○ ゴドー

「どうもどうも、お待たせしました……」と、その陰気な男は言った。

「どちら様でしょうか」と、蓮太郎は尋ねた。

「わかりませんか……?」

「失礼ですが……」

「ゴドーです、ゴドー。あなたの待ちわびた……」

「すみません。おっしゃることの意味があんまり……」

「おや……? おかしいですね……。あなたはウラジーミルさん、あるいはエストラゴンさんではないのですか?」

「そのどちらでもありませんね……」と、蓮太郎は遠慮がちに言った。どうもゴドー氏の喋り方が感染してしまう。

 尚、「蓮太郎」というのもただの呼び名だが、本名が何であるかということはさして重要ではない。

「ああ、今思い出しました。ベケット先生のお話によれば、二人は『木が一本生えている田舎道』で私を待っているということでした……。ここは『建てかけの家が一軒ある川辺』ですね。全然違いましたね……」

 ベケット先生とは誰だろうか。多分、訊いても意味のわかる説明は得られまい。

「ところで、もしやあなたは、テラヤマ先生の……?」

「いえ、そのお名前も初めて聞きます……」

「そうですか……。失礼しました……」

 歴史研究家がゴドー氏に「ベケット先生はお元気で?」と言った。

「お知り合いなのですか……?」

「いいえ、一方的に存じ上げているだけですが」

「そうでしたか……。私も先生にはもう随分お会いしていないのですが……恐らく、変わりないと思いますよ……」

「んひんひんひ……」とロバが鳴いた。ロバも影響を受けたようだ。

「それでは、これにて……。お待たせしておりますので……」と言って、ゴドー氏は川を流れていった。

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