○ 駅
大量の枕木をロープで繋いだものが落ちてきて、川の上に線路ができた。
そして、しゅっぽしゅっぽと煙を吐きながら、蒸気機関車がやって来た。
襟を立て過ぎの車掌が敬礼して言った。「ご苦労様です」
「ご苦労様です」と、蓮太郎も思わず敬礼した。
「驚きました。駅はもうほとんど完成しているのですね」と、車掌は家を見ながら言った。
「駅? これは駅じゃねえぞ」と、大工が言った。
「ああ、すみません。そうですよね。着工はまだこれからのはず」
「何だ? 駅を作ってほしいのか?」
「いえいえ、専門の業者が参りますから」
歴史研究家が言った。「ここに駅ができるの?」
「そうです。便利になりますよ!」と、車掌は明るい声で言った。襟が高過ぎて表情はほとんど見えない。「さるお方のお取り計らいで、この地域の開発が決まったのです。近々電線も通りますし、お店もたくさんできるでしょう」
蓮太郎は、都会人が「この礼はいつか必ず」と言っていたのを思い出した。憎めない人物だったが、やはり価値観の不一致は否めない。
「滝の上に行くことも、川下からここまで戻ってくることも容易になります。素晴らしいでしょう?」
「すみません。それ、無しにしてもらえますか?」と、蓮太郎が言った。
「それ、というのは?」
「ですから、駅……というか、開発を」
車掌は(見えないけれど恐らく)あんぐりと口を開けた。
「その方のお気持ちは嬉しいんですが、僕は今のままがいいんです」
「そんな……そんな馬鹿な……」と、車掌はよろめきながら言った。
「悪いな。業者もキャンセルしといてくれよ」と、大工が言った。
「マツモト先生によろしくね」と、歴史研究家が言った。彼女は色々な先生を知っているようだ。
蓮太郎は車掌が気の毒になって、「本当にすみません」と言った。
「お望みでないのなら、仕方ありませんね。出発進行!」
汽車が走り去り、やがて線路も流れていった。
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