共和国軍 共和国協定千四百三十七年

 軍都は周辺がいかにも農業に適していなさ気な黄土色の白茶けた石塊ばかりが目立つ木も草も薄い丘陵地の中にそこばかりは青く緑の川に囲まれるようにして存在する盆地にあった。

 丘のあちこちには兵舎と思しき同じような作りの大きく簡素な建物が幾つもあったが、整然という風情ではなく城塞というよりは関所の番所のようなどこか控えめな雰囲気だった。

 丘の外側には河川運行可能と思える支流もあり、街道から離れるその辺りはもの寂しいという言葉を風景にしたような緑薄い土地と点描したような集落があった。

 多少の距離は機械力による力技で押しきるとして、それを支える拠点を揃える下拵えには手間が掛かりそうな雰囲気であった。

 ローゼンヘン館のような気を使って使えばなくならなさそうな森はあたりを見渡してどこにもなかった。

 或いは周囲の丘陵のハゲ具合は様々な理由で木を切り倒して利用した結果なのかもしれない。

 エルベ川を分け治水し盆地を囲うように運河を通し、街側に巨大な城塞のような堤防を築きあげたその構造は近くに寄ればまさしく城塞であろうが、今丘の上から見下ろせばよくもこのようなものを人の手でと言わずにはいられない巨大さと頼りなげな薄さを併せ持った石の線によって盆地に縦横に描かれていた。

 水路の利用はかなり積極的な様子で水の色が町のあちこちに見え広場のような構造も見える。

 橋を渡る手間を考えれば小舟のほうが往来は便利かもしれず、リザによれば貸し船は多く河川互助会もあるという。

 しかし、下流が帝国よりの中立国であるジューム藩王国に抑えられている都合、水運の規模は大きいと云うほど自由というわけではない。

 南街道と北街道そしてキンカイザとの往来をおこなうだけの水運で、もちろん南街道の物資を運ぶこととキンカイザの金属類の集積に十分な規模はあるが、つまりはその程度で、実態としてはザブバル川におけるデカート州内の河川運輸と規模の上では大きく変わるところがない。

 今となってローゼンヘン館の存在を思えば、輸送量はデカートが逆転したかもしれない。

 丘の上には大きな建物がいくつかあり、かつて兵舎であったが今は退役した高級士官の共同邸宅になっていたりというものが多いらしい。

 勲功なった軍人は退役後故郷で政治家にでもなるのかと思っていたから少し意外だったが、将官だけで百人以上いると有り難みが薄れて、単に将軍になっただけでは単なる肩書で終わってしまう。

 と云ってそんなハゲ山の主で楽しいのかという感想は、友人知人が近くにいる慣れ親しんだ土地に留まりたいというのはそんなに不思議かしら、というリザの自然な疑問で応えられた。

 それが幸せであるのか否かというのは当人にとってもその場その時にならなければ分からないし、後になれば容易に入れ替わるという問題でもあった。

 しかし全般的な話題としては軍都は共和国の中央東寄りに位置し、物流も悪くなく、各自治体の出張所や共和国の政治的な統合中枢である議事堂などもあり、そういう高級官僚の公邸官邸なども多くあり、しかし概ね自治体ごとの居館にまとまっており、高級官僚とはいえ広大な私邸や資産を見せびらかすという風ではないという。

 そういう街であったからよそに比べて町の物価はよその三倍ほども高く、軍人手帳の提示で利用割引が可能な店でようやく並。という軍人以外が生活するのは難しい街だったし、新鮮な野菜の類は市場に顔を出すことは殆ど無いという。そういうものは軍都では高級品だったが、下流にも上流にもそれぞれ農業集落があり、兵隊なり商店なりが直接出向いて仕入れている。

 常識的な路銀とは別に、拠点を確保する商談の可能性を睨んだつもりだったマジンは、太陽金貨を六枚と大金貨で五百枚という我ながら周到すぎたかという準備をしていたが、外からでさえ街の様子を見るや聞くに、軍の口添えなしに土地を確保することは不可能であろうと思えた。

 集中しすぎている人口の糞便の始末のために下水道が整備されていて定期的に川の水を引き込み押し流しているが、そういう努力を払っても町の人口を無制限に拡大できるわけではないし、農民が生活を成り立たせにくい棄地同然の土地であったからこその軍の永久拠点として成立していた。軍都が日々垂れ流す汚穢のお陰を以て、町の下流にはいくらか豊かな土地があるようで緑の風景もあったが、人口は万に達しているとは見えず、軍都を支えるというよりは、軍都に夢頼って至り戻れなくなった者達の夢の跡という雰囲気であった。だが、ともかく街道を流れて集まってくる軍需品に不足する新鮮な食料を供給することくらいはできているということらしい。

 共和国が成立する過程で各地方都市群にとっての互いを脅威としないために、帝国に抗する主要な兵力を中間地点かつ資源利用困難な土地に集結させ消耗品を共同で提供するという軍都の成立を思えば、様々に不毛な光景を思い描いていたマジンにとって、あたりを荒野の丘陵に囲まれ輸送利用可能な大河をあたかも巨大な堀のように輸送可能な玄関口としているエルベ川のみがこの不毛の土地の中の巨大な都市を人がすむことのできる土地とすることを支えていることはわかった。

 軍都の運河は水運を目的としているよりは膨大な人口のし尿の処分と用水を支えるために必要なドブ川と、軍都が築かれ成立した時期の軍事的な要件による水濠の意味合いが強いようで、あまり感心できる管理状況とも思えなかったが、生産的な産業を保たない公称十二万、実勢で三十万ほどの人々をなんとか支えていた。



 軍都がこの地に築かれた幾つかの理由として帝国軍の尖兵たるジューム辺境伯爵の軍勢が下流に陣取っていたことがあげられる。帝国軍本隊が共和国軍との決戦に敗れた後、ジューム辺境伯爵は協定締結を希望し停戦を要求、帝国から離脱独立を宣言しジューム藩王国を成立させたものの停戦の条件の一つだったはずの共和国との協定締結は拒否し、今に至るまま共和国と周囲を接したまま独立を保っている。

 ジューム藩王国に対しては各自治体が独自に働きかけをおこなっており、自治体間での折衝を無視した動きもあり、不定期に各級議会で問題になったりもしているが、大本営外務部は原則として独自に外交をおこなう権限を持たず、情報や資料の取りまとめに活動をとどめているが、国内自治体による壁もあるという。

 数千の帝国軍が駐留しているが、様々な手管で事実上の中立国として第三国を決め込んだ。結果として共和国としては容易に攻囲制圧できるはずのジューム藩王国は戦火を免れている。

 なんとはなしに共和国が一つの国家国体をなす鎹となったはずの国軍が居をなす軍都が各地の多くの地方行政にとっては厄介者扱いで、しばしば地方自治体同士の鞘当ての具にされるということは、外征軍ではない殆ど帝国軍を名指しで戦っている防衛軍であるはずの共和国軍にとっては気の毒な話であった。

 町の外からみた軍都は当然に兵器廠のようなものがあるが、その規模は公称十二万と勇ましく呼ばれる軍都の兵を賄うに足るほどとは思えない煙突数で、川のそばに固まっているそれらしい煙突はいずれ街道沿いで眺めることもできるが小さくはないものの、巨大さを感じるものではないはずだった。リザによれば武器はよその共和国の町々から届くのだが、そのせいで様々に問題も多いという。それに十二万というのは軍人という意味で後備というのも怪しいような官吏が過半、残りは伝令である。

 公称五十万と喧伝している共和国軍も官吏が約四割で兵員としては三十万をやや超える程度、一線級と呼べる装備を整えているものは二十万ほどで、残りは装備計画を整えるほどの余裕のない部隊であるのだが、今回のような兵員数で一割を越えるような大規模な被害を受けると当然に各地の後備兵や死蔵している備蓄を前線後方に予備として供出することになる。

 ひとつには予備が予備と言いがたい不安な戦力でしかないことも問題なのだが、戦力が怪しくなることは民兵を組織する都合上それ自体は仕方のない事でもある。

 さらに、今現在、装備更新計画の失敗で小銃弾の供給が滞っていて、多くの師団がその混乱で十分な戦力を発揮できないままであるという。

 一旦は破棄しかけ、様々定数割れを起こしていた軍需品倉庫に押し込み或いは各地自治体に払い下げかけたマスケットを慌てて部隊に引き戻しているが、そのことでも混乱が起きている。

 前線の部隊はその時々で購入可能な最新型を導入するのだが、購買元の職人だったり或いはもっといやらしい商業上の問題で様々に変更が施される。結果として補充される武器は以前の部隊利用の物とは異なっている。そのことがこれまで戦力として宛にできていた部隊の戦力をも怪しい物にしてしまうということだった。

 火薬と銃弾が銃口に入れば弾が出るマスケットと云って、その扱いかたは実のところ様々で、小銃と一口に言っても共和国軍として定め揃っているのは、実のところ銃口の径と弾丸の径だけである。

 最も長い小銃と短い小銃では銃床から銃口まで一キュビットあまりも異なり、もちろん構えの姿勢も異なる。

 定められていることになっている銃弾と銃身の径も、しばしば怪しいことになる。

 原則として銃弾の直径は三十シリカと定められていたが、治具が痛むとジリジリと大きさが変化して微妙にいびつに膨らみまた縮んでゆき、ついには三十五シリカに達することもある。一方で銃口は三十五シリカと定められているが、やはり前線のものは痛み或いは煤や汚れなどで径が縮まり或いは銃剣としての利用などで歪み、使い込まれた銃は一般に三十五シリカよりも二三シリカ細い。前線の銃は概ね手入れが行き届いていて極端なモノは少ないが、後備の銃は必ずしも手入れが十分でなく内筒が錆びている物も少なくない。

 ついにはカルカすら底まで突けないような小銃が出来上がる。

 もちろん多少の調整は現地でおこなうということが優秀な兵の習いであるにしても、ときに弾丸の径が異なって届けば小さい弾丸であれば単に抑え紙を増やせばすむことであるが、逆であれば弾丸を鋳熔かすか、削るしかない。

 或いは銃身を削ることもある。

 もちろんそうして手を加えるのは勘と間に合わせでおこなわれる。

 戦場陣地から離れた後方の土地であれば僅かな治具と時間が解決する問題でも、前線での補給では死活になる。

 火口の扱いもいちいち異なる。

 流石にマッチロック式は姿を消したが、フリント式とパーカッション式が混在し、かと思えば紙薬莢の内臓パーカッション式後装銃などもある。

 今ゆるやかに配備の進んでいる後装銃が期待を持たれたのも、実に様々なマスケットとその後継を少なくとも弾薬の面から一気に整理することが出来る、という夢のような計画として謳われたからだった。

 だが実際にはその夢のような金属薬莢を使う新型後装小銃はその様々な困難、主に薬莢の生産の困難から弾薬の生産量が伸びず備蓄が追いついていない。

 リザール湿地帯後方の共和国軍が帝国軍の衝撃力に耐え切ったものの十分な反撃をおこなうに至らず、形の上の結果としてギゼンヌは押し返せたが、ペイテルとアタンズは今も包囲されているのはひとつには街の規模の違いもあるが、ギゼンヌと違ってペイテルとアタンズは後備の備蓄の質が低かったことが理由のひとつであるとリザは考えていたし、軍内部にもそういう意見がある。

 一方で新配備の後装小銃はギゼンヌを支えたと主張するものたちもいた。それは前線の兵隊も認めた事実だった。

 弾丸の装填がより簡便な小銃は継続的な射撃を支え、また射撃の統制が取りやすい小銃は防御陣地における弾幕密度をより高めることに貢献した。

 しかし、リザール湿地帯を支える重要な備蓄拠点であるギゼンヌでさえ、四ヶ月の籠城の最初の月半ばには備蓄の弾薬を使い果たすほどに金属薬莢の備蓄量は不足していた。後装小銃はたしかに十分に機能したともいえるが、全く不足でもあった。

 ギゼンヌは前方の湿地帯の補給経路の最後の集結点に当たり、前線の要求に従って自身の備蓄を供出することも多く、順当に装備の入れ替えがおこなわれていた。もちろんそのことは不定期に塹壕にいた部隊に怪しげな死蔵品が流れていたということでもあるのだが、それでも帝国軍が活性化さえしなければ、与えられた兵士の配置の間だけ前線に留まるだけだった。

 紙包装式の弾薬は工廠とは言い難い町の工作場でも作られていてギゼンヌのみならず、ペイテルやアタンズでも相応の職人や臨時の工員が射撃に適切な量の火薬を小分けし、銃弾とともに梱包するという作業をしていた。そういった人員の作業の問題もある。備蓄弾薬量も五億発充当ということになっていた。これはなかなかの数量ではあるが、例えば要塞防衛の日当量が一人八十発という古い銃弾配備計画でも、師団人員二万人と考えると全力発揮は一年になんとかという量であった。攻め手が無理を悟るとしても半月は矢玉に糸目はつけられず、攻め手の諦めが悪ければ二波三波は覚悟が必要になる。ギゼンヌの戦訓では積極攻勢のあった日の一日平均量では二百二十発ほどということでつまりは、全く足りない。

 籠城の防御側に人員が十分なら装填専門の人員を配して一丁辺り一日四百発も撃たせることはできるので、その気になればふたつきあまりで撃ち尽くせる量でもある。

 ペイテルとアタンズはやはり湿地帯に物資を運んではいたが、主に糧食が中心で弾薬類は緊急時や部隊の経由時にのみ補給がおこなわれていた。武器弾薬の備蓄量そのものはギゼンヌと比べて極端に少ないとはいえなかったが、年次の供給量は四分の一程度だった。当然に工作場の秤などの整備も規模が小さいし、職人の人員規模も小さい。

 こうしたことの積み重ねが収容した兵の規模などと合わせて戦力要素の積み重ねに反映しているのではないか、と軍都の主計参謀の一部は推論していた。もちろん解囲が自力でおこなえないにせよ、抵抗は維持できていることは軍の物資集積がそれなりに正しいという主張もあった。ただ、必要なタイミングで必要な物資を提供できずに戦力を発揮できなかったのではないか、攻囲初期の段階で積極的な展開が可能であれば押し返すことはできなくとも解囲をなしていたのではないだろうか、という仮説である。

 リザはギゼンヌの解囲の別の論として、籠城に入る前の防衛戦闘で戦力を誇示してみせた結果だと言った。

 リザに言わせれば、籠城は戦力の来援があってこそ意味があることで、大規模であっても攻囲側の補給や体制を乱す努力が取れない籠城は攻囲側に対して一方的に不利になると断言していた。外周を遊弋する小規模であっても積極的かつ有力な軍勢の存在は常に攻囲側に危機感を与え、籠城側の備蓄戦力が過大であると判断すれば攻囲そのものの危険を感じるようになる。と主張していた。

 散発的な増援や後退してきた共和国軍によって波状的に後方を混乱させられ、リザも参加した夜襲というギゼンヌの思わぬ積極性を見たギゼンヌ方面の帝国軍はギゼンヌを独自に攻囲することを諦め、ペイテル・アタンズを攻囲中の軍勢を支援することに切り替えた。

 結果としてペイテル・アタンズの自力での解囲は困難になり、推定四万の帝国軍はおそらく万をやや越えるだろう後方から不定期に姿を現す輜重隊の支援を受け、長期戦の構えを見せている。

 いずれにせよ包囲下にあるペイテル・アタンズは戦力として期待できない以上、共和国軍は数の上で不利だった。

 ギゼンヌの一万数千に弱体化したはずの戦力を旅団程度に期待しても最低五万程度の戦力を縦横に動かすには共和国軍にも相応の時間が必要で決戦は早くて夏の終わり。或いは手間取れば年明け雪解けを待ってということになる。

 そこまでペイテルはともかくアタンズが保つかどうかは全くわからないが、既に戦闘態勢にある活性的な師団二つを動かせば、決戦の勝利の見込みはなくとも籠城している町の支援になることは間違いなかった。

 その有力な師団のひとつがワージン将軍麾下の師団だった。

 ワージン将軍が数名の幕僚と軍都に帰参しているのも、他部隊との連携の方針を求めての事だった。警護の予備騎兵大隊が抜けたくらいで師団の戦力は揺るがないと将軍は考えていたし、それほど長居をするわけでもなかった。それに軍都は後備の連絡猟兵が多く詰めていて、師団規模の部隊の動向監視は常におこなわれていた。

 もう一つの有力な師団は軍都周辺で訓練を名目に遊弋しているフェルト将軍麾下の師団だった。

 残りは各地の自治体との協定などもあり調整が必要なる。今すぐ動いたとして到着は早くて初夏。調整を考えればさらに二ヶ月、というのが今の共和国の軍事的常識だった。

 共和国軍の軍事行動にそれだけの重さがあるから、デカートは武装検事団の組織規模の拡大を考えることなく、少数精鋭を維持していた。



 およその現状の説明としてリザは共和国軍の置かれた状況を道中説明してみせた。

 百万丁の小銃で面倒の全てを押し流してしまえ、となるほど思いついたわけだ。

 リザは部隊の行動管理の足を引っ張っている散発的に師団単位で調達されたマスケットをこの機に一気に更新してしまう計画を示そうという腹だった。

 またマジンの示した機関小銃は共和国軍の戦術も更新するだろうとリザは考えていた。

 騎兵や歩兵が砲兵に頼らないまま砲火力を示せる戦場ならば、防衛線自体を塹壕や拠点に頼る必要はなくて城壁も過剰な備蓄も必要ない。野戦築城の重要性は長期間に渡って踏みとどまり撃ち合いをするという前提にある。短期間で敵を殲滅可能ということであれば、被害が甘受可能な時間で敵を撃破するべく襲撃することに全力を傾ければ良い。機動戦による防御について共和国軍は既に連絡参謀による予備部隊の活用を通じて一定の戦訓の蓄積を持っている。それを更に機関小銃の持つ大火力を活かして攻撃的な運用をおこなうつもりであるらしい。

 明らかに機関車に期待した言い分で少々虫が良い構想だったが、調整された反撃と速度を重視した縦深を活かせば前線に貼り付ける兵隊を減らせるということをリザは考えていた。

 例えば敵が重厚な防御陣地を築いていればどうするのかなど、大雑把すぎるし穴だらけで更には説明する気もない様子ではあったが、リザの頭のなかには未来の戦場の風景が茨の茂みのように広がりだしているらしい。

 リザの理想のひとつはデカートの武装検事団であるという。

 大隊規模の騎馬砲兵である彼らは有能な騎兵でもあり、特徴的な武装である軽迫砲は瞬間火力が高く砲火力としての継戦時間は極めて短いものの、交戦直前の砲支援としては柔軟で、潤沢に装備と教育の手当なされた彼らは個人が実戦慣れをした銃士戦士であり、検事という法的な立場を持つ高等教育を受けた優秀な指揮官であるという。

 予算上の問題で圧縮と効率を求めて精進洗練され尚閑職扱いなのは気の毒な話、とリザは武装検事団に同情してみせた。

「変に予算をケチって規模を水増しして見せずに一個小隊も送り込めば、逆恨みでヴィンゼが焼かれることもなかったんじゃないかしら。砲弾を数発放り込んで、防衛側が混乱しているところで砲撃で壁を破って切り込ませてしまえば、幾人か損害は出るにしても初見ではまず対応できないと思う」

 リザが道中、荒れ野に目をやりながらそんな話を口にした。

「小隊で大砲って」

 騎兵砲にしても小隊単位で砲を扱うなどということはまずないし、石組み四層を支えるローゼンヘン館の一階はまともな野戦砲ならともかく騎兵砲くらいで破れるような作りをしてはいない。

 少しばかり常識を疑うような話ではあったが、過日そのような話をグレンから耳にしたことをマジンは思い出していた。

「あら、彼らは分隊規模で大砲を八門用意しているのよ。軍の砲兵連中はマッチの砲兵とかよんでいるし、備弾の予備はないみたいだけど、訓練を一緒にした騎兵連中や歩兵連中はああいうのがほしいと口にする。軍で使っている野戦砲と臼砲くらいの間くらいの長さらしいけどよりは口径や威力は騎兵砲より二回り大きいらしいわ。武装検事団は一個分隊で十六人。四人は砲の準備で必要らしいけど、その気になれば四発いっぺんに砲撃できるし、事前に時間と配置があれば八人で八門を一斉砲撃もしてみせる。少数による拠点攻略や襲撃作戦には軍よりもよほど徹底して適応している。そうやって小隊ひとつで大砲が三十二。うちも階段ひとつ扉一枚じゃすまないくらいに壊されていたでしょうけど、好きに使える大砲が出てくるようなら百人いようが三百人いようが、多少の数の不利はないも同じことだと思うわ」

「噂の使い捨ての大砲というやつか」

「わたしも実物はみたことないから又聞きによると、何回か使えないこともないみたいだけど、何発かで裂けるくらいに肉を薄く作って軽くしているみたい。まぁ、ともかくそういう小規模で機動力と火力の高い部隊と不意に衝突すれば、どうしても大規模な行軍は難しくなるわ。備弾がないってわかっていれば移動中の砲撃そのものは大した障害じゃないけど、そんなの相手がわかるわけがない。それでも尚撃ってくる敵には備えを感じざるを得ない。横合いから撃たれれば分断されるし、頭を打たれれば足が止まるわ。そういう大砲にも興味はあるかしら」

「興味の有無でいえば、機関銃を千丁とか言われるよりは大砲千門のほうが作る方にしてみれば遥かに簡単だ。運ぶのはまた別だがね」

「もし彼らがあなたのあの細長い大砲や機関銃を見たら間違いなく欲しがるわね」

 リザは余計なことを言ったというように窓の外の景色に目をやった。

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