第8章3 工房のお嬢さま達


 シャ、シャ、シャ…


 木材の表面を擦る音が鳴り響く。


 手のひら部分がやすりとなってる特殊な手袋を借りて、シオウは職人が削り出してくれたモノをこすっていた。

 しかしその擦られた面は、素人ではとてもできそうにないほど綺麗に仕上がっていて、覗き込むノヴィンは思わず感嘆の声を漏らす。


「はー…シオウ先輩はこんな事もできるんですか、器用なんですね」

「まぁ……。必然的に身に付いたというか、器用ってほどでもないよ」

 そんなご謙遜をと言いながら、ノヴィンは足元に転がされている数ある磨き終わったとおぼしきモノの中から1枚を拾い上げた。


 自分の顔を覆い隠せそうな大きさで盾のような形状で、表面も程よい曲面になっている。横端は完全に曲がり、それこそ顔につけるお面のようでもある。

 厚みはさほどではないが薄いというわけでもない。そして床に転がったままの他のモノともよく見比べてみると、個々に厚さが少しずつ異なっていた。


 取っ手なり止め具なりを取り付ければ小さめの盾として、内側に毛皮や羽毛などを張りつければ鎧の一部として、いずれも機能させる事ができそうな木製パーツ。



「先輩。こんなにいくつも同じようなものを用意して、一体何を作る気なんですか??」

 座って作業するシオウの足元に転がされている他のモノは、そのままコピーしたかのように全部同じ形状。今、やすりがけしている分を含めて10枚以上ある。


「試合に使う装備……どなたかの防具か何かでして?」

 自分の新品の胸当てを実際にドレスの上から試着したエステランタが、そのまま興味深そうに覗き込んでくる。が、すぐにハッとしてその場から1歩身を引いた。


「いけませんわ、わたくしとしたことが! 先々戦う事になる相手の手の内を覗くなどと姑息な真似を――――」

「戦う事になるかどうかは知らんが……別に見たけりゃ見ていいよ。こっちだってその胸当て見てるし、使う装備品は事前に申請してるんだ。調べれば対戦相手が何使うかくらいすぐにわかる。…それに、隠し立てするほどのモンでもないよ」


「あら、そうですの。なら遠慮なく拝見させてもらいましょうか」

 横でワタワタしてる執事は、一刻も早くこんな場所から御嬢様を引き上げさせたいのだろうが、その当人は作業風景が物珍しいのか、シオウの許可をもらうとすぐに1歩近づきなおして再び覗き込み直した。


 その際、同じく作業を覗き込んでいるノヴィンに肩が触れたのだが、エステランタはお構いなし。しかしノヴィンの方は顔を一気に赤くさせる。


「(~~~!!!!)」

 顔は真っ赤だが頭は真っ白。かといって咄嗟に身を退くようなことはしない。本能が、この腕が触れ合う幸せな感触を手放すなと、ノヴィンをその場に留めさせていた。



「それで? 結局、それは一体何なんですの? 鎧の部品…という風にも見えませんわね?」

「盾だ。もっとも使うのは俺じゃないが」

「盾――――……あ。もしかしてリッド先輩のですか?」

 リッドが以前使っていた木盾バックラーは前の試合で魔法攻撃を受け、大破してしまっている。修理不可能と判断したシオウは、工房に材料と基本の成形加工までを依頼し、新しいモノを用意せんと裏で手配していた。


「あの馬鹿、自分の盾が壊れたことを忘れてるからな…まったく、世話が焼ける」

「それで代わりのモノを…。えへへ、シオウ先輩は優しいですね!」

 ノヴィンの誉め言葉にまるで反応希薄。照れるでもなく、やれやれだと疲労感を滲ませるだけ。


「チームで一番やる気ある割に抜けてるからなアイツ。ま、勝敗がどーなるかは別として、準備不完全で挑ませた挙句、後悔から気落ちされても面倒だ。それに、元々からして盾を薦めたのも俺だしな」

「ふーん、面倒見の良いこと。ですけれどこれは作りすぎじゃありませんこと? 予備を考慮していたとしても……一体いくつ作るおつもり?」

 エステランタは何枚も転がっている同じ形の木甲板、それぞれが個別に1つの盾となると思っていた。しかしそうではない。


「これは重ねる・・・んだ、1枚で1つの盾になるモノじゃないよ。そうだな、最終的にはこれをこうして、…こんな感じで重なって、一つの盾として機能する」

 シオウは、木甲板を重ね合わせて自分の左腕の上に乗せて見せた。


 一部の鎧には肩部分の装甲を重ねた意匠いしょうのモノも存在するが、それに似た感じになる。もっとも重ねる枚数は段違いで、この時は6枚も重ねていた。しかも完全に重ねるでなく、少しずつズラしている。



「重ねる事で分厚くしようというわけですの?」

「いいや、所詮はどこまでいっても木製は木製だ。堅い木を使おうと素材としての耐久度や防御力には限界がある。しかも木というのは存外重い。材質として軽いモノもあるにはあるが戦闘用に向くモノは稀だ。重ねて装甲を厚くしても、重すぎて動きが阻害される」

「じゃあ重ねるのにはどういう意味が…」

 そう聞きかけてノヴィンはにわかに考えがよぎった。具体的にどうというものではないが、こうフワリとした何かが頭の中に浮かんでくる。


「重ねるのは厚くするためじゃない。実際にこれくらいズラした状態で繋げる」

「! それでこの大きさなんですか! そういえばこれは…これとこれ、あ、これとこれも! 微妙に大きさが違いますね?」

 全て似たようなものではあるが厚みだけでなく、幅や長さが僅かずつ異なっていることに気付く後輩に、シオウは軽く微笑みを漏らした。


「これを順番に繋げて少しずつズラしていって……。つまり、スケイルメイルの表面みたいな感じになるんですか?」

「なんですの、その ”すけいるめいる” なるものは??」

 どうやらエステランタは武具に関する知識は乏しいらしい。問いかけてくるその表情は、本当にまったく知らない、初めて聞いたと言わんばかりの子供のよう。


「スケイルメイルは鱗状に加工した金属片をビッシリと張り付ける、または編み付けた鎧だ。…けどノヴィン、残念ながらスケイルメイルとはちょっと違うな」

 左腕に乗せて重ねたモノの上に、手刀の形で右手をゆっくりと落とす。触れれば固定されていないモノ同士、カチャカチャと音と立てながら軽くズレうごいた。



「コイツは触れると、この複数の木甲板が少しばかり動く。若干の衝撃緩和効果が生まれるが本命は別にある。それが何かわかるか?」

「盾なのに動くだなんて脆そうですわね……軽いとか動きやすいとかかしら?」

 しかしエステランタの答えにシオウは首を横に振った。


「それは前提条件だ。どんな盾にしろ、金属製の本格的なモノが使えないルールの場合、盾そのものの堅さより軽さを優先した方がいい。さっきも言ったが素材上の限界があるから強度面で高い防御力を得ようとすると重く、扱いにくくなってしまう」

「あの、僕ちょっとさっき思ったんですけど、もしかして相手の攻撃を形状で・・・防ぎやすくなる…とか、違いますよねやっぱり??」

 自信なさげなノヴィンだが、シオウの首は縦に振られた。


「8割がた合ってるよ、それで。この形状がこの盾が持つ効果の本命だ。重ねてズラした事で生まれるこの、段々になった凹凸部分が肝になる」

「? ? …一体どういうことです? わたくしにも分かるように説明なさいな」

 だがシオウは、苦笑しながらエステランタを見上げた。



「説明するのは別に構わないが……そちらさんは今日、試合があるんじゃなかったか?」

 言われてハタと気付くエステランタ。執事もハッとして懐から懐中時計を取り出し、慌てて確認していた。


「馬車を飛ばせば学園まで10分とかからないだろうが……会場入りして着替えたり準備したりと何だかんだしてたら、30分はかかるだろ?」

 執事がサーッと青くなる。その様子だけで時間がヤバイ事を理解したエステランタは急激にいきどおった。


「何ぼーっとしているの爺や!! 急いで学園に戻りますわ! すぐに出られるよう準備なさい!!」

「は、はひーーー、申し訳ございませぬ御嬢様ぁっ!!」

 二人は慌てて工房の中を走り抜けていく。来る時はあれだけ汚れぬよう恐る恐る歩いていたのが嘘のように、なりふり構わずに全力疾走していった。


「あーあ、あの様子だと遅刻確実か。ま、彼女の性格からしてオーダー変更したとしても大将位置のままだろうから、試合にはさほど支障はなさそうだが」

「あは、ははは……僕たちは今日は試合なくて良かったですね先輩」


「むしろそれで助かった。例えばこの盾にしても用意は早くて半日はかかる。もし大会スケジュールの変更がなかったら、今ごろリッドは盾無しで次の試合をやってたな」

「でも、リッド先輩ってもともと剣1本のスタイルだから、万が一盾がなくっても試合は可能なんじゃあ?」


「まぁな、でもそれはあくまで可能というレベル止まり。アイツの従来のスタイルじゃあ、ガントや他の対戦相手の何人かには現時点では・・・・・勝てない」

 シオウはそうハッキリと断言する。どういう事なんだろうと思って更に疑問を呈しようとしたノヴィンを遮って、工房の作業員が大きな茶色の生地を持ってやってきた。


「わっ?!」

「おっとゴメンよ。ほれ嬢ちゃん、頼まれてた皮革だ。いい仕上がりだぜ」

 そういって作業員が差し出したのは、表面がきめ細やで少し離れて見ると磨き上げられた板の表面のような印象すら受ける緻密な皮革生地だった。


「思ったより早くできたんだな、んー……。……」

 そう言って、皮革生地を広げながらそれを重ねた木甲板の内側に当てたり、自分の腕に当てたりしている。


「あ、内側に皮革を張るんですね」

「仕上げにな。まだ甲板の連結が出来てないから後回しになるが……うん、肌触りも悪くないし、厚みも丁度良さそうだ。ありがとうおやっさん」

「いいってことよ。ちゃんと金も貰ってるしこのくらい仕事のうちさ、ハッハッハ!」

 さらにシオウは、皮革生地の端の方に線を引き出した。


「ついでといっちゃなんだけど、このラインに沿ってカットしてくれないか? あと金属の…このくらいの大きさでバックルが欲しいんだ、いくつか用意してほしい。もちろん金は追加で出すから、なるべく頑丈なので頼む」

「おう、いいぜ。そのくらいならすぐに上げられるはずだ、嬢ちゃんの注文っつっときゃすぐに鍛冶工務の何人かが取り掛かってくれるだろう、伝えとくぜ」

 頼みを了解した作業員は皮革生地を持って離れて行った。


「さて、こっちは木甲板に穴開けだな……ノヴィン、悪いが手伝ってくれ。この曲がってる横のところに穴を開ける。そこに転がってるドリルを使え、俺は木ネジを削るから」

「え、勝手に使ってもいいんですか??」

「ああ。この工房は基本、床に転がして放置してある道具は自由に使っていいルールだ。机の上や壁にかかってるものはダメだけどな」

 ベルトロン工房は自由が売り。ジャンルに節操のない混沌とした作業場に、あえて道具は床に放置しておく事で、ちょっとした別カテゴリーの作業が必要になった作業員がブースを移して素早く取り掛かれるようにしている。


「さらに言うと、あの緑の箱に入ってる部品も自由に使って構わない。中は汎用的な量産部品や小道具の類が入ってる。けど今回は衝撃に耐える必要があるから、木ネジも止め具もイチから自作だ」

「衝撃に耐えて簡単に外れないように、って事ですね?」

 そうそうと肯定するシオウに、ノヴィンは少し表情を明るくする。

 試合では事実上のお荷物も同然と自認しているところがあるだけに、少しでも役に立てる事があって彼は嬉しくなった。




《このコを連れ出したのは、ケアのためなんでしょ?》

「(ま、気分転換くらいに、な。…ノヴィンとて試合には何度か勝利しているし、頑張ってはいる。だが自分の身体への負担、中1日で疲労感などすっかりない他の連中に対して心のどこかで負い目を感じてるのは分かってた事だ)」

 そっとしておく・休ませる、というのは簡単だが、それだと気持ちや疲労が回復できるか否かは本人次第。

 しかし気分転換は他人が介入し、連れ出すなどリードしてやれる。


「(…次の試合からはノヴィンの実力だとキツくなる。直接の勝利は難しくとも、そこに少しでも自分は貢献したと思えるものがあれば――――)」

《凹むのもちょっとはマシになる、でしょう? ホント、優しいんだかラ》

「(はいはい。…まあ次はノヴィン云々というよりか、リッド達でさえ簡単に負ける可能性もある。コイツも1試合で出番終了するかもな)」

《それでも作ってあげるんだかラ、やっぱり優しいじゃないノ♪》

「(…。…自分じゃそんなでもないと思うんだが……)」

 シオウとしては優しさ云々でしている事ではないし、そのつもりもない。どちらかといえば彼にとってこれは平常運転の域だった。

 ずっと昔から、物心ついた頃からこうであり、それが当然の感覚で、特別他人に優しくしているつもりも意図もない。


 自分では割とぼーっとしながら、なんとなくゆるーくやってるつもりだ。呼吸を意図せずに行ってるのとなんら変わらない、無意識に近い行動。


 だから、昔から褒められるのが苦手だった。

 そんなつもりじゃあないのに、褒められたいからやったわけじゃあないのに……


 なので照れるというよりは、いつも申し訳なく感じてしまう。それは自分がひねくれているという事なのか、それとも……




 そんな事を考えながらもシオウは木を形に削り、細部を擦って器用に木ネジを作り上げていく。

 ぼーっと考え事をしている風でありながら次々と作業をこなしている姿に、後輩や道行く作業員たちから、感嘆と賞賛の言葉を投げかけられているのを、彼は右耳から左耳へと受けした。


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