マジン二十七才 2

 マジンがデカートからあまり離れられなかった、というのは各州元首や議員官僚等の各州高級幹部やデカート州元老を頼ってくる各地の重鎮と呼ばれる人々或いは主だった商会の責任ある者達などが、様々に名が売れ始めたローゼンヘン工業を見定めに訪れ始めゲリエ卿との面談を求めたからだった。

 もちろん一々に相手を求められる、というわけではないが、わざわざに来訪が知らされればにっこり笑って挨拶を交わすのは社主としては当然の責任であったし、利害が衝突していない間柄であれば尚更だった。

 会議や作業で直接その場でなくとも、電話が通じるようになったデカート州内であれば、一報さし上げることで面倒がなくなることも多かった。

 いずれにせよ、そういう連絡をシェラルザードがとってくれることは様々に面倒が少なくて助かることだった。

 シェラルザードは最近義眼の落ち着きが良くなったせいか涙や眼ヤニが出るようになるまで瞼の機能が回復してきていた。

 だからどうだという程のことではないわけだが、彼女自身が涙を流せるようになるまで回復した自分自身を喜んでいることは、おいている家の主としてはただ一緒に喜ぶべきことであった。

 そういう彼女が電話口を守ってくれることはローゼンヘン工業の各級幹部にとってもありがたいことだった。

 ともかくも多忙であることはほぼ常に確定的であるセントーラの手前でひとまずまとめた形で預かってくれる人物が出来たことは、電話というときに暴力的な装置を使う上で重要な意味を持っていた。

 彼女の素性について知っている者は社内にはいなかったが、またどこからか社主が拾ってきた人材と云う程度には認識されていた。

 そういう連中が男も女も全くの無能ではない、というのはある程度の会社幹部の認識で、そうであれば電話口の女性が愛人だろうとなんだろうとそれは正直構わないところだった。

 妙にやたらと女子供がローゼンヘン館に増えたことについて下世話な冗談を交わす機会が増えたというだけだった。

 女子供がローゼンヘン館に増えたという噂についてはヴィンゼでも話題になっていた。

 ヴィンゼはローゼンヘン館にかぎらず人頭税はかけていなかったから、セゼンヌもそこはあまりとやかく言わなかったが、住民の管理と州への報告義務があることを改めて告げた。

 マジンとしてはそこでようやくに書式が整って出てきた奴隷の売買契約書と契約解放書を提出したわけだが、合わせて九百三十二人の出生証明と認知証明を出した。

 別に何千人子供を作ろうと個人の自由であるし、財産の分割そのものはある意味で遺言の法廷のもとめる書式に従っていれば、どうとでもなるものでもあるが、一年で九百三十二人の子供を生ませるというのは、開拓農民が多く庶子に関する様々が倫理上緩いヴィンゼでもちょっとした衝撃になった。

 とはいえ、手早く人頭を稼ぐ方法として孕み女を買ってくる、というのは奴隷を買ってくる目利きの中ではよく知られた手でもある。どのみち開拓地の世話は一年二年で軌道に乗るものではありえない。もう少し労働に目を向けた割合を考えるのが常であるが、ローゼンヘン館の主人が常の人とは違うことはヴィンゼでは笑い話のタネだったから、つまりはそういうことだ、ということになる。

 重婚の規定があるのは様々に財産分割上の問題があり、遺言が未確定な場合の庶子についての扱いをどうなすべきか、という倫理を一種跨ぎ越えたところの実務上の問題として扱うことで様々を棚上げにしている結果で、現実として一人ならず妾を抱えた農場の主人というのはヴィンゼでも珍しかないわけだが、こうも豪快に踏み躙られると法律上倫理上の問題というよりは常識の問題になりかねなかった。

 セゼンヌが全く久方ぶりに半日ほども説教をくれても、当の本人はもう起こってしまったことであるので等と素知らぬ顔であったので、どこかの女郎屋でもまとめて身請けしたのかい、と嫌味を言ったところで、まぁそんなところだと軽く返され毒気を抜かれた。

 お家騒動が起きてもあたしらを巻き込まないでおくれよ、と一応嫌味を言ってセゼンヌは重たく厚みのある書類を受け取った。

 鉄道が西に抜けマリンカーからロイターを目指すようになってからはヴィンゼは一回り大きくなっていた。街の西にガラス材料の精錬工場ができたり南側にセメント工場が出来たりと小さくない工場ができたことでヴィンゼの町の人口は一万名をとうに超えていた。

 大方はローゼンヘン工業の社員とその家族だったが、ともかくも町の人口が増えることで新しい商店が増え商売が増え人口は増えていた。それは全くわかりやすい形で街の繁栄を目に見せていて、そのことが人々を立ち寄らせることにもなった。

 ちょっと前なら旅芸人なんぞ呼んでも来ないものだったが、今なら鉄道に乗っていくらでもふらりと現れるものになっていた。

 ヴィンゼの町長であるセゼンヌの立場からすれば、ローゼンヘン館の若主人はくだらない面倒厄介を持ってはくるものの大した人物だということに落ち着く。

 酒場が賑わっていることは面倒が多くとも街にとっては良いことだと云わざるを得なかった。

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