ。ちょっとそわそわする。でも月を見る前には寝れるよう善処しよう。テクトとの約束だからね。


<覚えててくれてよかったよ。また暴走したらどうしようかと思った>

「もうしないってば」


 隣に立ったテクトが、その小さな手に不釣り合いな大きい薪を持って、にやりと笑った。くう、一回しでかすとずっと言われるパターン……! ここは話を掘り返されないうちに話題を移すべき!


「ヒューさん、薪はどういう風に組んでいくの?」

「え、ああ。大きいもので、まず土台を作って……」


 ヒューさんの指示で穴の中いっぱいに木枠が出来た。穴を囲うように、六角形。その中に太い薪を敷き詰める。

 井の字型じゃないんだ……そういえばキャンプファイヤーって、派手に燃えるけど早く燃え尽きてた気がする。井じゃ駄目なんだ。長く語れないから。


「皆。積むの、手伝ってくれるかい?」

「はぁい!」

「では私も」


 キースくんが薪をど真ん中に置いた。リトジアがその隣に。テクトが何も言わず添え、私も持っていたものをそっと置く。ミチは薪を持てないので、積んであるものにそっと触れて、巣に帰っていった。きっと今のが、彼女なりの悼み方なんだろう。

 薪の枠の中は並列で、誰が好きに積んでも問題ない部分らしい。枠の部分だけはヒューさんが、ぐらつきがないか確認しながら薪を置いてる。段数が上がるごとに枠を狭めていってるから、バランス取れてるんだと思う。

 そうして積まれていって次第に私の身長じゃ届かなくなり、リトジアのツタとヒューさん、ヒューさんの肩に乗るテクトがさらに高く重ねていって……細い木を天辺に山のように立て掛けると、出来上がり。

 組まれた薪を眺めて、ヒューさんはふと私へ振り返った。


「火は、ルイがつけてくれないかな」

「え」

「僕じゃなく、君につけて欲しいんだ」

「いいの?」

「うん」


 火種は何でもいいと言われたので、コンロを取り出した。私といえばコンロでしょう。まだ魔法で火、出せないし。

 魔導具コンロを強火にして、木の枝に麻布を巻き付けたものを近づける。しばらくしないうちに、麻布が着火した。


「私がお手伝いしましょう」


 さて、どうやって天辺まで火を持っていこうかと思っていたら。リトジアがしゅるりとツタを胴に巻き付けた。任せてください! って顔面で語ってらっしゃる。聖樹さんの洞までは難しいけど、このくらいの高さは問題ないくらい鍛錬してきたもんね。めっちゃ頼もしい。

 ツタが伸ばしてくれたお蔭で初めて、私は木枠を上から見た。うん、塔じゃないかってくらい、大きい。長く燃えそうだ。

 今日は存分に、語ろう。そう思いながら、火種を軽く放り投げる。

 火種は消える事なく薪に燃え移り、いつしか立派な火柱が立った。










「村長はね、厳しい人だった。誰に対しても厳しくて……でも皆に慕われてたんだ。いつだって村の事を、皆の事を考えて行動してるって、わかってたから」

「素敵な方だったのですね」

「おいちぃ!」

「キースくん、ちょっと口周り拭こうか。肉汁すごいわ」

<鶏モモのソテーって、塩コショウだけの単純な味付けなのにご飯が進むんだよなぁ>

「年に数回のご馳走が、すごい勢いで消えてく……」

「わー! ごめんね、ヒューさん。すぐ足すから!」

「いや、驚いただけで、嫌ではないんだ。気持ちのいい食べっぷりで、僕もお腹が空いてきたよ」

<いい事だ。ほら、ヒューも食べなよ。残していると僕がすべて食べてしまうよ>

「それは困ったな」



「隣の家はね、同じ年の頃の幼馴染がいて。普段はしっかりしてるのに、お姉さんには強く出れなかったんだ」

「テクトとおんなじ」

<それ以上言ったらチーズ取るからね>

「やだよ!」

「姉弟というのは、どこの家庭であっても不思議なほどに似通うものなのですか?」

<リトジア違う。僕は強く出てる。同じにしないで>

「あれ、でもこの前、夜は……」

<ヒュー、静かに>



「そういえば、僕は結婚できなかったなぁ。同年代の女性が村の中で少なかったのもあるんだけど、話が持ち上がるたびに首を振られてたんだ。木こりじゃあまりいい生活できないと思われてたのかなぁ」

<聖樹さんの影響があるに一票>

<同じく>

<私もそう思います>

<賭けにならないねこれ!>

「いつも“いい人”どまりだから悪いって、幼馴染にも言われてたしなぁ……」



「人には魂があって、死後は神様の下にいくんだって、知れて。よかったと、思うんだ」

「うん」

「神様だって、僕は信じてなかった。いや、祈りはしたけど、本当に存在するとは思ってなかったんだ。村に住んでた頃はね」

「ええ」

「でも君達のお蔭で知れて、信じれた。村の皆は、もう誰にも犯せない場所にいる……その事実が、僕にはとてもありがたくて」

「そうですね。ええ、私もそう思います」



「……葬式をして、皆を過去のものにしてしまうのは、悪い事なんじゃないかと思うよ。少しだけ」

「……でも、別に、ヒューさんを恨んでるなんて、誰も、言ってないです……」

「うん……」

「……私も、私もねぇ。どんなに、おじいちゃんと、おばあちゃんに……んー……」

「…………」

「……2人が、愛情いっぱい、育ててくれたから、私、今もここで、楽しく立ってられるって……叫んで、届けばいいんだけどねぇ……もう、届かないから……」

「……うん」

「だからぁ……うん。だからね、……私、いっつも、ありがとーって、言ってる……感謝するのは、勝手だもの……届かなくても、ずっと、言うの……まだ、大好きだから……私の、中の、おじいちゃんと、おばあちゃんは、喜んでくれるの……それで、いいの……」

「そうだね」

「……だいじょーぶ……わたしは、ヒューさんのこと、すきだからね……だいじょぉぶ……」

「……ありがとう」

「……すー……」

<寝たね>

「寝ましたね」

<……随分夜も更けてきた。部屋まで暗いだろう。僕が運ぼうかい?>

「ううん。僕の我が儘で始まったものだから。ちゃんと、僕が運ぶよ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る