兵站本部調達諮問委員会 審査請求予備諮問準備会

 マジンは久しぶりに緩みきった雰囲気でセントーラと同衾していた。

 マジンがどれくらい緩みきっていたかというと、リザが離れの部屋に上がり込むまで全く眠りこけていた。

 セントーラが扉の呼び出しに慌てて身を整えて出ていったのも気付かず、咄嗟に枕元の拳銃をリザに突きつけるほどにマジンは寝ぼけていた。

 軍服のリザの姿を寝床に迎え、自分だけは身姿を整えたセントーラの運ぶ朝食を、マジンはぼんやりと口に運んでいた。

「迎えはお前か」

「他にもいるけどロビーで待っててもらっているわよ。あなたが女とつながってるかもしれない離れに、関係ないヒト連れて来たくなかったのよ」

 いつになくぼんやりと脱力した雰囲気のマジンにリザが焦れたように憤るように言った。

「女か」

「男よ。分かれ。男社会で男女間の猥談がどれだけの衝撃を周辺に与えるのか、そろそろ分かれ」

 リザが歯を剥いて云うのを眺めながら、彼女には彼女なりの苦労と価値観があるのだろう、ということは一般論常識論としてはマジンも理解しているのだが、どうにもそうまで八つ当たりをしないでもよかろうと感じる。

「要件の説明はなしか」

「予審よ」

 リザは言葉短く答えた。

「なんの」

「小銃の量産計画の。戦時体制下における協力要件を見込んだ」

 リザの言葉は説明が足りない。マジンには状況が理解できなかった。

「随分一足飛びだな。ワージン将軍と会うんじゃなかったのか」

 ため息混じりにマジンは返事をした。

「なんか、女子会が意外と効いてたみたい。倉庫で腐ってた機関車をワージン将軍がまとめて取り上げたことを女子会の参謀連中が気がついて、ヨーセン将軍とワージン将軍があちこちから問い合わせを受けたらしいの。で一昨日急遽あなたの呼び出しが決まった、とそういうわけ」

「って云っても、もう現物はないし、この間の女子会みたいな疑わしげな反応に包まれるんじゃないのか」

 マジンは自分で言っていて気が滅入るような気分になってきた。

「そういう名目なんだけど、わたしも自分で言ってておかしい感じはする。ちょっと機敏すぎるもの」

「なにがあると思う」

 リザの表情の中にいつもの無責任な自信を見つけられず、マジンは尋ねた。

「第五列の検索とか」

 リザは自分の言葉を疑っている様子だが、昨晩の自身とペラゴ氏とのやりとりを思い出せば、流石にないだろう、とはマジンには言えなかった。

「内通者か。ボクやお前が疑われているってことか」

 マジン自身がペラゴ氏の背後を疑ったように、共和国軍がマジンの背後を疑ってもおかしくはない。

「わかんないわよ。でも、なにかおかしいわ。兵站本部の諮問委員会なんて、民間人をいきなり引っ張ってなにかを問いただすなんてことありえないもの。せいぜい新兵器の売り込みの判定会を主催するくらいだと思うわよ」

「まぁそういう謂われようなら関係がない、とまでは言えないのか。ただ、ちょっと気が早過ぎる気はするが」

「ワージン将軍のところの一万発もう打ち終わっちゃったとかそういうことかしら」

 リザが自分の口にした言葉をまるで信じていないような顔で言った。

「まぁ、そういうこともなくはないだろうが、ただの試射でそんなに無計画にはしゃがれてもなぁ。それに仮にワージン将軍の目の前で一万発撃ち切って見せたとしても、お役所仕事で昨日の今日でハイハイってのがそもそもおかしいだろう。何か理由があって日程が予め組み込まれていなければおかしい。……セントーラ、昨日は心あたりがないとは言っていたが本当に思いつかないか」

 食事が終わり膳を下げ、お茶を準備し始めたセントーラにマジンは尋ねる。

「小銃の売り込みの件でデカートの軍連絡室経由で兵站部購買課に連絡はしましたが、あいにくギリギリだったので返事を受け取れていませんでした。昨日拝見した様子ですと部署も違うようでしたので、直接関係はないかと思います。書類作成の実作業はロゼッタに指示しておこなわせましたが、デカートの軍連絡室の受領印は受けていることは確認しました。その後、一等速達で兵站本部に送りました。これも受領印を確認しました。内容は光画で写真印刷してあります。後ほどご覧いれます」

「どういうこと」

 セントーラの言葉にリザが尋ねる。

「正規の納品経路に規則と書式に従った売り込みをしてみたということです。もちろん、試射の件とは全く別に口座や納品・伝票形式など多岐にわたる必要要項があるはずですので、デカートで入手できる書類書式に記述をして、新製品納品の意志があることを連絡室を経由して書類提出をしただけですが、ともかく長期的に安定的な関係のためには正規の手続きも必要だと感じましたので、ひとまず書類を書いて出しました」

 わからないことはわからないこととひとまず区切って、書類かばんを持たせたセントーラを伴ってマジンは出かけることにした。

 迎えに来てくれたカディル中尉も内容までは知らないらしく、女連れのマジンを睨みつけるようにして黙っていた。

 迎えの馬車の中でマジンはセントーラが準備していた書類の写しを眺めていたが、正直写真の質があまり良くない。頑張ってくれただろうロゼッタの撮影技術がどうこうというよりも文字を読みやすい形に写すには光画写真の手法自体を考える必要があった。

 だが、書いて送った内容はおよそわかった。

 新型小銃という器具を販売納品する意志があるという表明書だった。

 カディル中尉が兵站本部の奥まった一室に先導するように入ると、そこには机を囲むように五人の士官と壁際に二十人ほどの士官がいた。マジンは共和国の軍装に殆ど知識がないことから誰が何かはわからなかったが、制服の飾りの量や数からおそらくは将軍かそれに準じるような高級将校だろうと見当をつけた。

 大きな窓が開いていてひどく明るい部屋だった。壁際にヒトが張り付いていなければ白い壁で眩しいほどだったろう。

 窓側に面接官が座っているのはある意味で当然と言えるが、ここまではっきりと逆光を背負っている相手と向き合うのは圧迫感を感じる。

 一種の取り調べのような雰囲気だった。経緯状況が有害であるかどうかはともかく、事実そうであるのだろう。

「カディル中尉、案内ご苦労。別室に下がってくれたまえ。――ゴルデベルグ大尉。こちらがゲリエ氏本人で間違いないね」

 議長と思しき人物がカディル中尉を下げ、リザにマジンの人物を確認させた。

「はい。ゲリエ・マキシマジン氏本人で間違いありません」

「よろしい。ゲリエさん。席にお掛けください。秘書の方は後ろに。ゴルデベルグ大尉は壁際の席に座っていてくれたまえ」

 そう言って三人がそれぞれに席につくのを待って議長は言葉を切った。

「――さて、早速本題とゆきたいところであるが、まず臨席の方々にご理解いただきたいのは、この諮問委員会は予備会であるものの非公式の準備会であるというご理解を頂きたい。また敢えて非公式の形にしたのは発言権限の有無にかかわらず情報の交錯を最低限に絞ることで混乱を小さくすることを目的としている。原則としてこの会の内容は機密ではないが、扱いについては極めて重要であることを理解していただきたい。すでにお伝えの通り、ゲリエ氏については参考情報の証人として招くことになった。

――以上をご理解いただいた上で、ゲリエ氏より提案のあった新型小銃の購買計画について、新型銃弾の購買計画について、既存後装銃弾の増産計画についての三件を議題としたいと思う。よろしいか。さてあらましを確認しよう。……」



 お役所言葉が多く、どこにどうつながっているのかわかりにくいところもあったが、元来この会はセントーラが公式の購買計画の審査にのせるために送った書類の審査を行うための委員会だった。

 ロゼッタの手によって送られた書式は武器銃火器用ではなく土木工具用で、書式不適合で棄却予定であったのだが、五日前に行われた試射の後、幾つかの師団司令部からの問い合わせが兵站部購買課や資材課或いは軍令部主計課や資材課に熱心におこなわれた。

 各部署での調査の結果、棄却予定の書類にゲリエ・マキシマジン氏申請の新型小銃の審査請求書があった。

 書式の不備の他にも口頭或いは試射の結果との若干の差異はあったものの、審査そのものはおこなうに値するという意見を受けて、委員会は本日ゲリエ氏との面談を予定していたワージン将軍をはじめとする、数名の前線将官と軍令本部長と憲兵総監と参謀本部からの数名の参謀の傍聴を求めることになった。

 最初の問いは年間に何丁収めることが可能なのか、全体で十万なのか、百万なのか。という、共和国軍としてはそもそも常識を疑うような計画の確認から始まることになった。

「国軍の計画は短期計画年次計画と中期長期計画の大雑把に三段四段の計画期間があると考えます。中期計画としてつまりわたしの事業採算を優先した構想としては共和国軍に対する百万丁の納入の計画を持っているのは事実ですし、また一年次の計画として十万丁という計画を持っているという点も事実です。実態としては投資の循環と生産手法の洗練で十年で納入完了というわけではありませんが、年次短縮が労力の圧縮すなわちわたしの利益率の確保となるとお考えいただければ、概ね間違いではありません」

 マジンの言葉に場がざわついた。

「どういうことだろう。早く作ると安くなる、というのは手を抜くということだろうか」

「そうではありません。例えば輸送計画を考えていただけばわかるのですが、輸送計画には概ね事故や天候不順などの要素を織り込んだ上で計画を立てます。結果として計画と比した実態はある程度の波を打つものの順調であれば計画よりも短く、不順であれば長くなるはずです。製品生産についても同様の振幅があります。初期において見積もられた不安要因が後の技術環境の好転や物流状況の改善などで取り除かれれば、自ずと生産量納入量が伸びてゆきます。結果として予備的に確保していた経費が不要となり利益となります。必要な数、例えば、小銃を百万丁納品した後には別の次の事業をおこなうことが出来るということです」

 場の流れとしては悪くなかったが、マジンの言葉に対する反応ははっきりとした様子ではなかった。

「例えば順調であるとして百万丁を生産するのに十年ではなくどれくらいでできるというのかね」

「問題が順番に完璧に解決していくなら八年というところでしょうか」

 机に座っている人たちは十年が八年でもあまり変わらないような顔をしている。

「年間十万では既に戦争をしている我々としては不足のように感じるが。すぐに手に取れる、そのための武器ではないのか。十万丁などと言わず例えば年間二十万丁とか三十万丁という計画はどうなのかね」

 嘲り混じりに男が口にした。

「過大な設備投資の結果として経営自体が悪化することは枚挙に暇がありません。聞くところによるとロータル鉄工は設備投資とその混乱から生産が伸び悩んでいるとか。お気の毒なことです」

 マジンの言葉を受けるように部屋に失笑が響く。

「では、年間十万丁というのは健全無難な数字だとお考えなのか」

 背後の嘲りに煽られて余裕を失った声が尋ねた。

「日にたったの三百丁ですよ。野営の鍛冶では一からの新造はしないと思いますが、直しでそれくらい見ることはザラでしょう。それに元来十分精強であるはずの共和国軍があわてて武器を必要とする事態というものをあまり考えてはいませんでした。おそらく各地の工房も似たような状況で困惑しているのではないかと思います」

 不思議そうにマジンがそう答えると、机についていた如何にも前線現場を知らなげな委員はその後、不機嫌そうに黙った。

 無頼の言葉に憤るようにあちこちで椅子を軋ませる音が響く。

「しかしそれでもあなたは年間十万は可能だという銃の売り込みをおこなっている。なぜですか」

 別の声が仕切り直しを求めるように尋ねた。

「十年という計画は遠大にも思えますが、子供が大人になり、若者が壮年になりという、思いついた人間が将来に自分の死を織り込まず、理由を忘れない程度の時間です。戦争で家族友人知人が苦労しているとあれば、出来る限りの手を打ちたい。可能なかぎり大きくしっかり手を打ちたいと考えることは不思議な事でしょうか。……分かりました。こう言えばわかりやすいですか。この戦争を勝利したあとの次の戦争のための銃の納入計画です」

 先程から壁の辺りからは様々な意味合いの含み笑いが漏れていたが、明るく謳うように言ったマジンの言葉がひどく空々しくなるように部屋はしばし沈黙した。

 冗談が滑った時のような気まずい感覚がマジンを包んだ。

「え、ああ、それでは、一旦小銃の生産の話はおいておいて、銃弾の供給計画について話を移したいと思います。……」

 銃弾の生産状況の説明はひどく淡々としていた。

 既にわかっている銃弾の重量や外寸を元にして持ち込んだ弾薬箱やそれをまとめた棹の大きさなどが、連絡室を経由した資料などと併せて報告され、日産十万発の生産見積もりと年間一億発の生産目論見があるという話だった。

 共和国や帝国の銃弾と違って雷管を使うマジンの銃は爆粉の使用量が少なく結果として装填事故が少なかったり、貼り合わせ円筒の尾部を更につなぎ合わせる帝国式、旧来式とは異なり、油加圧打出し深絞り式であることで廃材が少なかったり、装薬の増量が容易であったり、雷管式と合わせて空薬莢の再利用率が高かったりといろいろな違いがあるのだけれど、部屋の席の誰も生産工程や技術背景には全く興味が無いようだった。

 人々の関心は銃弾そのものの武器として或いは化学的な仕様特性と云うよりは、輜重によって運ばれる貨物資材としての銃弾の特性についておよそ中心である様子で、荷物としての大きさ重さや取扱いについてが語られていた。

 それで値段は、という声だけが妙にはっきりと聞こえた。

「予価素案ではデカート引き渡しで十万発二万五千タレル。軍都引き渡しで十万発三万タレルと考えていますが、将来的に年間一億発納入では更に価格の圧縮が可能とも考えております」

 マジンの言葉にやはり単位を疑うような呻きが混じった。

「わたしの部下が百丁二十万発の組み合わせで軍都引き渡し六十万タレルという月内注文の予価を聞いたようだが、それは有効かね」

 壁際から張りのある成熟した男性の声が尋ねた。

「もちろんです。私がデカートに戻る前であれば、お受けできます」

 マジンの言葉に場が明らかにざわついた。困惑を含んではいたが好意的でもあった。背後からセントーラの剣呑な視線も感じたがそれは仕方ないことだった。

 後装銃弾の増産計画について議題が移ると、机についている者達は俄然元気になった。

投資状況やジリジリと伸びている生産方向をした結果として、現在年間生産二百七十万発というところで止まった。

 セントーラの調査よりも一割ほども伸びていたのか。と、マジンはむしろ関心した。

 だが、壁際からは絶望的なため息が出た。

「そりゃ平時の一個師団の備弾としちゃ上等だがね。既に戦争をしている我々としては不足のように感じるが。どうかねロシムガー委員」

 壁際から無遠慮な問いかけが飛び、壁際からは苦笑が森の木々のざわめきのように起きた。

「ゲリエ氏の工房は銃弾の生産試験中だと言っていたが、月にどの程度だって言ってたかね」

 明らかに不正規の質問が飛んできた。少し考えるふりをしたが部屋の誰もが咎め立てる様子もないのでマジンとしては腹を据えた。

「まだ稼働し始めたばかりで月量を語る状態にはありませんが、日量十万を達成した日もあります」

「単純に引き伸ばして三百万。休みがあるとして二百万から三百万の間を行き来するんだろう。ゲリエ氏に今ある銃の銃弾も作ってもらえばいい。毎月一つの師団が完全状態になるなら戦いようもある」

 マジンの答にかぶせるように全く完全に委員を無視した形で壁際の男から声が飛んだ。

 委員の立場を考えてマジンは発言を少し待ったが、委員自身がマジンの言葉を待っているようだった。

「大量の物資輸送の経験が私どもにはありません。再来年以降の話をされているなら問題ありませんが、年内は月十グレノル以上の納品はお引き受けしかねます。単純な重量で月量三十グレノルともなると、工房の資材の手配とその往復でデカート港まではお約束できますが、それ以上はどうあっても不可能です」

 マジンがそう答えると場は少し静かになった。

「委員。デカートの港湾利用に関する協定はどうなっている」

 突然壁際から不正規の質問が飛んだ。

「どうなっているとはどういうことでしょうか」

 既に会の発言の進行を気にするものは少数派になった様子だった。

「軍の割当を請求することは可能なのかということだ」

「既に戦争状態なので協定割当通りのデカート公有地は使えるはず、いや使えます」

「軍の行動はどの程度制限される」

「交通と武装の制限はデカートの民間法に制限されます」

「デカートに非武装法はなかったな」

「武装の登録義務はあります」

「登録はおこなうが、最悪丸腰でも仕方なかろうな」

「あ、いえ、すみません。戦時協定に武装項目があります。部隊の武装の内容報告と火薬爆薬類の管理者と位置・量の報告までで、兵士官個人の武装の内容詳細については登録の必要がありませんでした」

「なんだ。やっぱりそうか。うちの奴らが間違っていたかと思った。デカートに演習協力を求めることは出来るんだよな」

「ああ、ええと、できます」

「例えば、今から行ってこっちから演習協力を出して、デカートの連中がゴネるとしていつまで居られる」

「到着後最大三ヶ月は通例認められるはずです。その、農地利用の優先権を請求されますと無視した場合、違約金を部隊指揮官名義で請求されますが」

 壁際の人物がなにを言っているか想像がついてきたマジンは提案をしてみることにした。

「発言、よろしいでしょうか」

「ゲリエさん。なんでしょう」

 議長が不思議そうな声で発言を許した。

「デカートと言うには辺鄙な荒れ野を私は私有しています。仮に野営地をお求めであればそちらをご利用いただいても当面はかまいません。水源はいくつかあるので糧食と燃料をどうにかしていただけば、野営そのものは可能だと思います」

「千からの行李と数千からの兵や馬匹の聯隊規模の野営地ですが、ご理解いただいてますか」

 委員から心配げな声がかかった。

「デカートの天蓋の外北側二リーグ、街道が巻いている丘陵地帯です。農地にするには荒れた地形ですが、荷駄を人目人通りから引っ込めるには都合が良いかと」

「ときに、なにゆえそのような土地を遊ばせてお持ちなのですか」

「デカートからの荷物は多いのですが、どうしても町の外のどこかで隊商と合流する必要がありまして。目印に風車と井戸があるので千はわかりませんが、百いくらかくらいまでの荷駄は野営できているはずです。あの界隈で鉄の柱のノッポの風車と井戸があれば半径千キュビットあまりは私の土地です。詳細は地図でお示しする必要があるでしょうが、ともかく、私有している土地はあります」

 マジンは詳しく語るのが面倒だったが、デカートの北の街道の東側には一年半ほどで百基近くの水車と井戸が掘られ、ヴィンゼからデカートまでの大雑把な獲得と測量とが終わっていた。ただ、風車は私有地を示している都合で風車を追ってデカートから旅をするとヴィンゼの東端に出てしまう。数リーグのことなので文句を言われる筋合いでもないし、わざわざ街を迂回させられる隊商の苦労を考えればなんのことはないはずだが、それでも苦労する旅の人もいるらしい。

「それも生産計画の一環ということだろう。全く頼もしい限りじゃないか」

 壁際から声が上がった。

「それで、既存の銃弾を作るとして輸送の他に問題はなにかね」

 別の声が壁際から上がった。

「基本的には製品の仕様上の要件と納入に関する予算と手続きの問題、生産設備の展開と運転です」

「特許については」

「民間で流通している弾丸と同じものを軍が使用しているのであれば、私の工房で作っているものとは根本的に材料製造方法が異なります。特許上仕様上の確認は軍の協力が必要です。いずれにせよ、量産を必要とする弾丸を幾らかとそれを使う銃数丁を試験品としていただいた上で試験をしなくてはなりませんが、現行品に合わせたものを作ること自体は難しくありません。

……法制度上の問題は、申し訳ありませんが、十分な検討を経ていない、責任は取りかねる、ということはご理解いただいた上で、製造そのものは可能であると考えております」

「各地の硝石の流通が鈍っているが、そちらは大丈夫かね」

 委員から質問があった。

「現状、当面は問題ないかと。むしろ鉄石炭の流通が心配です。デカートは十分に後方ですが、更に遠方からの流通の影響を受けないほどには辺境ではありません」

「先のことは先のことだ。空腹なときに食事以外のことを考えるのは難しい」

 壁際から投げ捨てるような意見が聞こえた。

「金額はどのように」

 委員から質問が出た。

「注文量次第としかいえません。現状の銃弾と同じ価格でお受けできれば、先様との衝突も少ないかと。新参が先達よりも苦労が少ないのは一つ事実ですし、価格で絞ってしまうと先様の価格も絞ることを求めがちです」

 自信と受け取った壁際と、無謀無策と受け取った委員の間で温度差があるざわめきが起きた。

「そちらで銃弾の納品を頼むとして、いつから掛かれるね」

「三ヶ月ほど銃弾の仕様上の調査等をおこない試作をします。そのあと三ヶ月ほど生産試験の体制を整えて量産本番というところでしょうか。単に実作業上の話題で云えば夏のうちには銃弾を生産開始できますが、質と数を揃えるのは秋ごろになると思います。

……もちろん法制度上の問題が発生しないという前提のもとでですが」

 仮定の話の請負の気楽さを考えても、なお半年という時間の重さに、あちこちから呻きが上がった。

「だが、秋には部隊に銃弾が回り始めるということなら、話が随分違う」

「月量でどれくらいになるんだ」

 もう何度目かの不正規の発言と質問だが、もはや誰も気にしていないようだった。

「それは、注文次第ですが、あまり多すぎると私どもの手数の問題にもなります。現状の私どもの小銃弾での生産体制を大きく超えることは難しいとしかいえません。輸送の問題が大きく壁になります。日に数万というところかと考えておりますが、それ以上はなんとも。半年のうちにはお答えできますが、今はお答えいたしかねます」

 マジンの言葉に、この場の誰もが無茶を積み重ねての話をしていることを思い出すように様々なため息が漏れた。

「ちなみに、そちらの工房は何人で回されているのですか」

「増えたり減ったりしますが、十五人くらいですか」

 少ない。という驚きの声が上がった。

「今後増やす手はずはあるのかね」

 壁の声が尋ねた。

「もちろん。ただ、田舎ですので食べるにも困らぬように人を増やすのも一苦労で」

 半ば冗談のつもりだったのだが、部屋の多くからは奇妙な同意じみたざわめきがあった。

 ひょろりと壁際から手が伸びた。

「すみませぇん。ロータル鉄工のテコ入れを考えている、という話をちらりと耳に挟んだのですが、本当ですか」

 そう尋ねた声はこれまで聞いたものとは少し違う響きだった。

「そういう方法もあるとは思います。ただ結局、様々に時間がかかるのは間違いないので、検討中というところです」

 市販品のロータル鉄工の銃弾の作り方を見ていると、工員に回転鍛造機や打出し成形機を渡してもそれだけでは足りず、工房に並べているような温度調整坩堝付きの自動秤やら火薬の自動秤やらを必要とするだろう。

 火薬という危険物をまとめて扱いそれを小分けにするという作業を、奴隷という元来適性も教育も志向も不確かな連中にやらせている事自体が誤りで、おそらくは帝国の奴隷と共和国の奴隷は意味も価値も別のものであろうと云うところが、ロータル鉄工の錯誤なのではないか。

 労働力の集約と運用の失敗という問題以前に雷汞の化学的知識が不足したままに、金属薬莢の取り扱いに挑戦しているのではないか、そうも疑われた。

 火薬という危険物を労働集約型産業として生産体制を拡大する、という方針そのものがマジンには理解しがたかった。だが、おそらく目の前の人々にそれを語っても理解は難しいだろう。

 ロータル鉄工の実力では、共和国軍の軍勢が戦争を戦えるだけの銃弾供給は行えない。

 その結論だけはこの室内の人々のすべてが理解しているはずだが、その思考の経緯を臨席の過半が理解できるかは、マジンには疑わしい。

 それが、マジンの見解だった。

「ロータル鉄工のテコ入れはうまくゆきそうですか」

 先ほどと同じ声が尋ねた。

「なんともいえません。とりあえずこれから調査をおこなって、こちらからなにを提案すべきか検討しようと思っています。テコ入れと申しされましたが、なんと言いますか、ご商売の話題をこちらから持ちかけるということなので、先様の都合もありましょうし、今のところはどうなるかはなんともわかりません。こちらも権限があっておこなうことというよりは単なる申し出の範囲で考えております」

 現実、ロータル鉄工の実力は不足しすぎていて、どういう形でテコ入れをしようとうまくゆくとはマジンには考えにくかった。

「ロータル鉄工の収用、あ、いやこの場合は企業買収ですか。そう云ったことはお考えですか」

 同じ声が逃げ道を塞ぐように尋ねた。

「それで対処できるならそれも検討のひとつですが、どういう方法でも一足飛びに大増産という訳にはいかないでしょう。金の卵を生まないからといって雌鶏は雌鶏です。職人としては先達に対する敬意も忘れるわけには参りません」

 マジンの穏健な発言は室内に二つの思惑があることを表すようなさざなみを立てた。

 マジンの発言の方針には選択肢はなかった。

 買収を否定することも肯定することもこの場では出来なかった。とくに、ペラゴのような人物の存在を知ってしまえば、似たような人物の存在は想定されてしかるべきだし、兵站本部ともなればいくらも糸が被さっていることは間違いない。昨日の今日であってもペラゴの動きがわからない以上は、既に買収工作の話が直接間接に漏れていてもおかしくはない。

 こういうときにアルジェンでもアウルムでもいると便利なんだが、とマジンは思った。彼女らの耳はこういう入り組んだ音を正確に濾し分け、どこの誰がなにを言っているかを追い分ける。群衆の中の嘘つきを見つけるのが得意技だった。ヴィンゼの町の寄り合いなどでは助けられることが多かった。

 この委員会の中にロータル鉄工と何らかの繋がりがある者がいるのは間違いないところだろう。彼らの誤謬や誤断は、共和国が盤石であるという過信からのものであるのは間違いないところであった。確信をもって行動しているものは一々動じたりはしない。そういう意味ではペラゴのほうがよほどに真剣であった。

 そのあと、しばらく話の中心はロータル鉄工の経営状態に移り、企業体力としては帳簿上盤石である、という説明がなされゲリエ氏の計画とは別に増産を兵站本部より打診するという内容で議題は締めくくられた。

 招聘に応じてくれてありがとう。参考になりました。という形ばかりの議長の礼を受けて、カディル中尉が案内に現れ、マジンはセントーラとともに退室することになった。

 つまりは、マジンにとっては兵站本部で武器調達に関して何やら興味が有ることはわかったが、それ以上に具体的な何かを得られないまま準備会は終わった。

 カディル中尉に尋ねると今日の審問はおしまいであるということだったが、日程については彼も理解していないという。

 大本営兵站本部にあってさえ、戦争がいよいよ危機的状況にあることを誰もが意識していることは感じられたが、すぐにも具体的な動きがあるという様子ではない。

 マジンはセントーラとともにしばし顔を見合わせてしまった。

 出口で外の光が見えたところで、カディス中尉に案内の例を言って向き直ると、背後から声をかけられた。

 エイディス少佐だった。

 隣にはマイヤール少尉がいた。

「お二人はもうおしまいだろう。食事にご招待しようと思う。付き合ってはもらえないだろうか」

 時計を見れば昼を少し回っていた。

 セントーラも急ぎの用事がないことを確認して、食事の招待を受けることにした。

 二人はどうやら隣室への伝声管で会の内容を聞いていたらしい。偶に漏れる奇妙なざわめきや椅子の音は隣室のものも含まれていたようだった。

「何部屋で聞かれていたんですかね」

「知らない。あの部屋は六つだか八つだかの部屋で聞けるはずだが、今が寒い時期でよかったよ。音が返らないようにするために緞帳を張ったりしているんで、結構暑いんだ」

 エイディス少佐がそう説明した。

 窓の広い妙に明るい部屋だったのを思い出した。

「なんか、司法が容疑者か重要証人の聞き取りをしてるような感じですね」

 マジンとしてはそう言うしかなかった。

「ま、そう思ってた連中もいるんじゃないの。覗き穴から熱心に張り付いている奴らもいたしな」

 マイヤール少尉が頭の後ろに腕を組み伸びをするようにして歩きながら言った。

「それでも私はなかなかに面白い話が聞けたという印象だった」

 エイディス少佐は感想を述べた。

「面白いっつうたら、最初のアレは何だ。書式が武器じゃなくて工具だったから棄却しようと思っていました。ってアレ。思わず吹き出しそうになったよ。デカートじゃあんなんで釘打ったりするのかって。デカートの兵站の連中、その場で棄却しろってんだよ」

「なんだ、マイヤール。襟の線の色が黒じゃなくなったら少しは賢くなったみたいな言いようじゃないか」

 エイディス少佐はマイヤールの言葉に少し歩みを緩めて言った。

「いや、だってさ。アレで本部で棄却して部隊管理で買ったものを前線輜重に乗せてもらうときに、伝票に釘十万本って書いてあると思ったら、笑えね」

「マイヤール少尉。キミは、軍学校でわたしが指導してやった学生とは、別の人物かい」

 エイディス少佐は少しゆっくりと確認するようにマイヤール少尉に尋ねた。

「ああ、いや。はい。いいえ。指導頂きました、マイヤールです。少佐、……殿」

 マイヤール少尉はエイディス少佐の雰囲気に少しうろたえた風で答えた。

「わたしがお前に教えてやったことは多いが、こういうときに幾度か指導したことがあったな。言ってみろ」

「……口を利くなとは命じない。しかし廊下は静かに歩け」

「覚えていれば実践しろ」

 マイヤール少尉はそれ以来黙ってエイディス少佐の脇を歩くようになった。

 セントーラは恐縮したが、急な話にロゼッタを蹴飛ばすような勢いで命じて間に立てた話でもあったし、マイヤール少尉のデカートの軍出張所に対する意見にはマジンも全く同意で、デカートと軍の関係が透けて見えるような気分だった。

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