PART 7 - 惨劇

「巡視官! 異状はないか!」

「え、ええ!?」


 息せき切って駆け付けてきた捜査官と傭兵頭の姿に、エリクは面食らう。


「自分はここで見張っておりましたが」

「異状はないかといている」

「……確かめてきます」


 上官の只事ではない血相に、エリクは一散に塔の階段を駆け上り始める。ギブンとヴァグランも後を追う。

 塔は屋敷の二階の一角から、三階分ほど突き出した格好である。

 その最上層の室に繋がる螺旋階段を息を切らして上り切ると、エリクは扉を叩く。


「ツィオル卿! ツィオ――」


 エリクは唖然とする。

 扉を叩いただけのつもりが、扉が開いてしまった。

 それも半分だけ。

 扉の把手とってのすこし上のあたりから、まるで最初からそういうつくりだったかのように、断ち切られた扉の半分だけが、ぎぃ、と蝶番ちょうつがいきしませながら内側に開いた。


「うっ」


 意想外に室内の光景が目に飛び込んできて、エリクは思わず呻く。

 それを押しのけ、残った扉の下半分を乗り越えて、ギブンが室内に飛び込む。

 酸鼻さんびを極める光景だった。

 書き物机のある一角が、真っ赤に染まっている。


「こりゃひでえ……」

「これは……」


 続いて室に入ったヴァグランとエリクが、其々それぞれ絶句する。

 ロジスカル伯弟ツィオルは、首と胴を分かたれて、物言わぬ死体に成り果てて床に二つ転がっていた。

 噴出した鮮血が、その前の机と、書棚と、壁と、床をしとどに濡らしている。

 出血の程度からして、先の二人と同じく、生きたまま首を断たれたに違いなかった。

 その顔は自らの身に起こったことを一切理解せぬ表情で、虚ろに宙を見上げている。


 ギブンは窓に駆け寄り、検める。

 鎧戸が閉じられたままである。

 しかし、扉が半分断ち切られて開くようになっていたので、完全な密室というわけではない。

 だが、部屋へと唯一通じる階段への入り口は、エリクがずっと見張っていた。

 どのようにして、その目に触れず、室内に侵入し、ツィオルを馘首かくしゅせしめ、逃亡したのか。

 思案するギブンの目に、あるものが止まる。

 壁に掛けられた織物が、すっぱりと裁たれて床に落ちている。

 ちょうど、椅子に腰掛けたときに首のあるぐらいの高さで、一直線に切られている。


「まさか……」

「捜査官?」


 同じぐらいの高さの書棚の一段から本を抜き出そうとすると、その上半分だけがずるりと引き出されて机の上に落ちた。


「捜査官、これは、いったい……」

「まさか、これは」


 壁に目を凝らすと、石組の隙間にしては不自然な位置に、一直線に微かな黒い線が走っている。

 おそらく、重力の方向とは完璧に垂直に、それが部屋のぐるりを巡っている。 


のか……?」


 口に出してみて、あまりに異様な響きに、ギブンは息を呑んだ。


「……まさか、あの野郎……」


 ヴァグランの曖昧あいまいな呻きを、ギブンは聞き咎める。


「心当たりがあるのか」

「……見回りのとき、妙な男に遭った」


 ヴァグランが探るような目つきをする。初めて見るこの男の鋭い眼光だった。


「なぜ言わなかった」

「口も利けねえ流民の男だ。ろくな発動体も持っちゃいなかった」

「――ろくじゃあない発動体は持っていたのか」

「……緑玉りょくぎょくが詰まった小袋を持ってた」

「その場所まで案内してくれ」


 ギブンは有無を言わさなかった。


「巡視官」

「は、はい」

「村長に話を通して、為念ねんのため自警団に警戒させておけ。住民を屋内から外に出させるな」


 返事を待たず、ギブンは下半分の扉を飛び越えた。

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