マジン二十六才 1

 結局、ソアリスオーベンタージュは船上の決闘で殺した。

 残ったほうが船にいる全ての者の命と船を含めた船内船上のすべての財産を好きにするという条件だった。

 相変わらずですなぁ。というのが一仕事終えた後のイーゼンの感想だった。

 それで「このあとどうするか」と尋ねれば「仕事があれば助かりますが」というものがイーゼンの応えだった。

 短期間に千幾らかの頭数を拾うことになったが、それはまぁそれとして、手続きと道理の問題の整理が必要あった。

 船がミンスか豚姫号かという問題は、全く問題なくミンスだった。

 乗員たちとノイジドーラも抵抗したが、シェラルザードがともかくも一旦御手に返そうということで納得してくれた。

 問題はノイジドーラと他数名が共和国軍に手配されている件だった。

 普通に考えれば五年か十年かの間の軍役、ということになるはずだが、金額が一万タレルを超えている犯罪者は銃殺の可能性もあった。

 野で出逢えば単なる野党の女頭目ではあるが、使われる気があるということであれば、用人家人であるから、先々のことはそれとして軍事工廠を支える家の者としては、一応身奇麗にする手を打つ必要はあった。

 ノイジドーラ他は奴隷商に適当な名前で売り買いをして、軍には死体を何処かでみつけてもらう。こちらで死体を持って行って報告すれば詐称だが、他人が間違えるのは仕方がない。死体の売り買いも名前の売り買いも奴隷商の得意技だった。

 途中でいくらか手を打ちながら一蓮の船旅をローゼンヘン館へに向けて西に進んだ。

 百人ならどうということもなかった人数も、八百ともなると狭く感じる。殊に、船倉も甲板も石炭袋で一杯にして船を走らせているとなると、食料の置き場にも困る有様だった。

 せめてもの救いは春先の海でも南の海は温かいということだった。

 ここまで船腹を膨らましてしまうと帆走の意味は殆ど無い。むしろ石炭を盛大に焚べても一気に駆け抜けたほうがマシだった。

 帰りは五日で一気にマスケットまで足を伸ばした。

 一応真水は作れる船なのだが、女の匂いに満ちた、と言うか、発情した女の匂いと糞便やら汗やらの香りに満ちた狭苦しい船は男二人にはなかなかに苦しい空間だった。船は自由に湯水がつかえる環境だったから、だいぶ身奇麗になったはずではあるが船の風呂はそれほどに余裕が有るわけでもなく、甲板で潮を浴びての沐浴は却って体臭を際立たせてもいた。女たちは荒淫で汚れたというよりは爛れた状態で、軛がとかれて多少自由になったぐらいでは、体に饐えた匂いが退くわけもない。

 イーゼンがご満悦だったのは最初の二日だけだった。三日目に嵐があって人数が多く幾つかの機械室の隔壁を閉塞していなかったことから漏電し、毒ガス騒ぎが起き、嵐の中、全員を上構上甲板にあげ、修理に対応するという事件があった。

 幸い死亡者は出ず、船の自力航行にも支障はなかったが、電気室の浸水で燃費は大きく落ちることになった。小さいと云うほど小さい船ではないが、大まかに千人載せるような船ではないし、そうであればなおのこと狭苦しく女臭いのが楽しいのは、如何に男の好色が度が過ぎていても、面倒が出るまでだった。

 マスケットで再び石炭を買い増す愚を犯しつつ、スカローで再び石炭を買い二日かけてローゼンヘン館に帰ってきた。

 ローゼンヘン館にセントーラが妹を連れて帰ってきたことは、ちょっとした春の明るい話題だった。

 ところで一方でマジンがまとめて買ってきた女達によってゲリエ村の風紀がほんの半月ばかりの間に著しく悪化していた。色気過剰な淑女たちが言葉が中途半端に通じることで様々な行き違いを生んでいた。

 修道院でも作るか、と言うと笑い話でもなかったが、女郎屋を作るかというと怒鳴りこんでくるという風潮もどうかと思うが、言葉も通じない見栄えよろしく健康で性的な魅力に溢れた年頃の女共というものの、田舎の社会に対する空気の圧力は巨大な暴力であった。ゲリエ村が自分の領地だとしても中で起きることが自分の思うままに起きるわけではなく、責任においてやり直すしかなかった。

 そう云う具合に様々纏めて拐ってきた女たちの扱いに配慮する必要もあった。

 それが女達本人だけのせいでもないというところが全く以って面倒なわけで、更にそこに八百もとなると面倒が三倍以上になる。

 一旦はゲリエ村にそのまま散らすつもりだったが、様々に準備が必要であることがわかると、ともかくローゼンヘン館に収容することにした。

 女達はどの道、身一つだったし、雑魚寝というか、寝れるだけマシという環境で数ヶ月中には数年を耐えた者もいて、館の中を整理しながら自分たちが寝られるだけの空間を作ることには慣れていた。

 ようやくローゼンヘン館はマジンの手に入って以来、初めてすべての部屋が一斉に掃除整理されるという機会に恵まれた。

 館の掃除をさせているうちに、女達の多くが単に容貌や体格だけで繁殖に回されていたわけではなく、相応に知識があり体力があり度胸があるということがわかってきて、そういう女達を一時の勘気で壊れるまで牢につなぐ、ということが許せる帝国貴族の贅沢な感覚に改めて驚きさえ感じていた。

 帝国軍捕虜がデカート全域で労務についていることは既に女達には伝えていたが、女達自身の身分については明かす必要があるかないかはともかく、捕虜との接触は面倒にならないようにある程度に配慮し避ける必要があった。迂闊にゲリエ村に放っていたが、村の中だけの騒ぎで済んでよかったということになる。ローゼンヘン館にいついていたジェーヴィー教授とその研究室の面々は、ローゼンヘン館を女郎屋と変わらない雰囲気に変える女たちが文字通り屋敷いっぱいに住み着いたことで、大いに面食らってもいたが、ジェーヴィー教授が、ローゼンヘン館が誰の家かを思い出すいい機会だ、と日頃の自分を棚に上げるように言ったことで一気に落ち着いた。

 まとめて拾ってきた女達千三十人のうち五百人あまりは軍隊経験者、元帝国軍軍人だった。ノイジドーラとその一党は共和国のならず者だったが、元は三十人ばかりいて残りは城を襲う途中で戦死したり豚小屋で獄死していた。一部はノイジドーラのドサクサで逃げてきたが、幾人かはその騒ぎで死に今回新たに救われたものもいた。

 獄に繋がれた女達は様々な理由で懲罰的に烙印を捺され豚小屋に閉じ込められていた。多くは命令不服従ということだが、いずれにせよ曖昧な罪科で押し込められたことに女たちの多くは戸惑っているままになすすべなく繋がれていた。

 鉄道警備員の女性隊員は希少で、現場幹部候補として働いてくれるなら全く面倒が少なかったがいずれの事だったし、残りの幾百も配置をもいずれ定める必要があった。

 問題は八百名ほどが妊娠をしているということで、とりあえずの出産準備体制も必要だった。

 それにしても女達がこぞって前歯を抜かれているのが気に入らなかった。理由はわかっている。遊び半分の男たちが噛みつかれないようにと、女たちを餓えさせつつ恐怖を与えるためだ。

 工房で手の空いてそうな老人たちに女たちに植える差し歯を作ると言うと面白そうな顔をした。当然にウェッソンとリチャーズにも手伝わせた。工作機械的にも手術道具としても検査機器としても或いは医療薬品としても素材としてもローゼンヘン館には歯科手術をおこなうだけの一通りのものはそろっていて、それを目的に合わせてどういう風に使いやすくするかと云う話は、かなりときめくものだった。

 先にシェラルザードが義眼を入れた。

 切られて焼串で焼かれた目は抜かれていて眼窩は乾いていたが、たるんだ皺は美しい彼女の姉や娘を見れば気の毒だったし、いずれ入れる歯と合わせれば、十と云わずもっと気分も若返るに違いなかった。年の頃を聞けばマジンよりまだ若いという話で、光を失ったことはそれとしても気休めに化粧をするのは悪いことではないし、紛れでもう一度眼が見えるかもしれない。と薦めるとシェラルザードは少し恥ずかしそうに同意した。

 シェラルザードは緑の瞳を選んだ。緑にもいくらか色味があるが上の娘のクァルが艶のある椿の葉のような暗く深い緑色を選んだ。

 セラムの義眼を作った時にくらべ、計算機も道具が揃っていることから製作はそれほど難しくなかった。機能や理由が不確かだが、一度上手くいったことをもう一度試したくて、両眼共あの桃色の結晶をレンズの一部に組み込んだ。

 シェラルザードの義眼は乾いてしまった皮の分、多少大きく窮屈に作った。

 どの道眼の奥が一旦乾いてしまえば違和感圧迫感はあっても痛みにはならない。

 幸いというべきか、彼女のまぶた涙腺はまだ機能していたから、義眼を収めて目を閉じることができた。

 他にも三人片目を失い義眼をしつらえた女達がいた。宝石のようなそれを与えられたことに三人は文字通り目を丸くして自慢気に驚いていた。

 まず百五十人分の歯がローゼンヘン工業医療部の協力と研究で出来上がり、歯科治療の研究実習が連日ローゼンヘン館の工房の一角の治療室でおこなわれるようになった。

 それは床屋の椅子に回転機能や手術台にも似た照明などを備えた、実際に小さな手術台で患者の頭部を固定するクランプや医者の肘や器具を支える工作台にも似た細く自在に動く虫の足のような補助腕などもあった。歯や顎の骨を削る高圧空気の回転ヤスリや破片や地を吸い上げるバキューム装置と指の代わりに皮を支える送風配管や水を流す洗浄配管、焼却殺菌やその場の調整などに便利なガスバーナーなど思いつく限りの状況を組み込んだ歯科手術用の椅子は、医療機器一般が持つ禍々しさと清潔感を備えた機械だった。

 妊娠していない女達から順番に歯を入れてゆく計画は日に三四人づつ手術を推めた。

 ひとつきほど作業をして、ようやく百人の歯をいれたところでシェンツェンガから商談の受付の返事が来た。

 共和国各所から手配を受けている十四名とシェラルザードにその娘達三人を連れてシェンツェンガの店に足を運んだ。あちこちを派手に壊されて、手術を三日に渡っておこなっていたセントーラは陸を延々動かすには当分問題のある状態だったので、代わりに写真と手術に先立ってローゼンヘン館で測った寸法を持っていくことにした。

 久しぶりに訪れたシェンツェンガの店の様子は以前と変わらず繁盛している様子だった。店の主も人生を楽しく過ごしている様子で肌ツヤ良いようで何より、と云うお世辞が云って云われて笑えるくらいの余裕も見える。

「久しぶりだが元気そうで何より。今日は死体が欲しいとか。どういうものがいいのかね」

「女の死体を五十ばかり欲しい。どんな死体がほしいかは一緒に見本を持ってきた。それに合わせてくれると嬉しい」

「別室のアレはそういう話かい。なるほどなるほど。では死体の見本を拝見しようかね」

 そういうと別室に待たせていた女達をシェンツェンガは商談部屋に連れてくるように命じた。

「――服を脱ぎな。あんたら、自分の死体がほしいんだろ」

 そう言って命じるとシェンツェンがは女達の列を巡った。

「――なるほどなるほど。これはアレだね。よく出来た繁殖牝馬共だね。実用品としても上等の部類だ。ま、ガキも混じっちゃいるが、素性は良さそうだ。アレならウチで引き取りたいところだが、名前入りじゃ相手を選ぶ」

 シェンツェンガは匂いや体温を見るように観察しながら言った。

「その件だが、引き取ってもらってウチで買うってのはどうだろう」

「ああ。まぁできなかないね。ウチも不良在庫の扱いに困って腐らしちまった物件は多い。そういうのをまとめて買ってくれるってなら助かる。何体だい」

「使いやすい年頃の女ばかり千百三十」

 シェンツェンガもさすがの数に鼻白んだ。

「ちと多いが、まぁ台帳を探せばそれくらいあるだろう。で、死体の方は」

「揃ったら届けて欲しいところがある」

「もちろんお届けするよ。ただ人類帝国オーベンタージュ伯爵領というわけにはゆかない。さすがに戦争中の他所の国までは届けに上がれないよ」

「流石だな」

「大したこっちゃないよ。で、どこだい」

「泡姫郭って船大工を知っているかい。ちょっと遠くの海の向こうだが」

「知っているよ。ややこしい名前の亜人の国の遊郭だろ。時たま引き合いが来る」

「そこに運んで欲しい」

「見本が五十に足りないようだが」

 シェンツェンガは裸の女達をめぐり、耳や鼻唇、乳房や股ぐらなどを丹念に調べて回った。

「それは同じようなのを適当にでいい。ただ、見本の連中がつけている印をつけて欲しい」

「ん。他に前歯をみんな抜いておくんだね。やっておく。おや。コレはなかなか立派な義眼だね。これほどのものは流石に準備できないよ」

「それはいい」

「五体はそろっていたほうがいいのかね」

「まぁ、あればという程度でいいね。海に流すつもりだから、細かな出来もあまりこだわらない。服は持ってきたのを預けておく」

「あのへんは最近物騒で黒豚だか焼豚だかって海賊が流行っているらしいからね。――なにやってるんだい。見本をお預かりして寸法をさっさと測りな」

 シェンツェンガが部下に指示を飛ばすと女達は服を手に裸のまま隣の部屋に連れてゆかれた。

 ノイジドーラにペルセポネを預け、南洋多島海で豚姫号の船体端材とともに自分達の死体の始末をつけるように命じて、豚姫海賊団の騒ぎに決着をつけさせた。

 長期の航海であちこちにほころびのあるミンスはしばらく整備に時間がかかりそうだった。

 逃げたら許さん。と云うと、御手が殺すのが生かすより得意というのはよく知っています、とノイジドーラはおどけて最敬礼した。

 半年ほどして夏の終わり頃、豚姫海賊団が何者かに撃破されたらしいという噂が流れた。

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