「なれる」

 あ、これ、水に代わるな、と思った。


 ザァザァと音を立てるシャワーヘッドを自分から引き離して数秒後、思った通り湯気を立てていたそれの温度が急激に下がる。

 ユニットバスの底、足元がひどく冷たい。


 小さなアパートで独り暮らしを始めて、三年が過ぎた。

 築二十数年だと入居時に聞いてはいたが、機嫌を損ねたシャワーが不意に水に変わる、というのは誤算だった。夏はまだしも、今のような冬にやられると小さな悲鳴を上げる羽目になる。

 

 ただ住めば都とはよく言ったもので、三年もたつと何となくその感覚がつかめるようになった。

 二つのハンドルの内、青い印のついた方を捻り、一度水を止める。徐々に熱湯へと変わっていくそれのタイミングを見計らってから、再び水を出した。


 ちょうどいい温度になるまで、私はシャワーから出る水の曲線を無表情で見守る。

 この作業に慣れたのは、悪いことではないんだろう。それでも感傷的になってしまうのは、季節の所為だろうか。


 「……寂しい」

 ザァザァと音を立てるバスルームに、言葉は溶けて消えた。


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