第4話 かしま
草木も眠る丑三つ時。
軍服を着た中年男と、赤い吊りスカートの、片足を失くした少女が睨み合っている。
俺の四畳半で。
言葉を交わすでもなく、ただ睨みあう。双方、譲る気は毛頭ないらしい。俺もう眠いのに。
沈黙やら眠気やらに耐えかねて、俺は提案してみることにした。半笑いを浮かべて。
「…あの、とりあえず、聞いた順…てのはダメですかね」
ははは…俺の乾いた笑い声に僅かに反応して、軍服の男がギロリと睥睨する。何なんだ一体。
「……お前、それ本気で言っているのか」
「だってほら、こんな睨みあっていても埒が空かないっていうか」
事の発端は、こうだ。
友人に『かしまさん』という怪談を聞かされた。
文字通り、聞かされたのだ。無理矢理。自分が呪われたくないからと。
よくあるタイプのあれだ、この話を聞いたら、必ず他の人に話してね。でないと3日後『かしまさん』が枕元に立つよ。
で、こう言うの。
「俺の名を言ってみろ」
ジャギかお前は、とか言っている場合ではない。大学生にもなって何言ってんだと
小馬鹿にしてほったらかしにしておいたら本当に枕元に立ちやがった。律儀か。
ともあれ、本当に枕元に立たれてしまったからには仕方がない。友人に聞いた呪文だか回答だか
そいつを唱えて早々にお帰りいただくしかない。そう思っていた矢先に同じく枕元に立った奴がいる。
『さっちゃん』である。
かしまさんの話を聞いた、丁度同じ日の午後。
今度は別の友人に『さっちゃん』という怪談を聞かされた。
そう、文字通り『聞かされた』のだ。誰かに話さないと呪われるから。
さっちゃんはね…で始まる有名な童謡がある。俺が知っているのは、さっちゃんが遠くへ行っちゃう3番までだが
実は陰惨な『4番』が存在し…という、もう典型的な都市伝説だった。
たしかさっちゃんが空襲で死に、右足だけが見つからない、とかそんな歌だ。
大の男が講堂で『さっちゃん』の替え歌歌ってんのがもう何というか…とかそんなことばかり考えていたから
歌詞はうろ覚えだ。
こういうの流行ってんのかな、と適当に聞き流したが、たしか『さっちゃん』も3日後、喪った右足を捜して
枕元に立つと聞いた。そしてお決まりの『返事』をしないと、右足を奪われる…と。で、
3日後に枕元に立つ奴等が、俺の枕元でバッティングしたわけだ。
「俺が『俺の名を言ってみろ』とか凄んでいる間、その…小さいのはどうしているんだ」
「順番をお待ち頂くということで…」
かしまさんは眉を顰めた。
「お前は、なぜ俺がわざわざこんな深夜に出向くと思っている?」
「真っ昼間に出て来られても俺、学食で友達とランチとかしてるし…して、ますねぇ」
俺が友人連中とB定食とか頬張っている横で「お、俺の名を…?」とか遠慮がちに聞いてくる
かしまさんを想像して、急に彼が気の毒になってきた。
「貴様に最大の畏れを、極上の絶望を与える…それこそが俺の存在意義!!」
カーキ色の外套を翻して叫ばれても、既に畏れは半減どころの騒ぎじゃない。
「なのに貴様は!そのガキが順番待ってる横で『やれ』というのか」
――じゃあどうしろというのだ。俺は段々面倒くさくなってきた。
「じゃ、どちらかに日を改めてもらうというのは?」
「それはない」「ないー」
『さっちゃん』が初めて喋った。なんだ君は、足を貰いに来たんじゃないのか。
「俺達のような『怪』にとって最も重要なのはな、『必ず、果たす』ことだ。分かるか」
「…気分で呪ったり呪わなかったりしてもいいんじゃないすか?忙しいんだし」
「貴様な…何故俺達が『必ず、果たす』必要があるかというとだな!!」
「カは仮面のカ、シは死人のシ、マは悪魔のマの、かしまさん」
なんかもう最っ高に面倒になったので、友人に聞いていた『呪文』を先に唱えてやった。かしまさんはふっと表情を消して体を揺るがせ、溶けるように消えた。
「さっちゃん、さっちゃん、あなたにあげられる足はありません」
残った少女は、何か言いたげに口を開いたが、諦めたように目を閉じ…やがてかしまさんと同様に消えた。
丑三つ時の四畳半に独り残され、俺は暫く…色々、考えていた。
「……なぜ、必ず果たす必要があるか、というと……」
やがて、思い至った。
「そうか。怪ってのは、実体がない情報体だから」
果たさなければ『在り続ける』ことが出来ないのだ。
『虚』と断定された都市伝説は、いずれ消える。かしまさんも、4番目のさっちゃんも。
奴らは今、俺の前で消えた。しかし俺の前に実際に現れ、『約束どおり』消えたことで、都市伝説としての寿命を得たのだ。だから素直に消えた。不満はありそうだったが…だが。
「もし誰かからかしまさんの話を聞いてしまったら…さっちゃんの話も聞いてダブルブッキングさせれば怖さ半減、と」
実体がない存在は、とてもゆらぎ易い。
ちょっと出方を間違えただけで、とてもコケティッシュな方向に変質してしまうので、ほんと大変だ。
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