けものハンターズ コツメカワウソ編

攻撃色@S二十三号

第1話

1-1

秋晴れの空に、ゆっくりと茜色の夕暮れが忍び寄る。空に溶けた海の色も、暗くなる。

そんな、午後三時の東京湾の海辺。

ビッグサイトが見える埠頭の公園には、ヒトの姿は無い。

やわらかな風の中を…独特の音を立て、釣り竿からラインが海へと走ってゆく。

その公園の釣り場に、ぽつんと釣り人の影。一人だけ。

「……。少し前は、いっぱい釣りするヒトがいたのに。…さみしいなあ」

なれた手つきでシマノのゲームロッドを操り、リールを巻くその少女は…

男性用の釣り服の丈をつめて着た、フレンズの少女だった。

黒から白へと流れるショートの髪、小さめの可愛い耳。太ましい黒灰色のしっぽ。

コツメカワウソは、フッと停めたロッドにアワセを入れると。釣り竿が弓なりに曲がり、

リールのドラグが心地よい悲鳴を上げる。かかった。

「よし。…ねーえ、ヒョーウ! これ、タモですくってー! 抜くの、むりー!」

コツメカワウソの歓声に。…少し離れた場所でしゃがみこんでいた別のフレンズ、

ヤッケの前ポケットに両手を突っ込んでいた大型ネコのフレンズが歩いてくる。

「…なんであんたばっかり釣れるん? うちボウズやのに… やっぱ、釣りはクソ」





1-2

ぶつくさ言っていたヒョウが、それでも海面で暴れる大きな根魚の姿に目を輝かせ、

伸ばしたタモ網で暴れる魚をすくう。

「ヒョウ、ナイス! これでツ抜けだよ、たのしーでしょ?」

「…そりゃ、全部アンタが釣ってるんやからねー」

釣り上げたカサゴをクーラーボックスに入れたとき、だった。

…!! と。二人のフレンズの耳と目が、鋭くなった。

「……至急、避難してください。繰り返します… 新木場周辺にセルリアンが出現…」

公園と、近くにある駅から警報が――セルリアン出現警報のサイレンとアナウンスが

この釣り場まで響いてきていた。…ここからは少し距離はあるが、同じ海辺だ。

「…コツメ、どうするん。シカトしてもええけど、ポリに見つかるとうるさいでえ」

「…うん。もう納竿しよっか。これだけ釣れたら、お使いには十分だし」

二人のフレンズは、鋭さを飲み込んだ目と口調で言い、そそくさと片付けを始める。

…東京や地方都市にまで謎の怪物、セルリアンが出現するようになって1年ほど。

…セルリアン対策も行われているとは言え、その出現には歯止めがかからず、そして

犠牲者の数も、交通事故のそれより多い日も珍しくない…毎日。





1-3

納竿し、バッグとクーラーボックスを担いだ二人のフレンズは海辺を離れる。

ヒト気のない道をゆりかもめの駅に向かって歩くコツメとヒョウは、

「芝浦で降りたら、さかな、わけっこしよっか」

「…うん。コツメあんた、本当に1匹だけでええのん?」

「うん! 残りは、来るとき話したみたいにね、えーっと」

コツメは、小さな手指で数を確かめながら、陰の欠片もない笑顔で言う。

「2匹は、ジャガーのところに持っていってあげてね。約束だから」

「おっけー。残り7匹、ゴチになるで。白黒鶏飯で売ってきて、ええんやな?」

クーラーボックスを持っていたヒョウが、コツメを拝むようにして、

「…助かるわ。無職のうちにはありがたすぎる現金収入や。恩に着るでー」

「…ううん! 今日は一緒に釣りしてくれてありがと! たのしかったよー!」

「いい子やねえ。…あんた、その一匹…職場のホームで、使うん?」

「うん。この道具とかくれたおじいちゃんたちにね、食べさせてあげるんだー」

屈託と言うものがない、コツメカワウソの笑み。彼女の職場は介護施設、だった。

同じ下宿住まいのヒョウは、肩をすくめ、歩幅を合わせてその隣を歩いていった……





2-1

介護老人福祉施設「ともだち苑 三田」。フレンズ、コツメカワウソの勤務先である。

その、いわゆる老人ホームで在留フレンズ介護職員研修として働いているフレンズは

コツメの他にも数名、いる。

その日は遅番だったコツメは、青海の釣り場から直接職場に入り、仕事についていた。

「…みんなー。笑点はじまっちゃうよー。時代劇のビデオがいい人は、こっちねー」

白衣に着替えたコツメは、にこやかな笑顔で入園者の老人たちに呼びかける。

ホームの窓から見える夜景は、東京湾の夜景だ。

昔はここから、きらびやかなレインボーブリッジが見えたものだが…セルリアン対策で

節電節エネルギーが徹底されている今は、遠い星空のような瞬きだけが宙に並ぶ。

東京、いや、世界中の都市から輝きが消えて…1年ちかくになる。

たしかにセルリアンの出現は抑えられていると研究者は言う。だが、その数はゼロでは

なく、東京でも毎日のように大小のセルリアン騒ぎが起き、犠牲者が出ていた。

…閉塞感、終わらない不景気、背後の絶望。その中で生きねばならない人類。

…だが。人類には、フレンズが…いた。

「あー。敏おじいちゃん、おトイレはあっち。いくよー」





2-2

セルリアンが最初に出現し、人々、そして高電圧電線や車両を襲い飲み込みだした時。

人類は為す術が、無かった。人類文明が手にした武器、銃器や爆撃ではセルリアンを

倒すどころか増幅させてしまい、そればかりかその力を「学習」され…

米軍が行った核攻撃でさせも、セルリアンの群生を滅ぼすことは出来ず、破滅的な力の

光型セルリアンを生み出してしまうだけに終わった時…人類は絶滅の淵に立たされていた。

…だが。

セルリアンより先に地上にいた「フレンズ」が、ヒトの武器となってくれた。

銃火器が通用しないセルリアンを倒す力と知恵を持つ、人類の友。フレンズたち。

ヒトと彼女たちは協力してセルリアンを倒し、その災禍が広がらないよう研究を続け、

ぎりぎりのところで文明を維持することに成功していた。

だが、それも無条件にヒトを好いてくれるフレンズの存在に頼り切っての、平和だった。

セルリアンと戦う力を持つフレンズは、各国、各勢力で奪い合いとなり…

そして彼女たちは、過酷なセルリアンとの戦いでその数を減らしつつ、あった。

…そして。戦う力を持たないフレンズたちは…

コツメのように、ヒトと同じ暮らしを日々、続けていた。





2-3

「…あははは! 山田くん怒られちゃった! 笑点おもしろいね!」

広間に置かれたテレビを見、笑っているのはコツメカワウソだけだった。

ほかの入園者たちは…自分で椅子に座っている者も、車椅子の上で微動だにできない

者も、モニターの画面を力ない瞳に映すだけ…だった。

だが。コツメはそんな老人たちのあいだを忙しそうに動き回り、その手を握ったり、

肩を抱いてテレビを指差し、話しかけ…笑顔で動き続ける。

「これ終わったら、晩ごはんだよ。今日はねえ… 美ー味しいよ!」

…老人たちの臭気、消毒の臭い、そして消えない便臭の中でにこやかに働く彼女に、

ほかの介護職のフレンズとヒトたちがやれやれと笑い、

「コツメ、車椅子のヒトはもう食堂に入れちゃって。病室も回んないとだから」

「はーい。床掃除と消毒したらすぐ行くよ! 病室のおじいちゃんは私が回るね」

同僚のフレンズ、アクシスジカと数言、打ち合わせしたコツメは忙しく動き出す。

数人の老人を着替えさせ、掃除し、パタパタと車椅子を押してゆく。

食堂に大多数の老人を収めると、コツメは満足そうにうなずき、

「こっちおねがいね!」 足早に厨房の方へと駆けていった。





2-4

その病室は、いわゆる訳あり入園者たちの部屋だった。

大半の老人はベッドで管につながれたまま微動だにしなかった。

コツメカワウソが食事を運んだその老人は…

「…矢那おじいちゃん。だめだよー、しっかり食べないと。また倒れちゃうよ…」

「今日はね、私。海でおっきなカサゴ釣ったんだ! それを煮てもらってね」

「小骨もないし、すっごくおいしいよ! …ほら。……。おじいちゃん」

その老人は、コツメが差し出すハシにも反応せず…ただ、黒い感情だけが充満した目を

何も見ていない何処かにじっとむけて…いた。

「そのヒトはもう駄目だよ。頭っつーかココロがぶっ壊れちまってるんだ」

食堂の仕事を済ませてこちらに来たアクシスジカが、コツメの背後から声をかける。

「矢那俊彰。元警視庁のお偉いさん、も。こうなっちゃあねえ」

「矢那の爺さん。夏に息子夫婦と孫がセルリアンにやられちゃって」

「警備二課のフレンズが手も足も出ない、アメフラシ野郎。海セルリアン、にね。

 ソレでいっぺんでボケが来ちまった。キャリアの末路が場末のホームとは、ねえ」

「…おじいちゃん、かわいそうだよ…」 無力感のにじむ声でコツメがつぶやいた……





3-1

夕刻、午後三時二十分。東京、大田区に出されたセルリアン警報は特別警報になった。

特別警報、それは大型セルリアン、人食いの怪物が市街地に侵入したことを意味している。

機動隊の対策班が現場に急行、警察は近隣住民の避難を最優先させている、現場。

「――対策4から本部。矢張だ、現場に急行中。アオは捕捉してんのか?」

首都高を大師で降りた古いアルファロメオが、回転灯を屋根に貼り付けながら多摩川を

渡る橋を疾走する。その上空には警視庁のヘリが何機も集まり、爆音を轟かせていた。

「だああ! クソヘリうるせえ!」

アルファの運転席で、ハンドルと無線機を握り閉めた男が吠える。

「対策4から本部! 誰でもいい、アオの位置を……」

そこに、無線からの応答がノイズまみれの声でバリバリとひびいた。

『…対策7より、対策4へ! 矢張先輩、僕です、伊達です! 目標をハニーが捕捉!』

「おっし! 位置送れ。伊達、おまえんとこのヒリは今、この上か?」

『…はい。セルリアンの直上で旋回中です、が……まずいですよ矢張先輩!』

ンなこと、わかってる。

警視庁警備部警備二課、セルリアン対策班の矢張はアルファの車内で吐き捨てた。





3-2

大師橋を渡り、大田区に入った矢張のアルファは避難の渋滞を避け、裏道に進む。

運転席の窓からチラと見た空には、役立たずのヘリ。そして…

同じ対策班の伊達、彼のバディ・フレンズであるカワラバトが旋回するその人型が

小さく見えていた。無線機から、伊達の焦燥した声がひびく。

『…アオの出現が急すぎる、矢張先輩、現場近くにいるのは僕たちだけです』

「クッソ。伊達、セルリアンの位置と進行方向を送れ」

『はい、ハニーが言うには…多摩川から橋緑地へ上陸、市街地に向かっています』

「おまえのヒリに、アオの真上につけさせろ」 その無線が響く車内で…

それまで、助手席で置物のように沈黙していた少女が――

「トシさん、まずは目標をこちらでも捕捉しましょう。それから本部の応援を」

矢張のバディ、フレンズのリカオンが落ち着いた声で彼女のマスターに伝える。

「いいねえ、対策班のマニュアルなら百点だ。…だが」

上空、カワラバトの位置を確認した矢張はアルファを疾走させ、セルリアンが進行する

市街地へと先回りするため、街路を突っ走ってゆく。

「アオに環八越えられると避難が間に合わなくなる。せめて足だけでも止めるぞ」





3-3

新宿東児童公園を背にして、矢張のアルファは急ブレーキ。

…避難はうまくいっている、周囲に人影はない、動く車もない。これだけでも上出来。

矢張と、そして凛とした少年のような体つきのリカオンが車を降り、川の方を伺う。

マンション、アパートが立ち並ぶ市街を鋭い目で見ていた彼女が、

「来る。…トシさん。セルリアン、こちらにまっすぐ…あと、300…です」

「近えな、おい。オシッコ出そう。…リカオン、そのアオは…例の、あいつか?」

「……。いえ、初めて見るタイプです。…アメフラシの、特大型のあいつじゃないです」

「くそ。警視総監賞はおあずけか。行くぞ、二人でアオの注意をひきつけて…」

リカオンと矢張が話すそこに、車内の無線から緊迫した声が響き渡った。

『…先輩! 機動隊から通信、あのセルリアン被害者を何人か飲んでいるもよう!』

「げっ。面倒くせえ… 伊達、おまえは本部に状況を送り続けろ! 以上、対策4!」

矢張は無線をいったん切り。

「だが…飲まれてまだ30分経ってねえか。今なら、まだ…ここには俺たちだけ、か」

「トシさん。まさか」

そのまさかだよ。矢張は苦い顔で笑い…車のトランクを、開けた。





3-4

ショットガンに対セルリアン用の散弾を装填した矢張は、車のトランクから大きな、

いびつなコマのような形をした振動地雷を二つ、ひっぱりだす。

「ムチャですよ、トシさん。私たちだけじゃあ足止めだってきびしいのに」

だが矢張はそれに答えず、施錠がされていたケースの中から二つの装置を、

「相手は大型一匹、取り巻きもいねえ。…やるぞリカオン。俺たちなら、やれる」

その装置、受話器ほどの大きさの対セルリアン用の指向性爆薬を取り出した。

「今ならまだ…あの腐れ寒天をふっ飛ばせば…」

「トシさん……」

その言葉に…迫ってくるセルリアンの方向をけわしい目で見ていたリカオンが、その

大きな耳を一時、ぺたんとさせて…すぐそれを立て直す。

「…了解。やります。トシさん、最初にヤツの行き先を塞いでください。あとは…」

爆薬と、振動地雷1つを持ったリカオンがマスターの方を見上げ、言った。

「私が仕留めます」 リカオンが身を低くし、走り…一瞬でその姿が、消える。

それと同時に、建物の合間から…ズルっと、巨大な青い影が這い出して…来た。

「…うわ。でけえ、近え…」 矢張の声に後悔がにじんだ……





4-1

本日夕刻、多摩川河口から上陸したセルリアンは市街地を北上、都心に向かっていた。

最初の観測時は中型だったセルリアンは、次第に大型化しながら市街を侵攻してゆく。

人々が避難し、無人となった市街。通る車も消え、信号だけが点滅する道路を…

「…くそ、ミニバンかなんか食いやがったか。ハイエースセルリアンだな、ありゃ」

街路の陰に隠れたセルリアン対策班のハンター、矢張が吐き捨てる。

彼の目に映るのは、もう50メートルほどの距離に迫った、青黒い巨大な怪物。

バスほどの大きさに膨らんだセルリアン。その形と表面の模様は、寸前に飲んだ車、

ミニバンを模して…巨大な丸い単眼が、動くたびにドロっとした音が溢れてくる。

警視庁警備二課の同僚たち、増援は間に合いそうになかった。

「…被害者は飲まれた車の中か。…クソ、人食い寒天が!」

矢張は腕に抱えた、大きなコマのような振動地雷、その安全装置を外して、走る。

彼の前で。気づいたセルリアンの目が、ドロリと動いて彼を…見た。

…クソ、怖え!

飢え、貪欲、渇望。それだけが凝縮されたセルリアンの単眼。

ここだ! 矢張は怪物の迫る道路の裂け目に振動地雷の杭を突き刺した。





4-2

矢張がその場からすっ飛んで逃げると。5秒後、振動地雷が起動する。

…ビィイイイ! と細かな振動の音が次第に大きくなり、地雷の刺さった道路が細かく

震え、アスファルトが砕けて陽炎のようなモヤを立てた。内蔵されたフライホイールの

反発回転で超振動を生み出すその地雷。自衛隊から供出される最新兵器。

この装置が生み出す半径10メートルほどの地表では、ヒトは満足に立つこともできず、

そして地表型のセルリアンはこの上を通るのを嫌う性質が、あった。

「…ハッ! ここの通行料は高えぞ、オデキ野郎!」

それまで、自転車ほどの速度で道路を動いていたセルリアンは…振動地雷の前で、

見えない壁にぶつかったように止まる。その目が、行き場を探すように動いていた。

「オラア! コッチ見やがれ、こっちだ!」

レミントンのショットガンをポンプし、矢張は対セルリアン用の散弾をぶっ放す。

鉛粒ではなく、硬質ケラチンの粒を発射するその散弾は、小型セルリアンなら一発で

分解する威力があった、が…

目の前の大型セルリアンは、撃たれた青黒い表面が尻の穴そっくりの挙動でしぼむ

だけで…大きな単眼が、ギョロと動き矢張を再びとらえた。





4-3

…!? やべえ! 矢張はセルリアンの挙動に気づき、撃つのを止める。

怪物の単眼、その周囲で突起が膨れると…それが破裂し、黒い矢が矢張へ襲いかかる。

「危ね! この腐れ寒天野郎…! 飛び道具、学習してやがった…!」

恥も外聞もなく、すっ飛んで、転げ回ってそれを避けたハンターの目に。

ひどく小さく見える黒い影が、セルリアンの背後で疾走したのが映る。

その影は、怪物が反応するより早くその背後に振動地雷を突き刺し、超振動の壁と

建物でセルリアンの動きを封じて…いた。振動地雷の起動時間は、20秒弱。

「っしゃあ! やっちまえ、リカオン!」

転がったまま、最後の散弾をセルリアンの単眼にぶち込んで矢張が吠える。

その声に応えはなかった、が…人間には不可能な速度、そして機動で街路を走り、

建物の壁を蹴って宙に飛んだ小柄な影、バディのリカオンが、

「…伏せて! トシさん!!」

セルリアンの背中に、両腕を逆立ちするように突き刺していた。その手が掴んでいた

対セルリアン指向性爆薬のピンは、跳ね跳んで離脱するリカオンの手に、あった。

矢張が頭を抱えて地面に伏せると。5秒後、爆薬が乾いた轟音とともに炸裂した。





4-4

…やったか!? 矢張が衝撃でゆれる空気の中、首をねじ上げる…が。

ビチビチビチィ、と粘質の悲鳴じみた音。大型セルリアンは上面の形がひしゃげて

いたが…まだ、砕けていない。まだ生きて…動いていた。

「…!! クソァ、最近のセルリアンは固えなオイ! …へし、やつのコアは…!?」

対セルリアン用の、硬質ケラチンを破砕させる指向性爆薬でも駄目か!?

「トシさん…! やつの“石”が出た! やります!!」

よろめき立った矢張の耳に、バディの鋭い声が、刺さった。その声に背後を見た男、

彼の目に…走ってくる相棒、リカオンの小柄な体躯が映る。

応!と答えた矢張が、腰を落として両手を股間の前で組むと――走ったリカオンが、

その手を踏み台にして跳び、宙に飛び上がった。

リカオンの身体は、そのまま信じがたい距離を跳び…セルリアンの直上で急降下。

「…う!ぁあああ!!」

セルリアンの、復活しだしていた表皮をリカオンの蹴りが、一枚二枚、三枚と叩き割る。

虹色のきらめきをまとった靴底が、怪物の背中で露出していた“石”に突き刺さった。

ビキッ!っと何かが砕ける音がして…セルリアンの巨体は一瞬で、砕け散り、消えた。





4-5

セルリアンは、石を砕かれ、滅びて消える時は一瞬だった。

あとには、ひしゃげて窓ガラスの割れたミニバンの残骸だけがぽつんと残されていた。

その車に、さっきの荒業で腰の痛くなった矢張がよたよた近づく。

「トシさん、大丈夫ですか?」 まだ身体に虹色の残滓が残るリカオンも、駆け寄った。

「…ああ。それより、無線で救急車呼ばねえと。…まだ息があるぜ、こりゃ」

矢張がホッとした顔で見た先には…

車の座席には、旅行疲れで全員が眠ってしまっただけのような家族の姿があった。

「ああ…! よかった、間に合いましたね…トシさん」

泣き出しそうな声、そして涙を浮かべたリカオンの笑み。そのバディ、フレンズの頭を

撫でた矢張は…ポケットからタバコとライターを引っ張り出す。

携帯無線で、上空の対策7カワラバトと本部に救援を要請したリカオンは…

「…トシさん、この家族を助けるために急いで、ムチャをしたんですね」

「……。ハァ? 何言ってんの。撃破報奨、俺たちだけで丸取りするためだっつーの」

ゴロワーズを咥え、火をつけたくたびれ男が言うと。

「はいはい。報告書は今日中、ですからね」 実にいい顔で、リカオンが笑った……





5-1

柔らかに欠けた月が濃紺の夜空に浮かんでいる。晩秋の夜。

都会の片隅、繁華街の片隅にあるその古びた街区と路地には、昔ながらの飲み屋が軒を、

電灯や看板のほの明かりを並べていた。

その路地を進んでいたコート姿の男が、一軒の店の前で足を止める。

すりガラスの引き戸、その上の赤いのれんには めし 小料理 の文字。

男は引き戸に手をかけ、その居酒屋「ほだか」の客になる。

男が、他の客のいない店内、濃い飴色に染まったカウンターの方に進むと、

「ふわぁあ。いらっしゃい。あらあ、若屋さんじゃあないのお。おつかれさまぁ」

電灯の明かりの下、真っ白い割烹着を着た女将が笑顔で出迎える。

彼女はこの「ほだか」の女主人、フレンズのアルパカ・スリ。

アルパカは、馴染みの客が脱いだコートを受け取ってハンガーに掛け…その背後で、

神社の古い樹のようながっしりした体つきのスーツ姿の男は席に座り、客になった。

若屋と呼ばれたその壮年の男はカウンターの上で腕を組み、ホッとした息を吐く。

その彼の前に、何も言わなくても温めの燗をつけた地酒の徳利とぐい呑み、そして

ささみをゆず皮で和えた小鉢が、しっとりした塗りの箸が置かれた。





5-2

その客も、女将も何も言わず。やさしい沈黙の中で、男は手酌した酒を飲み。

「うまい」 それだけ言った男に、アルパカは目を細くして。

「今日はねえ。めずらしいものがあるんだよう。ちょっと、待ってにぇ」

しっとりした、だが今にも踊りだしそうな少女を思わせる。そんな艶がある女将の笑い声。

カウンターの向こうで、包丁と水が仕事の音を立てる中、客の男が。

警視庁警備二課セルリアン対策室の責任者であり、自衛隊から出向している若屋一佐は

ぐい呑みに燗酒を注ぎながら、落ち着いた声で女将に訪ねる。

「今日は…彼、矢張君は来ていないかい?」

「え? ああ、トシねえ。あの宿六、さっきまでそこにいたんだけど」

アルパカは揚げ物の音を静かに響かせながら、割烹着の肩を小さくすくめた。

「今日は非番じゃないでしょって、リカオンが迎えに来て。耳引っ張られていったよう」

部下のセルリアンハンター、矢張と行き違いになった若屋一佐。

その彼の前に、二本目の徳利。そして、淡い黄金色をした、小ぶりな魚の揚げ物の皿が

置かれて…アルパカが、ぐい呑みに酌をする。

「琵琶湖のね、子持ちの小鮎だゅお。一夜干しにしたのもあるからにぇ」





5-3

その珍味、ほくほくに揚げられた小鮎に男は満足そうにうなずく。

女将はつけ台の奥に戻り、そして。

「…お仕事、大変だったみたいねぇ。ニュースで見たよう、お化けがまた出たって」

男が店に入ってきたときから、何となく察していた女将が。そうっと、声に出す。

…いや、とだけ答え。若屋一佐は三本目の燗酒をぐい呑みに手酌し、

「…羽田近郊に出現したセルリアンは、矢張君たちが撃破してくれたよ。素早い対応の

 おかげで飲まれていた被害者も意識を回復した。…子供だけ、ね」

…ひどいねえ、とだけ答えたアルパカは。馴染みの男、情報保全隊から出向してきた

この切れ者が、内心、ひどく疲れ、そして荒れているのに気づいて…

女将は彼が深酒をするときの好物、湯豆腐の支度をはじめる。

「…新木場の方に出現した、例のアメフラシ。特大型のセルリアンは…また逃げられた。

 警備二課、うちには水棲フレンズがいないからね…海に逃げられるとお手上げだ」

「そのせいで、マスコミに叩かれてね。比留須部長からも嫌味を言われたよ…」

…やっぱり、この男は疲れている。いつもはこんなに話さない。

無言で察したアルパカは、静かに話を聞き…





5-4

「…旭川から、トップエースのヒグマと相方が来てくれる手はずになっているんだが…

 色々妨害を受けていてね」

「ぅえー、ヒトどうしで喧嘩してちゃ駄目だよぅ」

「…どこも、ハンター能力のあるフレンズを手放したくないんだ。

 うちが喉から手が出るほどほしい、水中戦能力があるフレンズはもう争奪戦さ。

 国で奪い合って…国内でも、海自と海保、あとは郵船と日石が抱え込んで離さない」

「…我が国では、船舶護衛の水棲フレンズが貴重なのはわかる。

 だが…われわれ警備二課には…ゼロだ。アメフラシ野郎に、お手上げさ」

「…このままでは被害者が出続ける、いや、もっと酷いことになる可能性も…

 それ以前にうちが、役立たずの警備二課が解散させられるかもしれないけどね。

 …やっと対策ができるようになってきたのに。こんなことをしている場合では…」

焦燥を言葉にしていた男の前に…どん、と湯気を立てる土鍋が置かれる

湯豆腐、たっぷりの薬味の器に、男の顔がやっとほころぶ。

「それ食べて温まってぇ。……。ねえ。今夜は、なんだか歌いたい気分だょ」

にっこり笑った女将は、店の奥のレーザーディスクカラオケの支度を始めた……





6-1

介護老人福祉施設「ともだち苑 三田」。フレンズ、コツメカワウソの勤務先である。

コツメ、その他数名のフレンズが介護職員研修で働いているその老人ホームは、その日、

早朝から数台のパトカー、そして救急車が駆けつけていた。

無音で、閃光じみた赤の回転灯が回る雨降りの朝。

入所者の一人だった老人が、深夜の急性肺炎で息を引き取った。

悪いことに、昨夜は正規の介護士が誰もいない夜だった。職員がその老人の異常に

気づいたときにはもう心停止しており、救急、そして警察が呼ばれる事態になっていた。

こういう「死」は施設ではよくあることだった。

いつもは警察の聞き取りが長引き、業務に支障が出る、それがこの朝は…

「…矢那おじいちゃん、すごいヒトだんだね! びっくりしちゃった」

ようやく休憩できた職員のフレンズたちが、自販機の前にたむろして話す。

「警察の元キャリアだってのは知ってたんだけどね。制服見た途端。

 いままで寝たきりだった爺さんがシャンとして、警官たちにビシビシやってたね。

 …まあ爺さんも、警官が消えたらまたボケちゃったけど」

その日は、入園者の元警察官のおかげでフレンズたちは助けられていた。





6-2

「…矢那のおじいちゃん、ずっと元気だったらいいのに。きっと家にも戻れるのに」

「そいつは無理だって。前も言ったじゃん、爺さんの家族、息子夫婦はセルリアン、

 例のアメフラシに食われちまって。もう家は無人さ、親戚もみんなシカトしてるし」

「おじいちゃん、かわいそう… なにか、してあげられないかなあ」

休憩時間の終わったコツメカワウソと、アクシスシカは話を切り上げ…白衣を着直し、

「あんたが思い詰めたって仕方ないよ、コツメ。入園者は矢那さんだけじゃないんだ」

「…わかってる。だけど…」

二人のフレンズは、入園者たちが集まっている広間とテレビの周りを点検し、寝たきり

入園者の部屋を見回って、アメニティの交換と清掃、消毒をすすめる。

コツメカワウソは、もう戻ることのない老人のベッドを片付け、

「もう動けなくっても、なにもできなくても、お話もできなくっても。せめてここでは…

 たのしい思い出の中で、ゆっくり過ごさせてあげたいなあ…」

コツメはもう何度目かの独り言をつぶやいて。…その彼女の耳に。

「…? あれ、ラジオの音?」

例の、矢那老人の入っている個室からラジオのニュースが漏れ聞こえていた。





6-3

『……新木場に上陸した水棲型大型セルリアン、通称アメフラシは機動隊対策班と

 衝突後、東京湾に逃亡した模様です。この上陸での被害者数はまだ未定…』

…おじいちゃん? 個室を覗き込んだコツメの目に。

ベッドの上に座り、黒いラジオを両の手で握った矢那老人が映る。

その目は…彼の介護を続けていたコツメがハッとするほど、未開かれ…

「おじいちゃん、どうしたのそのラジオ? ああ、さっきお見舞いに来たヒトが」

今日、聴取の警官が来て矢那老人と話したあと…私服姿の、定年間際くらいの警官

たちが老人の見舞いに訪れていた。ラジオは、その時の差し入れだろうか。

そのラジオからは流れるニュースは…

『…警視庁警備二課のフレンズ対策班、通称ハンターはアメフラシに対して有効な

 手立てを与えられないまま、被害は止まらない現状に…』

『…政府のセルリアン対策室、馬路事務次官は… 首都圏でのセルリアン跳梁は

 絶対に許されないと発言。三日後、警視庁の対策組織を査察し改変すると…』

…そのニュースを聞く老人の目には。光のない、真っ黒な憎悪だけが…あった。

「おじいちゃん…」 コツメは自分の無力さに顔を伏せた……





7-1

本日14時10分、東京隅田川河口付近、勝どき橋西付近に上陸した大型セルリアンは

通称「アメフラシ」と呼ばれる脅威度の高い水陸両生セルリアンだった。

中央区南部には即座に特別警報が出されたが…日中、そして市場への車両で混雑して

いる一帯は大混乱に陥り…機動隊対策班、そして警視庁警備二課、通称SAFTと呼ばれる

フレンズ部隊「ハンター」が到着したときには犠牲者がでてしまって、いた。


「…とし、急いで!! アメフラシは動きを止めたわ、いまなら橋で挟撃できる!」

腕の無線機に吼えたのは、赤と黒のボディスーツに身を固めたフレンズのカバ。

彼女の背後には遅れて到着した機動隊が展開し、パニックに陥っていた人々を後方に

対比させ、そして。近年配備されたばかりの対セルリアン用の弾丸を撃ちまくる。

短機関銃の乾いた銃声が空気をつんざく中…カバは無線機を耳に押し当て、

「…とし! いま何処に… ああ、もうっ銃声が! 撃つのを止めて、無駄よ!!」

カバは、物陰からMP5を撃ちまくる機動隊員に吠えた。

だが、彼らはその声に従う気もなく…撃ちまくる。

その弾雨の只中に、巨大な青黒い影が… ブルッ と、揺れた。





7-2

「!! 危ない! あなたたち下がっ…」

カバが、機動隊員たちに叫んだときには。彼女の目の前、数十メートル離れた交差点に

いた特大型セルリアン、転覆したまま陸に乗り上げた船、といった大きさと形の怪物。

その表皮に幾つもの触手が生え、その先端から黒い弾丸が撃ち返される。

「キャッ! …くっ! 変な声でちゃったじゃない」

その弾丸を飛び跳ね、危うくかわしたカバが悔しそうに吐く。その後方では、彼女の

警告を無視していた機動隊に弾雨が襲いかかっていた。

「後退しなさい! あなた達の装備じゃあ…!」

そして。「アメフラシ」の体表に…ボコボコ、と、泡立つように無数の丸い眼球が

浮かび上がり…その巨体が、エモノを探すように伸び上がる。

…でかい。しかも、“石”が、弱点のコアがどこにあるのか見当もつかない。

その時、ようやく腕の無線機から着信のノイズが響く。カバはそれを耳に当て、

「…とし! ええ、二手に分かれていたのは失敗だったわね。…ごめんなさい」

カバ、彼女のチーム、そしてマスターである双葉の車は橋の上の渋滞に捕まっていた。

飛行フレンズのハシビロコウが先行している、が…





7-3

クルーザーほどもある大型セルリアンは、交差点の真ん中で鎌首をもたげ、気味の悪い

複眼を動かしながら…ズルズル、陸側に進む。

「…!? なにか、探しているの…? あいつ? …エモノの人間じゃ、ない?」

…なに? 一瞬迷ったカバが、怪物のスキを見て爆薬を仕掛けようとした、そこへ。

「すまん! 手間取っちまった! …うお、あの野郎…でけえ…!!」

渋滞に閉じ込められ、避難できずにいた観光バスの乗員を避難させてきたフレンズ、

小柄なねこのマヌルネコがカバのほうへと猫走りで駆けてくる。

「としたちを待っていられないわ! 私が足を止める、あなたは…!」

カバが仲間に叫んだ、そこに。

ビチッ!っと粘質の音が響き…「アメフラシ」の表皮から、ムチのような触手が無数に

走って、カバ、そしてマヌルへと襲いかかっていた。

「くっ! こいつ…!」「……!! うあ、ドジッった…!!」「マヌル!?」

その触手を叩き落とし、引きちぎっていたカバの目の前で。触手を捌ききれず、足を

絡め取られたマヌルの身体がセルリアンの巨体へと引きずられていった。

「…来るなカバ! こ……」 一瞬で、マヌルの姿は青黒い粘液に飲み込まれた。





7-4

「!! しまった……!」 カバの顔、そして胸のものすごく奥に絶望が走った。

そんな彼女の目の前で怪物はブルッ、と身体を震わせると。

「…逃げる気!?」

粘液と海水があとを引く、海の方へセルリアンは巨体に似合わぬ速度で這いずり…だが。

 バム!! と、突然「アメフラシ」の足元が破裂し、青黒い破片が飛び散った。

セルリアンが苦悶にのたうち、青黒い巨体はそのまま…運河へと飛び込み…消えた。

「! マヌル! …あ、ああ!」「…グはッ…! ち、っくしょう…」

目を刺す爆薬の煙、その奥に…装備と服がズタボロになったマヌルが倒れていた。

「食われるなら…発破で、体の中からふっ飛ばしてやろうと思ったのに…あの野郎」

「なんてムチャなことを…!」

人間よりははるかに頑丈なフレンズ、だが…対セルリアン用の爆薬とケラチンの破片は、

皮肉なことにフレンズにも重大なダメージを与える。

「…あいつ…私が爆薬のピン抜いたとたん、吐き出しゃがった。学習してやがる…」

「もう喋っちゃ駄目! …とし! アメフラシに逃げられた…マヌル、負傷!」

そこに、ようやく…上空から仲間のハシビロコウが降下してきた……





8-1

東京都の海側を警護する警視庁の第七方面本部、新木場にあるその官舎の一角で…

「…双葉の野郎は、まだ戻らねえのか」

「ええ。若屋参事官と一緒に霞が関へ…今日の一件で、叱責されているんじゃないかと」

「アホか。マスコミと比留守部長の言いなりになってホイホイ、部隊を分割するように

 命令したのはソコのお偉方じゃねえか。ああ、クソ。…どうしようもねえなあ」

警視庁警備部 装備第二課 警備装備第四係「フレンズ装備セルリアン対策室」通称SAFT。

マスコミなどでは警備二課と呼ばれることが多い、彼ら。

首都圏に出現するセルリアンをフレンズとともに排除する任務を帯びたハンターたちだ。

彼らはごく一部の特例を除き、マスターと呼ばれる警官のヒト。そして彼に使役される

フレンズのバディでタッグを組み、複数のチームが連携して任務につく。


…だが。結成されて1年足らずで、SAFTは解体の危機にひんして…いた。

ハンターたちが、控え室の重苦しい空気の中…徒労のため息をつく。

「居なくなってみると、矢那部長のほうがはるかにマシでしたね」

「まさか、もっと酷い天下り野郎が来るとはなァ…」





8-2

愚痴っているのは、SAFTのハンター、矢張巡査部長と伊達巡査。

バディのフレンズが席を外している控え室で、彼らは無意味に時計を何度も見、

「…せっかく、ハンターチームが成果を上げだしてきたっていうのに。あんまりです」

「…成果上げすぎたんだべ。ここ1年、首都近郊に出現するセルリアンはあらかた、

 俺らとフレンズで潰してきた。そりゃ、第一課の機動隊の連中とか面白くねえ、サ」

「だから、僕たちSAFTを解体してフレンズをばらまくとか…ありえない!」

「どこもうまい手柄が欲しいのさ。アメフラシにうちが手こずってるのはただの口実だ」

「…僕は、ハニーとお別れするなんて絶対イヤです」

「俺に言われても。…まあ、双葉と若屋の旦那が戻るのを待つしかねえ…」

よどんだ空気の中で話す男二人、その部屋に。軽いノックとともにドアが開き、

「…まだ、としは戻ってないのね」「ほえー。ダーリン、いま戻ったよ」

二人のフレンズ。

赤と黒のボディスーツ、女というかフレンズ好きの矢張でさえ、見るたびにドキっと

する妖艶な体つきのカバ。そして、くりっとした瞳、虹色の首飾りをつけた小柄な

カワラバトが控え室に入ってきた。





8-3

「どうしたのダーリン、元気ないよ」「うん。2時間くらい君と会えなかったからさ」

部屋に入るなり、つがいのハトみたいにピッタリくっつきあって座った伊達とバディに

矢張はうんざりした視線を、そして。…ゴクっとつばを飲んで。

「…で。カバさん、あんたンとこのネコちゃんは?」

「…命、というか。フレンズ組成には別状ないわ。ただ、脚と肺が、ね…重傷なの」

そんなに。禁煙の部屋で煙草をつかみ、矢張は舌打ちする。

「伊達くん。ありがとう、あなたの恋人のおかげでマヌルも命拾いしたわ」

「い、いやあ。そんな」

照れた伊達に、スネたような口調のハトが口をとがらせた。

「本当はね、ダーリン以外にはミルク飲ませたくないんだよー。でもお仕事お仕事」

フレンズのカワラバト、彼女が分泌する謎の白い液体には、謎の治癒効果がある。

…数時間前、築地に出現した特大型セルリアン「アメフラシ」との戦闘で重傷を追った

マヌルネコは、フレンズ専用の治癒施設に送られて、いた。

「なあ、カバさん。マヌルの妹分の、ちっこいのも…無理っぽいかい?」

「…ええ。ジョフは冷静な判断ができる状態にないわ。責任を感じているみたい…」





8-4

2週間ほど前にアメフラシを取り逃がした戦いで… その時、対セルリアン爆薬で

近接攻撃を仕掛けたのがジョフロイネコだった。

「いつもはムカつく子だけど…あんな子が取り乱すのを見るのは、つらいわね」

「…そっすか。…それと。さっき電話で言ってた“気になること”って?」

「あのセルリアン… 何かを探しているわ。獲物のヒトや、熱源ではなく」

…ナニか?

「あいつが出現するのは、決まって河口付近。内陸に行きたいのなら、そのまま川を

 上ればいいはずなのに…あいつは…何か、道でも探しているみたいだったわ」

「おのぼりセルリアンか。…うちにも水に入れるフレンズがいりゃあなあ」

「ごめんなさいね。私、お尻が重くて」「いえ、そういうつもりじゃ…」

そこに。伊達からかっぱえびせんをもらってコロコロ笑っていたハトが、

「あっそうだ。さっきねえ私、ホントはいけないんだけど立ち聞きしちゃったんだー

 喫煙室で、えらい人たちがね。アメフラシにかいじ?のぼーずを当てるんだって」

矢張の椅子が、ガタっと動く。…海上自衛隊の特殊作戦群、通称“海坊主”!?

「江戸前の海で戦争始める気かよ…!」 矢張が低く、うめいた……





9-1

夜半近くになって、東京には晩秋の雨が降りはじめていた。

雨に煙る首都高を、SAFT・警視庁警備二課、セルリアン対策室のステッカーを付けた

一台のセダンが走ってゆく。

数年前なら、夜遅くでもトラックや走り屋で混雑していた首都高も…

セルリアンが人類の脅威になってからは、通行量は以前の半分以下になっている。

そのセダンの運転席には、SAFTの装備スーツを着た若い男。

助手席には、灰色の姿のフレンズ、護衛のハシビロコウ。

そして…後部座席、自衛官の正装をした男が口惜しげに言った。

「…双葉君。今日はすまなかった。本来なら叱責されるのは私だけでよかったのにな」

名前を呼ばれた運転席の男は、いえ、問題ありません。とだけ答える。

後部座席の男、セルリアン対策室のトップである若屋参事官は雨に濡れる首都を見、

「…われわれには、水中戦能力のあるフレンズが居ない。それではアメフラシを

 追い詰めるのは不可能だが… 政府は言い訳を聞く耳は無いそうだ」

数か月前、東京湾近郊に出現した水陸両生の大型セルリアン、通称「アメフラシ」を

何度も取り逃がし、被害の拡大を抑えられずにいるSAFTに批判が集中していた。





9-2

「…われわれは、手と足を縛られて戦うボクサーのようなものだ。

 それでも…勝たねばならない。今度こそ、アメフラシを撃滅せねば…!」

「これは組織の保身のためではない。いま、SAFTが失われれば…日本は、東京は、

 ヒトがフレンズの奪い合いをしているあいだに、セルリアンに覆い尽くされてしまう」

運転席で、双葉が無言でうなずいた。

「…来週、都議会選挙の告示が行われるまでにアメフラシを潰せなければ、SAFTに

 監察が入る…最初から、われわれを解体することが目的の監査が、ね」

…そうすれば。若屋さんは自衛隊に戻れますよ? 苦笑いで言った双葉に、

「やめてくれないか。市ヶ谷で椅子を尻で磨く任務は、もうこりごりだよ」

若屋参事官も苦笑して答える。

彼と、そして双葉のあいだに見えない鋼のような何かが、かよった。

「たのむ、双葉君。うちのエースのキンシコウと井伊君、オオセンザンコウと神野君は

 政治的理由で南麻布、霞が関周辺から動かせない。…君たちだけが頼りだ」

…中国大使館と。皇居、国会議事堂ですか。双葉がため息つくように言った。

「そうだ。だが、矢張君たちもいる。出来る支援は全てする…」





9-3

彼らを乗せたセダンは、夜の木場で首都高を降りる。

「まだウワサだが…海上自衛隊がアメフラシ対策に干渉してくる、という話もある。

 連中は、まだ火力の飽和攻撃でセルリアンを破裂させられると信じているからな」

…米軍のやり方ですね。火力に次ぐ火力、最後は核… 止めさせなければ…

双葉が、どこか遠くを見るような目で言い…ハシビロコウが彼を見つめる。

「…今日はごめんなさい… 私が…もっと速く、高く、飛べたなら…」

…最悪の場合は。“彼女”に、話します… 双葉がハシビロの髪を撫でながら言った。

「駄目だ。君の…ジャガーは対策訓練をしていない。確かに、彼女なら水中戦も…

 でも駄目だ、許可できない。…君は恋人を無駄死にさせる気か?」

…その時は俺も一緒です。それに、彼女でも ―― すれば、セルリアンとも…

 “野性解放”

双葉の口から出たその言葉に、若屋が声を荒げた。

「…駄目だ!許可できない! チームの訓練されたフレンズでも危険なんだぞ!?

 よしんば開放できても…元に戻れない、別の、おぞましい怪物に成り果てるだけだ!」

…それでも…止めなくては… 双葉が、夜の雨よりも重く、冷たく言った…





9-4

同時刻、港区の介護老人福祉施設「ともだち苑 三田」。コツメカワウソの勤務先だ。

深夜の巡回を行うコツメは、就寝する老人たちの様子を見、准看護師のアクシスシカが

モニターを見て回る、いつもの夜。

そのコツメが…個室のひとつ、元警視庁キャリア、矢那老人の部屋に入ったとき。

「…? あれえ? おじいちゃん、荷物を…」

矢那老人は入居して以来、ほとんどベッドの上から動かずにいた。

だが。その私物のバッグが開き、チェストの上に何かの本が置かれている。

「今日、仕事仲間のおじいちゃんたちが来たからかな…?」

老人は眠っており、微動だにしない。コツメは少し迷ってから、その本を手にとった。

…開いてみるとそれは。老人と、その家族の写真アルバムだった。

「おじいちゃん、の家族… そっか…」

矢那老人の家族、息子夫婦と最愛の孫はあの怪物「アメフラシ」の犠牲者となっていた。

写真には、どれも…息子たち、そして孫と遊ぶ、満面の笑顔の矢那氏が写っていた。

「…おじいちゃん… この、幸せでたのしい思い出の中に…ずっといて、いいのに」

「…でも、いつもつらそうなのは…やっぱり…」 コツメの瞳が無力感で涙ぐんだ……





10-1

その日は午前中から東京都全域にセルリアン注意報および警戒レベル2が出されていた。

フレンズのコツメカワウソ、彼女が働いている老人介護施設「ともだち苑 三田」も

注意報を受け、老人たちの外出や散歩を中止、屋内で注意報の解除を…待つ。

…だが。

午前10時、注意報はセルリアン警報となり、施設の職員、フランズたちのあいだに

緊張が走った。もし、この近辺にセルリアンが出現しても…職員の人手が少なすぎる

ともだち苑は入居者たちを安全な場所には移せない。屋内で、じっと耐えるしかない。

「…広間のじいちゃんたちを部屋に戻して。テレビ切っちゃっていいから!」

フレンズ職員のリーダー格、アクシスジカが指示を飛ばし、老人たちを居室に戻す。

警察と機動隊対策班に応援は要請したが…この施設はおそらく後回しだ。

周囲に人の目がなくなったいっとき、アクシスジカは。

だらり降ろした両の手に、どこから出したか…ジャキ、と双剣のような角型の武器を

握り、再びその武器は消える。その彼女の背後で、

「…たいへん! おじいちゃんが…矢那のおじいちゃんが、部屋にいないよ…!」

走ってきたコツメカワウソの声が、不安で揺れていた。





10-2

「居ないって…外には出られないはずだよ?」「じゃあ…どこだろう、おじいちゃん」

アクシスジカとコツメは、手分けして見当たらない老人を探す。

…ふと。老人が聞いていたラジオのことを思い出したコツメカワウソは急いで、

「まさか…」

施設の建物、日向ぼっこが出来るようフェンスで囲われた屋上まで走ったコツメの目に、

…! ああ、よかった! 矢那老人が、晴れ渡った秋の空の下、フェンスに背を預けて

しゃがみこんでいるのがコツメカワウソの目に写る。

「…おじいちゃん! どうしてこんなところに…お部屋でも、ラジオ聞けるでしょ?

 行こう、ね? いまね、その…警報が出ていて危ないから、お部屋、戻ろ?」

矢那老人に駆け寄ったコツメの耳に、

『…現在、東京二十三区にセルリアン特別警報が出ています。港区、江東区、そして

 江戸川区にお住まいの皆さんは、すぐに避難できるよう…アメフラシと呼ばれる…』

老人のひざの上で、黒いラジオから警報を知らせるナレーションがかすれて響く。

そのラジオと、老人の手を取ろうとしたコツメカワウソの目は、

「…? なにこれ。…まさか」 老人が握りしめた“もの”に釘付けになった。





10-3

…最初は、それが何かわからなかった。ここにあっては、いけないもの、だった。

「!! おじいちゃん、それ…! 警察のつかう武器、爆弾…!?」

矢那老人が、痩せて筋張った、だが鉤爪のような手指で握りしめているのは…

警視庁のセルリアン対策班、SAFT。警備二課のハンターたちが使う武器のひとつ、

対セルリアン用の指向性爆薬だった。コツメはそれをテレビで見たことがあった。

…通称「18式破砕装置」と呼ばれる、セルリアンの身体と弱点であるコアを砕く

ための、ケラチンの破片を噴出する爆薬だった。

業務用の缶詰ほどの大きさのあるそれは、現用の「19式」と比べると炸薬が多すぎ、

周辺被害が出るため回収、廃棄されたはずの爆薬だ。

「…! おじいちゃん、どこでそんなものを! 危ないよ、こっちにかして!」

コツメは、矢那老人の手からそれを取り上げようとした、が…

「…ぅゥ…!!」 老人の手指は、硬直してびくともしない。そしてその目は。

…コツメが初めて見る、老人の感情。どす黒い憤怒、憎悪、そして…ぼとぼとと涙を

流す悲痛に満ちて、揺れていた。

「…まさか、このあいだ来たおじいちゃんの仲間が、これを…?」





10-4

…だめだ、無理に取ろうとしたら老人の指が折れる。コツメは、いったん離れ。

『…通称アメフラシと呼ばれる大型セルリアンの出現が予測されます、海沿いに

 お住まいの方は一刻も早く避難を…』

その間も、ラジオからは警報が流れ…老人の目から、涙が落ち続けた。

「…状況を…報告、しろ。…状況は悪化している… …おのれ、おのれぇえ…」

矢那老人の口が、記憶の残滓を言葉にしていた。

コツメカワウソは、何も出来ない自分に…その無力感に、しばらく立ち尽くす。

「…おじいちゃん… セルリアンが、にくい、の…? ゆるせない、んだね…」

彼女の口から、ふだんは決して言わないような言葉が、出た。

「…おじいちゃん、その“アメフラシ”がいるあいだは… ずっと、くるしいの?」

「…ぅゥ… …おのれ… …とし子… 利彰ぃい…!」

血を吐くようにうめく老人、その手を…爆薬の上から、そっと。

コツメの小さな両の手が、温かな手指がおさえて…コツメがうつむいて、言う。

「そのセルリアンがいなくなったら、おじいちゃん、たのしい思い出の中に戻れる?

 だったら… 私が、そのアメフラシをやっつけてみる。おじいちゃんの爆弾で…!」





10-5

…コツメカワウソが、その言葉を告げ終わる…と。

この施設に来てから、初めて、矢那老人の目が彼女の方を見上げていた。

コツメは、泣き出しそうなその顔に無理やり笑みを浮かべ、

「…私、ケンカもしたことないけど。やってみるね、だって私もフレンズだから。

 セルリアンをやっつけて… そうしたらおじいちゃん、アルバム、一緒に見よ?」

老人の喉が、うめき。コツメを見る目から、別の涙がこぼれた。

「…私、聞いたことあるよ。おじいちゃんのいた警察だと、ヒトとフレンズで一緒に

 セルリアンをやっつけるって。ヒトがマスター、そして私たちが…

 おじいちゃん、私をおじいちゃんのバディにして」

コツメの笑みと手の温かさに。老人の手から18式爆薬がそうっと、離れた。

彼女がそれを、腰のウエストバッグの中に無理やりねじ込むと、

「…ぅう… とし…くん、いっしょにスカイツリー、登りたかったなぁ…」

目から黒い感情の消えた老人が、ぼそぼそと自分の影の中につぶやいていた。

…そのころには、遠くの海上からヘリの群れの爆音が不気味に響いてきて、いた。

「…すぐ、もどるからね」 コツメカワウソの手指が、フェンスに触れた……





11-1

週末を迎えたその日、午前10時。東京都全域にセルリアン警報が発表された。

そして1時間後には、港区、江東区、中央区に特別警報が出され、都民の屋内への退避、

避難命令が出る。

東京湾岸署、水上安全課の警備艇「ふじ」が埋立地沖合に、特大型セルリアン、

通称「アメフラシ」の出現を確認。そして警視庁警備二課・SAFTのハンターチーム、

フレンズのカワラバトが上空から目標を捕捉していた。

「…こちら対策7、上空でえす。本部とハニーへ、アメフラシは北上中…速いなあー

 時速30キロくらい、いやもっと? 警備艇が追いつけてないよー。どうぞ」

警備艇「ふじ」そしてカワラバトからの報告を受けた警視庁の対策本部に戦慄が走る。

…アメフラシがこんなに早く動くとは計算外だった。なぜ、今日に限って…?

…このままでは住民の避難も間に合わなくなる。

遅れて出動したヘリ部隊からも、同じ報告が入る。だが、セルリアンの動きが早いため、

その上陸予測はかえってつけやすかった。

――アメフラシは荒川河口へと進行中。江東区および江戸川区は警戒レベル4を発令。

荒川河口、両岸の地区に避難誘導のための警官、機動隊が急行する。





11-2

「…来るモンが来やがったか! 行くぞリカオン!」「了解です。トシさん」

首都高湾岸線を警らしていた装備二課のハンター、矢張とリカオンを乗せた真っ赤な

アルファロメオが回転灯を屋根に貼り付け、葛西JCTに急行する。

片手で無線機をつかんだ矢張は、リカオンが持って見せるタブレットの配置図を確認。

「荒川か…! 隅田川と江戸川に張り付いたチームは間に合わねえな、こりゃ…」

「でも、これなら私たちと双葉さんのチームで両岸から目標を捕捉出来ます」

「そうだね …問題は、どこで腐れ寒天が上陸するか。だ…」

「ええ、川を上るということはきっと …? !! トシさん、あれ!」

先に気づいたのは、リカオンだった。彼女の手が指す方向、上空には…

「!? げっ? あのヘリ、まさか海自…!?」

晴れ上がった秋の空に、灰白色のシミのような大型ヘリの機影が、2…3機。

それらは、あきらかに海中のセルリアンを追尾していた。

…そして。何の前触れもなく、東京湾の海面に巨大な白い水柱がいくつも吹き上がる。

「あいつら! アメフラシに短魚雷撃ってやがる!? おい馬鹿やめろ!」

矢張の顔に、焦燥と絶望の汗がにじむ。そこに、





11-3

『…こちら対策9。現在、葛西駅を通過。一番近いのは、だあれ?』

無線機から、しっとり、だが緊迫がにじむフレンズのカバの声が響く。

「対策4、矢張だ! えっと、双葉は?」

『…としは運転と、本部との通話中。私が対応するわ。…いきなりだけど、状況は最悪』

「ああ。アポなし海自がお出ましだ。連中、捕捉したのに黙って攻撃してやがったな」

『目標の速度が上がってるのはそのせいね。注意して、さらに大型化しているかも。

 最悪…今までいなかった、取り巻きを連れてくるかもしれない。…ほんと最悪」

…最悪極まる。矢張が呻いた。

葛西JCTから北上、首都高を降りた矢張のアルファは、荒川の西岸へ渡る。

その上空を…凄まじい爆音を響かせながら、海自のSH-60Kが飛行した。

「アホども! セルリアンに爆弾ご馳走するとか、カコさんラジオ聞いてねえのか!?」

矢張の罵倒をよそに…海自のヘリから、幾すじもの火線が走る。

発射された対艦ミサイルが、河口の浅瀬に入ったアメフラシが立てる白いうねりに

向かって何本も突き刺さり、爆炎と水柱をふくれあがらせた。

「くそ! ここは東京だぞ!? 戦争なら尖閣とかでやれっての!」





11-4

…だが。護衛艦でも大破するようなその攻撃にも…アメフラシは、止まらなかった。

河口の水面を不気味にうねらせる水中の巨体は、荒川を上り、そして。

川沿いに、449号線を北上する矢張の車、そのほぼ真横の川面を青黒いセルリアンの

巨体が移動してゆくのが見えていた。

「…! トシさん、うしろに」 リカオンがチラと背後を見ながら、言った。

無言でうなずいた矢張は、小さくバックミラーに写った一台のSUVを見つける。

「双葉のパジェロだ。アメフラシもこっち側に寄ってる、上陸したら…」

そこに。再び海自のヘリから放たれたミサイルがアメフラシとその周辺で爆発する。

その爆炎の中、セルリアンの巨体が鎌首のように宙に伸び上がり…

…まさか!? 爆風にあおられ、事故寸前で車を停めた矢張、その目に。

 ブボォオオ と地響きじみた鳴き声が広がった。

アメフラシの巨体が泡だった…その泡、コブは次々とちぎれると、バルーンのように

空中に跳ね上がって…そして。浮遊型のセルリアンの群れとなって、散らばる。

「…! 言わんこっちゃねえ! やべえ…!」

矢張の目には、周辺の地面から湧き上がる大小のセルリアンの群れも写っていた。





11-5

装甲スーツを装備した特殊部隊“海坊主”を降下させようとしていた海自のヘリに…

最初はフワフワしていた浮遊セルリアンが、次第に速度を上げてヘリの周囲に群がり

その灰色の機体にへばりつきはじめていた。

「…! ありゃもうだめだ…! クソ、来るなら事前に協議とか対策会議とかさあ!」

痛罵した矢張の目の前で、数匹のセルリアンに張り付かれたヘリが、あきらかに出力を

失って、次第に高度を落としてゆく。機内の隊員たちの動揺がはっきり、見えた。

周囲の道路にも、アブクのように湧き出した青黒い影が。数十の、中型から大型までの

セルリアンが湧き出て、その不気味な単眼を動かしていた。

「トシさん、アメフラシが逃げる…!」

リカオンが小さく叫び、指をさす。

取り巻きを放出し、呼び出したアメフラシは。海自の攻撃など無かったかのように

その巨体をさらに黒くさせ、荒川を上ってゆく。

それを追尾しようにも…目の前の道路には、車やバスほどもあるセルリアンが何体も

湧き出し、その単眼で矢張の車を見…這いずってきていた。

…あかん 矢張が任務の失敗、そして死を覚悟した… そこに。





11-6

V6エンジンの咆哮とともに突っ込んできたパジェロ。その車体から…

 ぽん、ポン! と。白いマリのようなものが飛び出し、地面で跳ねて止った。

「こういう尻拭いっぽのはジョフたちにおまかせ、でち」

そのマリは。美しい模様の小柄なフレンズ、ジョフロイネコになる。

「…双葉!」 矢張が叫ぶと。

速度を落とさず突っ込んでゆくSUVの運転席、その窓から切り詰めた水平二連の

ショットガンを持った男の腕が突き出し…道を塞いでいたセルリアンを吹き飛ばす。

その銃声が消えないうち、パジェロのサンルーフから灰色の影が跳ねた。

ぶわっと、風の中。背面バク転の形で宙に飛んだハシビロコウ、長い、奇妙な矢印形の

真紅の槍を持った鳥フレンズは、迫っていた浮遊セルリアンに。

「…ヒトとともに来たり …ヒトとともに滅ぶべし――」

カッと、浮遊セルリアンの真上から槍の穂先が突き刺さり、一瞬で破裂させた。

『…ここはあの子たちに任せて! やつを追うわよ!』 無線からカバの声が響く。

応!と車を急発進させた矢張の横で、リカオンが後部座席から白木のバットをとり、

「行きましょう」 瞳から虹色をこぼしながら、リカオンが言った……





12-1

「……。わかる… セルリアンが居るのが、すごく怖いのがいる…わかる…」

フレンズのコツメカワウソは、職員の白衣を着、腰には爆薬を入れたウエストバッグを

つけたまま、東京の市街を走る。

ひさしぶりに全力で、走っていた。コツメは原付バイクほどの速度で街路を走る。

彼女が永代橋を走り抜け江戸川区に入ったときには、数キロ前方、荒川の上空を舞う

ヘリの編隊が見え、いくつもの爆音が響いてきていた。

橋は避難する車両で渋滞し、そして。市街を徒歩で避難する人々の群れ、雑踏には…

度重なるセルリアン出現、避難からくる徒労と憤りが充満していた。

コツメはその雑踏を避け、横道を走り…東へと走り続ける。

「……。いる…私、わかる…んだ。…すごく怖いのが、この先にいるのが…」

一瞬でも足を止めたら、足がすくんでうずくまってしまいそうだった。

コツメは自分が、落ちたら絶対助からない断崖のフチ、あるいは転がる巨大な岩の

前に立っているかのような恐怖を感じ…バッグの中の爆弾、その固さに手をやって

勇気を奮い起こして。セルリアンのいる方向へ、走る。

「…おじいちゃん、私…やるからね」 コツメの目が固く、前を見つめた…





12-2

同時刻―― 特大型セルリアン「アメフラシ」は荒川を高速で遡上。

それを追う、セルリアン対策班SAFT、警備二課のハンターたち。

双葉と矢張の車両は、湧き出していた大小無数のセルリアンをしんがりに置いた

ジョフロイネコとハシビロコウをぶつけ、そのスキに突破する。

「…ハシビロちゃん! ヘリを助けてやってくれ、あれ50億とかすんだ!税金で!」

突っ走る双葉のパジェロを追う、双葉が運転席から外に叫んだときだった。

『…こちら対策7、上空のカワラバトでえす。…たいへん! アメフラシは進路変更、

 荒川ロックゲートを越えて旧中川に侵入したよ! セルリアンもどんどんわいてる!』

上空からの報告が無線機に響き、

「なにい!? あの化物、東京の土地カンあんのかよ! やべえ、下町に入られる!」

双葉が呻いたときには、目の前のパジェロは素早く進路を変え477号線に入る。

矢張のアルファもそれに続いたとき、

『…こちら対策9、上空の対策7へ。アメフラシの進路は!?』

無線からカバの緊迫した声が響く、それに数秒、張り詰めた時間が流れ。

『…上空でえす、目標は旧中川を北上… あッ!? 違う、あいつ…!?』





12-3

『…アメフラシ、小名木川運河へ侵入! 西へ向かってます! …速いし!』

…やべえ、まずい。上空からの報告に。

無線のノイズの中に矢張、そしてカバの焦燥が走る。

小名木川は江東区の人口密集地を東西に流れ、隅田川まで続いている。どこで上陸され

ても被害は甚大になる上…住民の避難は困難を極めるはずだ。

矢張の顔に、焦燥と絶望の汗が浮かぶ。そこに、

『…こちら対策3、真坂だ。ロックゲート付近のセルリアンは俺とアイアイで排除する』

「真坂の兄ぃ! 頼む、こっちはアメフラシを追う!」

江戸川から駆けつけたベテランの無線に矢張が涙の出そうな声で答える。さらに、

『…上空でえす! 目標、小名木川クローバー橋で停止。にょーんって伸びて、きもい。

 体中に目がわいて…何か探してるみたい。…あ! 動いた、今度は…北上!』

上空からのその無線が飛び込んだ時には、双葉と矢張の車両は川を越え、

「カバさん、横十間川に入られた! だが…あと2分もすりゃ追いつくぜ!」

『…東岸で追尾するわ、来て。…アメフラシ、何が狙いなの? どこに行くつもり…』

カバからの無線が響く中、矢張の隣でタブレットを注視していたリカオンが。





12-4

「トシさん、アメフラシの目標は…たぶんヒトや電力じゃない。場所、だと思います」

相棒、バディの冷静な、だが胸騒ぎを隠せないリカオンの声に矢張は。

「場所? って、このまま北に進んだら…おい、まさか」

その矢張の目に。アルファのフロントガラス越しに――青い秋空に突き立てられた、

ひときわ高い建造物…東京スカイツリーが、映る。

「まじでお上りさんかよ、腐れ寒天!? セルリアンがスカイツリー登って何すんだ?」

「トシさん、スカイツリーは強力な電波塔です。それを吸収して、何かする気かも…」

下町の路地を、きわどい速度で疾走するアルファ。そこに…

『…!? とし、どうしたの? 苦しいの、ねえ!? 車を停め…えっ、なに?』

 ――大壊嘯……

「はあ? 双葉、なんだそりゃ、ダイカイショウ? 何のことだよ?」

パジェロから、苦悶したような双葉の声が無線で響き、そして途絶える。

だが、矢張の前方を疾走するSUVは減速することなく、北上する目標を追尾。

「…見つけた!!」 矢張の目に、運河の水を蹴立てて進む黒い巨体が映る。

だが。同時に…アメフラシの巨体、その背中が泡立ったようにふくれあがって…いた。





12-5

市街を走るコツメカワウソ、彼女の胸の中の…どす黒い恐怖は大きくなってゆく。

…セルリアン、矢那老人の仇、アメフラシはすぐ近くにいる…!

…墨田区へ、総武線をこえて下町に入ると、避難の混乱はひどくなっていた。

セルリアンの侵攻速度が速すぎた。運河の街、水の町の東京下町は全域が危険になり

人々は…悲鳴、怒声を撒き散らしながら逃げ散ってゆく。

所々に、恐怖や疲労ですくみ動けなくなってしまった老人や子どもたちがいたが…

コツメは何度もその前で立ち止まったが…その数は、あまりにも多すぎた。

「…ごめんね、ごめん…!」

彼女は、自分の開いたままの目からぼろぼろと涙がこぼれているのを感じて…だが。

…あいつを、やっつけなきゃ…! あいつを、やっつければ…!

コツメは、真っ黒な恐怖と威圧を撒き散らす、見えない敵の方へ…街を走る。

彼女の目に、別の事件で焼けて更地になった区画、古いアパート群が映った…とき。

 ブォオオオ! と、空気が震え。ビルほどある真っ黒な巨体がその身を立てていた。

怪物の全身に、ボコボコと大小無数の単眼が浮かび…

「あ、ああ……」 そのひとつがギロリ。怯えきったコツメを、見た……





13-1

同日、午前11時20分。荒川から運河に侵入した特大型セルリアン「アメフラシ」は

十間橋付近で市街地に上陸、近辺の住居を破壊しながら浅草通りに移動。そして、

どす黒く染まった、軟体生物型の怪物が鎌首をもたげ、立ち上がる。

全身に大小の眼球がうごめく巨体…その高さは、5階建てのビルほどもあった。

 ブォオオオ! 

アメフラシ、その鳴き声のような轟音が周囲を震わせると、逃げ惑っていた住民たちの

あいだにパニックが走り、その場で恐怖にうずくまってしまう人々も多く、出る。

そこに。真紅のアルファロメオがタイヤの悲鳴を上げながら突進した。

「…くそ! 双葉! お前はスカイツリーに向かえ、ここは俺とリカオンで…!」

警視庁のセルリアンハンター、矢張がアルファを停車させ無線に叫ぶ。

その傍らを、パッシングで返事をしたハンター、双葉のパジェロが走り抜けていった。

矢張が車のトランクを開き、白木のバットをもった相棒のフレンズ、リカオンが助手席

から降りたとき…だった。

再び怪物が地響きのように吠えると。その黒い巨体が泡立ってふくらみ、そこから

浮遊型が、そして地面からは大小のセルリアンが無数に出現する。





13-2

駆けつけた警官、そして消防隊員たちが怪物から人々を遠ざけ、避難させているそこに

湧き出したセルリアンの群れがせまって…新たな悲鳴がふくれあがる。

トランクから出したショットガンに対セルリアン用散弾を詰め込んだ矢張が、

「クソァ! リカオン、住民の保護と避難を優先だ! 雑魚どもをぶっ飛ばせ!」

「了解です! …! トシさん!」

リカオンが、矢張のほうに音もなく滑ってきていた車ほどの大きさのセルリアンを蹴り、

宙に浮いたその青い怪物をバットでフルスイング。弱点の石にミート。

 パカァアアン! といい音がして、中型セルリアンは一瞬で砕け散った。

「ナカハタ絶好調! リカオン、俺はいい! 住民を助けてやってくれ!」

矢張は迫っていた浮遊セルリアンをショットガンで撃ち、ケラチンの粒弾で破裂させ

ながらバディのリカオンに命じた。

リカオンはコンマ数秒だけ迷ってから、うなずき。マスターの矢張を残して逃げ惑う

人々のほうへ、そこに群がるセルリアンへと突進してゆく。

ショットガンに弾を込めた矢張は…目の前、数十メートルしか離れていない巨大な

アメフラシの異形に、ごくっとツバを飲みギリギリ恐怖に耐えた。





13-3

…でけえ。…こんなの無理だ、どうしろってんだ…!? 矢張がうめく。

…だが。高く伸び上がったアメフラシは…動いていなかった。

その表面に、不気味に浮かんだいくつもの目でどこかを…いや、違う。

あきらかに、目前で空にそびえるスカイツリーを怪物は、アメフラシは見ていた。

「…! 双葉の言ったとおりかよ、くそったれ!」

そして。再び、アメフラシの巨体が動き出した。

バキバキと轟音を立て、川沿いの建物やアパートを下敷きにして潰しながら…怪物、

アメフラシはスカイツリーの方へ這いずり、進んでゆく。

矢張はその行き足を止めようと…だが、湧き出したセルリアンの群れが飢えたように

矢張に、そして逃げ遅れている住民たちに押し寄せていた。

リカオンはその目から虹色の粒子をこぼしながらセルリアンを砕き続ける、が…

「!? トシさん、アメフラシが…! また川に入る!まずいです! …ク!」

悲痛な遠吠えじみたリカオンの声、そこに矢張が撃つショットガンの銃音が重なる。

「やめろリカオン! 追うな、おまえは水の中無理… ん? ん、んッ?」

叫んだ矢張の視界に、一人の小柄な、見知らぬフレンズの姿が急に飛び込んだ。





13-4

…こわい! …でも、あいつを…セルリアンを、アメフラシをやっつけないと…!

コツメカワウソは、建物を押しつぶす轟音を撒き散らしながら進む、真っ黒な怪物の

ほうへと、走る。逃げ惑い、避難しようとしている人々と入れ違いに、走る。

「…ぅ、うう。…これが、セルリアン…」

とうとう、コツメの足が恐怖と威圧で止まってしまう。

ビルほどの大きさがある巨大セルリアン、その前で…コツメカワウソは、自分がいかに

無力で、愚かなのか思い知って。そしてバッグに入った爆薬に、そっと手をやる。

「ど…どこで爆発させるの…? どうやって、近づけば…」

そのコツメの目に、人々を襲おうとしているセルリアンの群れを抑え、潰している

犬型のフレンズ、そしてヒトの男の姿が映る。

それと同時に…逃げ遅れたヒトたちの悲鳴がいくつもほとばしった。

移動するアメフラシ、その巨体から伸びた無数の黒い触手。それが逃げ遅れていた

人々に、それを守っていた警官たちに襲いかかって捕らえ、宙に吊るし上げる。

…血の凍るような人々の、悲鳴。そのままアメフラシの中に飲み込まれ、消え…

「…あ…! あ、ああ…!」 コツメの目に、恐怖とそして黒い…





13-5

アメフラシは、人々を飲み込み…だが。宙吊りにした、逃げ遅れていた老人たちは

その眼球で見てから…そのまま、興味を失ったように高所から投げ捨てる。

老人たちの悲鳴が、地面に叩きつけられ身体が砕けた音とともに…フッと消える。

「…あ、あ…! この…!」

コツメの目に、胸の奥に。真っ黒な…彼女がこれまで感じたことのない感情が浮かんだ。

怒り、そして…憎悪。…あのセルリアンが…許せない…! こいつを… …ろす!!

コツメが激情に足を動かし、黒い巨体に突進した…だが。

「……!? ぅ、うわあ!」

その身体に、アメフラシの黒い触手が巻き付いていた。倒れた彼女に、別の触手が

伸びる、が…それらは彼女のバッグ、その中の爆薬に気づいたように動き回る。

彼女は、飲み込まれなかった。その代わりに…コツメの身体に、周囲にうごめく

セルリアンの群れが押し寄せ、へばりつき、覆いつくしていった。

…しまった…! コツメは、一瞬で呼吸も視界も…体温も奪われる。

「…あれは…誰? あッ…トシさん!」 その光景を見ていたリカオンが叫ぶが。

アメフラシの巨体は、コツメを川へと引きずり込み…巨大な水柱がふくれあがった……





14-1

同日、午前11時30分。荒川から運河に侵入した特大型セルリアン「アメフラシ」は

浅草通りに上陸後、再び北十間川に入り、東京スカイツリーを目指して移動していた。

…やはりアメフラシの狙いは、スカイツリーだ。

スカイツリーのほぼ真下、おしなり公園に布陣した警備二課、ハンターの双葉。

車から対セルリアン用の振動地雷を降ろしていた彼の目に、数百メートル離れた

場所で川に入ったアメフラシが立てた水柱が映る。

そして…東京の一大観光地、スカイツリー。特別警報が出ていたとは言え、観光客が

まだ多数、避難しきれずに残っているここで…怪物を食い止めねばならない。

その双葉に、無線応答をしていたフレンズのカバが声を張り上げる。

「…とし! 対策本部の若屋さんからよ! あと少しで増援がヘリで来るわ!

 若屋さん、クビ覚悟でキンシコウとセンザンコウを連れてきてくれてる…!」

双葉は黙ってうなずき、空を見る。…南の方向に小さく、警視庁のヘリが見えていた。

…間に合うか? …間に合っても、あの怪物を抑えられるか…?

そこに。別の無線を受けたカバが。

「とし、アメフラシが所属不明のフレンズを食ったって矢張君が!」





14-2

…浅草通りに上陸した怪物、アメフラシは運河沿いの建物をなぎ倒し…

そして逃げ遅れた人々を無差別に捕らえて捕食し、そして。

スカイツリーの威容をその眼球に映したセルリアンは、再び運河に飛び込んで進む。

「…くそったれ! リカオン、追うぞ!」

アメフラシの周囲に湧き出した大小のセルリアンを駆除、し、避難する人々を守って

いたハンター、矢張とリカオンの周囲に、アメフラシが蹴立てた津波のような川の水が

押し寄せ、ガレキを流してゆく。

それと逆行するように、セルリアンの群れはアメフラシを追って川の中に消える。

「…ヘリで若屋の旦那が増援をよこしてくれた! キンシコさんとセンちゃんが

 来てくれるんなら…全チームで、双葉と俺らであの怪物をフクロにすんぞ!」

「了解、トシさん。…さっきのフレンズの子は…アメフラシに、川の中へ――」

もう、どうしようもねえ…! アルファを急加速させて矢張がうめく。

真紅の車は、浅草通りを押上駅方向へ突っ走る。

「…アメフラシが上陸るとしたらおしなり公園か、すみだ水族館前だ。そうしたら、

 俺らは背後から振動地雷で足を止める、30秒でも1分でもいい! やるぞ…!」





14-3

……。水中に引きずり込まれた衝撃で、コツメカワウソは一瞬、気を失っていた。

…くるしい… …冷たい…痛い… 苦悶が彼女の意識を呼び戻した、が…

アメフラシの触手で体を締め付けられ、そこに大小無数のセルリアンが取り付いて。

コツメの体は運河の水底、そこを引きずられる衝撃と水圧で痛めつけられ…

…そして。

セルリアンの群れが体に張り付いて…彼女の体温と力と、“輝き”を奪っていっていた。

もう、コツメの目は映さず…彼女の得意な水の中でも、指一本動かせない…

…私、何もできなかった…このまま、しんじゃうんだ…

…ごめんね、おじいちゃん… …かたき、とれなかった…

セルリアンに輝きを吸われ、コツメカワウソのフレンズ、彼女の…ヒトの少女の体を

構成していたものが、そして。ヒトとともに暮らしていた大切な記憶も消えてゆく。

…そうだった、私… …だいじな友だちの、ジャガーにもなんの話もしなかった…

…ジャガーに会いたかったなあ… …ジャガー、彼氏と… たのしいかな…

ボコッと、コツメの口から肺に溜まっていた空気が泡になって…消えた。

…死ぬ…んだ… コツメカワウソの自我が消えてゆく… …その奥底で…





14-4

――思い出せ

…… …えっ、なに… 誰… ……ああ、これ…私だ…… …すごく昔の、私……

――思い出せ 私の細胞 思い出せ 私の血液 思い出せ

…… …えっ、なに…を? ああ、そうか…昔は私…

――お腹いっぱいなのに。食べもしない魚をたくさん捕まえて。川岸に並べて。

…そうだった。あのとき私、なに考えてたのかな… ああ、うん。そうだった…


――思い出せ 私の細胞 私の血液 思い出せ おまえは なにをしてよろこぶ?


 思い出したよ 私の たのしい はね――


その瞬間。

セルリアンの群れに包まれていたコツメカワウソの身体、そのきゃしゃな指先が

ビクっと動いた。

彼女の顔。そこに――ナイフで裂いたような、赤黒い二つの切れ目がカッと開く。





14-5

アメフラシが水中を進み、黒く泡立ち波立っていた運河、北十間川の川面が。

 kyiaaaaaaaaaaaa!!!!

瞬時に、汚れた水面が真っ白く泡立って。運河の水全体が沸騰したように吹き上がった。

「…!? う、うわ! な…なん…だ!?」

「…!! トシさん! まさか、これ――」

運河の濁流が、金切り音じみた爆音とともに吹き上がり、その衝撃で矢張のアルファは

転倒しそうになりながらガレキに突っ込む。

…ガラスが擦れ合うような、耳障りで甲高い爆音は…水中から響いていた。

そして沸騰したように爆発した水の中に、セルリアンが破裂したときのきらめきが

無数に混じって吹き飛び、消えてゆく。その破砕された水と、重力の瀑布の中。

 ブォオオオ! と別の爆音が響き、同時に水中からアメフラシのどす黒い巨体が

逃げ出すように跳ね上がって市街に落ち、建物を砕きながらのたうち回る。

あきらかに苦悶し、潰れた眼球から黒い液体を垂れ流し…魚のように跳ねる、怪物。

「!? なんだ? アメフラシが…音爆弾くらったガノトトスだ、ありゃ…」

――それを追うように。泡立つ水中から、灰黒色のヒトの形が跳ね上がり、着地した……





15-1

同日、午前11時35分。荒川から運河に侵入した特大型セルリアン「アメフラシ」を

追跡し、同セルリアンの目標と思われる東京スカイツリーに先行していたハンターたち、

警視庁警備二課の双葉、そしてフレンズのカバ。押上駅入口に布陣した彼ら。

その目に…

「なに!? いったいどうなってるの、アメフラシが…?」

巨大な怪物、アメフラシはいったん浅草通りに上陸し、その後再度、北十間川に入水。

あと1分足らずででスカイツリーの直下に達し、上陸するはずだったが…

そのどす黒い怪物の巨体は、突如、川から逃げるように跳ね上がり、川沿いの建物を

なぎ倒しながらのたうち暴れていた。釣り上げられた魚のようなその有様。

そして数秒遅れて、沸騰したような謎の爆発が蹴立てた川の水が、双葉とカバ、そして

逃げ遅れていた観光客たちの足元に押し寄せた。

くるぶしまで埋まるその濁流の中…双葉とカバは、自分たちが貴重な数秒をぼうぜんと

無駄にしてしまったことに気づき、動き出す。

彼らの上空には、ようやく到着した増援の警視庁ヘリが降下。爆音とダウンウォッシュ

の中を、金色の輝きが、フレンズのキンシコウの姿がさっそうと飛び降りる。





15-2

「…ごめんなさい遅くなりました! でも…間に合ったのかしら? あれは…」

警備二課の中でも古株、そしてトップの撃破スコアを持つフレンズ、キンシコウが

飛び移った街路樹につかまったままアメフラシの方をうかがう。

「わからない…! でも何かと交戦したみたい、セルリアンの群れが吹きとんでいたわ。

 矢張君たちじゃあ、ない…! …この感覚…」

カバ、そしてキンシコウは。無意識のうちに、自分たちの髪がわずかに逆立っている

のを感じていた。フレンズしか感じないこの感覚は、まさか…

「キンシコウ! ここでとしと観光客を避難させて。まだツリーには人がいるの!」

彼女のマスター、そしてキンシコウは無言でうなずく。

ここから数百メートル。陸上に上がったアメフラシは、暴れるのをやめていた。

耳障りな地響きめいた、怪物の鳴き声が広がって…青黒い巨体が、野太い蛇のように

鎌首をもたげて、いる。その全身の眼球が、何かを凝視していた。

「…ちょっと様子を見てくるわ」

カバは、彼女のマスターの双葉が小さくうなずいたのに笑みをかえし、そして。

手近にあった街路樹の幹にその両手をあて むん と全身に剛力をこめた。





15-3

「…!? な、なんだあ、ありゃあ? 何が起こったんだ…?」

濁流に押され、ガレキに突っ込んでいた車の運転席で…ハンターの矢張は、目の前の

光景にぼうぜんとした声を出す。その隣、助手席のフレンズ、リカオンが。

「…あの子…!? …野性解放、してる… いや、違う。これは… 暴走だ――」

「はあ? なんだそりゃ…まさか、あのちっこいゴジラみたいなのは…!?」

…フレンズなのか? 矢張の目には…二つの怪物が、映っていた。

ダメージから回復し、野太い大蛇のように鎌首をもたげるアメフラシと。そして。

「…ハ! ハァアアアッ! ハッ! ハ!」

小柄な異形が、怪物と向かい合っていた。灰黒色の髪、そして体を包む黒い水着の

ような服。そこに千切れた白衣の残骸が、そしてウェストバックが残り…

その背後からは、身体よりも長く、そしてのたうつ黒い尻尾。…異形が、そこにいた。

「まさか、あのちっこいのが水の中からアメフラシを…?」

矢張が声を漏らした、その時。

 ブォオオオ! とアメフラシが咆哮し、同時に。再び周囲の地面から、そして怪物の

背中から大小のセルリアンの群れが湧き出し、その単眼で…小さな異形を見る。





15-4

そのセルリアンの群れは、いっせいに動き、小柄な異形の方へ空と地面から突進する。

…まずい! 矢張とリカオンが車を降りようとした…時。

小柄な異形。コツメカワウソのフレンズ、だった“もの”の赤黒い目がつり上がり、

耳まで裂けたような口が、あきらかに笑って…喉が、のけぞった。

  kyiaaaaaaaaaaaa!!!!

その異形が咆哮すると…周囲の空気、空間が断熱圧縮されて波打ち、その衝撃は爆轟の

速度で、瞬時に周囲をなぎ払った。異形を爆心地にした炸裂。

「…!?」 矢張は目を見開き…

異形に飛びかかろうとしていたセルリアン群が瞬時に粉砕され、ガレキが吹き飛び、

残っていた建物のガラス窓が瞬時に砕け散ってゆく。木材、可燃物が燃え上がる中。

「……!! まずい、トシ…!」

リカオンが運転席のマスター、矢張の身体を座席の下に引きずり倒したその瞬間。

彼のアルファロメオのフロントガラスが衝撃で砕け、散弾のように吹き飛んでいた。

「…あ、が…」 致死の衝撃を避けた矢張だったが、その余波で。

「…トシさん!?」 リカオンの下で、矢張は鼻から血を流して失神して…いた。





15-5

その衝撃波は…異形、コツメカワウソに伸びていたアメフラシの触手、そして体表を

引き裂いていくつもの眼球を潰していた。潰れた眼球と黒い粘液があふれ、落ちる。

 ブモォオオオ! と苦悶じみた響きを上げるアメフラシ。その巨体に…

「ハハハ、ァアアア!」

あきらかに、笑いの音色。咆哮を上げたコツメは、駆け、飛んで。その動きを眼球で

追うアメフラシの巨体に張り付くと、金切り声のような歓喜の声で叫んだ。

コツメの両の手、不気味に大きく見えるその鉤爪の手がアメフラシの体表に刺さり、

黒い粘液が動脈出血のように飛び散った。その噴出、怪物の苦悶の中。

…ズボッ! とコツメの片手が彼女の身体よりも大きなアメフラシの眼球、その一つを

えぐり、ちぎり取って。その下に隠れていた、幾何学的な形をした自動車ほどの

大きさをした青いコアを、セルリアンの“石”を見つけ、その口が邪悪に笑う。

…だが。コツメがその石に爪を振り上げるより早く、彼女の背後に迫っていた怪物の

触手、その先端から吹き出した黒い粘液が…コツメの身体に飛び散っていた。

「…ギャ!! アアアアアア!」 コツメの身体から焼けただれる煙が吹き上がった。






15-6

怪物の巨体からコツメが苦悶の金切り声をあげながら転がり落ちる。

地面に叩きつけられた彼女の身体は…左腕がただれ、数本の指が毒酸で焼け落ちていた。

その顔も、片方の赤い目が焼かれ、潰れ…だが。

「ガッ! ハ、ァアアア!」

歓喜、そして憎悪。コツメは吼えながら起き上がり、自分が露出させた弱点の石がある

高みへ、残った目を吊り上げる。そこに再び、アメフラシの身体から伸びた射撃型の

触手が狙いをつけ…毒酸を噴射した。

…その場から跳び、それを避けたコツメだったが。口から、ギャッ!と叫びが溢れる。

毒酸に片足を焼かれ、また地面に転がったコツメ。その身体に再び、毒酸が襲う。

だが。その毒液は赤い盾に――リカオンがアルファロメオからもぎ取ったボンネットの

鋼板、それをシールドにしたリカオンの陰にコツメは一瞬、守られる。

「…君はいったい!? いや、もうやめるんだ! 元に戻れなくなる!」

煙を上げ焼けただれる鋼板の下、リカオンがコツメに叫ぶ。…が。

「…ウ! る…サアア!」 コツメは憎悪に引き歪んだ赤黒い目から虹色を撒き散らし

吠えると。彼女たちに迫るアメフラシの巨体へ、鋭い歯を剥きだしにした……





16-1 キンシコ

白昼の東京スカイツリー、その直下に上陸した特大型セルリアン「アメフラシ」は

警備二課、SAFTのハンターたち、そして…

条件付け拘束無しに、本能に任せた“野性解放”でおのれを怨身させたコツメカワウソ

との交戦でダメージを負っていた、が…その巨体と破壊の力は未だ、健在だった。

「…双葉さん! 最後の入場客とスタッフがタワーを出たわ、避難はもう大丈夫」

数百メートルしか離れていない、怪物と謎のフレンズの戦いを見守るしかなかった

ハンターの双葉はキンシコウの声に振り返り、うなずいた。

双葉は、車から降ろした棍棒。鮫の歯を植えた船のオールのような得物を担ぎ。

彼はキンシコウのマスター、上司でもあるハンター、井伊取締官たちに頼む。

「…わかった双葉。あれがツリーに取り付くと世界が終わる、ンだったな。任せろ」

「私と主人でここは守りますね。…無茶はしないで、すぐセンちゃんたちも来ます」

双葉が二人にうなずき、アメフラシの方へ駆け出したとき…だった。

 とうおるるる 双葉の装備ベストの奥で、彼の個人用携帯が鳴った。

!? 友達がいないとしあきの彼。その携帯を鳴らすのは… ひとりしか、いなかった。






16-2 リカオン

建物と車、ガレキを踏み潰し、砕きながら怪物アメフラシの巨体が…迫る。

酸でグズグズになった車のボンネットを投げ捨てたリカオンは、装備ベルトに付けた

対セルリアン用の爆薬、19式破砕装置に手をやる、が…“石は”…?

「…ガ、ぁアア! ア! あイつ… す! コろス、んだ…!!」

へばりついたアメフラシの毒酸で、生きながらに半身を焼かれているコツメカワウソが

這いずるようにリカオンの前に、出る。その手は、引き裂けそうなバッグにかろうじて

入っていた矢那老人の爆薬に触れていた。

「…ムチャだ! 水の中に逃げろ、その毒を流さないと…! ク…!」

叫んだリカオンの目に…自分たちを狙って伸びる、先端が邪悪にふくらんだ怪物の

触手が映って…歴戦のリカオンの目にも、焦燥と、チカッと絶望が映る。…だが。

バム! と彼女の背後で銃声が弾け、触手はケラチンの散弾で粉々に吹き飛んだ。

「トシさん!!」

泣きそうな声で振り返ったリカオンの目に、撃ったばかりのショットガンを杖にして

立っているマスター、矢張の姿と…泣きそうな男の顔が映る。

「クソァ! 俺のアルファが… あれにいくらゼニ突っ込んだと思ってんだ…!」





16-3 丸太

矢張はショットガンをポンプし、リカオンとコツメを守るように前に…よろめく。

「…! 逃げてトシさん! ヒトのあなたじゃ無理…」

リカオンが、彼女のマスターを抱えて逃げる決心をした、その時。

アメフラシの背後、京成橋交差点の方向から何かが…奇妙な“もの”が跳躍し、そして。

 ズガァアアアン! と。地面が震える衝撃と轟音が周囲を貫いた。

「…えっ!?」「…グ、が!?」「っしゃああ!」

瞬時に、アメフラシの巨体がのたうち、悲鳴じみた咆哮が空気をビリビリ震わせる。

怪物の巨体、地面にへばりついていた尾、尻に当たる部分に…

宙から鯨打ちの銛のように襲いかかった丸太が深々と突き刺さり、それはセルリアンと

地面のアスファルトまで深々と貫いていた。アメフラシはもがくが…身動きできない。

「やっと…つかまえたァ!!」

その丸太、否。地面から引き抜いた街路樹の枝を払っただけの、巨木の杭を突き立てた

フレンズのカバは、その木から飛び退いて ズン! と地面に着地する。

「…決まったぁ! カバさんの覇王一本杭!」「…勝手にへんな技名つけないで」

矢張の歓声。カバは、虹色の粒子をこぼす目を細め、アメフラシを見。





16-4 カバ

…ブォオオオ! 巨木の杭で芋刺しにされ、のたうち暴れるアメフラシの巨体に。

カバは、その短い距離を何事もなかったように歩いて、距離を詰める。

怪物は邪悪な触手を伸ばして、その先端から毒酸をカバの顔を狙って噴射する、が…

カバは表情ひとつ変えず歩き、その端麗な美貌に飛んでくる毒液をスッ、スイと

小首を数度、傾げるだけで躱して。アメフラシのどす黒い巨体の前で、止まる。

――そして。カバの振り上げた右拳がアメフラシの巨体、その一部を殴った。

 ズドム!! と爆発じみた重い音が響くと、カバの拳、その点から怪物の全身が

もみくちゃにされて震え…再び、今度は左の拳が巨体をミート、轟音が響く。

「これはマヌルのぶん! これは…みんなのぶんよ!」

…凄まじい衝撃力のエネルギーでサンドバッグにされる、セルリアンの巨体。

一番近いのは、バリスティックジェルを大口径銃で撃ったスローモーション動画、

その有様で…アメフラシの巨体が蹂躙され続ける。

悲鳴じみた咆哮をあげる怪物の巨体から、衝撃で黒い液体が、組織が吹き飛ぶ中。

「…! 石が見えた! やります!!」

爆薬を手にしたリカオン、そしてコツメが見る前で、





16-5 波濤

アメフラシの巨体から、ブチブチと何かが引き裂けるような異音が、響いた。

「なに…?」 カバが一瞬、怪物を殴打する拳を止めたそこに。

「…ガ! …まッテ、あいツ逃げル…!」

毒酸に体を焼かれ、這いつくばっていたコツメカワウソがうめき。その声が消える

前に、アメフラシの巨体がキュウウウと窄まり…バツン!と、二つに割れた。

巨木の杭で芋刺しにされた後ろ半分、そこが杭ごと残され…瞬く間に分解する。

…しまった!! ハンターたちが息を呑んだときには。

体半分を自切したアメフラシは、跳ねるようにして運河に転がってゆく。

「あいつどんだけ多芸なの! …とし、アメフラシが…逃げる!」

カバが無線機に叫び…リカオンが全力で駆け、必死に逃げる怪物を追う。

「…ぐ…! アぁあああ! コ…ろス!」「な…!?」

そのリカオンの視界のスミで黒灰色の影が跳ねて…まだ動く足でアスファルトを蹴った

満身創痍のコツメが、半分になったアメフラシの身体にとりつき、牙を立てていた。

「あ、あの子…!!」 リカオンの手は…ギリギリ、届かなかった。

アメフラシはコツメに取り付かれたまま運河に飛び込み、巨大な水柱、津波が溢れた。





16-6 泡

北十間川の水底をスカイツリー方面に逃走するアメフラシ、その体表には満身創痍の

コツメカワウソの体が…文字通り食らいついて、離さなかった。

「…グ…ぁ! …おジ…い、ちゃ…!」

アメフラシは食らいついた敵を剥がそうと、その巨体を運河の岸、水底にこすりつけ

叩き当てて暴れる、が…命を削られてゆくコツメの体は、離れることなく。

顎と牙で咬み、そして動く片足の指で怪物の体表を這って…奔流の中、進む。

まだ開く片方の目が赤黒く、つり上がり…汚水の激流の中、アメフラシの巨体から

露出している弱点、自動車ほどある“石”に。

――やるよ 私 おじいちゃん… まだ動く彼女の右手には、矢那老人の爆薬があった。

激流の中、水底に叩きつけられながら…コツメは牙で、対セルリアン爆薬――

18式破砕装置の起爆ピンを引き抜いた。即時に、泥水の中で赤いLEDが点滅する。

アメフラシは、その意味がわかっているのか…

 ビィギイイ! と水中で悲鳴じみた音を出し、暴れる。

コツメは信管が作動した爆薬を、アメフラシの“石”に押し当て、そして。

…水中では、爆薬の底部が吸着しないことはわかっていた。コツメの目が閉じられる。





16-7 

動く右手の鉤爪はアメフラシの“石”に突き立って、彼女の体は“石”の真上で点滅

する爆弾の上に覆いかぶさり…残った力の全てでそこにしがみついた。

…その瞬間。石に触れたコツメの中に、何かの気持ちが奔流のように流れ込んでくる。


 …やめろヤメロ… …おまえも死ぬぞ… …世界をヒトツに…元の形にモドスのダ…

 …僕、おじいちゃんとスカイツリーに登りたかったなあ… …シニタク ナイナア…


コツメの顔に、わずかに…さびしげな色が浮かぶ。 …そっか…私も…死んじゃうね…

――さようなら みんな

作動から正確に5秒後、18式破砕装置は炸裂。アメフラシの“石”を粉砕した。


「……!?」 ハンターたち。双葉、矢張、そしてカバ、リカオン。その目に。

アメフラシが水中でもがき、波打っていた運河の水が当然、巨大な爆発の水柱を立てた

のが映り、そして。その飛沫の中にはセルリアンが破裂、消滅したとき特有の煌めきが

大量に混じっていた。…それが消えたあとには――何も浮いては、こなかった……





17-1

…もう苦しくもなかった。…痛くもなかった。…ただ……

…ただ、暗く…重く…冷たかった。

…私、死んじゃったんだな… 彼女は重くて暗く、冷たいどこかに沈んでゆく意識の

中で考え…その身体は、運河の冷たい水の中にゆっくり沈んでゆく。

もう、体を動かすことはできなかった。灰の中の空気も冷えて固まっていた。

ただ、ひたすらにすべてが重く、暗く、冷たく…コツメカワウソの身体が沈んでゆく。

…おじいちゃん、私…ちゃんと出来たかな、かたき、うてたかな…

…もう、わかんなくなっちゃった… …ごめんね、もう戻れない――

彼女は意識の淵、その底で…自分が生まれて初めて、ウソをついたんだと…思っていた。

…私、戻るって言ったのに… …ごめんね…


……。もう、閉じることも出来ず、半開きになっていたコツメの目に、そこへ。

真っ暗で冷たかった水の中を、何かが…黒い何かの影が近づいて来るのが、映った。

…セルリアンが残っていた、かな… …いいよ、食べても…もう、私は…

彼女が、最後の力、意思でその目を閉じようとしたとき。





17-2

水の中を近づいてくるその影、そこに…ぼうっと、二つの光が見えた。

…なんだろう? …セルリアン… …なに…?

その二つの輝きは、暗い水の中、はるか上から差し込む弱々しい陽の光を吸って、

ヒスイの色に輝いて、そして…まっすぐにコツメカワウソを見て、泳いできていた。

…その二つの輝きは、美しい大きな瞳は。水の中、温かな笑みを浮かべて。


……! …ああ、ああ……! コツメの口から、ボコッと泡がこぼれ、のぼってゆく。


そのコツメカワウソの手を、温かな手指が捉えて強く、やさしく握りしめていた。

再び、コツメの口から泡がもれて…凍てついていたその顔が、くずれ、目が開く。

…ジャガー……! …ごめんね、私……!!

強く握った友だちの手、その温かさがコツメカワウソの手に、そしてそこから腕へ、

全身へ、熱を持った輝きになって巡ってゆく。彼女は自分の体が引っ張られ、水面へ、

太陽がの眩しさが揺れる世界へと浮かび上がっているのを、感じていた。

…私…またあの場所に戻るんだ…! コツメの目から見えない涙が水の中に、消えた…





17-3

白昼の東京スカイツリー。その直下、特大型セルリアン「アメフラシ」が運河の中で

爆発四散した波濤をかぶって濡れた公園船着き場、そこには――

「…? おい、双葉。おまえんとこのネコ、うかんでこねえぞ…まさか…」

ハンターの矢張が、北十間川の川面を見…じりじりと流れる時間の中で、言う。

…だがハンターの双葉は何も応えず、彼の恋人が潜った川を…ただ、見つめる。

それは、駆けつけたほかのハンターとフレンズたち、伊達とカワラバト、キンシコウと

井伊、そしてカバ、リカオン…みなが同じだった。

…1分経過。だが、水面には日差しの照り返しが揺れるだけで…

友だちを探すため、川に飛び込んだフレンズのジャガー。その吐く息の泡すら無い。

そこに… 何機ものヘリが接近してくる爆音が迫って、いた。

爆音、ダウンウォッシュの突風を蹴立てながら警視庁のヘリが降下し、ハンターたちの

司令官である若屋参事官が降り立って部下たちに駆け寄った。

「双葉君から聞いた、ここに…アメフラシと交戦したフレンズが…?」

…はい、と双葉がうなずいたぞの時。

「…!! あっ、あそこ!」 カバの指が、水面の一角を指差した。





17-4

「…!? おっオッおおお? キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

矢張、そして伊達が抱き合うようにして歓声を上げるそこに。

ボコッと水面が泡立つと、そこから…ヒマワリの色をした、濡れた髪が。そして…

「パハァ…! とし、見つけたよ…! まだ大丈夫、生きてるわ!」

日差しをきらめかせるヒスイの瞳のフレンズ、ジャガーが小柄な少女を抱えながら泳ぎ、

即座にカバとリカオンの手で彼女は船着き場に引き上げられる。

「でも、怪我がひどいの。はやく病院に…!」

ジャガーの腕の中で。手足と、そして脇腹に傷を追った小柄な少女、コツメカワウソの

姿はひどく小さく見えていた。そこから滴る水に赤いものが混じって…

「わかった。私のヘリに乗せてくれ! 病院、いや…パーク振興会の施設に急ごう!」

若屋参事官が即決し、全員でジャガーとコツメを守るようにして船着き場から上の

道路へ、公園へと駆け上がる。

その中で、矢張が傷を追った少女に…泣きそうな目、そして??な目で。

「…さっきまで、小さいゴジラみたいだったのに。…普通のフレンズ、じゃねえか…」

「…知らないほうがいいですよ、トシさん」 リカオンが小さく諭す。





17-5

彼らが公園広場でタキシングしている警視庁のヘリに駆け寄った、そこに…

そのヘリと比べるとはるかに巨大な、海自のSH-60も接近し…空中から、重武装の

兵士たち“海坊主”をバラバラと降下させてきていた。

「…あいつら! 今ごろ…!」 爆風の中、伊達が吐き捨てるように言い…

さらに、その場に――ようやく到着した警察と消防の車両、そして…別の場所にヘリを

降ろした、あきらかにマスコミとわかる連中まで寄ってきていた。

「…まずいな。まずいです、参事官」

ベテランの井伊、そしてほかのフレンズたちがコツメの身体を隠すよう動く。

「クソ、ヒーローインタビューが早すぎるっての。まだ最終走者が塁に戻ってねえぞ」

…吐き捨てた矢張は。

不安そうな顔、そして傷ついた仲間を守るため、壁の一角になったリカオンの頭を

なでてから…一人、列を組み接近してくる海坊主の前に、立った。

「…お疲れサマッ!です! 海自のミナ=サン! いやあ、今回は助かりました!!」

……!? 突然の、その声とわざとらしい敬礼に、海自特戦隊がビクッと止まる。

「海自の猛攻で! やっとあの憎きアメフラシを撃破できました! スバラシィイ!」





17-6

…刑事時代は、口から生まれた男の異名をとっていた矢張が、わざとらしく続ける。

「魚雷とミサイルで瀕死になったセルリアンを、ここに追い詰めて撃破しましたが!

 アメフラシを倒したのは…海自のミナサン! ほら新聞社の方、こっちこっち!」

矢張は駆け寄ってきていたマスコミ勢を巻き込んで熱弁を振るう。

「自衛隊は世界一ィイ! ほんと、我々は後始末しただけなんですわー」

マスコミを呼び寄せ、べらべら喋る男の背後で…

それを察したフレンズたちは、コツメカワウソを抱いたジャガーを、そして治癒能力の

あるカワラバト、若屋参事官をヘリに乗せた。

伊達が発煙筒を焚いて誘導する中、警視庁のヘリ「はやぶさ」はスルッと空に舞い、

瞬く間に青空に駆け上ってゆく。

…それを見送るハンター、フレンズたちの顔にわずかな、だがやっと安堵が浮かんだ。

気づけば…降下した海自の部隊はマスコミに取り囲まれ…

マスコミも、非公開だった特殊部隊をつかまえてシャッターを切りまくっていた。

もう誰も、ハンターたちのことなど見てもいなかった。

その中…やっと、タバコを咥えてライターを探していた矢張に、リカオンがほほ笑む。





17-7

「…あの子を逃がすために、あんなでまかせを。…仕方ないヒトですね」

「はあ? 何言ってんのおまえ」 ムスッとした矢張は、対岸のガレキの方を見…

「俺のアルファ… あのままじゃ自損になっちまう。だが自衛隊が出張った、って

 コトになりゃあ保険が使えるからな。…部品取りにもう一台買わねえと無理かな…」

「ええー。もう捨てましょうよあれ。警察の車両でいいじゃないですか」

愉快そうに笑うリカオンの横で、矢張はムスッとしたままゴロワーズに火をつけた…


――東京上空を飛翔する警視庁のヘリ「はやぶさ」。その機内で。

「……。…あ、あ……? ここ… なに… わたし… …? ジャガー……」

「……。うん。いいの、もう。平気だからね… もう、大丈夫だからね」

友人のコツメを抱きかかえ、その髪をなでながらジャガーがゆっくり、一言づつを

赤子に匙で与えるようにして…言う。そのコツメの手をカワラバトが両手で握り…

そこから、温かな虹の煌めきが波になってコツメの全身に広がっていた。

「…私…ごめんね、ジャガー… ありがとう……」

「…気づくのが遅れてごめんね。でも…もう大丈夫」 ジャガーがほほ笑み、言った。






この日――


東京湾に出現し、荒川から運河に侵入した特大型セルリアン、通称「アメフラシ」は

海上自衛隊の特殊作戦群および警視庁警備二課セルリアン対策班により迎撃された。

一時は、アメフラシに墨田区スカイツリー直下までの侵攻を許したが、これを撃破。

対策班の調査により、アメフラシの完全消滅が確認された。

この功績は、自衛隊と警備二課の共同撃破として報じられ、世界的ニュースとなった。


「アメフラシ」に代表されるセルリアン被害に対し、一刻も早い対策、そして住民の

保護、避難のために国会で論議されていた国民保護法改正案が多数決で可決された。

セルリアン対策は防衛出動の一環である、という一文が改正案には明記される。

これにより、国内、市街地であってもセルリアン出現時には陸海空自衛隊が国会の

承認を待たず、国土庁および自治体の要請で出動できるようになった。


同日、警視庁のセルリアン対策班に、旭川、熱川から二体のフレンズが配備された。






…フレンズのコツメカワウソは、ずっと自分が眠っていた事を感じ…また眠りに落ちる。

…どれくらい、“ここ”で眠っているだろうか…?

ぼんやりした意識の中、彼女は動くようになった目で、この空間、自分の体を見てみる。

…最初はお風呂か、ベッドかと思った。

だがそこは、彼女の身体がすっぽり収まる何かの容器の中で…温かな溶液の中、彼女の

体は浮かべられ、温められ、加湿され。そして周囲にはサンドスターの輝きがあった。

…そして。焼け崩れていたはずの自分の手、そして身体が…何かの夢のように、元の

形に戻っているのを見て…コツメカワウソは、再び眠りに落ちる。

そんな時間がどれくらい過ぎたか。あるとき――

『…経過は順調です。損失、欠落していた部位もほぼ、再生しています』

『…意識も戻っています。瞳孔反応も正常、経口摂取させた流動食も消化しています』

…何か、難しい話をしているヒトの声が聞こえて、そして。

「…眠っているところをすまない。もし聞こえていたら、こちらを見てくれないか?」

…やさしい、男のヒトの声。大きな身体の男のヒトが彼女を見て…いた。







その男のヒトは、自分を警察の対策班、若屋だと名乗った。

「…君が当時のことを覚えているかどうかは分からないが。君は、国内の法律では

 禁止されている野性解放を行ってしまった。…わかるね?」

…コツメはタンクの溶液の中、小さくうなずいた。

…私、叱られちゃうんだ。…牢屋にいれられるのかな、それとも…

「本来なら、君を入管に引き渡してパークに強制送還しなくてはならない。だが…

 我々は君に助けられた、救われたんだ…これは紛れもない事実だ」

…ありがとう。その立派なヒトは、身をかがめ、コツメに頭を下げていた。

…?? となったコツメに、そのヒトはやさしい笑みを浮かべて、言う。

「…記録では。海自の海坊主がアメフラシにとどめを刺したことになったよ。

 うちの部下たちも納得してくれた。これで…今度は、我々が君を守るばんだ」

…ますます?なコツメに、モシヤ、と名乗ったそのヒトは。

「…君はあの場で騒ぎに巻き込まれて、大怪我を負っただけだ。でもフレンズの君は、

 こうしてサンドスターの力で…もとに戻ることが出来る。…すばらしい…」

「…君は何もしていない。野性解放もしていない。…何も覚えていない。わかるね?」






「…今度の事件は、許されるなら私も忘れてしまいたいくらいだよ。

 何の訓練もしていない、小型フレンズが…まさか――条件付け拘束無しの

 野性解放をするだけで、あの怪物…アメフラシをあそこまで追い込んで、そして

 撃破してしまうとは… ほかには絶対に知られてはならないことだ…」

若屋参事官は…その精悍な顔に大きな手をあて、深く、重い息を吐いていた。

「…我々人類は、フレンズの力で助けられ、破滅をまぬがれている…

 だが。我々はセルリアンよりはるかに恐ろしいものを、核兵器なんか比べ物に

 ならない恐ろしい武器を手にして戦っているんだ…」

…コツメには難しい話はわからない。だが、このひとも…

…大切な友だちのジャガー、そしてみんなと同じだと、コツメは気づいていた。

「…あと数日で、君はそこから出られるよ。そうしたら…家に戻っても、かまわない。

 もし…君にその意志があるのなら。うちのチームに、私のところに…来ないか?」

やさしい声、笑み。そのヒトに…だがコツメは首をふって…

「…ごめんなさい。私、約束したんだ…」「約束?」

「…おじいちゃんのところに、戻るって…」 ほほ笑み、言った……






                              おしまい




















だそくてき


その日――警備二課、ハンターたち。正しくは…

警視庁警備第二課警備装備第4係 セルリアン対策班SAFT。セルリアンハンター。

彼らに、待望のニューフェイス。久々の追加人員、フレンズのチームが参入した。

「…旭川から出向となりました。ヒグマです。遅くなってしまい申し訳ありません」

「彼女の相方、旭川消防本部のレスキューから出向となりました、政仁消防士長です」

「…パーク熱海支部から出向の、メガネカイマンです。こんごとも、よしなに」

「彼女がマスターに選んでくれた、財団法人ジャパリパーク振興会熱川支部の研究課

 飼育担当の吉都です。みなさん、そして彼女の期待にそえるよう尽力いたします」

対策班の控え室に通された、その2チーム、二つのマスターとバディ。そして…

…彼らの先任にあたるハンター、矢張巡査部長は彼らを見、ため息。

(…晩飯に、いっしょに焼肉屋はいるとか。そういうレベルじゃねーぞこいつらも…)

ヒグマと彼女のマスターも。メガネカイマンと彼女のマスターも。

あきらかに、いわゆる固い絆でガッチリコと結ばれているのが…わかる。






「よく来てくれた。多少、手違いはあったが…我々対策班にとっては、君たちは待望の

 新人、いや新戦力だ。心から歓迎するよ、ヒグマ君、メガネカイマン君――」

対策班のトップの一人、若屋参事官が彼ら、彼女たちとガッチリと握手をしながら

歓迎の言葉を送り、ほかのハンターとフレンズたちもそれに続く。

…そんな中。矢張は…新しいフレンズ二人を、正確にはそのボディの一部を注視し。

「…すげえ。カップいくつだよ… …てかどっちもノーブラかよ… 嘘だろ承太郎」

羨望、嫉妬、そして…憎しみでヒトが殺せたら、という顔で男たちを…みる。

「…よかったですねえ。トシさん。トシさんの好きなタイプが二人も入って」

矢張の後ろで、あきらかに面白くなさそうな顔のリカオンが…

凛とした少年のような体つきの矢張のバディが、口を少し尖らせて言っていた。

「…よくねえよ。これ以上、触れもできねえ絵に描いた餅(意味深)並べられてもなあ」

「……。じゃあ、私じゃなくてほかの巨乳なフレンズのマスターに、なってみます?」

「……ごめん。てか、おまえにフラレたら俺、巡査に逆戻りだよオイオイオイ死ぬわ俺。

 …リカオン。今まで黙っていたけど。俺、実はロリコンっていうか男の子でも…」

「アホなこと言ってないで。さ、先輩らしく、挨拶してきてくださいね」






しょんぼり、ぐんにゃりした矢張の前で、新人チームへの挨拶と歓談は続き…

先に挨拶を済ませた伊達とカワラバト、そして双葉と彼独特のリンクチームである、

カバ、ジョフロイネコ、そして戦線復帰したマヌルネコが…矢張を取り囲む。

「…おう、伊達。双葉。カバさん。…モフねこちゃん、あんまり無理すんなよ?」

ぐんにゃりしていたが、カバの胸元を見てわずかに芯が入った矢張に伊達が、

「先輩、さっき彼女たちの経歴見てきたんですが…すごいですよ、あのヒグマさん。

 カイマンさんはまだ新人ですが…ヒグマさんと政仁さんのチーム。

 大型セルリアンだけで18体撃破、そのうち浮遊型2、水中型を4体も仕留めて

 いますよ…! ヒグマが水陸両刀とはいえ…いっきにうちのトップスコアですコレ」

「はあ? 水中大型セルリアンも、4って…ガンダムかよ、あのシャツinおっぱい…」

「でもこれで、警備二課も戦力大幅アップです。前のアメフラシみたいに水に逃げる

 セルリアンがでても、彼女たちがいれば対処できるってことですものね!」

「…だな。しっかし…アメフラシの金星は海自の連中にかっさらわれたが…

 ついこの間まで、チーム解散とか言ってたのがウソみてえ。給料も上がらねーかな」

「…あの子の、おかげですね」「…そうだな」 ハンターたちが、小さくつぶやいた…






だそくてき 2


その夜――赤坂にある某高級ホテルのホールで、政治資金パーティーが開かれていた。

その主催者は、政府与党の大物。そして居並ぶっ政治家、経済界の大物たち参列者の

中には…逆らうものは絶対に許さない与党のご意見番と呼ばれる、馬路事務次官。

そして警視庁からも、星がズラリ並んだ制服姿の重鎮クラスが何人も参加していた。


「…非難を恐れず、日本国民のために出動してくれた海上自衛隊の皆さんのおかげで!

 あのアメフラシなるセルリアンは撃滅できたんです。恥ずかしながら警視庁のチーム、

 私どもの対策班はその足を引っ張っただけなんですよ。全く、嘆かわしい!」

警視庁のセルリアン対策班、そのトップの一人である比留守警視長は彼を囲んだ、

各省庁、そして某アジアの客人たち相手に熱弁を振るっていた。

「アメフラシの消滅で、対策班は無能の責任逃れが出来たと思っているようです、が!

 私は不正を、怠け者を見逃したりしないんですけお! 必ず査察を行って…」

…熱弁の割に、話は単純だった。






警視庁内部でのキャリアによるトップ争い、その椅子取りゲームで早速に取り残された

比留守警視長は、彼にとっては場末の不名誉な役職、セルリアン対策班の室長の一人に

任命され、不満たらたらであった、が。

フレンズとそのチームによるセルリアン撃破が効果を上げだすと、各省庁や部署が、

戦えるフレンズを欲しがる流れとなり…比留守は、自分の対策班を無理やり解散させ、

フレンズをばらまく…各所に売り渡すことで人生のステップアップをもくろんでいた。

その比留守の野望が形になりだしていた、そのパーティー会場へ――

「な…なんだね、君たちは!?」「あー、どうもどうも。お構いなく。すぐ、すみます」

会場に、スーツ姿の一団の男たちがどかどかと進み、そして。

その集団の先頭にいる眼鏡の男の風貌に、比留守が怪鳥のような叫びを上げた。

「げっ…! げえええ!? お、おまえは…? 湯河!? なぜここへ!?」

その眼鏡の男。警察の中の警察である、警視庁の首席監察官、湯河警視監は――

「比留守警視長。君の人脈というか、外国からの金の流れを少し調べさせてもらったよ。

 同行を願いたい。…さあ、二人で“任意”の事情聴取をズボッリしようねえ gff」

…けおおおおおお!! 東京の夜に全てを開かれた哀れな男の絶望がこだました……






えぴろーぐてき


介護老人福祉施設「ともだち苑 三田」。

つい先日、復職したフレンズのコツメカワウソが介護職員として働く老人ホーム。

そのホームの個室――

12月の、だがよく晴れた昼下がりのゆるい日差しが差し込んで暖めているその部屋の

中に。鈴が転がるようなコツメカワウソの笑いと、たのしげな声が満ちていた。

「…矢那おじいちゃん、今日のお昼ごはん美味しかった? そう、よかったー!」

「…晩ごはんも、きっと、ううん。ぜったい、美味しいよー。また釣りに行こうかな」

個室のベッドに、自力で身を起こして座っている矢那老人。

そのベットに腰を下ろしたコツメカワウソは、休憩時間の残りを気にしてときおり

時計を見ながら…老人のひざの上に開かれた、彼の写真アルバムを開くように、ねだる。

「ねえ、おじいちゃん! これ、どこ? USJ? しらない、たのしそー!」

コロコロ笑っている、小さなフレンズの姿に…矢那老人は目を細め、そして。

「…ああ。今度、一緒に行こうか――」「ほんと!?」 コツメの顔がぱっと輝いた。






警備二課 セルリアン対策班SAFT


対策本部 若屋参事官 現在フレンズなし 自衛隊 情報保安部より出向 一佐


対策01 惣田 フレンズ・シロサイ 陸上自衛隊より出向  現在入院療養中

対策02 井伊 フレンズ・キンシコウ 厚生省麻薬取締局より出向

対策03 真坂 フレンズ・アイアイ 警視庁 組織犯罪対策部刑事(マル暴)出身

対策04 矢張 フレンズ・リカオン 警視庁 捜査一課刑事 出身

対策05 神野 フレンズ・オオセンザンコウ 皇宮警察本部護衛部 出身

対策06 実把 フレンズ・クロサイ よこはま動物園ズーラシアより出向

対策07 伊達 フレンズ・カワラバト 警視庁交通機動隊白バイ隊 出身

対策08 妻里 フレンズ・ハシブトカラス 航空自衛隊 西之島迎撃戦で両者ともMIA

対策09 双葉 フレンズ・マヌルネコ、ジョフロイネコ、カバ 元としあき

対策10 政仁 フレンズ・ヒグマ 旭川消防本部レスキュー消防士長より出向

対策11 吉都 フレンズ・メガネカイマン 財団法人ジャパリパーク振興会より出向



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けものハンターズ コツメカワウソ編 攻撃色@S二十三号 @yahagin

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