柘榴石の会 新春会

 柘榴石の会というのは、軍都近郊のいわば金満家との社交の場を求めた宝石商の勉強会のようなもので、如何にも玄人然とした人々と目利きに憧れる人々との二種類の人々が入り交じる夜会だった。

 衒学的な趣味人とプロフェッショナルな職業人と、それに憧れる人々とそれを餌にする人々の集いだ。

 戦争中の総司令部のお膝元だというのに、全く優雅さに呆れるような会合だったが、政治的に有力な軍人や地方行政司法出張所の高級官僚やその家族たちが、社交の場を求めて集っていた。

 当然にリザと飛び込みで入ったマーシャル・ルームとは、街場の定食屋と鴨鳴亭くらいの違いがあり、面食らったがセントーラが封書を示すと署名や押印の必要なく受付は済んだ。

 セントーラによれば一等速達で手配をしてキトゥスで招待状を受け取ったという。会費を尋ねると紹介の一見は歓迎でその後は会員以外お断りだという。

 ならば誰の紹介なのか、はヴィオラなのだろう。

 あまり深く考えてもしかたがないので両腕に女を絡めセントーラに先導を頼みついて行くと、やはり両腕の女を見知った男たちが幾人かいるらしく、左右でそれぞれに控えめな様々な反応があった。

 もちろん安くもない商売女という意味合いであろうから、嘲りとは少し毛色が違ったが慣れていないらしいデナは気になる様子だった。

 会場は扱う物の値段を考えなければ小さな屋台の寄り合いような様子を呈していた。

 会場を二周ほどめぐるうちにセントーラは目当ての人物を見つけたようであった。

「お久しぶりです。ペラゴ様」

「おや。これは珍しい顔だ。お元気かな」

「おかげさまで。そちらもおかわりなくお元気なようで安心いたしました」

 ペラゴと呼ばれた男は老境と云うに背筋はのび、杖は帯剣のように中程で握っており、老いを誂えば杖を振り上げ力を示すだろうと思えたが、孫は疎かひ孫が紹介されてもおかしくはない見かけの人物だった。

「どちらかから飛び出したという話は聞いているが、こんなところに顔を出したということは、どこかに落ち着いたのかね」

 セントーラはペラゴのからかい半分の問に背後のマジンを半身を開いて腕で示した。

「今は、こちらの旦那様のお世話になっております。終の縁になればありがたい、と私はお慕い願って勤めさせていただいておりますわ」

 ペラゴはマジンを見ると笑みを一瞬消し、左右の女の目に気がついたように笑みを浮かべた。

「おお、これは若いのになかなか立派な人物だ。しかも趣味が良い」

 少し怯えた表情のデナに笑いかけた。

「本日はペラゴ様に折り入ってご相談がありまして参りました。――デナ、椿の蕾を」

 そう言ってセントーラは、先ほど店を出るときに預けたアルジェンのこしらえた絹の椿の蕾の貝入れをデナから受け取り、ペラゴの手の上で口を割り開いた。

 ペラゴが慌ててその手を差し伸べるところに、真っ赤な雀ほどの大きさの紅玉が転がり出た。あまりの手応えに取りこぼしそうになったペラゴが慌てて握りしめる。

「こ。これは」

 ペラゴが言葉をつまらせるように手を開いて凝視するルビーをセントーラは貝入れに戻し、マジンに渡した。マジンは無造作にポケットにねじ込む。ペラゴとその取り巻き達は驚きの混じった表情で視線も隠さずにその動きを追った。

 マジンの左右の女達もぎょっとした様子でマジンの横顔を見つめ、改めて自らの胸元の絹のダリアと牡丹の蕾に目を落とした。

 あまりに薬が効きすぎた二人の女の尻をマジンが叩いてやると、その音でようやく場の空気が少し現実に戻ったようだった。

「ご相談のお時間をいただけますか」

 セントーラが改めてペラゴにそう言った。

「も、もちろん。久しぶりに懐かしい顔に会えたのです」

 ペラゴはそう言ったところでつばが喉に入ったらしくしばらくむせていたが、そのまま会場の奥の一室に一同を導いた。

「ご苦労様。会場を好きに巡っていらっしゃい。飽きたら好きにすればいいし、出口で待っていたら拾ってあげるわ」

 女達の胸元から貝入れを受け取るとセントーラはそう言って、彼女たちの用事が済んだことを告げた。ペラゴも取り巻き達に一言言って、マジンの連れていた女達の会場の案内につける、互いの取り巻きが消えると部屋は急に静かになった。

 マジンはポケットから椿の蕾の貝入れを取り出すと机の上においた。

「相談というのが先ほどのモノのことであれば、確かめさせていただいてよろしいだろうか」

 ペラゴは机の脇に置いてあるカーバイトランプを軽くゆすり、状態を確かめるとそう言った。

「どうぞご納得ゆくまで検分を。他に二つあるので閉会の時間までに間に合うようにはお願いしたいところですが」

 ペラゴはセントーラの挑発じみた生意気に怒りもせず頷いた。

 そのままペラゴは黙ったままルビーを指先で磨いたり息を吹きかけて光を通してプリズムの光を眺めたりしていたが、ひとまず納得いったように柔らかなベロアを敷いた盆に紅玉を置き、次の林檎を割いたような大きさのサファイアを検分し始めた。

 なめらかな切り口にペラゴはひどく興味があったようで布や爪の腹で面をこすったりしていた。

 サファイアとほとんど同じ大きさのエメラルドが貝入れから出てきた時には、ペラゴは深い溜息をついて石を睨みつけるようにしたが、それ以上はなにも言わなかった。

「予め言っておきますが、オーベンタージュの家の誰かを殺せというなら無理ですぞ」

 ペラゴは、ひとしきり宝玉を確かめ納得すると、目元から天眼鏡を外し、セントーラを睨みつけるようにして言った。

「私のご主人様のお望みは、バートン製鐵とロータル鉄工全社。軍の不正と腐敗の結果の投資の混乱と現在の戦争の先行きに旦那様は深く懸念を抱いておられます。無論、全てを泥の中に投げ出すのは本意ではないということですが、投資の先行きに迷走している今の二社について憤りを感じておられます」

 セントーラはマジンに一礼して言い切った。

「私になにをしろと」

「バートン製鐵、及びロータル鉄工全社の経営資産の買収。債務・債権と流通株式の制圧。報酬はそのエメラルドでいかがかしら」

 ペラゴは鼻で笑うように深く息を吐いた。

「残りの二つは」

「軍の不正の証拠」

「もう一つは」

「旦那様が本気である証拠の前渡し」

 ペラゴはニヤリと口元を歪め笑った。

「気前がよろしいな。いい女になられた。私もまさか帝国がここまで本気になっているとは思わなかった。だが軍の内部で誰がどう動いていようと、今更共和国の劣勢は覆るはずもない。ペイテルかアタンズの割譲で決着というところでしょう」

 ペラゴは笑顔でセントーラを持ち上げ、表情を改めた。

「秋を持ちこたえれば、また形勢は逆転する。そのためにはバートン製鐵の刷新が夏までに終わっている必要がある。現状の問題の引き金となっているロータル鉄工全社についても、抜本的な立て直しが必要と旦那様はそうお考えです」

 セントーラの言葉を量るように盆の上の宝玉とセントーラの瞳とをペラゴは幾度か見比べた。

「私のところに話を持ち込む前にどこに足を向けなさいましたか」

「株式市場と債権市場組合。あとはアミザム」

 ペラゴは頷いた。

「この石を買えと言われたら、断るところでした。はっきり言って私の資産をまるごと現金化しても足りない。だが、株式と債券それから報告の取りまとめということであれば、話はだいぶ変わる」

「時間がかかるようだと逃げられちゃうわよ」

 セントーラの言葉を抑えるようにペラゴは手のひらを見せた。

「会員の中でも一時期両社の債券は利回りの良い商品として人気があったものです。今も戦争ですしね。ところが黒い噂がここしばらくの劣勢の報に混ざって聞こえているのは、それなりに話題になっている」

「証拠にできるほど信用できるの」

「それはわからないですな。というよりは、司法や憲兵が単なるタレコミをそのまま証拠にするとしたらその方が問題です。がしかし、連中が無視できないくらいの内容でタレ込むことはできるでしょう」

「秋には利くように手を打ち始めたいんだから、春の終わり初夏には手に入っていないとダメなのよ」

「会員の持ち分を名寄せするのはひとつきちょっとというところでしょう。今日の出席の礼に併せて会員全員に聞いてみます」

 セントーラは頷いた。

「手早く頼むわよ」

「もちろん。――だが、あなたの今のご主人というのは隣の若い御仁か。秋口までに手を打つとして、秋までに共和国が降伏していないとして、打つ手があるのですか」

 ペラゴは疑わしげに尋ねた。

 セントーラは盆の上の紅玉を椿に戻し肩口に、翠玉を牡丹の蕾に戻し胸元に飾った。

「無理だというなら、前払いも考えなおすけれど、どなたかご紹介いただければ、何かの形で埋め合わせはさせていただくわよ」

 セントーラが残った碧玉に手をかけると、その手をペラゴが留めた。

「戦争の劣勢をひっくり返す目算があるのか、と聞いておるんじゃ」

 慌てたように余裕のない態度でペラゴはセントーラに尋ねた。

「どうしてペイテルとアタンズが今まで落ちなかったのか、そもそもの事の起こりを調べてみなさい。それが旦那様の打ち手です」

 セントーラはそう言って石ごと盆を引き寄せた。女とはいえ若いセントーラのほうがやや力強く先に手をかけた体勢がやや有利に働き、ペラゴに優っている。ペラゴは石を引き寄せられない。

「セントーラ。やめなさい。――ペラゴさん。私は共和国軍はまだ負けていないと考えている。しかしどうやら私のものの価値の知らなさがあなたの疑念を誘ってしまったようだ。まったくお恥ずかしい限りだ」

 マジンはそう言ってセントーラをペラゴを石から声で分けて、改めて掌を向けペラゴに差し出す。ペラゴは盆を手元に引き寄せていたが、黙って掌を差し出すマジンと碧玉とを見比べ、しぶしぶその手に載せた。

 マジンは一歩下がると、懐から短刀を取り出し掌の中の碧玉に一気に振り落とした。

 部屋中に硬いものがぶつかる音が鈍く大きく響いた。

 ペラゴが止める間もなく見守る中で、氷が割られるように碧玉は裂けてしまった。

 マジンは刃を収め掌の中で真っ二つに割られた碧玉をペラゴに示した。

「ペラゴさん。申し訳ないが、前金はなしだ。その代わりに会の入会を希望するにあたって入会料を現物で支払いたい。こちらの欠片でどれほどの年会費がまかなえるものだろうか」

 そう言ってマジンは半分に割った碧玉の片割れを盆の上に載せ、手袋についてしまった大きな砂粒ほどの破片を盆の上で払う。割れ裂け大きさを半分にした碧玉はしかし、未だに揺れるたびに革張りの盆を沈黙の中でゴロゴロと鳴らす重さを持っていた。

「四、四五十年分ほどにはなろうかと」

 目の前で起きた瞬く間の出来事についてゆけず呆然とペラゴは答えた。

「結構。では四十年のお付き合いをいただければ幸いだ」

 マジンは掌に残した碧玉の鋭い角を指でささえ、夜空のかけた月のようにして部屋の明かりに翳す。

「そ、そちらはお譲りいただけないので」

 大きいままであったならば領国をも差し出すものがいたかもしれない宝玉の片割れを心配げにペラゴは見つめる。

「ペラゴさん。正直にお答えいただければ幸いなのだが、私がうっかり割ってしまったこの碧玉だが、おいくら位するものだろうか」

 今更のマジンの意図がわからず、ペラゴはそわそわと瞳を動かす。

「五億は下るまいかと」

 突然セントーラの頬がなった。

 マジンが向き直ってからセントーラの頬を張ったとペラゴはようやく気がついた。

「申し訳ない。ペラゴさん。経緯を盾にあなたにお縋りするのがよろしかろうと、家人が申しましたのでお任せする気でいたのですが、あなたに損をさせてまで協力を仰ぐつもりはなかった」

「ど、どういうことでしょう」

 マジンの言葉にペラゴが喘ぐように尋ねた。

「この欠片が五億であれば先ほど買収の報酬として載せた翠玉は十億ほど。私の希望する企業買収の見込み金額には到底不足でしょう。私としては真剣確実に春と呼べるうちの買収終了を求めている。株式債券を完全に制圧し、株主の円満な承認とそれを背景に経営陣への全面的な協力をおこなうつもりでいる。その資金繰りの担保にしていただくつもりでこちらに宝玉を持ち込んだ。だがどうやら私の持つ宝玉では不足のようだから、他所に持ち込んで別の手段を探すこととします。一旦お話なかったことにいたしましょう」

「な、七お、十億、いや、二十億でいかがでしょう」

 興奮しすぎてペラゴは飲んだ自分の唾に溺れ長椅子でうずくまった。

「無理をされずともよろしいのですよ」

「む、無理なぞしておりません」

 ペラゴは咽ながら声を裏返すように叫んだ。

「私の望みはご理解いただけているでしょうか」

「バートン製鐵とロータル鉄工全社の次の株主役会までに、株主会で経営陣の罷免を可能に出来るだけの株式と債券を集めお渡しすること。更に両社に繋がる軍の不正疑惑に司法が捜査立件するだけの十分な証拠の手がかりを準備すること。ですな」

 ペラゴの言葉に満足気にマジンは頷いた。

「それと、両社の刷新の初期費用にあたって現金で八億タレルを用立てていただきたい」

 ペラゴはことここに至って目の前の若者が本気であることをようやくに悟った。

「……わかりました。それで、全ては集まり次第か一括まとめてかどちらがよろしいでしょうか」

「私は普段デカートに居を構えております。そちらにご連絡いただければと思います。が、次のこの会合はいつでしょう」

「来月末に」

「ではその際にお引渡しいただければ」

 マジンの言葉にペラゴは頷いた。

 マジンが立ち上がるのに合わせてセントーラも立つ。

 追いかけるようにペラゴも立ち上がった。

「そ、その。ゲリエさま。共和国は帝国との戦争に勝てると本気でお考えですか」

「本気もなにも、国同士の戦争は国民が勝たせるのですよ。そこには義務も権利もない。ただ、愛と恐怖とその責任があるだけです」

「それはどのような」

「例えば、このまま帝国軍が押し寄せれば、亜人奴隷を大量に抱え押し込んでいるバートン製鐵とロータル鉄工は暴動を恐れた経営陣の暴発とそれを恐れた奴隷の暴発とが起きるでしょう。どちらが先かなぞ大した問題ではありません。事実上の兵器廠がそんな有様では戦争どころではないのですよ。もしあなたが奴隷を多く使っているのであれば、即座に手放し彼らの責任を彼らに返したほうがいい。さもないと帝国に怯えた彼らに殺される幻覚に怯えることになる。それが共和国が奴隷を公式には認めず、長期の年季契約の形式をとっている理由のはずだ」

「な、にをいっているんだ。いったい」

「逃げ出したい奴は逃がしてしまって、責任を知っている、やる気のある人間だけ使うほうが、面倒が少ないと言っているんだ。宝石だってそうだろう。クズみたいな磨き砂みたいなものをちまちま綺麗に並べても苦労ばかりが多く、何もしていない磨いてすらいない巨大な原石のほうが注目を惹く。だから、うっかりボクが真っ二つに割ってしまった碧玉の価値はあの瞬間に半減した。そうですね」

 マジンはペラゴの瞳の奥の脳髄を覗きこむように言った。

「おまえ、いったい」

「徹頭、ロータル鉄工がやる気のない連中のオモチャになっているのが、我慢できないとそう言っているんですよ。ボクは。……あなたに責任を理解できる眼力と根性があるなら、家屋敷を捨てて亡命なんて苦労をしないですむようにボクがしてやれる、してやろうと言っているんだ。ジューム藩王国の誰だかに売っているのと同じものをボクに売れ。それでお前の先行きの面倒を解消してやれる。別に悪い話じゃない。国や家族の先行きを考えれば自然なことだろう。春と呼べるうちにボクにロータル鉄工を手渡して、秋までになにが起こるかを楽しみに眺めているがいい。何度目だかの亡命はその後でもできるだろう」

 鎌掛というにも乱暴なマジンの言葉にしかしペラゴは大きく動揺した。

「……なにを、おまえ」

「次回のこちらの会を楽しみにしています」

 そう言ったマジンの言葉にペラゴは言葉もなく頷いた。

 セントーラは退室するマジンのあとを陰のように追った。

「ご存知だったのですか」

 部屋を出て角を曲がったところでセントーラが尋ねた。

「それより済まなかったな。いきなり頬を張り飛ばして。痛くはないか」

「大丈夫です。しかし、ご存知だったのですか、彼がロータル鉄工の大株主であるということを」

 色白のセントーラの肌は赤くなっているはずだが、廊下の明りは暗くてよくわからない。

「まぁ、お前がどういう風に話を持ってゆくのかはわからなかったが、彼がロータル鉄工と太い繋がりがあるだろうというのは、短期間に仕掛けをするように命じたボクの立場からすればそれ以外にはありえないだろうし、彼自身がそれっぽいことを自慢気に色々言っていたじゃないか。詳しいことは知らないが、帝国から帝国式の設計と生産方法を持ち込んだ人物なんだろう。彼は」

「そんなことまで」

 セントーラは驚いてみせた。だがむしろ彼女が本気で驚いているかのほうがマジンにはよくわからなかった。

「情況証拠でしかないがね。君が古く知っている人物であること、キミの動向に注目している人物であったらしいことから、帝国に細からざる繋がりがあることはわかっていた。問題が起こっているロータル鉄工とも浅からざる関係がある。土地を切り離されたにも関わらず宝石を扱うような巨額の浮草商売の主宰を行える。となればそれなりに手に職のある人物であることは想像がつく。軍都は宝飾の拠点というわけではないから、根っからの宝石職人という線は考えにくい」

「なるほど。では、ジューム藩王国の誰それ、というのは」

「それはすまん。本当に情況証拠だ。だが、少し不思議に思っていたんだ。帝国がなぜ今の時期に五万の軍勢で攻めかかったか」

 広間への階段を下りながらマジンは説明した。

「答に至ったということですか」

「答というか、情況証拠なんだがね。新兵器後装小銃を持ち込んだのはペラゴ氏だろう。何年前だかわからないが、新兵器を鳴り物入りで共和国軍に入れたはいいものの生産力の差で行き詰まってしまった。困ったペラゴ氏はジューム藩王国の故知を頼ったろうと思うね。程度と量がわかってしまえば、おおよその戦力は読める。そのまま帝国軍との戦闘力の差としてわかりやすくなってしまった。帝国は五万の兵力で無人の陣地を抜け混乱する後衛を排除し、烏合の衆である民兵の支えるギゼンヌ・ペイテル・アタンズを冬のうちに陥落させ、夏までに後続と合流再編成をおこない、予算都合上混乱残る共和国軍を撃破して軍都まで馬を進める。……って筋書きだったのだろう」

 マジンは幾度目かの帝国の戦争構想を説明してみせた。

「つまりどういうことですか」

「まぁ、帝国の兵站能力は五万人前後で陣地に籠った共和国軍の精鋭を正面から撃破することは困難だったということだよ。更に言えば攻囲中のアタンズとペイテルが今も支えられているところを見ると民兵と旧式銃でも陣地の設定が間に合えば共和国軍を打通するのは難しいということだ」

「それは、わかりますが、ペラゴ氏の内通の件とどういう関係が」

「全く思わぬ偶然から帝国が予定していた後方拠点の撃破をリザが阻止した。お前はそれを理解していたから、ペラゴ氏に啖呵を切ってみせたのだろう。アレでボクはおおよそのことを察したんだが」

 そう言ったマジンの笑顔から目を背けるようにセントーラは言葉を探した。

「あれは、なんというか。……まぁそうです」

 マジンは軽く首を傾げたが向き直って続けた。

「……帝国が今止まっているのは戦争計画の上で当初予定通りでもあるんだが、予定通りでないことも起こっている。そのせいでギゼンヌは完全に諦めたし、ペイテルとアタンズはまだなんとか持ちこたえている。この後、二つの町が秋まで持ちこたえてペイテルとアタンズで収奪できないまま、後続の五万と合流すると帝国は兵站、とくに銃弾の補給に困ることになる。空薬莢は燃えないゴミだが、蛮地である共和国ではそれも重要な資源だ。利用を考えてどこかに集めているだろう。偶然そういう拠点を襲われたら遠征軍もたまらんだろうな。火薬庫もそばにあるはずだし。少数の共和国軍で窮地にある二つの街を救うとしたらそういう拠点の撃破に成功する場合くらいだろう」

「普通そういうところのそばには軍勢がいるものでは」

「まぁそうだろうな。司令部は別だろうが、予備の戦力が置いてあるだろうと思う。だが、やる気のある連中が真っ当な掛け金を積む気になれば、やってやれないことはないということだろう。……話を戻せば、帝国は五万の軍勢でギゼンヌを一気にその手に収めるつもりだったが、結局ペイテルとアタンズも落とせていない。むこうはむこうで色々に騒ぎが起こっていると思うよ。そういう俎上にペラゴ氏の首が乗ってもボクは驚かない」

 そう言ってマジンはセントーラの腰を抱いて笑いかけた。

「――無理言って連れて来て、済まなかった。ごめんなさい。だが、お前のことを、本当に頼りにしているのは、正真正銘、本当だ。様々に苦労をかけているのは知っているが、多分これからも苦労をかけることになる。だが、まずは、ありがとう」

 マジンはそう言ってセントーラの腰を抱え上げるようにしてつま先を浮かせてくちづけをした。

 仲睦まじげな二人を会場の広間の人々は驚きを含めて注目する中を出口に向かってまっすぐ進むと三人の女達を拾って馬車に乗り込んだ。

 三人を揃って彼女らの店で下ろすと二人は宿に帰った。

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