第十九話 「グループC!! 」

■■■自殺ランブルのルールその19■■■


 気を失っても、例外的に敗退しない場合もある。




■ ■ ■ ■ ■ ■




 ちょっと退屈な映画を観ているうちにウトウトしちゃって、気がついた時にはもうクライマックスを乗り越え……主人公とヒロインは熱い抱擁を交わしている……





 エンディングまでの顛末(てんまつ)をバッサリと削り取られ、容赦なく結果だけが残る……家族旅行の日に自分だけ風邪をひいてしまい、留守番をして取り残されたような寂しさ……





 わたしは生きていた頃、よくそんな経験をしていた。





 そして今。同じような体験を、この自殺遊園地(スーサイドパーク)で味わっている……





「お前は……やっぱりあの女……本草 凛花(ほんぞう りんか)と同じだ! この戦いを楽しんでいるんだろ!? 」





 水の中をたゆたうような意識の中で、誰かが怒鳴って責めているような声が聞こえた……この声は多分、瀬根川(せねがわ)さんだろうな……なんでそんなに怒ってるんだろう? 





「よせ! さっきのは仕方がなかっただろうがよ!! もう責めるんじゃねぇよ! ブン殴るぞ! 」





 この声は須藤(すどう)さん……また瀬根川さんと喧嘩してるんだ……2人とももっと仲良く出来ないのかな? 





「大沢ちゃん! 大沢ちゃん! 大丈夫? 」


「大沢ちゃあん……しっかりしてくれよぉ……」





 む……誰かが私をわたしを呼んでいるな……というよりも、わたしは今、正座の体勢で誰かに後ろから抱きつかれているコトに気がついた。





 背中に感じる二つの温かくて柔らかい感触と、いつまでもかいでいたくなるような甘くて清潔感のある香り……となると……雪乃(ゆきの)さんが私の身体を支えていてくれてるんだな……





 肌がキレイで、脚がスラッとしてて……おっぱいだって大きいし……わたしも雪乃さんみたいな美人に生まれてたら、練(れん)さんみたいな素敵な彼氏ができたりしてて……この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に巻き込まれることもなかったのかなぁ……





 でも……そんな理想の女性を絵に描いたような雪乃さんでさえ……自殺しちゃって自殺遊園地(ここ)にいるんだよな……一体生きてる時に何があったんだろう? 練(れん)さんだって俳優みたいにカッコいいのに……





 意識がだんだんとハッキリと戻り、半開きだった瞼(まぶた)をがんばって開けてみた。





 わたしの顔を心配そうにのぞき込む練さんの顔……にらみ合って口論している須藤さんと瀬根川さん……そして刀を持って虚ろな目で立ち尽くしている舞台くんが視界に入った……走栄(そうえい)さんは慰めるようにして舞台くんの肩に手を置いている……





 一体何が起きたんだろう……? わたしの意識が飛んでしまった後に、何があったのかな? いや、待って……そもそもわたし、なんで気を失ったんだろ? 確か……そうだ。





「あの……」





 わたしがぎこちなく口を動かして声を発すると、周りにいた"強奪チーム"の仲間たちが一斉に振り向いた。全員ちょっと鬼気迫った表情だったので少し怖かったけど、言葉を続けることにした。





「来徒(らいと)さん……は、どこにいるんですか? 」





 わたしはごくごく素朴な疑問を投げかけたつもりだった。でも、突然みんなはよそよそしくなってしまい、誰も答えようとしない……





 まさか……と思った……"この場所で"突然姿を消してしまうというコトは……つまり……





「大沢さん……来徒さんは死に残るコトをやめて、自分からリタイアしたんだ……残念だけど、もうここにはいないよ……」





 走栄さんが、わたしの目の前でしゃがんで視線を合わせ、ゆったりとした口調で質問に答えてくれた。





 なるほど……そういうことだったんだな。




「そっか……でも、自分の意思で生きることを決めたってことですもんね……良かったです……ホントに……」





 わたしがそう答えると、チーム内にホッとした空気が出来上がっていたことが露骨に分かった。





 ここにいるみんなは……本当に優しい人ばかりなんだな……





 わかってる……それぐらいは頭の悪い自分でもわかるよ……





 わたしがヘマしたせいで……来徒さんを倒さなければならなくなったコトくらい……









 ■■■第十九話 「グループC!! 」■■■





「反州 来徒(はんす らいと)に気を取られて気が付かなかったけどよ……みんなちょっと周りを見てくれ」





 大沢さんが無事だと分かってチーム内の空気が若干和らぐと、須藤さんはボクたちに置かれた状況に異常な"変化"が起こっているコトに気が付き、それを教えてくれた。





「……マジかよ……嘘だろ? 」


「私(ゆきの)達……迷路みたいな場所にいたはずだよね……? 」


「うん……おかしいな……いつ間におれ達……こんな場所に? 」





 不思議なことだらけの自殺遊園地だけど……まさかここまで奇妙なコトまで起こり得るだなんて……





 ボクたちはさっきまで真っ直ぐ続いた地下通路の道中にいたはずなのに、いつの間にか全く別の空間に立たされていたのだ……! 





 この空間は真上から見るとちょうど六角形に見える間取りになっていて、広さはコンビニの店内ほど。殺風景なコンクリートの壁と床は変わらないままだったけど、出入口が取り付けられている。





 どういうことなのかは分からないけど、これは多分れ~みんマウスによる仕業なのだろう。ボクたちの目論見を察知して、何らかの能力(ちから)を働かせたに違いない。





「【中央管理局】に戻る道を探すか……」





 そして瀬根川の案で、ボク達強奪チームは3組に別れてそれぞれ3つの通路を探索することになった。





 雪乃さんと練さんは当然の流れとして2人組となり、「それじゃあ舞台、一緒に行こうぜ」と、須藤さんがボクと組もうとしてくれたけど……「お前らを2人にさせたくない」と、瀬根川に反対されてしまった。





 瀬根川はボクと須藤さんが組めば、謀反(むほん)を起こされるかもしれない……と思っていたのだろうか? 結局、須藤さんは瀬根川と……そして半ば強制的に大沢さんも加えて三人組となった。





 よって、余った走栄さんとボクがペアを組むことになり、グループ分けが決まった……





■グループA

 ・墨谷 練(すみたに れん)

 ・雪乃 哀(ゆきの あい)


■グループB

 ・瀬根川 刃(せねがわ じん)

 ・須藤 大葉(すどう おおば)

 ・大沢(おおさわ)


■グループC

 ・清水 舞台(きよみず ぶたい)

 ・車 走栄(くるま そうえい)





「舞台くん、あまり気にしちゃ駄目だ」





 走栄さんはボクにだけ聞こえるように耳打ちして、励ましてくれた……"先ほどの事件"を引きずっているボクに対して、恐れることなく接してくれている彼の存在はひたすらありがたかった。





「それじゃあ皆、俺が作った武器を一本ずつ持って行け」





 瀬根川は再び人数分の刀や剣を作りだし、地面に突き刺した。それぞれが自由に選び、武器を手に取って感触を確かめる……さっきまではボクは日本刀を選んで使っていたけど、それを使う気にはならず、刃渡り20cmほどのコンバットナイフを選択した。





「全員持ったな? 三方に別れた後、各チーム【中央管理局】や、れ~みんマウス。もしくはこの地下通路の出口を見つけたヤツは、すぐにその武器を持って「集合(ロール・アップ)」と叫び、遠くに投げつけるんだ」





「OK! でも、そうするとどうなるの? 」





「"裏技"が発動する。俺もコレを偶然発見した時は自分の能力で大怪我しちまった……注意しろよ」





■■■自殺ランブルの能力紹介16■■■


【裏技名】運命の剣刃の女神 (ザ・ブレードフェイト)

【能力者】瀬根川 刃(せねがわ じん)[28歳]

【概要】

 刃をとれ(テイク・ア・ナイフエッジ)に隠された裏技。作り出した武器の一つを手に取り「集合(ロール・アップ)」のかけ声を発することで発動出来る。

 声を発した者の武器に向かって、他に作り出した武器が一斉に集合してぶつかり合い、弾けて爆散する。これは能力者本人でなくても使用することが出来る。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





「自分が持っている武器が勝手に飛んでいったら、まずはこの六角形の部屋に集合しろ。"裏技"を使ったヤツも危険な状況であればスグにこの部屋に戻れ。全員集合してから行動に移すんだ」





 携帯電話はおろか、時計すら無いこの状況では、この瀬根川の能力を使った通信手段は有効に思えた。ただ、それを知らせてくれるのが高速で飛行する鋭利な刃というのが少し恐ろしいけど……





「よし、それじゃあ各自捜索に移ってくれ。他の参戦者とはち合わせるかもしれんから、その時は"気をつけろ"よ」





 そしていよいよ、瀬根川の号令によってボク達はそれぞれ別々の通路へと足を踏み入れる。





 散り際に、須藤さんがボクに向かって拳を突き立てて鼓舞してくれた。ボクもそれに習って拳を返すも、こっちを見ようともしない大沢さんの姿も目に入り、心が痛んでしまう……もしかしたら彼女は、"あの時"の一部始終を、モンスターに変身した状態で見ていたのかもしれない……





「行こうか、舞台くん」


「は、はい! 」





 走栄さんと共に、ボク達"グループC"も通路を警戒しながら歩き進んだ。わずかな照明だけが光源の通路は、濃い陰を作り出して10m先の状況が見えないほどに暗かった。





 カツカツ……とボク達は無言で歩き続け、10分くらい経った頃だろうか? 気まずい雰囲気に気持ちが焦ってきた頃、走栄さんが突然「なあ、舞台くん……」と沈黙を破って話しかけてきた。





「なんでしょうか? 」





 走栄さんとはあまり会話する機会が無かったボクは、必要以上に緊張してちょっと裏返った声で返答してしまった。





「さっきは……ゴタゴタしていて言うタイミングを見つけられなかったんだけどね……」





「はい……」





「ありがとう。君のおかげで僕は、まだ"ここにいる"ことができた」





 走栄さんがアゴ髭を撫でながら言ったその言葉は、落ち込んでいたボクの涙腺を強く刺激した……





「あの時、君が真っ先に動いていなければ……もしかしたら全滅していたかもしれない……」





 "あの時"……来徒さんが大沢さんを飢獣(モンスター)のように変えてしまった……あの瞬間……





「舞台君………あれは事故だ。来徒さんが大沢ちゃんを飢獣(モンスター)に変えてしまったのも、偶然そうなってしまったんだ……彼も、自分自身の能力を全て把握してなかった」





「……でも……他にやり方はあったハズです……大沢さんも、来徒さんも無事でいられる方法が……」





「そうかもしれない……でもあの時は"ああするしか"なかった……本当なら僕や瀬根川さんがやるべきだったんだ……でも、来徒さんが『今すぐ自分を倒してくれ! 』と叫んだ時に、情けないことに身体が咄嗟(とっさ)に反応できなかった……」





「でも……」





「いいんだ……もうこの話はやめよう。すまなかった……ただ、お礼を言いたかったんだ」





「……走栄さん……あの時……ボクは……」





 嗚咽混じりに喋っているボクの肩に、走栄さんは無言でそっと腕を回してくれた……もうそれ以上は言わなくていい……そんな心の声が伝わってなおさら申し訳ない気持ちでいっぱいになった……





 瀬根川の言うとおり、ボクは本草 凛花(ほんぞう りんか)と同じように……暴力行為を楽しんでいたのかもしれない。





 ボクはあの時、無我夢中で来徒さんの首にめがけて日本刀を振り回し……





 彼の頭を斬り落としてしまっていた……





 今まで【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】で脱落させた時とは違い、その生々しい感触はいつまでも手に残り、心を濁らせた。





 無抵抗の相手を傷つけるコトが、どれほどまでに残酷なのかは、ボク自身が一番知っているハズなのに……もっと、他にやり方があったハズなのに……





 来徒さんの頭がずり落ちて地面に叩きつけられ、振り返った視界に入った仲間の顔は……明らかにボクの行動を"恐れる"目をしていた。





 ああ……ボクの居場所は、もうないんだな……そう思ってしまったけど、須藤さんや走栄さんはこうしてボクに気を使って接してくれている……





 ここにいるみんなは……本当に優しい人ばかりなんだな……





 多分、強奪チームのみんなは、そんな優しさ故に自ら命を絶ってしまったんだろう……練さんも、雪乃さんも、大沢さんも……瀬根川だって……





「一緒に頑張ろうな、舞台くん」


「……はい」





 その後は歩きながら、走栄さんが自分自身のコトを語ってボクの気を紛らわせてくれた……





 元々広告代理店の営業マンで、劣悪な労働環境で働かされていたことや、そのせいで長年付き合っていた彼女と破局してしまったこととか……走栄さんも同じく、苦しい人生を強いられていたことが分かると、同情と親近感を抱いた。そうだ、苦しいのはボクだけじゃない……





 そして、走栄さんはボクに言ってくれた。





 この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に巻き込まれて、ボク達と出会って一緒に過ごした時間は、子供の頃に戻った時のように楽しく感じている。って……ボクもそう言われた時は、ちょっと嬉しかった。





 普通に生活していたら絶対に関わり合うことの無いボクらが、今同じ目標に向かって力を合わせて戦っている……そんな機会を作り上げた、この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】にほんのちょっぴり感謝の念を抱いた。





「舞台くん! 」





 ようやく心が落ち着いてきたその時、突然走栄さんが鬼気迫った声でボクに耳打ちした。





「なんですか? 」と、ボクも押し殺した声で返答する。





「さっきから、背後に気配を感じるんだ……」





「本当ですか? 」





 走栄さんに言われて初めて気が付いた。確かに背中越しに、誰かの足音が聞こえる。そしてその音が、徐々にこっちに近づいて来ている!? 

まさか……





「れ~みんマウス……? 」





「かもしれないな……」





 ボク達はそのまま足音に気が付いていないフリをしながら相談し、お互いに3つ数えた後に振り返り、先手を打つコトに決めた。瀬根川から受け取ったナイフの存在を確かめるように握りしめ、その時を待った。





『3……』





 足音はどんどん近づいて来る……





『2』





 相手の距離は多分、8mくらい……





『1』





 5m……! 





 ボク達はバッと同時に振り返り、追跡者に先制攻撃を与えようとした! 





「なッ!! 」「えッ!? 」





 でもその姿を見たボク達は、思わず驚きの声を上げてしまった……





 予想に反し、そこにいたのはなんと…… 





■■【現在の死に残り人数 14人】■■





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