東演習区域 砲兵演習場 射爆場

 翌日朝早く養育院にエリスを預けて砲兵演習場での試射に向かった。

 軍都からも交通の便がいいとはいえない丘むこうの演習場場内に入ってからは幾度か兵の案内を受けた。

 まだ春になりきれない寒い日の午前中だというのに砲兵用の演習場での試射には多くの幕僚たちが詰めかけていた。

 吐く息と汗の人熱れで幕舎の周りには靄のような白い霞が陽の光で薄っすらと見える。

 せいぜいがワージン将軍の天幕に入れるだけという気分でいたマジンだったから、想像以上の賑わいに困惑していた。同時に奇妙に案内になれた憲兵の動きの丁寧さに納得もいった。

 飾緒をつけたいかにも歴戦の参謀士官たちは千は越えないだろうが、数百という数はいる様子で、そう云う見積もりができるくらいに部隊徽章をつけた騎馬やら馬車やらが馬止に溜まっていた。彼らに付き従っている従兵たちも武張った者たちばかりでなく気安く話をしているような者たちもいるが、例外なく皆身なりが良い。

 見慣れぬ機関車に注目をし、その場の話題に口にものぼらせている様子ではあるが、囃し立てる様子はない。いちいち覗き込んでくる大本営に出入りする者たちよりもよほど抑制的だった。

 車を降りると爆竹のように聞こえてくる小銃の音に、思わず所と時間を間違えたかと思うような賑わいだった。いくつもの幕舎が建てられていて荷を解く前に挨拶巡りが必要かと考えていたところに、ホライン少佐が機関車に気が付き気さくに出迎えてくれた。

 主宰はワージン将軍の師団本部という扱いの様子だったが、様々な師団幕僚或いは本部参謀らしき人々の姿も見え、一種軍人のための社交の場という雰囲気になっていた。

 リザが耳打ちするところによると参謀本部長の副官の一人がいたらしい。

 砲兵用の標的はひどく大きなもので直径が三百キュビットもあり、一リーグも先からでも白く砂と石灰で描かれたまるい印が見えたが、今日はその印の中心に鋼板を人の胴体に見立てた一キュビットの正方形の的と、その上に兜が乗せたものが標的として示された。

 ひどく大きな前装砲むけの標的の上の常識的な大きさの標的は、奇妙なまでに小さく見える。

 もちろん、一般的な小銃の的としては遠すぎる。

 標的は一リーグと半リーグ、ほかに二千と千、五百、三百キュビット、百キュビットあたりに古くなった大砲がやはり兵士の代わりに建てられていた。遠目には砲の尾栓が兜のように見えないでもない。

 試射の場には新型銃が二丁。踏みつけられ叩かれ焼かれ沈められと、およそ野営地で起こりうる思いつく限りの乱暴狼藉を働かれたものと、概ね託したままの状態のものとが並んでいた。

 過酷試験に供されたものは、あちこちに傷は見られ、一部は現場の手作業で修理されたと思しきロウ付けの跡があったが、それでも尚実射の成績は旧式銃よりも上だった。

 小銃の周りや資料を置いた幕営には人だかりができていて、様々に意見がかわされているようだった。

 比較用に旧式銃が何種類かの試射も供されていて百キュビットに挑むものは多いが、三百は外すのを恐れて挑むものは少なく、五百より先は皆無だった。

「だらしねぇよなぁ。こういうお祭りの時じゃなけりゃ落ち着いて千キュビットの的を狙う機会なんかねぇつうのに」

 荷物を下ろしているマジンの背後からマイヤール少尉がそう言って声をかけてきた。

「どれが、俺の銃だい」

 待っているのも我慢できないというようにマイヤールが尋ねた。

「そっちの長いやつです」

「うほっ。なっげぇ箱。マジで大砲みてえ。開けていいかい」

 マジンの言葉にマイヤール少尉は飛び上がらんばかりにはしゃいでいた。

「マイヤール少尉。邪魔しについてきたのでなければ、黙って荷物を将軍の幕舎に運べ。――レゴット曹長、アスクル軍曹、お手伝い差し上げろ」

 ホライン少佐の指示が飛んだ。

 レゴット曹長に弾薬の入った長櫃を預け、アスクル軍曹に機関銃の包みを預けた。

 照準器の入った櫃を車内から取り出して肩に掛ける。

 アスクル軍曹が長く重心の偏った重い包みを兵に預け、兵二人で銃弾の長櫃を抱えたその頃にはマイヤール少尉は軽くもないはずの背丈を少し超える長い箱を抱え機嫌よく先を歩き始めていた。

 長櫃に入った組み立て銃座を含めれば三ストン半にせまる荷物は兵二人ではやや足場が怪しくアスクル軍曹が叱咤するように手伝った。

 手持ち無沙汰になってしまったレゴット曹長に照準器の入った小さくない箱を預ける。

「銃一丁と聞いていましたが、なかなかの大荷物ですね」

 レゴット曹長が荷物を受け取る際に気安く声をかけた。

「一丁、売り物ではないのですが、一応お披露目の機会があるということのようだったので参考品をお持ちしました」

「その話はゴルデベルグ大尉からは聞いていたが、ゲリエ氏の承知されていることではないという話ではなかったので、飛び込みだが、そういうことだ」

 マジンの言葉を受けるようにホライン少佐がレゴット曹長に言った。

 ワージン将軍の幕舎で長銃の説明をする。

 薄く黒錆に覆われた鋼色の箱のなかのラシャとフェルトと南の柔らかい杉材を使った箱の作りの豪華さに幕僚たちの多くは驚いていたが、その中の鈍く青みがかった重たげな色で輝く銃身を外された銃と槍かと思われるような長さの四キュビットの銃身を見て更に呆れ返っていた。

 組み立てると五キュビット半というその長さは狭くもない将軍用の幕舎の中でもひときわの長さで場所をとる。

 さてはと慄いた包みのほうが、長櫃の中に入っていた奇妙にしっかりとした足を組み立ててからは机ほどの高さの小さく細身の鋭い大砲の様になったことに、却って安心したくらいだった。

 この場にいる誰の背丈はもちろん師団砲よりまだ長いかと思われる銃を二脚に起こして、更にラッパにレンズをはめたような龕灯を長くしたような巨大な遠眼鏡を組み付けたときにマイヤール少尉が場をわきまえずに口笛を吹いた。

 誰もが咎めるべきことだったが、まさに相前後して失笑やらため息やらという感情の様々が幕舎の中で漏れこぼれていた。

「どっちが七万五千タレルの銃だね」

 内心を吐き出すように一回鼻で笑ってからワージン将軍が尋ねた。

「こちらの眼鏡付きの銃です」

 マジンが答えるとワージン将軍は頷いた。

「で、そっちの細い大砲のようなものは」

「とりあえずお持ちしましたが、あいにく今日この場でお売りするのは難しいかと」

「とりあえずの値段でいい」

 二つの鋼鉄製品を見比べるようにしながらワージン将軍は圧するように答えを求めた。

「では十五万タレル」

 マジンの言い値を聞いたワージン将軍は少し不思議そうな顔をした。

「売れないという割には手堅そうな数字を言ったな。売れない理由は何かあるのかね」

 ワージン将軍は納得行かない顔で尋ねた。

「弾の手持ちが少ないので、お渡ししても十分に使えないと思います。あとは手持ちの数が十分にない一品物ですので、修理は一から部品を起こすことになります」

 ワージン将軍は少し考える風で改めて尋ねた。

「持ち込んだからには試射するくらいはできるのだろう。弾数は」

「こちらの長い銃と弾薬は共用ですので千発ほどは。今すぐの準備は二百ほどですが」

 少し不思議そうな顔をして思い至った様にワージン将軍は納得した顔になった。

「なるほど。試射をしたらおしまいというわけか。弾薬自体はデカートに戻ればあるのかね」

「ある程度は」

「銃弾の追加を頼むことはできるかね」

「それは、小銃の便に乗せてということですか」

「無論」

「ある程度は」

 そう言うとワージン将軍は満足気に鼻を鳴らして頷いた。

「試射を見せてもらおう。両方共だ。我々には役に立たないとしても、キミの云うところの、この戦争に勝った次の戦争のための銃の威力は、他の師団の幕僚たちの参考には役に立つだろう」

 ワージン将軍はそう言うと、試射の準備をすすめるように指示をした。

 百キュビットの標的に挑んでいる者達の脇で試射の準備が進められるとその動きにつられて人々の列の注目が射場の方に集まってきた。

 見ると腕自慢の下士官らしきものたちが五百キュビットの標的に挑んでいた。偶に鈍い金属の音が遠くからする。

 機関銃を二千キュビットの標的の前に据える指示をリザに任せ、マジンはマイヤール少尉に長銃の使い方の説明を開始する。といっても、基本は照準器の使い方が中心になった。

 マイヤールも銃の重さを五割近くも重たくする遠眼鏡についてはかなり気にしていて、疑念というよりは直感的な緊張と興味を示し真剣に説明を聞いていた。

 マイヤールは眼鏡を覗いて、ひどく明るく鮮明に半リーグ先の標的が見えることに驚いていたが、同時にその視野の狭さについて即座に理解した。

 マイヤールに銃を任せ自分は双眼鏡を覗き、長銃の照準器の調整を始める。

 留め具のネジの締め位置を見ればほぼ均等に締まっていて大きくずれているとも思えないが、長旅で多少狂っているかもしれない。

 そうでなくとも超遠距離射撃は射手の癖が大きくでる。

 様々なマジンの危惧に反し、マイヤール少尉は一発目から弾着を探すまでもなく的に寄せてみせた。

 後ろで遠眼鏡を握っていた幕僚たちからどよめきが上がった。彼らの想定を超えて遥かに早く弾丸が大地をえぐっていた。

 遠すぎて初弾の着弾を見失った者も多かったが、野戦に慣れた兵士や士官たちにとって、銃撃の痕跡を探すことは生死に関わる技能だったから、周囲の幾人かが痕跡に気がつけばなにが起こったかを理解することはそれほど難しいことではなかった。

 マイヤール少尉は普段の雰囲気とは全く異なる没頭した態度で弾着位置からの推定距離と風向をマジンから聞いていた。

 マイヤールは照準器をいじることなく二発目を放った。

 銃弾は兜をかすめ、頬飾りを揺らした。

 平地に設けられた演習場だったから、地形による風は全域でそれほど極端に違いがあるわけではないとは云え、凄まじいと云うべき技量だった。

 幕僚たちは感嘆にどよめいたが、マイヤールの狙いは異なっていた。

 マイヤールの第三射は鉄板に書かれた円の中心を示す十字をかすめて貫いた。

 遅れて届くその響きは標的の遠さと銃弾が二枚の鉄板を叩いた事実を示した。

 マイヤールはようやく照準器をいじり第四射を放つ。打ちぬかれた穴を掠めるようにして新しい穴を開けた銃弾は先程とは違った音を立てたが、誰もがまぐれとはもう思わなかった。

 散発的に聞こえていた試射の音も止んでいた。殆どの幕僚たちが遠眼鏡を手に標的の様子を観察していた。

 遠眼鏡を覗いていた幕僚たちがどよめく中でマイヤールは第五射を放ち標的の上の兜を一撃で吹き飛ばす。

 そこまでやってマイヤール少尉は身を起こした。

 ニヤリとしてマジンを見つめた。

 マイヤール少尉は黙ったまま親指を立てると人差し指で一リーグの標的を指差した。

 マイヤール少尉は今度も三射目で的中を出すと四射目五射目で中心にさらに整えて照準器を調整してから、兜を撃ち飛ばした。

 マイヤールはそのまま銃身を巡らせ二千キュビット先の天を向いている大砲の尾栓の取っ手を一撃で吹き飛ばすと、立ち上がって何者かを探した。

「将軍。これを俺に買ってくれ。こいつがあればあの小うるせぇ鳥を落とせる」

 人の壁の中にワージン将軍を見つけるとマイヤール少尉はそう叫んだ。

「ゲリエさん。あんたウチの師団で俺と組まねえか。人と組んで射的なんて考えたこともなかったが、えらい簡単だ」

 マジンは照準器の設定を書き付けてマイヤールに押し付けた。

「今日の照準器の設定がこれです。天候や気温、距離などでおそらく細かく変わるはずですが、記録すると先々の助けになると思います」

「おっ。すげぇ。助かる。練習するときにつかう」

「鳥を狙うということですが、太陽方向は遠眼鏡を使うのを注意してください。目が焼けます。説明したとおり反射を見られることを防ぐために遮光板と蓋とはついていますが、気をつけてください」

「ん。雀どころか烏が潜り込めそうな眼鏡だもんな。撃つまでは蓋をしとかないと鏡みたいになるってんだな。気をつけるよ。ってかえらく色々考えてるな」

 そんなことをいいながらマイヤール少尉は照準眼鏡を大事そうに箱に収め、長銃を抱えて意気揚々と幕舎に戻っていった。

 隣で説明と準備が終わった機関銃が二千キュビット先の標的に向けて銃身を起こした。

 その音は広々とした射場でもひときわ轟々と響き、弾着は最初如何にも不慣れに宛て外れの方を向いていたが、すぐに糸引くように標的に集まり、肉厚の砲身を丸太のように撃ち削っていった。

 百発も撃ったところで遠眼鏡の中の大砲の砲身には虚が掘られ向こう側への窓が空いたようになっていた。

 遠眼鏡を覗いていない者たちにも尾栓が吹き飛んだ瞬間ははっきりと分かった。

 そこで銃撃は止まった。

 絶叫とも歓声ともつかないものを居並ぶ士官下士官が挙げた。

 そのとなりでは機関小銃の試射が始まった。

 試射に臨んだ幕僚や下士官は撒き散らされた空薬莢の数やその銃弾の破壊力なりに時代の威力を感じていた。

 この十年ほどで火薬の高圧を後方に漏らさないようにするために半ば使い捨ての目止めと計量容器とを兼ねて金属薬莢が使われるようになったが、共和国では生産力の差として弾薬の補給に問題を引き起こしていた。

 金属薬莢式後装銃の普及と弾薬の供給で帝国軍は圧倒的に優位であった。

 銃の歴史は早合バンダリアや計量フラスコの普及後、紙製カートリッジ、パトローネの登場という、装填方式の進歩と普及があった。

 着火方式にもマッチロックからフリントロックにパーカッションキャップロック、一部ではニードルファイア式の雷管利用も進んだ。

 雷汞雷管という火薬の点火のための一つの解に行き着き、銃砲の技術はここ五十年で再び大きく転換している。

 結果として連発式拳銃が大きく普及した。

 だが、皮肉にもより大きな威力と高い精度を求めた小銃の進歩はそれに一歩遅れた。

 銃の威力を高めれば火口からの燃焼ガスの噴流が射手を襲った。

 操作の面倒を知りつつ肩に背負うようにして後端を背に回したり、衝立で射手を守っても火薬の威力の幾割かは火口から逃げていた。

 シリンダー構造の連発銃は何種類かあったが、どれも威力や安全性耐久性の面で結局銃身の長い拳銃の域を出ることは出来なかった。

 そうは云っても簡便さから共和国騎兵はバネとカムでシリンダーギャップを抑えこみ回転弾倉式の騎兵銃として愛用している。

 雷汞を封入した金属薬莢は火口をなくし後方噴流を最小限にする技術として登場した。

 だが、金属加工冶金技術の限界から共和国軍では金属薬莢式への切り替えが却って補給の問題を引き起こし、帝国軍との正面戦闘力の差となっていた。結果、威力連射速度でまさるはずの金属薬莢を諦めたほうが部隊の総合的な戦闘力は高まる有様だった。

 カンカンと鈍い金属音を響かせている五百キュビット先に立てられたの砲身は目立った穴こそ開いていないものの削れているような傷は遠目にも見えていた。

 それより何より五百キュビットで悩むまでもなく当たるという事自体が脅威だった。

 マイヤール少尉の射撃の結果を見たワージン将軍の幕僚は長銃の購入についてとくに反対の意見を述べることはなかった。

 使える。そういう雰囲気はあった。だが、そういう判断とは別に今回は私物として将軍が買うか買わないかという判断を将軍は求めていた。邪魔にならないものなら幕僚にとって意見はなかった。

 問題は機関銃の方だった。

 茂みごと小さな林や家ごと文字通り穴だらけにできる銃は歩兵の戦術にとって大きな転換になる。二千キュビット先の砲身を破壊できるとなれば、射線に飛び出すにはよほどの防備を準備する必要があった。

 もちろん陣容が分かるような敵前で部隊編成をおこなうことなぞできなくなる。

 当面はこちらが一方的に叩けるはずだが、帝国の城塞にわずかに備えられた多銃身銃や斉射銃が持ち出されるとして、それが時間の問題であることを幕僚たちの想像に改めて載せていた。

 塹壕は騎兵の速度を殺し、砲の爆風を避けるためのものだったが、共和国にとってはこれまで優勢な帝国軍の歩兵銃を避ける意味合いもあった。

 さらに今後は機関銃の射線を避け集める意味合いも加わることになる。

 無論、機関小銃も似た効果はあった。だが、威力が全く異なる。機関銃で適切な射線を設定できた場合、文字通り敵兵を鏖殺する鉄風の壁となる。

 弾丸の補給が続く限り。

 銃身がその威力を支えられる限り。

 結局はここにきて後装銃弾と同じ問題があることが一つの問題だった。

「この銃弾は何発買えるのかね。五千発弾丸が手に入るなら欲しい」

「五千発であれば、お届けできます。一万発までは便乗させられ出発までに間に合うかと。それ以上はおそらく無理です」

「薄い髪留めのようなもので弾丸がつながっているようだが、弾丸そのものは長い銃と共通かね」

「狙撃銃とは弾薬は共通です。ベルトリンクは手作業で取り外し出来ます」

「弾薬の値段は」

「千発三千タレル。狙撃銃もお支払いは現金か、将軍名義の小切手でお願い致します」

「幕舎の中にある備品は付けてくれるのだろうね」

「機関銃の脚や照準器という意味であれば、もちろん」

 ワージン将軍はしばし腕を組み、幕舎の中の幕僚たちの表情を眺めニコニコ顔のマイヤール少尉の顔を睨みつけた。

「マイヤール少尉。だらしない顔をするな」

 慌てて気をつけの姿勢に戻るマイヤール少尉を無視するようにリザに目を向けた。

「ゴルデベルグ大尉。全くもって面白くも悩ましい物を紹介してくれた。――輜重。荷物が増えるが運べるか」

「重さはいかほどでありましょうか」

 輜重長からの問いにワージン将軍がマジンに目を向ける。

「機関銃は脚付きで一ストン。銃弾は千発で三ストンです」

 マジンの言葉に輜重長が手元の書類を見て頷いた。

「一万八千発までならいけます」

「長銃、狙撃銃の方はどうだ」

 ワージン将軍が頷いて確認した。

「マイヤール少尉が協力してくれれば、問題ありません」

「全面的にやります。協力します。任せて下さい」

 輜重長の言葉にマイヤール少尉が慌てたように答えた。

「結構。――マイヤール少尉。貴様に私の大事な宝物を預けてやる。金額は隠すまでもないが、われわれ、我が師団、我軍、我が国にとってはこの世にただ一つの、お前の体重より重い金塊や宝石よりも遥かに貴重な品だ。無駄にするなよ。あたら粗末に扱えばお前の皮を剥ぐくらいではすまさん。お前の命でも足りない」

「もちろんであります。閣下」

 マイヤール少尉が敬礼するのを将軍はしばらく見つめて、マジンに目を向けた。

「ゲリエくん。全て言い値で買おう。銃弾は一万発。小銃に便乗させて軍都まで運んでくれ。――会計。私の給与預け分より二十五万五千タレルの支払いをおこなえ。現金でいけるな」

 将軍がそう言うと会計が支払証明と領収書をもってあらわれ、大金貨と金貨で支払いを済ませた。

 支払いを済ませた足元ではマイヤール少尉が名残惜しそうに銃を箱に片付けていた。

 そのまま、野外での立食で懇親会を兼ねた昼食が準備されマジンは様々な挨拶や質問を受けることになったが、百人を超えているだろう人々の名前と顔を覚えるには至らなかった。

 しかしその場での印象では確実に敵の火点や観測点を制圧し得る武器として大砲の砲身に傷を与えられる機関銃や、事実上視界が届く範囲において敵兵を射殺しうる狙撃銃というものの軍事的な需要は高いということは伝わった。

 ともかくもマイヤール少尉には奇妙に懐かれたらしかった。

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