微レ存

ポージィ

第1話・ケイトとプロト

彼女はケイトという名で、もうずっと長いこと…それこそ、人間の感覚からすると気の遠くなるような時間、プロトという男の子に夢中であった。


ところが、プロトには「ネウ」という恋人がいて、ケイトの事は眼中には無かった。


ケイトからしてみれば、世界に自分とプロト以外に必要な物は何一つなかったし、ネウという存在は邪魔者以外の何者でも無かったわけだが、プロトの最も近い所にいるネウの存在は、嫌でもケイトの目に映り込んでしまうのであった。


ケイトを更にやきもきさせたのが、ネウが動く事も語る事も無い、云わば「脱け殻」のような存在だったからだ。


いつ、どのような経緯でネウがそんな状態になってしまったのかは不明だ。


ただ、ケイトがプロトの存在を認識した時には既に、彼は物言わぬネウの傍で、彼女の事を見守り続けていたのである。


その時の光景をケイトは今でも覚えている。


透明な、小さな殻の中で手を握り───静かに抱き合うプロトとネウ。


ケイトは二人に見とれていた。

それは彼女が産まれて初めて認識した、この世界の美の姿だったからだろう。


糸の切れた人形のように動かぬネウは、プロトの献身にも応える事はなかった。それでもプロトは、毎日ネウの耳元で愛の言葉を囁き続けたのである。


そんな、見返りの無い愛に身を捧げ続けるプロトに、いつしかケイトは強く惹かれて行った。


(私なら…私だったら、彼の愛に応えてあげられるのに…。)


ところが、ネウの美しい容姿は、彼女との同一化を夢見る俯瞰者ケイトの自尊心を、少しずつ傷付けて行く。


ネウの姿は、ちっぽけでみすぼらしい自分とは随分と違う。ケイトは、ネウを見る度にどんどん惨めな気持ちになっていった。


それでもケイトは、活発にプロトの周りを動き回り、あの手この手で彼の気を引こうとした。だが、プロトは決してネウの元から離れる事はなかった。


そしてネウの存在は、まるでプロトの周りに張り巡らされた見えない壁のように、ケイトがそれ以上プロトに近付く事を躊躇させたのである。


*  *  *


それから一体どれ程の時間が経ったのだろうか?


ケイトの努力も虚しく、プロトが彼女のアプローチに目を向ける事はなかった。プロトの傍にはネウがいて、彼女が居る限り、ケイトは彼に近寄る事は出来なかったのです。


辛い恋の苦しみに心を燃やし尽くされたケイトは、いつしかその哀しみを、誰とも知れぬ存在に、嗚咽と共に吐露するようになっていきました。


「どうして!どうして私の想いは彼に伝わらないの!?」


だけど、その声に応えてくれる人はいません。何故なら、ケイトの認識する世界には、彼女とプロト、そしてネウの3人しか存在しなかったからです。


ところが、そんな彼女の世界にも…たった一人だけ、ケイトの哀しみに気付いている存在がいました。


神様です。


神様は、ケイトの悲痛な叫びの一部始終を聞いていました。


そして、嘆き苦しむケイトを哀れんだ神様は、いよいよ彼女に声をかけたのです。


「ケイト…ケイト…聞こえますか?」


「誰…私を呼ぶのは誰?」


「私は神───この世界の創造主。プロトに対する貴女の強い想いに、声をかけずにはいられなくなったのです。」


神様は厳かな声でケイトに語りかけました。


恋の苦しみに喘ぐケイトは、たまらず神様に救いを求めました。


「あぁ神様!私をお救いください!私はもうずっと、何もないこの世界で、プロトの事だけを想いながら生き続けてきました。それなのに、彼は私の愛に応えてはくれません。彼は私を…死者同然のネウ以外の存在を、決して求めてはくれないのです。あぁ神様、どうか私をこの苦しみからお救いください!彼が私に振り向いてくれるよう、願いをお聞き届け下さい!」


ケイトは必死に、その想いを神様に訴えました。


神様はケイトの話を聞いたあと、彼女を諭すように、次の事を話し始めました。


「聞きなさい、ケイト。貴女の想いがプロトに伝わらないのは、貴女の魂が、前世に於いて罪を犯したからなのです。」


神様は、恋に燃えるケイトの魂が救われないのには、その魂に原因があると話しました。


「前世の貴女は、多くの男性を虜にした美しい女性でした。しかし彼女は、その美しさに傲慢し、真実の愛を以て貴女に尽くそうとした多くの男達を裏切り、彼等の魂を次々と地獄の底へと堕としめてしまったのです。堕としめられた男達の怨念が、貴女の魂の原罪となりました。罪を背負った貴女の魂は罰を受け、貴女の想いは永遠にプロトに伝わる事はありません。」


残酷な神様の告白に、ケイトの心はますます哀しみに傷付いてしまいました。


「そんな…!私の想いは、これからも報われる事はないのですか!?あぁ苦しい…苦しいわ!もうずっと、私の心は焼けるような想いに苛まれ続けているのです。前世の事を私は覚えていません…それなのに、私はこれからもずっと、その罰で苦しみ続けなくてはならないのですか!?」


ケイトの訴えを聞いた神様は、少しの間…黙って考えを巡らせました。


(確かに、これではあまりに救いがないですね…。)


彼女の魂が背負った罰を取り除く事は、自らが創り上げた宇宙の理に背く事…。


しかし、永遠の時を生きるケイトから産み出されるその哀しみは、やがてこの宇宙全体を充たして行くことだろう。


そうなれば、この世は悦びのない、哀しいだけの世界になってしまうかもしれない…。


そう考えた神様は、ケイトにあるキッカケを与えることにしました。


「ケイト…貴女の魂が背負った原罪は、今も無かった事には出来ません。ですが、今の貴女は前世とは違います。ですから、貴女はその魂の在り方を、自らの力で変えていく事は出来る筈なのです。」


神様の説教に、ケイトはすんすんと頷く。


「今はまだ解らないかも知れませんが…魂の在り方が変われば、今貴女が感じているその苦しみも、いずれは悦びに変わる事でしょう。」


「私の想いが、プロトに届くのですか?」


「それは判りません。ただ、そうなる為のキッカケを私は貴女に与えてあげましょう。さぁ、ケイト。こちらを視なさい───」


声に導かれ、ケイトは後ろを振り返った。


そこには眩い輝きがあり、ケイトはその光が、声の主───神様だと認識したのです。


「これは…あぁ!眩しい!」


彼女はこの時初めて「光」という物を知りました。そして同時に、産まれて初めてプロト以外の物を目にしたのでした。


「キッカケは与えました───ケイト、外に目を向けなさい。それが、貴女の魂の在り方を変える事になるでしょう。大いなる意思の下、貴女が「何」になるかは、これからの貴女の行い次第。さぁ行きなさい。貴女の往くその道の先に、善き未来がある事を祈っています。」


そうして、目に突き刺さるような眩い光と共に、神様はケイトの前から姿を消しました。


しばらくして、辺りを見渡したケイトの目には、今まで見なかったような、素晴らしい世界が広がっていたのです。

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