○ 旗

 広げてみると、およそ二メートル四方の大きな旗であった。「幕」でなく「旗」と断言できるのは、アルミ製のポールが付いているからである。ポールは旗の端から五十センチぐらいのところでぽきりと折れている。元はもっと長かったのだろう。

 使われている色は赤・白・黒。中央に方位磁石をデザイン化したものと思われるマークがあり、その上下に蓮太郎の知らない文字で何か書かれている。

 全体的に古びている。川を流れている間に傷んだというわけではあるまい。むしろ水にさらされたことで綺麗になったぐらいのものだろう。経年によるくすみやほつれがあり、ポールにはところどころ錆が浮いている。

 何故この旗は川に流されたのだろうか? と考えるなら椅子やロバだって不思議なのだが、背景が気になる時とそうでない時があるのだ。

 敵対する集団に折られ、奪われ、捨てられたのだろうか? そうとは考えにくい。もしそういうぶつかり合いがあったのなら、象徴たる旗は破られたり燃やされたりするはずだ。どこも傷つけずに「水に流して」もらえるとは思えない。

 鎮魂、供養。そんな気配がする。その集団は何らかの理由で終わりの時を迎えたのだ。ポールから取り外すのでなく、ポールを折ったのは、志半ばの無念の解散であることを示すものではないだろうか。そして、ナイル川に親族の遺体を流すように、儀式的に葬ったのだ。

 そうだとしたら、拾い上げず、このまま遥か彼方まで流してやった方がいいかも知れない。

 しかし……と、蓮太郎は現実的な視点に立って考える。貴重な一枚布だ。布団の代わりになる。支柱を四本立ててその上に張れば日よけになるだろう。いわゆるタープだ。どうやら撥水性のある素材のようだから、雨もしのげる。

 旗の意味は――もういくらか考えてしまったが――これ以上深く考えなければいい。詳しい事情を知らない者は自然物と同じである。岩などに引っかかったようなものだ。

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