秋の移り変わり

ぢょむすけ

秋の移り変わり

ふと思い立ったようにコンビニへと買い物に出掛けたのだが、その道すがらどこからともなくいい香りが漂ってくる。

食べ物の匂いでもなく、人工物のように鼻をつんざすような強烈な匂いでもない、それでいて意識が奪われる程度には強い香り。

私はその香りの出所を知っている。この時期になると街路に植え付けられた金木犀が花を咲かせ辺り一面に香りを漂わせるのだ。

その香りを鼻にすると、季節が秋なのだと感じる。


私の故郷で秋といえば、ススキ野原が一面真っ白しろに染まり、山は紅や黄色に色付き、柿の木に実った柿が熟れて行く様を見て秋を感じていたのだが、都会に越して来てからというもの秋を感じさせてくれるものは金木犀だけになっている。


そのせいだろうか、その金木犀が花を散らせ10月の半ばともなると気温も一気に下がり、季節は秋だというのに気分は急激に冬へと持っていかれる。

これもビルに囲まれる都会ならではなのだろうか?

そこはコンクリートのビルに囲まれ見渡せる範囲に街路樹以外の自然の営みは見られない。

そのコンクリートの壁がどこか冷たさを感じさせ、心の熱をも奪っていくからだろうか?

心の準備が整わない急激な季節変化は人の心を暗い闇に引きずり込もうとしてるようにさせ感じさせる。


しかしこれにも随分と慣れてきた。

何年も都会で生活していると、むしろこれが当たり前なのだと思えてくる。

いや、正直なところ、こんなものだと諦めて受け入れただけなのかもしれない。

これから徐々に寒さが増し、あと数ヶ月はこんな気分を味合うことになるのだと知りながらも目を背けているだけなのだ。


それから暫くの時が過ぎ、寒さも一段と進んだ頃、私はコートを着込んで街に出かけることにした。

家で篭っていると気持ちが冬に飲み込まれそうなってしまうのを少しでも街の喧騒で紛らわしたかったのだ。

しかし、街に出てみても一向に気分が晴れることはない。

やはりどこか寒々しいビルに囲まれているせいだろう。

そんなことを考えながら街を一通りぶらつき、そろそろ帰路につこうかと思った時、ふと人混みの喧騒に紛れ「Trick or treat」という声が聞こえてきた。

私は何故だかこの声に意識を奪われ声の方に目を向けてみた。


すると視線の先にはオレンジと黒を基調とした衣装を纏った店員が微笑みながら店の前を行き交う人に声を掛けていた。

よくみると他の店の店頭にも同じように着飾った店員が街行く人に声を掛けている。

店員は少し恥ずかしそうにしながらも発せられる声は軽快に弾んでいて、実に楽しそうに見える。


私はその光景を見て何故だかほんの少しだけ嬉しくなった。


「ハロウィン」といえば私の幼少の頃には物語で語られる程度のものだったが、ここ最近は、まだ冬には少し早い晩秋の行事として根付いている。


なるほど。そうか、『まだ』、そういう季節なのだ。

自然の営みははなくとも、寒々しいビルに囲まれていようとも、そこにはしっかりと秋はあり、人はそれを感じようと努めているのだ。

心はすっかり冬だと思っていたのに、こんなところで秋を感じ、私は少しだけ心に暖かさを取り戻した気がして嬉しくなる。

もっと秋を探してみても良いのかもしれない。そんなことを思い私は帰路に着いた。

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秋の移り変わり ぢょむすけ @dyomusuke

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