○ 濃霧
滝口からふわあっと霧が降りてきて、あっという間にあたり一面を包み、何も見えなくなった。
「皆さん、動かないで下さい」と、ルールブックが言った。
「あら、あなた喋るのね」と、歴史研究家が言った。
彼女は知らなかったのだ。
「良かったわ。ねえ、いつの時代の誰が作った法なのか、一つ一つ教えてほしいのよ」
「今はそれどころじゃありません。とにかく動かないで下さい」
「どうして?」
「遭難した時、迂闊に動いてはいけないんです」
これは遭難なのだろうか。よくわからないが、蓮太郎は元々じっとしていたので、そのまま動かずにいた。
「動いてはいけないという法があるの?」
「いえ、法ではないのですが」とルールブックが言いかけた時、何者かの足音がした。
「大工さん、動くなと言っているでしょう」と、ルールブックが鋭く言った。
「俺じゃねぇよ」と、大工が抗議した。
「じゃあ、誰ですか。釣り人さんですか?」
それはないだろう。釣り人は岸に上がった地点から今いるところまで歩いた後、一度も移動していない。ヌシを釣り上げるまでは梃でも動かないだろう。
「んひんひ」と、ロバが鳴いた。それからまた足音がした。
「ロバさん! 動いてはいけません! ストップ! どうどう!」と、ルールブックが叫んだ。「動き回ると危険です。異次元から来た生物たちのおぞましい触手に襲われてもいいんですか?」
何を言っているのかよくわからない。
ロバはルールブックの忠告などお構いなしに、歩いたり止まったりしていた。
「もしも奴らが襲ってきたら、みんなの『強さ』を二倍にするといいよ」と、ランプが言った。ランプには「奴ら」の心当たりがあるらしい。
しかし、多分大工以外、強さが二倍になったところでたかが知れているだろう、と蓮太郎は思った。
結局、異次元から来た生物たちのおぞましい触手は襲ってこなかった。けれど、霧が晴れた時、敵っぽいものはそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます