カレヴァの王国
‐1‐
カレヴァ王国は、首都イルマタルに女王を置き、争いのない、平和な王国として発展していた。
だが、それもうわべだけの話である。
シグリと呼ばれる暗殺部隊がイルマタルに巣食い、「平和な王国」にとって都合の悪い存在を密やかに消していた。
その中のひとり――イリスは不気味な鳥の面をかぶり、黒ずくめの意匠の服を身につけていた。
美しい白い髪も黒いフードで覆われ、今は見ることはできない。
「イリス。首尾はどうだった」
「いつも通りですよ、部隊長」
「そうか。さすが、“天使様”だな」
「その呼び方はあまり好きではありませんが、対象はそれなりにいい顔をしていました」
カレヴァ王国では、白髪に碧眼のものは、神の御使いと呼ばれ、尊ばれている。
実際、女王はイリスと同じ、白髪に碧眼を持っていた。
広く暗い地下室のひとつに、シグリの本部がある。
そこへ行きつくためには、迷路のようにうねっている通路を正確に通らねばならない。
一度でも通る道を間違えれば、一生たどり着けないほどの徹底ぶりだった。
「それで次の標的だが、まだ指令はおりてきてない。ここのところ、お前は働きづめだ。すこし、羽を伸ばしてきたらいい。無論、分かっているとは思うが、このイルマタルには滞在するな」
「了解」
首都、イルマタルに長く滞在すれば、身元が明らかになり、シグリが国民に知れわたることになってしまう。
それだけは避けねばならない。
そのため、シグリの隊員たちはみな、バラバラに暮らしている。
顔なじみのものもいるが、ほとんどが顔をしらないのはそのせいか。
イリスは部隊長に背を向け、腰に差した鍔のない刀の柄を握った。
イリスが手にかけた少女――イルマタルから西に行ったところの領主の娘。
あの領の名は、なんだっただろうか。忘れてしまった。
領主はひどく身勝手な人間で、あのあたりの村から多額の税をむしり取るだけむしり取って、自分の懐に入れてしまう、愚かな男だった。
そしてその男の娘も、自分のドレスや、アクセサリーなどに使いこんでいた。
再三、イルマタルから忠告を受けたというのに、まったく良い方向に向かわなかったため、女王はシグリに命じた。
「領主とその娘を殺害せよ」
と。
その一切を、イリスは引き受けた。
領主の城は兵士などほとんどいなかったため、任務を実行するのは楽だった。
イルマタルの大通りに出る。
ここはいつも大勢の人間がおり、買い物を楽しんでいた。
繊細なレースがこの辺りでは有名なためか、女性客がおおい。
紅茶で染めたものや、ハーブで染めたもの。
さまざまな色をしたレース、綿から紡いだ刺繍糸で編んだもの、そういたものが沢山の店に陳列されている。
ふっとイリスの横をとおった、まばゆい銀色の髪の毛をきつく後ろで結った女は、素早くイリスへ紙きれを渡した。
彼はわずかに眉根を寄せ、その紙を上着の袖に隠す。
「……ちっ」
誰にも聞こえない程度の舌打ちをして、人ごみにまぎれたイリスは、イルマタルから出ようとした足を、無理に力を入れ、首都の中央――女王ハルユ・イレ・カレヴァが居城とする場所へむかった。
城へと進むにつれ、人が少なくなっていく。
それはそうだろう。警備兵が多いため、好んで人が近づくことはない。
だが、警備兵はまるでそこに誰もいないかのように、イリスに見向きもしなかった。
それは外見が天の御使いであるにも関わらず、暗殺部隊に所属していると知っているからだ。
警備兵たちは、決してそのことを他言しない。
それは女王ハルユの命であるからだった。それだけではない。その外見と
城壁は白く、あのキエロの花を思い出す。
毒のある花、キエロ。
まさに、あの女王にふさわしい。
城の前には、道すがらに会った警備兵とは明らかに雰囲気のちがう男が立っていた。
ハルユの弟――イェルド・イレ・カレヴァ。
盲目であるにもかかわらず、騎士団団長であるその男は、イリスが苦手とする存在だった。
他の警備兵とは違い、自らを
それが彼自身の強みだといえようか。
「イリス。来ましたか」
「……何の用だ。俺はこれから休暇なんだが」
「それは悪いことをしました。女王直々の願いです。大目に見てください」
「胡散臭いこと言うなよな」
イェルドは目に面をつけているため、目の表情をうかがい知ることはできない。
口もとは見えるのだが、それはいくらでもごまかしがきく。
「どうぞ。女王がお待ちです」
鉄の城門が開き、イリスは重い足取りで城内へ向かった。
後ろでがしゃん、と音がする。
城門が閉じたのだろう。
どうでもいいが、あまりいい気分ではない。閉塞感があるからだろうか。
城内に人はいない。
いつものことだが、近衛兵か騎士団員の一人や二人、城門の近くにも配置するべきだと思うのだが。
なにせここは「平和な国」だ。
あまり必要がないのかもしれない。
イルマタルにはあまり、好戦的な人間はいない。みな、おだやかだ。
そのための犠牲があるとも知らずに。
「イリス。久しぶりね」
イリスが向かったのは、謁見室ではなく、ちいさな
うす暗いが、ステンドグラスからはわずかな光が静謐な礼拝堂にふり注いでいる。
「俺はあまり、会いたくなかったが」
イリスと同じ、白い美しい髪に碧眼の目の色。
白い、引きずる程までの長さのドレスに、腰に黒い飾り布を垂らしている。
彼女こそが、カレヴァ王国の女王であった。
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